とむぢ
2026-04-28 08:58:19
9679文字
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なんてステキなミッドナイト/G▲▽

ちょっと様子がおかしいG▲▽が夜中にカップラーメン(カロリーマシマシ)を食べ損ねるだけの話。
※CP要素は比較的薄いのであっさりしてます
※捏造注意

最後にちょっとだけカズマサさんとクラウドさんが出てくる。
名前あり鉄道員の皆さんの雰囲気を掴む練習①


小さい頃のぼくたちは、いつも同じものを食べていた。同じ時間に起きて、同じ時間に朝食を食べて、同じ時間にスクールへ行き、同じ時間に帰宅して、同じ時間に夕食を食べる。容姿も同じなら身長と体重もピッタリ同じ、視力も握力の数値も同じ。服のサイズも靴のサイズも同じで、もはや違うところを探す方が難しい。クラスメイトはおろか、実の両親からも間違えて名前を呼ばれることがあった。だから兄のノボリ以外の人と話すときには、最初に名乗る癖がついた。
 ぼくクダリ。こうすれば今、どっちが話しているのか分かる。
 だけど困ったことに、ぼくはノボリと間違えられることが嫌じゃなかった。むしろ、誇らしいとさえ思った。ノボリもきっと同じ気持ちだったんだろう。成長するにつれ、ぼくと間違えられる回数が減ったことを、悲しそうに教えてくれた。
 同じ家に生まれ、同じ親に愛され、同じものを食べ、同じ景色を見て、同じポケモンを交代で手持ちに加えて、同じ志を持ってポケモンバトルに挑んだ。だけど、ふたりでひとつだったぼくたちは、ちょっとずつズレていった。

 味の好みが同じではなくなってきたことを知ったのは、十歳の誕生日のときだった。母が買って来てくれる誕生日のホールケーキと言えば、毎年とびきり甘いホイップクリームで囲われた、真っ白なショートケーキだった。ぼくは毎年それをノボリと半分こにして食べるそれに何の疑問も抱かなかったけど、母が放った何気ない一言がぼくに真実を突きつけた。
 ──来年はガトーショコラにしようね。
 一体いつからかなのかは分からない。ノボリが毎年ぼくの味覚に合わせてくれていたことに気が付いた瞬間、ケーキが何の味もしなくなった。その夜、ぼくはどうやってノボリの隣で眠ったのか、あまり覚えていない。甘いショートケーキが好きなのがクダリ、ほろ苦いガトーショコラが好きなのがノボリ。こうやって2人が間違えられないで済む別々の要素が増えていくのだと一度考えてしまうと、途端に夜が長く感じた。
 
 大人になったぼくたちは、今でも基本的に同じものを食べている。同じ部屋で寝て起きて、同じものを食べて、同じ家から出勤して、同じ職場で働き、同じ時間に寝ている。健康診断では、まだ体重も身長も視力も握力も同じだった。服のサイズも靴のサイズも手の大きさも同じ。ただ、誕生日ケーキは自分たちでそれぞれ好きな味を買って、一緒に食べるようになった。朝に飲むコーヒーの種類も違う。たまごの食べ方も、トーストの食べ方も違う。ノボリがクダリを愛する為に、クダリがノボリを愛する為に、ぼくたちは一人と一人になった。お揃いばかりではなくなったけれど、きっとこれからもチグハグは増えていくけれど、気持ちだけはこれまでもこれからもずっと同じ。
 ノボリが食べてるガトーショコラをぼくが一口貰って、ぼくのショートケーキをノボリに一口あげる。口に含んだときに感じる味の違いが、いまはなんだか、幸せだったりする。


▲▽


 深夜0時を回ったギアステーション。全ての勤務を終え、漸く椅子にどっかりと座ることが出来たクダリのデスクの上に、ドン! と何かが置かれた。どこにでも売っている普通のレトルト麺だ。熱湯を注いで3分待てば出来上がるので、時間がないときに助かる。クダリが霞んだ目の焦点をレトルト麺に合わせようと瞬きを3回しているうちに、二つ目のレトルト麺がドドン! と置かれた。クダリは顔を上げた。そこには同じく深夜まで働いていた双子の兄、ノボリがいた。
