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鳥のささみと申します
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カヲシン
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シンジくんが文化祭でメイド服を着せられる話。
身も蓋もねえな……多分エヴァ2軸なんだよ……。
もうなんだってありじゃないですか。
私は自認冬月(狂気)
カヲシン?カヲシンなのか?これは……。
「ああー
……
最悪だ
……
」
天高く馬肥ゆる秋。といっても、この国が三季を失い、一季になって久しい現在では、秋など記号的な概念に過ぎない。それでも、時節のイベントというものは慣例として形を変えずに続いていた。
他聞に漏れず、この学校でもそうだった。
文化祭。
第壱中学校は今、熱狂の渦の中にあった。
シンジたちのクラスである2-Aの出し物は、「このチョーゼツドトウにして超弩級の美少女! 惣流・アスカ・ラングレー様がいるんですもの、大成功間違いなしよっ」という鶴の一声で決まった、巷で流行っているというメイド喫茶だった。準備期間中、クラスの女子たちの、特にアスカの鼻息は荒かった。彼女はその仕切り屋な気質を遺憾なく発揮し、どこから仕入れてきたのか、本格的なメイド服の調達やメニューの考案に余念がなかった。
自分を含めた男子たちは当初、設営や調理といった裏方に徹することで合意していたはずだった。そう、初めはこんな予定ではなかったのだ。粛々と、前日までに用意した菓子や飲み物を並べ、簡単な調理を担当するために家庭科室にこもっていられるはずだった。
おさんどんに精を出していたシンジに向けて、初動が芳しくないとイラつき気味のアスカは客引きを命じた。無理やりこの格好をさせられて数時間。チンドン屋よろしく、段ボールに手描きで姦しい宣伝文句が書き殴られたアスカ特製の看板を持たされ、恥を忍んで校内を練り歩く羽目になった。
見る人見る人に、さんざん可愛いだの似合うだのとからかわれ、なんだか大切なものをいくつか失った気がする。
シンジのプライドと引き換えにしたPRのおかげで、幸い客入りは上々なようだ。提供が間に合わないと教室に呼び戻されて行くと、廊下には結構な人数の列が出来ていた。アスカは大層ご機嫌だったが、入れ食い状態のそれに気を良くし「あんた、これ捌いたらもう一巡してきなさい!」と、功労者に対してあまりにも無慈悲な命令をピシリと下してきた。もちろん拒否権などないに等しいので、実直に実行した結果、今シンジは完全に疲労困憊していた。
用意周到と思わず疑いたくなるほど、サイズがぴったりな物を渡された時は、タチの悪い冗談だと全力で拒否した。しかし、多勢に無勢。女子たちがノリノリで自分を飾りつけていくのを、なす術もなく受け入れてしまった記憶を反芻して、シンジは苦い顔をする。
お仕着せられたそれは、黒いロングスカートに膨んだ袖と、糊のきいた白いエプロンが眩しい、極めてオーソドックスでクラシカルなメイド服だった。首元まで詰まった襟に、控えめなフリルのカチューシャ。それがかえってシンジの線の細さを強調し、清潔感のある少女のような佇まいを完成させてしまっていた。
着慣れないロングスカートは足にまとわりついて、酷く動きにくい。パニエというインナーを仕込んでいるせいで無駄に幅をとるし、下半身はやけに重たく、それでいて裾からは空気が入り込んで心許ない。履き慣れたスニーカーとは違う、つま先の窮屈なストラップ付きのパンプスも、疲労感を加速させていた。
とにかく早く脱ぎ捨ててしまいたいという衝動をぐっと押し込め、シンジは裏庭の体育館へ続くコンクリートの階段によろよろと腰を下ろした。
深い、深い溜息をつく。
中学に上がる時の入学祝いで先生にもらった、愛用の腕時計を一瞥する。現在時刻、十三時四十分。午前中散々歩き回った挙句、昼のピークを捌き、再度の校内行脚と一人立ち回ったシンジは、昨夜の徹夜も祟って、疲れが頂点に達していた。
だから少し、ほんの少し休ませて欲しい。頑張ったんだからバチは当たらないはずだ。
内心で言い訳しつつ、辺りを見渡す。手入れはされているものの、樹木が鬱蒼と茂っていて、表側より少しだけ涼しい。
目を閉じて深呼吸する。ここで昼寝できたら最高だろうな、ともう一人の自分が誘惑してくる。
普段は薄暗くて人気のない、少し怖いとさえ思っていた場所が、これほどまでに落ち着くなんて知らなかった。
とにかく、なるべく早くこの苦行が終わりますように。
なかば祈るような、大袈裟な心地で空を見上げる。目の前には、憎らしいほど雲ひとつない青空が広がっていた。このトンチキな格好さえしていなければ、最高に気分が良かったはずなのに。今日に限って、なんでこんなに青いんだろう。
ぼんやりと上空を飛んでいく戦闘機を眺めていると、不意に、視界に見慣れた顔がにゅっと飛び込んできた。
「やはり、ここだったか」
「
……
カヲルくん」
カヲルは微笑みながら、隣にそっと腰を下ろした。シンジは諦めたように、広げた膝の上に両手を置くと、若干うなだれながら口を開く。
「アスカに、僕を探してこいって言われたんでしょ」
「それもあるけれど」
「けど?」
カヲルが少し黙った。珍しく言葉を濁す彼に、色々と察した。
「あぁ
……
カヲル君も、これをやれって言われたんだね。で、逃げてきたわけだ」
