月見
2026-04-27 01:17:12
5195文字
Public シャリエグ
 

ニワシドリの非日常(シャリエグ)

リクエストのマチュニャから見たシャリエグ、ぽいなにか
同棲したいシャリさんと尻込みザベ君



「ザベさあ、なんでヒゲマン家に行ってあげないの」

 サイド3に借り受けているアパート。年若いといって良い男、エグザベが一人で暮らすには十分すぎる2DKの一部屋のクッションにはアマテとニャアンという年頃の女性が二人、なんの気兼ねも無しに居座っていた。
 宙を飛び回っている彼女たちは時折活動の報告がてらエグザベ達、というよりシャリアに会いにソドンか主にこのサイド3に立ち寄るのだが、最近はもっぱらエグザベのねぐらにやって来ることが多い。
 曰く、ヒゲマンの家ってセキュリティすっごいからアポ無しで気軽に入れないし、とのことで。ならせめてコモリ少尉の家はどうだ、僕にしろ中佐にしろそもそも一人暮らしの男の家に女性が押しかけるもんじゃないと苦言を呈しても、MAVを組んで無敵感溢れる少女二人には毛ほども利きはしなかった。
「だってザベんちならヒゲマンもすぐ来るじゃん。効率だよ効率」
 エグザベの出したリットル幾らの紙パックから注いだだけのアイスコーヒーを飲みながらアマテはこともなげに言う。そこからの流れで、冒頭の台詞だった。
 シャリアは自分たちが来た時も、それ以外でもよくこのこじんまりとしたエグザベのねぐらに来ているらしいのに、広くて快適で立地も良いシャリアの自宅にエグザベは滅多に立ち寄らない、と。

――――中佐、また余計なことを」
 言ったな、とエグザベの眉間に皺が寄る。あの恋人にして上官はどうにもこの彼にとっての年の離れた異性の友人に要らぬことを話し過ぎる。
 それがシャリア個人のプライベートについてならシャリア個人の選択故にエグザベが口を出すべきことではないが、自分が密接に関わっている事柄であれば話は違ってくる。
 だというのに、むしろその自分が密接に関わっている、つまるところ自分たちの「お付き合い」に関連することばかり、やたらと話をしているのだ。本人曰く「相談」だと宣って。
「ヒゲマン落ち込んでたしもっと行ってやんなよ。前にザベが出張かなんかで此処入れなかった時にヒゲマンち行ったけど、このお菓子はエグザベ君が好きで~とかこのカップは二人で揃いのものにしたんです~とか他にも色々、なんか凄かったしさ」
 アンタ仕様にしてるんじゃん、あの家。微糖のはずのアイスコーヒーをまるで激甘フラペチーノかのような顔で飲みながら大きなミント色の瞳が睨み上げてくる。エグザベはひくりと口端を引き攣らせた。
 本当に何を話しているんだろうあの人は。そしてそのカップは二人で、というよりシャリアが嬉し気に「お揃いで買ってみました」と差し出して来たものだ。自分好みの色合いや大きさのそれに感心したと同時にほんの少しだけ、自分に直接どんなものが良いか聞いてくれても良かったじゃないかと思ったことも印象深い。
……マチュ、やっぱり少尉も気持ち悪いんじゃないかな、ああいうの」
「いや「も」ってなんだ! ニャアン!? 違うから! その、色々中佐が気を使ってくださってるのはありがたいから!」
 黙って二人のやり取りを聞いていたニャアンがぼそりと爆弾を投下してくる。というか「も」ってことはニャアンとしては気持ち悪いと思っているのか? 間違ってもシャリアに直接言わないようにさせないと、などと忙しなく思考する様をミントと金色の二色の瞳がジッと見つめて。
「じゃ、なんで? ぶっちゃけその辺解決してくれないと正直毎回惚気と愚痴聞かされるのしんどいんだよね」
 こっちはまだシュウジの手がかりも無いのにズルいじゃん。と唇を尖らせる。横でハロがズルイ!ズルイ!と騒がしい。
「その、それはスマン……?」
 あれ、なんで僕が謝ってるんだ? という疑問のまま流されて謝罪するエグザベにニャアンが溜息を吐いたのが見えた。
 しかしどう答えたものか。エグザベは視線を泳がせながら口を噤む。
 アマテの指摘、ひいてはシャリアの嘆きである「シャリアの家にあまり訪れない」というのは偶然ではなく確かにエグザベの意思によるものだ。無意識ではない、明確な理由で以ての。
 だがその理由を彼女たちにここで語るのも、エグザベの望むことではない。しかし恐らく誤魔化しも利かない。
 結果訪れる沈黙と顰め面を破ったのは果たしてニャアンだった。