「どうしたの、ノボリ」
「クダリ、今すぐカロリーを摂取いたしましょう」
 バトルしましょうみたいなノリで言われた。クダリはノボリの言葉を正確に理解する為に、目を更に3回ほど瞬きさせる。目が乾いてしょうがないのは、一昨日も昨日も今日も単純にめちゃくちゃ忙しかったからである。人手が足らなかったこともあり、ノボリとクダリは3日家に帰れなかった。そして今日がその3日目の夜中である。
 ライモンシティにあるバトルサブウェイと言えば、ポケモンバトルに自信のあるトレーナーしか居ないような、ちょっと敷居が高いイメージを持たれがちだった。しかし先日、若者に絶大な人気を誇るインフルエンサーが“バトルサブウェイ乗車レポ”とやらをインタネーネット上で公開した影響もあってか、イッシュ地方のみならず各地方からやって来る挑戦者の数が、以前より爆発的に増えたのだ。そこへさらに追い討ちをかけるかのように3連休が挟まった。電車内や駅のホームは混み合い、普段の乗務に加えてサブウェイマスターとしての仕事もいつもの倍になった。挑戦者の数が多くなればなるほど、ノボリとクダリまで辿り着く人数もまた多くなる。バトルは良い、どれだけ忙しかろうがいくらでもウェルカムだ。ポケモンと心を通わせた強いトレーナーとの手に汗を握るバトルは、サブウェイマスターとして地下鉄で待ち受けるノボリとクダリにとって、正真正銘生き甲斐でもある。しかし散々後回しにしていた書類たちに目を通して判子を押すだけの作業が苦痛であった。とは言えバトルサブウェイの最高責任者であるサブウェイマスターの確認が必要不可欠なそれらを、他の職員に丸投げするわけにもいかない。
 というわけで、いくらロボットみたいだと噂されることの多いノボリとクダリも、流石に疲労していた。
 とにかくクダリはこのしょぼしょぼした目に潤いを与えようと、椅子の背凭れ部分に深く凭れかかるとコートのポケットに左手を突っ込んで目薬を取り出す。天井を見上げて、中身をポタポタと目に垂らすいつもの作業が、今日はどういうことか上手くいかない。
「あれ?」
「お貸しくださいまし、わたくしがやりましょう」
 立ったままのノボリが見兼ねて手を差し出してきたので、クダリはお言葉に甘えてノボリに目薬を手渡した。ノボリはクダリの目薬を右手で持つと、天井を向いて待っているクダリの大きな目に、至近距離で狙いを定める。
「それでは左目から失礼いたします」
「うん。よろしくね」
 目薬の容器をノボリが軽く押すと中身が出た。貴重な二滴がポタポタッと、クダリの綺麗な眉間に連続して落ちる。
「ノボリ、つめたい。そこ目じゃない」
「ああ、申し訳ございません! わたくしとしたことが手が滑ってしまいました。今度こそ失礼いたします!」
「ん、おねがい」
 そろそろ本当に眼球が乾燥しそうだ。天使のような笑みを浮かべたままのクダリがもう一度ノボリに頼む。兄としてのプライドも賭けて、ノボリは指で摘んでいる目薬の容器に力を入れた。が、何故か中身が出てこない。押しても空気が出る音しかしない。おかしいなと目薬を振ってみたら、やけに軽い。どうやらさっきクダリの眉間に落とした二滴が最後だったらしい。ずっと天井を向いていたクダリは体勢を元に戻して、ノボリの手の中にある中身が空になった目薬を見つめる。5秒ほど見つめた後、二人同時に軽快な笑い声を上げた。爽やかな声で笑っているノホリの表情筋は1ミリも動いていないが、仕事をサボっているわけではなくこれが通常運転なので、もはや誰も驚かない。
「わたくしにもう少し目薬をさす才能があればと、今日ほど思った日はございません……! 弟の目も満足に潤すことが出来ず、なんて情けない!」
「あはは、ノボリおおげさ。笑って涙出たから、もう大丈夫。それに目薬さすのに才能いらない。ぼくとノボリつかれてるみたい」
