真っ赤なドレスとハイヒール

Δドラロナ。仕事でホスクラ捜査してる隊長と、やきもち焼きなΔロナル子ちゃんの話。
⚠️モブ女、女装


 新横浜の中でも、夜独特の冷たい月明かりが遠のく歓楽街。そのど真ん中を突っ切るその姿に、道行く酔っ払い達がギョッと目を剥いた。
 肩周りを覆う毛皮の感触も、体のラインにぴったりと沿う薄いドレスも、高いヒールも、本当なら酷く〝恥ずかしい〟もののはずだった。けれど、でも、そんなことよりも今は、腹立たしさの方が先に立って、仕方がない。
 
 扉を開けると、広い空間には豪奢なシャンデリアが均等に並び、それら一つ一つの下に革張りのソファーで囲われたブースが規則正しく並んでいる。すん、と鼻をきかせると酒精と香水の香りが充満していて、鼻頭に皺が寄る。
 顔を顰めていると、黒服の男性が恭しく礼をしつつ近付いてきた。
「ようこそいらっしゃ……い、ま…………
 黒服の男は頭を上げるにつれて、その言葉を詰まらせていった。二度見、三度見されたが、構わず顎先を上げて要件を伝える。
「ヘンリーは?」
「は、はい?」
「ヘンリー。ヘンリー・シャドウズ、呼んでくれよ」
「あ、あの……ひぃ」
 ギロリと赤い目で睨むと、黒服は震え上がって視線を逸らす。怯えた様子ではあったが一先ず追い返されることはなく、空いていたブースへと通された。
 ソファーにどかりと腰を下ろす。ふと近くの席から視線を感じ、バッと振り返って睨み返すと、視線を送っていた女性とホストが慌てて視線を逸らす。また別のブースからの視線にも同じように睨みをきかせ、ようやく落ち着いたところで「フンッ」と恐々とした空気をあしらうように鼻を鳴らした。
 座り慣れないソファーの感触に落ち着かず何度も座り直す。足を一瞬広げ掛けたが途中で止めて、組むことで気を落ち着ける。胸の前で腕を組み、じ、と一点を見つめて呼びつけた「ヘンリー」が訪れるのを待つ。ふと下半身がすーすーと空気が通る感じがして視線を落とすと、スリットの入ったスカートが少しはだけていたので、ささっと整え再び腕を組んだ。
 待つこと、数分。背後からやや忙しない足音が聞こえてきた。その足音は、ロナルドの座っているソファーをぐるりと回ってブースの中に入ってくる。
「ろ、ロナルド君!?」
 声に振り返る。そこにいたのは、普段の白い隊服とは対称的なダークカラーのスーツに身を包んだドラルクが、目を白黒とさせていた。


「ドラ公、まだ戻ってきてねぇの!?」
「ごめんなさいね、ちょっと捜査が難航してるみたいなの」
 数週間前、吸血鬼対策課に一つの仕事が舞い込んできた。歓楽街を中心とした吸血事件。その事件解決のために、元々人手の少ない吸対は、隊長であるドラルクも含めて長期に渡って現場に張り込むことを余儀なくされていた。
 以降、自宅であるマンションに全く帰ってこないドラルクのことが気になって、ロナルドは何度目になるか捜査の進捗を聞きに吸対に訪れていた。署の吸対部署に残っているのは希美と葵のみで、他は全員が出払ってがらんとしている。
「もう三週間も経ってるのに」
「ムン……中々しっぽが掴めなくてな」
「あ、ああいや、ごめん。そうじゃなくて」
 もどかしいのはロナルドだけではないのは理解している。それ以上追求することは希美と葵に申し訳なくなって、ロナルドは慌てて謝罪した。
「情報は集まっているから、もう少しってところなのよね」
……そっか」
「何か伝言があるなら伝えられるが?」
「あ、いや、別に大したことじゃないから……
 もにょもにょと言い淀むロナルドに葵は不思議そうな顔をしたが、希美は困ったように眉を下げつつ笑っている。どうやらロナルドの内心はすっかりバレているらしい。
 吸血鬼であるロナルドは「恋人」であるドラルクに執着してしまっている。そんな感覚、吸血鬼として生きてきて初めての事だったのでロナルド自身扱いに困っているのだ。
 ドラルクと、もう三週間もまともに顔を合わせていない。仕事のためだということは重々承知している。だが、頭で分かっていても、駄目なのだ。
「ロナルドさん、現場には……
……わかってる。ありがと、希美さん、葵」
 吸対を出たロナルドは、新横浜の街をとぼとぼと歩きながら、捜査開始前にドラルクに言われた命令を思い出す。
 
