詠夕れもん
2026-04-28 00:00:13
2784文字
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狛日版週ドロライ「誕生日」

未機パロです。狛枝のほしいものの話です。以前1月に書いた「誕生日」のお題の前日譚になりますが、単体でも読めます。

「それ、当日になって訊くこと?」

いかにも不満です、といった声色を努めて作ってそう詰ると、半歩先を歩きつつこちらに顔を向けていた日向の眉が顰められた。

「お前な、自分がこの一か月どんな状態だったか言ってみろよ」
「聞いたことないような国のよく分からない僻地の調査に向かったは良いけど、移動中にヘリが事故ってチームと逸れて端末も壊れて、人っ子一人いない森の中でサバイバルしてたね」
「それでどうやって事前に訊いておけって言うんだ?」

ぐうの音も出ない正論だった。とはいえ、狛枝は端からそれを理解した上で言っているのだし、日向とてそんな事を突き詰めたって仕方が無い事は分かっているのだろうけれど。実際、狛枝がわざとらしく肩を竦めるだけの反応に留めても、それ以上の追及はされなかった。ただ、単に持って生まれた気質の問題で、分かっていても言わずにはいられなかったのだろう。

「っていうかどういう風の吹き回しなの? 今まで何が欲しいかなんて訊いてくることなかったのに」
「別に、大した理由がある訳じゃないけど……

少しだけ、迷うように視線が逸れる。それから彼が浮かべた小さな笑みは、どこか息苦しさを綯交ぜにしていた。

「そろそろお前にも欲しいもののひとつやふたつ、できたんじゃないかって思って」

一度はプログラムの中で死を経験したこの身が現実に目を覚ましてから、数年が経つ。
自分が希望となるために全てを賭して、それで欲しいものは手に入った筈だった。けれどそうはならなかった。それでもせめて、あのまま「死んで」いられたのならばその事実に気付かずに済んだのに、目の前の男が現実に引き上げてきた所為で、自分が欲しいものは手に入らなかったのだという事実を直視せざるをえなくなってしまった。
……それからの日々は、暗闇の中をただぼんやりと歩いているようだった。夢が絶たれ、それ以外に縋るものの無い狛枝には当然の結末で、灯火の代わりに手を引くやわらかな、どこか躊躇いがちな力に従うままに未来機関へと籍を置いて、漫然と与えられた業務をこなすだけの日々を送っていた自分の心中には、きっと埋まることがないだろうと予感できるような穴があいていた。何かを求める気力すら、空洞の中に落としてきてしまっていた。

…………

すっかり草臥れたシャツの胸元を右手で無造作に握りしめる。その内側の穴は、依然として存在を主張している。
ただ、その底にはいつの間にか、以前にはなかった水面のようなものが薄く漂うようになっていたことに気付いていない訳ではなかった。無色透明のそれは時折ふとした切掛けで揺れては跳ねて、生ぬるく存在を主張している。
こちらを見つめる日向の、吊り気味の瞳が少しだけやさしくほどかれたのを見て、またそれが波を立てるのを感じた。

――去年は旅館、一昨年は遊園地、その前はレストラン」
……、不満だったか?」

日向が狛枝に対し、これまで誕生日にとかこつけて誘ってきたものだ。それらを淡々と連ねていった事に対し彼は僅かに不安げに目を細めたものの、狛枝は首を横に振って答える。

「振り返ってみれば、日向クンは形に残るものは一度もくれたことがなかったなって思っただけ」
…………
「まあ、キミが考えてそうなことは分かるよ。何となくだけど」

彼は多分、周囲に痕跡をできるだけ残さないようにしているのだ。極めて特殊な形で手を加えられた頭はいつ突発的に駄目になるかも分からなくて、だから、そうなってしまった時の事を考えて。誰かに喪失を経験させることになったとしても、その傷が深くなることがないように。
けれど。ならばそもそも、彼の周囲に対しての過ぎる献身自体をやめるべきなのだ。きっとそれを本人だって分かっているだろうに、日向はやめられないでいる。……それが何故なのかまでは狛枝には知る由も無いが、その矛盾の存在は、胸の内の波を少しだけ甘い温度に変えた。
ふたりの間にある微睡みの様な境界線を唐突に踏んでみたくなったのは、きっとその微かな甘ったるさの所為なのだろう。

「分かった上でこんな事を言うボクは、多分人でなしなんだろうけど……

ふと笑むのに近い呼気を落として、それから狛枝は言葉を続けた。

「キミの隣」
…………は?」

目を丸くして日向が立ち止まる。狛枝は日向の直ぐ傍らでは足を止めず、数歩先まで歩いてから止まり、振り向いた。

「キミの隣がほしい。今のボクにはそれくらいしかないよ」

唖然とした顔が、生い茂る木々の隙間から差す木漏れ日に微かに照らされている。暫くの時間をかけ、言葉を失ったまま狛枝の言葉を飲み込んだ日向は、やがてその顔を形容しがたいかたちへと歪めてみせた。
息苦しさと、戸惑いと、それからどこかやわいなにかを僅かに滲ませた枯草色が、酸素を求めてあえぐかの様に揺らめいた。だからといって、その目元が濡れる気配は無かったけれど。その詰まった呼気をほどくために、狛枝は軽い調子で再度口を開いた。

「まあ、すぐに答えをだすのはキミには難しいだろうし、とりあえず検討してみてよ。誕生日プレゼントは誕生日に渡さないといけないなんて決まりも無い訳だし、気長に待つのは得意だしね。それにね、……上からはきつく止められただろうに、元絶望の残党が命令違反を起こすリスクを無視して、しかも単独でこんな所までボクのことを探しに来たりする癖に、こんな些細な願い事にははいどうぞって言えないキミの破綻した性格も織り込み済みだから」
……何で俺はこの状況で貶されないといけないんだ?」

日向の渋面が異なる種類のそれに変わる。それを見た時、狛枝は珍しく力を抜いて破顔することができた。

「要するに、そういうどうしようもない部分も含めて、キミの隣が良いって言ってるんだよ」

――本当は。これまでと同じようなものでも良かったのだ。踏み込む事で彼を傷付けるのならば、無理に求めなくたって良いと。別に自分たちの間にあるものを言葉でかたどらなくたって、日向は狛枝を充分すぎるくらいに見つめて、共にいてくれているのだから。
けれど、日向が遣る瀬無さを孕みながらもやわらかな眼差しで狛枝を見据えたりするから、少しだけ夢を見たくなってしまったのだ。そうすることで将来狛枝を傷付ける可能性すら許容してでも彼がこの手をとってくれる、……そんな夢を。
僅かに瞠目して、それから途方に暮れたように眉を落とした日向がどんな答えを出すかは分からない。ただ、その情動を見て取った時にまた胸の中の波が音を立てて波紋をつくる。その感触だけでももう充分なものを受け取った気分にならなくもなかったが、そうと素直に口にしてやらないくらいには、狛枝は自分の欲深さを正しく理解していた。