 笑いすぎて滲み出た目尻の涙を指で拭いながら、クダリはノボリに隣へ座るよう促す。本人たちが思っているよりも疲れているので、目薬の狙いも定まらなくて当然だった。ノボリがクダリの隣に腰掛けると、クダリは改めてデスクの上に置かれたレトルト麺と向き合った。
「ご存知でしたか、クダリ」
 笑い疲れたので早速本題に入ろうとノボリが真面目な顔付きで切り出した。それにクダリは笑顔で頷く。
「うん、知ってる。これレトルト麺、休憩時間に何回も食べたことある。ノボリもあるよね」
「そうですね、わたくしも時間がないときに何度もお世話になりました。確かにこちらは駅の売店で売られている、一般的なレトルト麺です。しかし! 本日わたくしが言いたいのは、こちらをアレンジしてカロリーを更に盛ることが出来るという点でございます!」
「アレンジ?」
 ポケモンバトルやトレインのこと以外にも、何かしら興味が出たものに対して一直線なノボリに、クダリもその後をついて行くのが常だ。ブレーキなどありはしない。ノボリはどこからともなく中身が大量に入ったビニール袋を取り出すと(本当にどこに隠し持っていたんだ)、その中から色んなものを出してデスクに並べ始めた。マヨネーズ、ケチャップ、モーモーミルク、チーズ、カレー粉、乾燥野菜、煮卵、バスラオの缶詰、バター、ライスパック、その他様々な調味料。ノボリの綺麗に片付けられたデスクの上が、あっという間に物でいっぱいになる。
「どうしたの、ノボリ」
「買って参りました、売店で」
 冒頭と同じ台詞でクダリはノボリに理由を訊ねる。それにノボリは即答した。並べられた材料を端から端まで順番に眺めて、ギアステーションの売店には何でも売っているんだなあと、クダリは変なところで感心した。ノボリはゆっくりとした口調で“自分が何故このようなものを買い漁ってきたか”を語り始める。
「クダリ、わたくしどもは激動の3日間を過ごしました。忙しいことは決して悪いことではないと、わたくしは思っております。遥々やって来られた挑戦者の方々と沢山お手合わせすることが出来て、サブウェイマスター冥利に尽きるというものです」
「うん。強いチャレンジャーいっぱい来て、ダブルバトルもいっぱいできて楽しかった。ぼく、久しぶりに本気の本気だして戦えた」
「そういえば何度かスーパーダブルトレインが動いてましたね。クダリが本気を出して戦えるとは……本当に喜ばしいことです。ポケモンバトルがあまり得意でない方もバトルサブウェイに乗車していただき、少しでもポケモンバトルの奥深さを知っていただいてから各々の目指す目的地へお連れすることが、わたくしたちの務めでもあります。ですがそれはそれとして、先ほどカズマサ様に指摘されて気が付いたのです」
 一体、何に? ノボリの方に膝を向けて真剣に話を聞いていたクダリが、目線で訊ねる。ノボリは意を決したような口振りで、とある衝撃の事実をぶちまけた。
「わたくしもクダリも、この3日間ろくに何も食べていませんでした」
 どの鉄道員も多忙を極めていた3連休のうちの3日目にして、漸くギアステーションに辿り着いた極度の方向音痴であるカズマサから「そういえばボスたちはいつ食べてるんですか?」と心配された。いつも真顔のノボリにしては珍しく、マメパトが水鉄砲を食らったような驚いた顔をして、はてと首を傾げた。思い返してみれば朝から晩まで電車に乗務していた記憶と、挑戦者との熱いポケモンバトルの記憶だらけ。たしかに、言われてみれば、自分たちは最後いつ食事らしい食事をしただろうか? それを疑問に思うこと自体が正直ヤバいのだけれど。
