ニシナ
2026-04-29 21:00:00
1767文字
Public StardewValley
 

「敬語」「ビジネス」

スタバレ週間ライティング(第101回)2026年4月23日発表お題より「敬語」「ビジネス」
#StardewValley週間ライティング #SDVワンライ

――先日はきちんとご挨拶も出来ず、お見苦しい所をお見せいたしました」
恭しく名刺を差し出し、いつものように口角を上げて目を細める。モーリスの“営業スマイル”にファーマーは一瞬怯んだように視線を彷徨わせ、それから申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「いえ……あの、生憎名刺を持ち合わせてなくて」
「問題ございません! あなた様のことはすっかり存じておりますよ。お祖父様の遺された広大な農場を相続し、復活させるためにjoja本社を退職された新人ファーマー殿!」
モーリスは何もかも知っているような顔でそう告げ、ハグを求めるように両手を広げた。それを見て一層困惑した表情を浮かべるファーマーに畳みかけるようにモーリスは声をかけていく。
「ああ、いきなり素性を明かされるのは不快ですよね。ただ、あなた様の噂話はペリカンタウンのあちこちから届くのです。joja勤務の元同僚と聞いてから私はあなた様とこうしてお話しできる日を心待ちにしていたのです。逸る気持ちを抑えきれずに大変申し訳ございません!」
自分ほどのクラスになれば退職理由がただの相続ではないことも、かつて勤務していた部署での評価も手に取るようにわかっている。レンガが一つ外れたくらいでjojaは揺らがないが、ペリカンタウンのような小さなコミュニティの中では一つのレンガによって傾きが直されてしまう可能性だってある。
コミュニティの一員になる前にあえてこちらからビジネスを持ち掛けるのは我ながら商才があると思いモーリスは内心ほくそ笑んでいた。
そんなモーリスの心情を知ることもなく、やや怪訝な面持ちでどのような用事かと訊ねてくるファーマーに、モーリスは数枚のプリントされた企画書を差し出した。
「それはもちろん、ビジネスのお話です。これはあなたにとっても悪くない提案だと思うのですが――
農場が軌道に乗るまでの出資と定期的なサポート。苗や種を無償化し、収穫量を得られるまでサポートしつつ、安定してきたら通常よりも数割増しの値段で仕入れ、jojaでの流通と販売。
祖父の家や土地を管理していたペリカンタウンへの恩義も考慮しいきなりの専売契約はせず、地域との共生をしながら確実に財産を得て牧場を大きくしていく……そのための布石を打つ提案の数々。
「取引相手が街の小さな商店一店舗なんて機会の損失でしかありません。あなた様の勤勉な部分を知っている私は、この街でサポートをしていきたいのです」
百戦錬磨のプレゼンを終え、モーリスはまっすぐにファーマーを見つめた。
現実的な数字とファーマーへの期待が伝わる破格の対応。どれも魅力的なものに仕上がっているので、もしファーマーが石橋をたたいて渡るタイプの人間だったとしても、かなり好意的に映るのではないだろうか。
なにより、ファーマー自身が渡した資料に目を落とし、じっと考えているのは一目瞭然だった。
あと一押しでこのビジネスも成立する。モーリスは確かな手ごたえを感じていた。

しかし、ファーマーからの返事は意外なものだった。
「残念ですけど……
苦笑いを浮かべて首を横に振るファーマーにモーリスは思わず詰め寄った。
「なぜです? あれほどの広大な土地を持っているというのに。農場を大きくするのではないのですか?」
「ええ、そうなんですけど……でも、しばらくは釣りをしてのんびり暮らしたいなって思ってるんです。ルイスさんにもパースニップを育てるようにって言われたんですけど、まだ全然、種も植えてなくて」
両手首をくいと持ち上げ、釣竿を引き上げるジェスチャーをするとファーマーは照れたように笑った。
「モーリスさん、こんな地方のお店の担当なのにすごく商売熱心なんですね、偉いなぁ」
「な……
想像もしていなかった返答にモーリスは言葉を失い、表情は張り付いた。
「モーリスさんも店長? エリア長かな……お仕事大変だと思いますけど無理しないでくださいね。おれは本社勤務を辞めたらすごくよく眠れるし、ご飯が美味しく感じられるようになったので」
「たまにはビジネスから離れてみるのもオススメですよ」
ファーマはにっこり微笑むと資料をモーリスに戻す。それでは失礼します、と告げるファーマーの笑顔は営業スマイルのそれとは違う、心からの笑顔に見えた。