すずかけあおい
2026-04-28 19:02:25
3461文字
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澄埜と高橋の彼氏談義

J庭59新刊『癒やしのち溺愛』の澄埜と、J庭59無配『憧れと缶コーヒー』の高橋が知り合いだったら、というif設定の攻めふたりの彼氏談義です。
澄埜と高橋が彼氏を可愛い可愛いと言っているだけの小話です。

「須永?」
「え?」
 突然の呼びかけに顔を向けると、大学時代の先輩によく似た男性がいた。信じられないような顔をして澄埜を見ている。
 今は職場近くのカフェの下見に来ている。恋人の紗都が今度店に買いものに来てくれると言っているから、帰りに寄るときにおすすめできるようにだ。もちろん、いろいろと危険な要素がないかを見ておくためでもある。
「高橋先輩?」
 ふたり掛け席からこちらを見ている男性の顔を見ていたら、『よく似た』ではなくたしかにその人だと確信できた。
「やっぱり須永か。久しぶりだな」
「はい、お久しぶりです。高橋先輩はランチですか?」
「ああ。よかったら、ここ座れよ」
「ありがとうございます」
 自身の向かいの席を視線でしめす高橋に頷き、向かい側の椅子に腰をおろす。澄埜を正面から見た高橋は、大学のときと変わらない優しい微笑みを浮かべた。
 高橋はバゲットサンドのランチを食べていたところのようだ。スーツでバゲットサンドを食べる姿は爽やかで、映画やドラマのワンシーンにも見える。澄埜はホットサンドのランチがのったトレーをテーブルに置く。
 大学のときから恰好いいと騒がれていて高橋だが、今は大人の色気というか硬質な雰囲気が加わって、ますます美形の男性になっている。
 高橋がバゲットサンドを食べるのを見ながら、澄埜もホットサンドをひと口かじる。挟んであるベーコンが厚めでおいしい。
「あれ。高橋先輩、結婚したんですか?」
「してないけど……ああ、これか」
 左手の薬指にはまっている指輪を見留め、率直な疑問を投げかけると、高橋はあきらかに頬を緩めた。
「可愛い恋人に悪い虫がつかないようにしたいから」
「へえ、ペアリングなんですか」
 すごく緩んだ顔に、思わず澄埜も口もとが緩む。誰かが幸せでいて、喜べる自分が不思議だ。なにもかも見失っていた頃は、他人の幸せがどうでもよかった。でも今は、みんな幸せなんだな、と温かい気持ちになれる。だって澄埜も幸せだから。
「恋人ができたんですね。どんなに可愛い人や綺麗な人に告白されても断ってるって、学内で有名な話だったのに」
 雰囲気の変化だけではなく、高橋の心の内側にも変化があったようだ。それだけ真剣なつき合いということかもしれない。
「めちゃくちゃ可愛いんだよ。こんなに可愛い男がこの世にいるのかと驚いたくらいだ。見た目だけじゃなくて性格も世界で一番可愛くて、まさに可愛さの塊だ」
「男の人なんですか?」
「そう、彼氏なんだ」
 また口もとが緩んでいる。なんとなく共通点を見つけて、澄埜も口を開いた。
「俺も今、彼氏がいるんです。ものすごく可愛くて、どこかにしまっておきたいくらいです」
「へえ」
 高橋が目を見開いたあと、先ほどとは違う少し意地悪な笑みを浮かべた。こういう顔も似合う人なのだ。ある意味ずるい。
「須永って、いろんなことに冷めてた印象なのに。浮いた噂がないどころか誰も寄せつけないって、学内の女子みんなが遠目で見ては嘆いてたぞ」
「そんなことはないですけど。でも俺の彼氏……紗都さんっていうんですが、本当に可愛くて、可愛い可愛いと自然に言ってしまいます。毎秒可愛いんです」
「わかる。彼氏が可愛い。田中がそっけない顔しながら近づいてくるときなんて、たまらない」
 こんな話で高橋と盛りあがるなんて想像もしたことがないが、紗都の話を思いきりできる相手だとわかった。それならば思う存分紗都の可愛さを語ってもいいだろう。
「俺が食事を作ると、すごくおいしそうに食べてくれて。幸せってこういうことなんだなと毎日思います」
「そうそう、わかる。田中は意外と好き嫌いが多いのに、俺が作ると苦手なものも『おいしいです』って笑顔で食べてくれてさ。嫌いなものがなくなりそう、なんて照れた顔したのが可愛すぎて、どうにかなりそうだった」
 高橋も澄埜と同じ認識をしたようで、恋人の可愛さを語り続ける。