 元々なにかに熱中するとあまり空腹を感じないタイプで、体の限界を超えて気絶するまで動き続けるのがノボリとクダリの悪い癖でもあった。実家にいた頃はそんな二人を両親が心配して毎日何かしら食べさせてはいたが、実家を出るとそうもいかない。勿論味や食感に関する好みの傾向はあれど、一般的な生活に溶け込む為に、動く為のエネルギーを補給する為に、食事をしていると言っても過言ではない。彼らの生活の中心は、どこまで行ってもポケモンバトルだった。まるで人間一年生みたいな働き方をする上司に、部下たちの心労は色んな意味で絶えなかった。ちなみに今しがた名前が出てきたカズマサとは、その人間らしからぬ雰囲気と圧倒的なバトルの強さから、何かと畏怖されがちなサブウェイマスターのノボリとクダリに、怖気付くことなく話しかけることが出来る職員のうちの一人である。 そういった職員があと7名ほどいる。バトル施設・バトルサブウェイを含めたギアステーションで働く職員は100名ほどいるが、その中でサブウェイマスターと世間話が出来るほど距離が近い職員は、まだ非常に数少ない。
「ほんとだ。食べてない」
 ノボリはカズマサに指摘されて、クダリはそんなノボリに指摘されて、自分がろくに何も食べていないことを思い出す。最低限の水分とか片手で楽に吸えるゼリーとかは摂っていた気はするが、それだけだ。ノボリのみならずクダリも、電車に乗務しつつ放送や無線で呼ばれたら自分の持ち場に行ってポケモンバトルをして、夜はシャワーを浴びて仮眠室で気絶するように寝た、そんな記憶しかない。言われてみたら何だかお腹が空いてきたような、それも気の所為のような。うーんと悩むクダリの反応を横目で見て、ノボリが限りなくドヤ顔に近い真顔でインスタント麺に手を伸ばした。
「そこで急ではございますが、摂り損なった3日分のカロリーを今から摂取いたしましょう」
「3日分のカロリー」
「レトルト麺をアレンジすることが手っ取り早いみたいです。インターネットで拝見いたしました。深夜の悪魔飯と書いて、カロリー爆弾と呼ぶそうですよ。非常に興味深いではありませんか」
「カロリーばくだん」
 ポケモンのわざみたいで強そう。真っ先にクダリはそう思った。判断能力の鈍っている疲れた頭で調べたインターネットの情報を鵜呑みにして、それを意気揚々と実践しようとしている兄に、なにか思うところがないわけではない。だが残念なことにクダリもノボリと同じく判断能力が鈍っていたので、すぐさま「いいね!」という思考に切り替わった。いつだって幼い頃から、ノボリがやりたいことはクダリもやりたいことだ。クダリは改めてレトルト麺の横に並んだ色んな材料たちを視界に入れる。それから気になった物に手を伸ばして、自分のデスクに次々と持っていく。
「ぼく、これとこれとこれ入れる」
 クダリに選ばれた材料はマヨネーズとチーズとバター、極めつけにはモーモーミルクだ。見事なまでの白い組み合わせに、ノボリは興奮気味に声を上げる。
「ブラボー!! どれもクダリらしいチョイスで大変素晴らしいです! さぞかし美味しく出来上がることでしょう!」
「あと、これも入れる」
「!?」
 最後に手を伸ばした先にあったのはライスパック。電子レンジでチンしたらホカホカの米が食べられるようになるやつだ。クダリがしようとしていることに気付いたノボリは、思わずと言った様子で口を手で押さえ、その場に立ち上がった。
「まさか……! 麺を食べ終わった後のスープへ、ライスを投入するおつもりですか!?」
「ノボリ、ぼくやるからにはすごく本気。ノボリにも負けないカロリーばくだん作る」
「スッ……スーパーブラボー!! 感服いたしました! それでこそわたくしのクダリです!! こうしてはいられません。このノボリ、サブウェイマスターの名に恥じぬよう本気で挑みましょう!!」
 本気でバカみたいな量のカロリーを摂ろうとしている弟に感動して、ノボリもインスタント麺に入れる材料の選抜を始めた。怒涛の3連休が終わり、今日こそ二人で落ち着いて食事をすれば良いだけの話が、いつの間にかどっちがより高カロリーのインスタント麺を作れるかどうかの勝負になってしまっている。しかしそのほうが燃え上がるのがバトル狂いの性。ノボリが選んだのは、カレー粉にバスラオの缶詰、乾燥野菜、煮卵。そして最後に手にしたのはラスボスのライスパック。ノボリのチョイスを見守っていたクダリが満足気にニヤリと笑う。