自分を指差し、恨めしそうにジト目で見やるシンジに対し、カヲルは少しきまり悪そうな顔をしたが、すぐに話を逸らすように言った。
「シンジくん、よく似合ってるよ」
「
……
嬉しくない。早く着替えたい。動きにくいし、スースーするし
……
なんで僕が」
恨みがましくこぼすと、カヲルは宥めるような声を出す。
「でも君のおかげで、だいぶ繁盛しているみたいだよ」
「そりゃあよかったよ。見せ物冥利に尽きるね」
すっかりやさぐれて、口を突いて出るのは皮肉ばかりだ。シンジは苛立ちを紛らわすように、長いスカートの裾をバサバサとさせた。
「第一さ、喫茶店をやるのにメイドさんの格好をする意味なんてあるのかな。別にいつもと同じでいいじゃないか」
「彼女は新しいもの好きだからね」
「地上(こっち)で流行ってるんだっけ?」
よくわからないけれど、と首を捻りながら、シンジは少しだけ意地悪な気持ちを混ぜて続けた。
「僕は、カヲルくんの方が似合うと思うよ、こういうの」
カヲルは困ったように笑い、小さく肩をすくめる。
「なんだか、ごめん
……
」
「別にいいけどさ」
風向きが変わって、焼きそば屋台の呼び込みとソースの匂いが流れてくる。あまりに忙しくて、昼もまともに食べていないことに気づくと、急に腹の虫が目を覚ました。
「お腹すいたねぇ」
「そうだね」
あ、と何かを思い出したように、カヲルがポケットを探った。
「はい、いくつか失敬してきたよ」
そう言って差し出してきたのは、喫茶店で出しているマドレーヌだった。慣れない菓子作りに夜中まで奮闘して生み出された、正真正銘、自家製の。シンジは複雑な面持ちでそれを見やりながら、「ありがとう」と受け取る。自分でしたラッピングを自分で解くというのも、虚しさに拍車をかけるなと思いながら、袋から取り出したそれをまじまじと眺めた。我ながら、色も形も完璧だった。
そりゃそうだ、何度も試行錯誤してやっと辿り着いた、失敗しないレシピなのだから。味見をする余裕なんてなかったから、出来上がりの味は知らない。散々売りまくった後なのでもう何もかも遅いのだが、シンジは恐る恐る貝殻の形をしたそれを口に運んだ。
バターのコクと砂糖の甘みが、くたびれた体にガツンと響く。僕って天才かもと自画自賛したくなるくらいには、美味しくできていた。隣でカヲルも、同じマドレーヌを口にしている。
「甘すぎたかな?」
「いや、美味しいよ」
「飲み物、欲しいね
……
」
「確かに
……
」
生産性のない会話を交わし、最後のひとかけを口に放り込んで、シンジはこれからの予定を確認するように訊ねた。
「あと、どのくらいだっけ」
「飲食系は十五時までに撤収だって」
「まだ一時間もあるのか
……
。もう、何もしたくないなあ」
大きく仰け反って、コンクリートの壁に背中を預ける。首筋に当たる冷たい感触が、火照った体に心地よかった。
しばらくの間、二人は無言で空を見つめていた。遠くの方で、放送委員長のアナウンスが反響している。喧騒から切り離された静かな空間に身を浸していると、このままサボってしまおうかという、らしくない考えまで浮かんできた。
「サボってしまうかい?」
その考えを見透かしたかのようにカヲルが言うものだから、できることならそうしたいという本音を思わず顔に出してしまった。
「いいね、と言いたいところだけど
……
あとが怖いよ」
「そこだね
……
」
「そこだよ
……
」
重なるようにして、二人揃って溜息をつく。完璧なユニゾンだった。きっと同じ人物を思い浮かべている。
もしここにミサトがいたら、「いいわね〜、息がぴったりじゃなぁい」なんて、語尾にハートマークでもくっついてきそうな勢いで褒めてくれるに違いない。そんなことを考えたら、なんだか変なスイッチが入ってしまって、口元が自然と緩んだ。
「どうしたの? 楽しそうだね」
「なんでもない」
「そう?」
「うん」
思えば、ここに来てから理不尽なことばかりだ。元々人に自慢できるような人生じゃないと思っていたけれど、特にこの街へ来てからは理不尽の上に不本意まで乗っかって、あらゆるものが押し寄せてくる。学校では不本意な女装をさせられて看板を持たされ、学校以外では不本意に兵器に乗せられて。
なんだかわけのわからない人生だな。そう考えたら、溜まりに溜まった疲れのせいか、すべてが可笑しくなってしまった。
カヲルは、静かに笑うシンジの足元で、風に吹かれてはためくスカートの裾をしばらく目で追っていた。やがて、ゆっくりとした手つきで、雄々しく開かれたシンジの両膝をそっと閉じた。
「うわっ、なに? 急に、どうしたの」
カヲルの指先が、ストッキング越しに膝に触れる。その手つきが案外に力強かったことに、シンジは少しだけ面食らった。
「あまり無防備になりすぎてもいけないよ」
「ええ
……
?」
戸惑うシンジに、カヲルは諭すような穏やかな声で、けれどどこか含みのある響きを交えて告げる。
「ヒトって、意外と業が深い生き物だからね」
またいつもの、少し回りくどい言い回しだ。けれど、その声がどこか自分を慈しむように響いたので、シンジはそれ以上追求するのをやめた。
「なにそれ
……
変なカヲルくん」
「もう少ししたら、君にもわかるようになるさ」
カヲルはいつもの柔らかな微笑みに戻って、少しだけシンジの方へ肩を寄せた。
シンジはやっぱりよくわからないといった風に、ひとつ首を傾げる。
直後。
「バカシンジーー! どこで油売ってんのよ!」
聞き慣れた怒鳴り声に、二人の静寂はあっけなく崩れ去った。
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