「ここに来られるのは良いのは、慣れてるからですか? 壊されるの」

 ぇ、と小さな戸惑いの声はアマテのもので、エグザベはただ目を見開き、瞬きを忘れたようにニャアンを見つめた。




 ニャアンから見て、エグザベという青年は分かりやすいのに理解しがたい、自分とは随分と違う人間だった。
 同じように難民となり生き抜き、ジオンに拾い上げられた「運が良い」人間。その上で自分とは真逆の鈍さ、というより呑気な善良さと、誰に対しても変わらなさ。
 冷たいわけではない、警戒を抱かなくていい無害な相手で、気安く出来る、恩もある相手。だけど時に酷く平坦で距離を感じる相手でもあった。
 それでもニャアンにとって数少ない関係が継続している相手であり、少しばかり放っておけない気もしなくもない、それがエグザベ・オリベという元上官でもある青年で。
 その青年が、彼の上官であり一度は殺し合ったという男、彼の部下を根こそぎ殺した男と恋仲になったと知った時、その相手を一応は知っていたニャアンに過ったのは「大丈夫かな……」であった。
 何が、とか、どこが、というのは言語化できない。漠然と、そんな靄が胸を掠めていた。
 その靄の正体は未だに晴れず、今もニャアンはMAVであるマチュほど彼の恋人、灰色の幽霊の異名を持つ男に親しみを感じられてはいない。
 悪意も無い、こちらに害を成そうという臭いも無い、それは分かる。自分たちを良く思っていることも。その上で、エグザベに向ける熱の籠った目を見た上で、どうにも、なんとなく一歩足を引きたくなるような、うなじがソワソワするような感覚が微かにする。
 つまるところ、薄っすらと理由も分からない苦手意識が無くも無い、というのが目の前の青年の恋人への心象で。
 だから、薄っすらと頬を染めているくせに妙に静かな目をしてせっせと自宅をエグザベのために作り替えている姿と、もっと来て欲しいと項垂れて見せる姿とに、マチュほど親身に寄り添えていなかった。
 恋する相手へ必死のアプローチに呆れ辟易しながらもシンパシーも感じているらしいマチュほど、素直にそれを見れていなかった。
 むしろなにか、好きではない味の大きな飴玉を飲み込んでしまったような喉の詰まりを感じて。
 そんな諸々の印象もあるからだろうか、マチュからの指摘を受けて言葉に詰まるエグザベに思わず零れた言葉はエグザベ本人から窘められた。
 ありがたい、とは言ったけど、気持ち悪くない、とも言ってないじゃん。そう喉まで出かかった追加の言葉は、それこそ飲み込んだ飴玉の錯覚によってせり上がる前に詰まって留まる。
 マチュとは違いたっぷりのミルクを混ぜさせてもらったアイスコーヒーを一口飲めば、少しだけその詰まった感覚がマシになった。
 ニャアンは結局また黙り込んで難しい顔をしているエグザベを見て、もう一度彼の恋人の振る舞いを思い起こして、その後ゆっくりとこの家この部屋をくるりと見渡して。
 シンプルな部屋。ところどころ、というより随分と色々、自分やマチュ、そして彼の恋人である男が持ち込んだだろう小物や生活用品、人間の気配が混ざる部屋。
 家主本人の気配、においもしっかり混じりながらも主張しない、なるほどエグザベらしい部屋。
 それを肌で感じて、だからなんだという訳ではないはずなのに、不意にパチンと米神で微かになにかが弾けた気が、した。
 もやもやした何かの中で不意に一本だけ、綺麗に光る糸が見えた気がしたのだ。
 その感覚のまま、不思議な確信のまま、小さなローテーブルにカフェオレもどきと化したアイスコーヒーを置いたニャアンが放り投げた言葉が、慣れてるから? という、それで。
 戸惑い子の母音を零したマチュと、小さく息を呑んだエグザベによって静止した空気の中、ニャアンはなんだろう、と肩を竦めながらもう一度グラスを手に取り残り少ない中身を飲み干した。