「やっぱり、ノボリもそれ選ぶよね」
「ええ、わたくしも負ける気は毛頭ございませんので。とは言え、流石にこの時間帯からカロリーの塊を食べてすぐに眠るのは気が引けます。そこでもう一つわたくしから提案があるのですが、食後の運動としてポケモン勝負をするのは如何でしょうか? 日々の勤務で疲れているところ申し訳ございませんが、たまには兄の相手もしてくださいまし」
「ポケモン勝負、やる! やりたい! そう来なくっちゃ! ノボリ大好き!」
「あなたならお受けくださると信じておりました! わたくしも愛しています!」
 まるで挨拶を交わすかのように自然な流れで愛を伝え合う。深夜の薄暗い駅構内を照らす、太陽みたいな笑顔を浮かべたクダリが勢いよく立ち上がると、待っていましたと言わんばかりにノボリが無言で両手を広げた。そこへ何の躊躇いもなく飛び込むクダリを、ノボリが鍛え上げられた体幹でしっかりと受け止めると、ぎゅうぎゅうとお互いに強くハグをしてから顔を見合わせる。
「ぼく、お湯沸かすね!」
「それではわたくしは散らかしたデスクを片付けておきます!」
 二人は早速カロリーばくだんを作ることに集中した。駅員室にある時計の針はもう0時半を指しており、そろそろ寝ないとまずい時間ではある。まさに深夜テンション、ドーパミンとアドレナリンが出っぱなしで止まらない。奇行も止まらない。深夜テンションと疲労ハイでおかしくなっている双子による、突如始まったカロリーばくだん対決の審判役として、ノボリの手持ちからオノノクスが選ばれた。
「公正な審判をお願いいたします、オノノクス」
 何をどうジャッジすれば良いのかは、この場にいる誰も分かっていない。いきなり出されたかと思えば、ポケモンバトルではなく、よく分からない勝負の審判をやれと指示されるのだから、オノノクスが困惑しているのは言うまでもなかった。先に蓋を開けておいたインスタント麺に沸騰した湯を注ぐ。湯気が上がる。火傷しないように気をつけてもう一度蓋をすると、あとは大人しく座って3分待つだけだ。ベースは同じインスタント麺、だけどそれを各々が好みで選んだ材料でアレンジする。全く同じ味にはならない。辛かったり甘かったり濃厚だったり薄味だったりするかもしれない。一口だけ交換する楽しみも出来る。だからこそ面白いのだと気付いたのはいつからだろう。しかし、味の違いよりももっと重要なことがある。もしもノボリが一人だったのなら、こんな遅い時間にわざわざ何かを食べようとは思わない。インスタント麺をアレンジするなんて発想にも至らなかった。一人だったのなら、こんなにも素敵で無敵な、冒険前のようなワクワクした気分は味わえなかっただろう。二人で味わうからこそ、ありふれた深夜に特別な意味が生まれる。
……クダリ。幼い頃に一度だけ、誕生日ケーキがわたくしの希望でガトーショコラになった年があったでしょう」
 何もせず座って待っている間が暇なので、ノボリはリラックスした体勢で過去の話を切り出した。クダリは黙って目線をノボリに向けることでその続きを促す。しかしもうクダリにはノボリが言おうとしていることが全てバレているようだった。
「確かにわたくしはショートケーキよりガトーショコラの方を好みます。ですが、ケーキがどんな味であれ、わたくしにとって何よりも大事なことがありました」
「それって、ぼくと一緒に生まれてきた日に、ぼくと一緒にケーキを半分こして食べること?」
 一言一句違わずに言い当てられてしまって、ノボリは肩を竦めて目を伏せた。クダリもずっと同じふうに思ってくれていたのだと、すぐに分かったからだ。
「成程。わたくしどもは本当に、幼い頃からずっと同じ気持ちを抱いているわけですね」
 早く空腹を満たしたいという気持ちより、何でもいいから愛する片割れと早くポケモン勝負をしたい欲の方が、このとき既に勝っていた。