 語りたくなるくらいに紗都が可愛いのだ。ただ、紗都は基本的に自己肯定感が低めだから、澄埜が褒めて褒めて褒め尽くして可愛い可愛いと言い尽くしても、いまいち実感してくれないところがある。自分の可愛さをわかっていないのは危険なのに、言っても理解しないのだ。「そんなこと言うのは澄埜さんだけだ」なんて照れくさそうにするから、可愛すぎて澄埜が負ける。
「そんなふうに可愛いのに、仕事ではしっかり部下の人たちをまとめてるんです。俺も紗都さんの部下になりたい」
「だよな、俺も田中の同期になりたい」
「仕事を頑張る彼氏が可愛いです」
「可愛いよな」
 ふたりで口もとを緩める。だって、本当に可愛いから。嘘でごまかそうとしたって『可愛い』しか出てこない。
 いったん会話を休憩して、ふたりでランチを食べる。食べながら、高橋の左手薬指を見る。
 指輪、いいな。
 紗都が澄埜以外を見ることはないが、周囲はわからない。紗都の可愛さや可愛さの裏に隠れた恰好よさに気がついたら、危険ではないか。
「俺も紗都さんに指輪贈ろうかな」
 呟いた澄埜に、高橋が神妙な顔をした。
「俺には、その紗都さんが須永に言うことがわかる」
「え、なんですか?」
「『あなたのほうこそ虫よけが必要です』」
 言いそう。
 思わずしっかりと頷いてしまった。こんなにはっきり言いきれるということは、おそらく。
「田中さんから言われたんですか?」
「言われた」
 ふたりで目を見て頷き合う。どうやら澄埜の彼氏だけではなく、高橋の彼氏も自身の可愛さの自覚がないらしい。由々しき問題だ。
 今度は同時にため息を落とした。たぶん同じ気持ちになっている。
「田中って、自分のこと平凡とか地味とか言うんだよ。眼鏡も買ってあげるべきだったかな」
「紗都さんも、自分がどんなに可愛いかわかってなくて困ります。ふとした仕草がどれだけ破壊力が高いか、自覚がなくて」
「そう、そうなんだよ!」
 またふたりで頷き合う。なかなか気が合う先輩のようだ。
 紗都の話をしながらのランチがとてもおいしい。紗都本人との食事はもちろんおいしいが、紗都のことを話すだけでもこんなにおいしく感じるなんて、不思議でもある。それだけ澄埜にとって大きな存在で大切な人なのだ。そんな人に出会えたことは奇跡としか言いようがない。
 不意に、今すぐ紗都に会いたくなった。
「紗都さん、今日早く帰ってくるかな」
「え、一緒に住んでるの?」
「はい」
 紗都と暮らす自宅は幸せが溢れている。そこかしこに紗都の気配があることが嬉しいし、その気配すら可愛いのだ。ソファで紗都がいつも座る位置にはクッションが置いてあり、隣には澄埜用のクッションもある。クッションがばらばらの位置になっているのを見つけると、紗都が無言で隣同士に直しているところなんて可愛すぎて危険だ。
「早く会いたいです」
「俺も田中に同棲しようって言ってみようかな。でもなあ……会社への届け出住所が一緒だと、田中が気にするかな」
「同じ会社の人なんですか?」
「そう。田中は同じ部署の後輩」
 それはいろいろと羨ましいけれど、その分大変なこともあるのだろう。オールクリアになるのは難しそうだ。でもそんな制限のあるところさえ、彼氏となら楽しめる。彼氏の存在が澄埜を無敵にしてくれるのだからすごい。高橋も同じだろう。
「なんていうか、俺たち可愛い彼氏にめろめろですね」
「めろめろのどろどろだ。もう、もとの形には戻れない」
 頷き合ってから同時にランチを完食した。
 紗都が店に来てくれたときには、このカフェをおすすめしよう。危険な空気もなかったから安心だ。なにより、澄埜が楽しい時間をすごした場所を、紗都にも知ってほしい。その次のときはふたりでランチを食べにきてもいい。楽しい時間をたくさん重ねていきたい。
「そろそろ行くよ。俺、このあと社に戻らないといけないから」
「そうなんですね。お疲れさまです」
「須永もお疲れ。またな」
「はい」
 空き食器ののったトレーを持ちあげて席を離れる高橋を見送り、澄埜も椅子を立つ。トレーを返却口に戻しながら「あ」と呟いてしまった。
「『またな』って、連絡先も知らないのにどうやって」
 無性におかしくて、ひとりで噴き出す。そんなものだよな、と思いながらカフェを出た。
 買いものをして帰ろう。今夜のメニューは、以前紗都がおいしいと喜んでくれた鶏の照り焼きに決めた。