「ね、ね、ニャアン、結局あれ、どういうこと?」
 エグザベのアパートを出てしばらく、自分たちの仮ねぐらに向かう道中でマチュがニャアンに問いかける。
 ニャアンがエグザベに向けた言葉の意味。更に続けられた「行くのが嫌なの、壊れるのが怖いからですか?」という問いも受けて、やがて静かに目を伏せて笑うと「どうだろうな」とだけ呟いてそれきりだったエグザベと、「そうですか、なら良いです」とだけ返してなにか納得し合ったような二人。
 それについて、マチュは分かんないと道端の小石を蹴った。
 興味津々、聞かずにはいられないような、可愛らしくも不躾な少女らしい好奇心。ニャアンはぼうっと作り物の青空を見上げ、「そのまんま」と返す。
「自分の場所なら、誰が来るのも無くなるのも、当たり前なんだと、思う……。うん、そうだ、あの人ってきっとそう。うわ、意味わかんない。私ならむしろ嫌だけど、なんでそれで良いんだろ」
……ニャアン?」
 おーい、と背伸びをしたマチュが目の前でひらひら手を振る。それで意識を現実に引き戻したニャアンが「うん」と足を止めて振り返った。先ほどまでいたエグザベのアパートの方角を見返すために。ざぁと吹いた風がニャアンの艶やかな黒髪を揺らす。
 自分の場所を、踏み荒らされるのは慣れっこだ。やっと人心地ついたねぐらに乱暴に押し入られて追い出されるのも、その場所自体が邪魔だと丸ごと壊されるのも、何度も経験してきた。
 だから自分は余計にようやく手にした場所に踏み込まれるのは嫌だったし壊されたくなかったけれど、彼はそもそも何時だって、踏み入られてめちゃくちゃに、自分の場所じゃなくなっても「そういうものだ」としている。
 その諦めめいた構えが、ニャアンは気持ち悪かった。そんなの、嫌なはずなのに。
そしてもしかしたら、そんな構えだから自分もマチュもあの気兼ねない小さな部屋に受け入れられているのかもしれない、そう過るとまた、あの喉に飴玉が詰まったような心地になる。
 ニャアンは視線をマチュへと戻す。ゆっくりニャアンの言葉とエグザベとニャアンの境遇を咀嚼し、そして自身の感受性に伝達させたのかムスリと影を落としながら此処に居ないエグザベを睨むように険を増した目に、また何か、パチンと光の糸が繋がった。
「ねえマチュ、マチュはヒゲマン……さんの部屋、どう思う?」
「ヒゲマンの部屋? あのザベ仕様の?」
 そう。エグザベが好む菓子や食材が常備され、エグザベと揃いの食器や小物が用意され、エグザベが寛げるようにと評判のクッションやソファ、聞けば着替えも準備されているという部屋。
 エグザベを迎え入れるためにと彼の恋人となった男が拵えたその空間は。
 いつでも踏み荒らされていい気持ちでいる居場所しか持てないエグザベに、だからこそ恋人を部屋に迎え入れているのだろうエグザベに、此処こそが君の場所だと一から十まで整えられた誰に踏み入られも壊されもしないだろう、最初から完成された部屋は。
「なんか罠みたいで、怖いよね」
 入ったらもう、そこ以外どこにも行けなさそう。ぼそりと、言いながら自分で納得してしまったその喩えに、聞いたマチュはブハリと噴き出し咳き込んだ。え、なんで、と何か飲んでいた訳でもないのにとニャアンが戸惑うも咳き込みながら今度は腹を抱えて笑い出したマチュは止まらない。
 ヒーヒー息を切らして涙さえ浮かべながら笑うマチュは、合間に「た、確かに……!」や「ヒゲマン、駄目じゃん!」と止まらない。
 やがてようやく落ち着き始めたマチュはあー苦しい、と深呼吸をしながら「なんかわかった」と天を仰いだ。

「あのさニャアン、鳥とか動物ってさ、めちゃくちゃ頑張って巣づくりしたのを見せて求愛する種類が多いんだって」

 すれ違いだ、異文化交流だ、てか自分のものは自分で決めたいよなあ。あれやこれやと吐き出してマチュは溜息と共に肩と視線を下ろす。

「すごい、長引きそうなんだけど。この件……
 
 ニャアンはそれに静かに頷いて、「面倒……」と呟いた。事の次第というより、エグザベと、その恋人両方が、厄介そうだ。
 じと、と半目を伏せながら、ひそりと「大丈夫かな、あの人」ともごく自然に思い。とりあえずカップや着替えやソファにクッションは、エグザベ本人にも選ばせてやった方が良い、と彼の恋人に伝えるべきかを、少しだけ悩んだ。