▲▽


……ほんで? カップラーメン作って3分待っとる間に二人とも寝てもうたと」 
「ええと、多分? そうみたいだね……他にも色々買ってあるみたいだけど」
 静かな深夜の駅員室に、コテコテのコガネ弁が響く。仕事を終えて戻ってきたカズマサとクラウドの姿がそこにはあった。彼らの視界に飛び込んできたのは、自分たちのデスクの上にお湯を入れたインスタント麺を置いたまま、椅子に座って寝ている白と黒の上司二人。ノボリは腕を組んだまま俯いて眠り、その横でクダリは完全に全身から力が抜けた状態でぐったりと眠っていた。ノボリはしっかりと座って寝ているから大丈夫だろうが、クダリは体勢的に椅子から床へずり落ちるのも時間の問題である。その姿はまるで電池の切れたロボットみたいだが、バトルサブウェイで働くサブウェイマスターの二人はれっきとした人間である。少なくともカズマサとクラウドはそう聞いているし、疑ってもいない。
「あんなに困惑した顔をするオノノクス初めて見たよ」
 妙に静かな駅員室に入るなり、真っ先にオノノクスと目が合ったカズマサは言う。自分のトレーナーであるノボリが眠ってしまったので、どうすればいいか分からず、結局最後は自分からモンスターボールに帰って行った。あのサブウェイマスターの手持ちだけあって、優秀なポケモンである。自分のポケモン達だとこうはいかないだろうなと、カズマサは呑気に思ったりした。
「お〜い、ボス。ノボリさんクダリさん。なに作るだけ作って寝とるんですか。麺伸びてもうてますよ。ってアカン、完全に爆睡しとる」
 ズカズカと遠慮なく足音を立てるクラウドが、寝ているノボリとクダリに至近距離で話しかけるが、揺さぶっても無駄だったらしい。自分よりも遥かに強くて偉い立場の上司相手に、まるで駅のホームで寝ている酔っ払いの客を起こすかのような扱いだ。カズマサもクラウドのすぐ後ろまで近寄って訊ねた。
「クラウド、どうしよう?」
「どうするもこうするも、こんまま寝かしといたるしかないやろ。なんや色々重なってこの3日間えげつないほど忙しかったからな、ボスたちも流石に疲れが溜まってるんや」
「でも、仮眠室で寝てもらった方がいいんじゃ? こんな所で寝てたら身体バキバキになるよ」
「知らんのなら教えたる。こうなったボスらはな、ドテッコツの力を借りても動かん」
「ドテッコツの!?」
 サブウェイマスターのその細い身体に、一体どんなパワーが秘められていると言うんだ。想像できなくて目を剥くカズマサを尻目に、クラウドは考え込む。お湯を入れたまま放置されているインスタント麺をどうするかだ。今この場には自分たち二人しかいない。なら選択肢は一つだ。
「カズマサ。自分、腹減っとるやろ。食べや」
 捨てるのも勿体ないので自分たちで食べる。そういうことにしたクラウドに、カズマサは相変わらずすっとぼけた顔でトンチンカンな発言をする。
「え? 確かにお腹は空いているけど、勝手に食べてもいいんだろうか?」
「かまへんやろ、ボスら寝とるし。ていうか自分な、バトルサブウェイで働き始めてもう一年以上経つっちゅーのに、未だに道迷って欠勤するってどういう神経しとんねん。しかもこのクソ忙しいときに、仕事舐めとんのか。ライモンシティなんやと思っとる? コガネの地下とちゃうねんぞ」
「それが、途中までは上手く道に迷わず行けていたんだよ! だけど何故か気付いたら橋の上にいて…………良い景色だったなぁ」
「どこまで行っとんねん。しばいたろかホンマ」
 3分待っている間に力尽きて眠りこけるノボリとクダリには、部下のカズマサとクラウドのまぁまぁ喧しい声など一切届いていない。こうして地下鉄最強の兄弟による最強のカロリーばくだん対決は不発に終わった。むしろそれでよかったのだった。

──翌朝。クラウドから貰ったカップサラダをむしゃむしゃ食べるサブウェイマスターの姿があったとか、なかったとか。