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Public ヌヴィリオ
 

ウィーピングウィローの祝福

XXXX歳と16歳のヌヴィリオ🌧⛓️(転生現パロ風味シリーズ第1弾)

真夏のフォンテーヌは、光が多すぎる。
空はどこまでも高く、水面はそれを余すことなく映し返す。湖畔に立てば、世界が上下に広がっているような錯覚すら覚えるほどだ。
リオセスリはその縁に腰を下ろし、適当に結んでいたネクタイを完全に解いて、シャツのボタンをいくつか開ける。
パタパタとシャツをつまんで空気を送ると、温い風でも心地いい。
時間を確認して周囲をぐるりと見渡すが、当然誰か来るような気配もない。
片手で小石を弄びながら、ゆるく息を吐いた。
夕暮れに差しかかる時間帯。日差しはまだ残っているが、刺すような暑さはやや和らいでいる。とはいえ、肌にまとわりつく空気は依然として夏のものだった。
今日は、ちょうどテスト期間の最終日。
せっかくの湖だが、学校終わりで巡水船に乗り、直接ここへやって来たせいで制服を汚すような真似はできない。
……遅いな」
独り言のように呟く。
別に約束の時間を過ぎたわけでもないのに、こうして何もせず待つ時間は妙に長く感じる。
――いや、違うか。
今日が〝そういう日〟だから、余計に長く感じるのだ。
十六。
この身体に与えられた年齢としては、区切りのいい数字だろう。だが、自分にとってそれがどれほどの意味を持つかと問われれば、答えは曖昧だった。
記憶は連続していて、感情含め全てがあの頃から地続きで、なにひとつ途切れてはいない。
それでも、こうして新しく数え直される年月を、完全に無視することもできなかった。
一回目の人生でも、実際は真夏だったのだろうか。
すでに大昔の話で、自身も家畜になってからの記憶しかないので知りようがないが、どうせなら後に自ら選んだ日にちが良かった。
そんな詮無いことを考えながら、日差しを避けるように木陰へ移動して鞄を適当に放ると、涼を求めて両手を水へつけた。思いのほかひんやりとして気持ちがいい。
一応、昨日の夜は日付変更の時間まで起きていたが、特に連絡が来ることはなかった。
多忙なのは理解しているし、期待していたわけではないけれど、それから今の今まで携帯が鳴らないことを考えると、忘れられている可能性もなくはない。
「まぁ、それでもいいか」
実際、自分自身そんなに厳格に日時を大事にしているか、というとそうでもないのでさほど気にならない。
空が少しずつオレンジに近くなる中、手持ち無沙汰に小石を湖へと投げる。水面に小さな波紋が広がり、やがて静かに消えていく。
ぼんやりそれを繰り返して四度目の、その時だった。
背後に、よく知った気配が落ちる。
振り返るまでもない。
「待たせてすまない、リオセスリ殿」
静謐に満ちた、揺らぎのない声。
リオセスリは肩越しにちらりと視線を向け、小さく笑った。
「いや、今来たところだ。時間通りだよ」
こちらの返答に対してヌヴィレットは何か言いたげに見えたが、わずかに嘆息するだけだった。
リオセスリの隣に立ち、湖面を一瞥する。
その仕草はいつも通りの隙のなさで、周囲の空気すら一段引き締めるようだった。
「ここなら、人目はない」
「そうだな。さすがに、街中で堂々とってわけにもいかない」
軽く肩を竦めるリオセスリ同様、二人を取り巻く言外の事情を、ヌヴィレットも正確に理解している。
法的な問題。社会的な視線。
本人たちの認識とは無関係に、守るべき線が存在することを、彼は殊更誰よりも知っていた。
……君の年齢については、引き続き慎重に扱う必要がある」
まるで審判中かと思うほどに硬い声でそう言われ、思わず苦笑した。
「わかってるさ。俺が軽率な真似をするように見えるかい?」
「君がそうでないことは承知している。ただ……
言葉が、そこでわずかに途切れる。
その先を続けるかどうか、一瞬だけ迷ったようだった。
リオセスリは視線を上げる。
「ただ?」
……私がそうであり続けられる保証はない」
静かに告げられたそれは真剣で、どうも冗談などではないらしい。
ほんのわずか、沈黙が落ちる。
リオセスリは一拍置いてから、小さく息を吐き、立ち上がった。
「相変わらず律儀だな、あんたは」
そう言って、自然な動作で手を差し出す。
「ここならいいだろ。誰も見てない」
ヌヴィレットはその手を見つめ、一瞬躊躇したようだった。
だが次の瞬間には、静かにそれを取る。
湖水に濡れた指先が触れ、絡む。
その接触は、冷たくてあたたかかった。
……誕生日、おめでとう」
短く告げられる。
その声音は普段よりわずかに柔らかく、抑えた感情が滲んでいた。
「ありがとう。覚えてたのか」
「当然だ」
即答だった。
そして、もう片方の手で小さな箱を差し出す。
簡素だが、丁寧に包まれている。
リオセスリはそれを受け取り、軽く振ってみた。
「開けても?」
「構わない」
包装を解き、中を確認する。
中に収められていたのは、細い白銀のブレスレットだった。装飾は控えめで、ささやかな意匠と緩やかなツイストがどこか水の流れを思わせる。
……へぇ」
思わず、感嘆が漏れる。
「君の年齢、立場、そして現在の環境を考慮した結果だ。洗練されていて、過度に目立たず、それでいて……私の――
「あんたのものだってわかる、か」
躊躇われた言葉を継ぐ。
ヌヴィレットは視線を下げ、小さく頷いた。
リオセスリはその場でブレスレットを着け、空に翳す。違和感なく手首に収まり、美しく日差しに反射する贈り物。
「いいな。気に入った」
素直にそう言うと、ヌヴィレットの視線がほんのわずかだけ緩んだ。
「似合っている」
夕日が傾き、水面が橙に染まる。
その光の中で、一番美しく輝く龍の瞳が、静かに熱を帯びていく。
リオセスリは一歩だけ距離を詰めた。
「ヌヴィレットさん」
囁くように、呼びかける。
ヌヴィレットが応じるより先に、待ちきれなくて軽く指を引いた。
まだ彼より低い目線を埋めるため、つま先立ちで、引き寄せるようにして、顔を近づける。
目を閉じる寸前、龍の瞳にはわずかな逡巡が見えた。
……けれど、それ以上は必要ない。
唇が触れる。
短く、やわらかい接触。前髪が触れ合って、すぐ解けた。
自然に囲まれた夏の夕暮れの中で、この場所だけがやけに静かだった。
離れたあと、リオセスリはわずかに笑う。
「これくらいなら、問題ないだろ」
ヌヴィレットは答えない。
ただ、手を繋ぎなおして、優しく力を込める。
……本来であれば、慎むべき行為だ」
口ではそう言いながらも、手は離さないし、距離もとらない。
「だろうな。でも、今日は特別だ」
沈みかけた太陽が、水面に長い光の道を作る。
その中で、二人の影が並ぶ。
これ以上が許されない距離。
人の世の定めを守りながら、それでも確かに繋がっている。
「来年も、祝ってくれるかい?」
何気ない調子で問うと、ヌヴィレットは至極真面目な顔で頷いた。
「無論だ」
その答えに、迷いはない。
涼夜を告げる風が、湖面を静かに撫でていく。
繋いだ手の感触だけが、確かな現実として残り続けていた。