『君はそんなでも強力な吸血鬼だし、めちゃくちゃ目立つから捜査範囲に近づくんじゃないぞ。一週間くらい大人しくしていてくれ』
 
 むぅ、とロナルドは口をへの字に曲げる。一週間とか言ってたくせに。ケーサツのくせに。嘘つき。しかし本当に文句を言いたいのは吸血事件なんぞを起こしている同胞に対してだ。何でも酔った人間を狙った吸血事件らしいが、細かなことはロナルドには分からない。しかし、そんな弱った人間を襲って何が楽しいのか。吸血鬼の面汚しである、ということだけは確かだ。
……
 近づいては行けないと言われている以上、それを破る訳にはいかない。地道な捜査というやつで、何週間にも渡って情報を集めているであろうドラルク達の邪魔はしたくないのは本心だ。
……でも」
 ちょっとくらい、遠くから見るくらいなら、いいんじゃないか?
 そんな考えが過ぎれば、ロナルドは即座にその身を転身させ、傍にあったビルを見上げる。周囲を見れば人気はない。念の為ビルとビルの間の路地に入ると、壁を一気に駆け上がって屋上に降り立った。そうして、ビルとビルを渡り歩いて、明るい歓楽街の方を目指す。
 ぽんぽんと軽い調子で飛び、やがて周辺で一番高い、ヴリンスホテルノ天辺へかけ登ると、ロナルドはしゃがみこんで視線をこらした。ドラルクには下手をすればバレてしまう距離ではあるが、まぁこのくらい離れていれば命令を破ったことにはならないはずだ。約千メートルほど離れた場所をじぃ、と見つめる。
 いない、いない……と歓楽街にひしめく人間たちの中からドラルクを探してみる。ダメで元々、見つからなければ諦めて帰るしかない。例え新横浜と言えどこれだけ多くの人間や吸血鬼の中から、あの痩せっぽちを見つけるのは困難なように感じた。
 ドラルクの方は簡単にロナルドを見つけるというのに。それがまた若干苛立ちを掻き立てて、ロナルドはムキになって更に人混みの中を探す。それでもやはり中々見つからず、やっぱり無理か、と諦めかけたその時だった。
……!」
 いた。ドラルクだ。一人で歩いているピンと背筋の伸びた痩せぎすのその姿を見つけ、ロナルドは立ち上がって更に目を凝らした。
 久しぶりに見たその出で立ちは見たことの無いものだった。普段はきっちりと撫で付けている前髪は、片方を下ろしている。ダークカラーの細身のスーツ姿に、控えめながらいくつかのアクセサリーを身につけているが、間違いない。
 なんであんな格好を? 不思議に思いつつも様子を見ていると、ドラルクが手を軽く上げた。どうやら誰かと待ち合わせをしていたらしい。
「? 何して……
 建物の影から出てきたのは、綺麗な格好をした女の人だった。ますます分からない。捜査って一体どんな? 内容までは知らず、ロナルドは訝しんだ。ドラルクが笑いつつ何事かを女性と話している。随分親しげだ。
……は?」
 そうして見ているうちに、あろうことか二人は腕を組んで並び歩き始め、歓楽街に並ぶ一つの店に入っていった。
……はぁああ?」
 ロナルドの額に、びき、と血管の筋が浮かんだ。


……色々聞きたいことが山のようにあるんだが。……まず、なんでそんな格好を?」
「ここは女の人のための店なんだろ」
 向かいのソファーに座ったドラルクに問われ、ロナルドはふん、とそっぽを向いてそう答えた。
 ロナルドが身につけているのは女性ものの真っ赤なドレスとハイヒールだ。肩には毛皮のファーをかけて肩周りの隆々とした筋肉を隠しているが、どこをどう見ても男性であるロナルドにドラルクは「まぁ……そうなんだけど……」とやはりよく分からないという顔をした。
 あの後、ロナルドはすぐさま仲間の元へと向かった。歓楽街でのドラルクの様子や女性と入った店の名前を言うと、それはホストクラブという場所だとショットが血液入りクリームソーダを飲みながら教えてくれた。そのホストクラブという場所のことも詳しく聞いて、そうして、この服を用意してこの場に来たのだった。
……あの、ロナルド君」
「ロナル子」
「は?」
「俺……じゃない。私はロナル子さんだ」
……ロナル子さん」
「なんだよ」
「どうしてここに?」
「お酒飲みたいから」
「なんで?」
……嫌なことがあったから」
 剣呑な空気にドラルクはひくりと頬を引き攣らせている。ヒリつくブースの様子を誰もが固唾を飲んで見守っている中、ロナルドは足を組み替えてドラルクを見据えた。
「ここは女の子のお話を聞いてくれるし、お酒も飲ませてくれるって聞いたんだけど」
「あ、ああ……えーと、何か飲む?」
「この店で一番いいブラッドワイン。吸血鬼対策課隊長のツケで」
……君。ブラッド・ロマネ・コンティをボトルで」
「か、かしこまりました……
 やがてグラスとワイン、それに少しばかりのナッツやチョコレートが運ばれてきて、曇りひとつないガラステーブルに並べられる。
 ドラルクが手馴れた様子でボトルを取り、コルクを抜くと、芳醇なブラッドワインの香りがロナルドの元にも漂ってきた。だが、ロナルドの眉間には皺が寄ったままだ。
「どうぞ」
 ワインの注がれたグラスを向かいから差し出される。しかし、ロナルドは腕を組んだままそれを受け取らないので、ドラルクは訝しげな顔をした。
「みんなと違う」
「へ?」
「みんなは隣に座ってるし、一緒に飲んでる」
 ロナルドのぶっきらぼうな物言いにドラルクは僅かに逡巡した後に、再び黒服に何事かを伝えてから腰を上げるとロナルドの隣に座り直した。
 もう一つのグラスを受け取ったドラルクはそちらにもワインを注いでロナルドに渡してくると、先に注いだグラスを持ち直す。
……今日は来てくれてありがとう」
「ん」
 グラスを軽く持ち上げて乾杯をし、ドラルクはほんの少量を、ロナルドは中身を一気に飲み干した。
…………うま!」
 かつて飲んだことのないブラッドワインにロナルドは素で驚きの声を上げてしまう。乱暴に飲んでしまったのが勿体なく思っていると、ドラルクが再び注ぎ直してくれた。
「ここには来ないように伝えていたと思うんだけど」
「ふんだ。俺……私はロナル子さんだから、命令とか知らねぇもん」
……
 ぷい、とそっぽを向いて、ちびりとワインを飲む。ついでに少し腹も減っていたのでナッツも食べておく。こんなもので腹は膨れないが、出されたものは残さない主義だ。チョコレートにも手をつけつつ、はぁ、と溜息が聞こえてきたが無視した。
……嫌なことって?」
 問われたが、ロナルドは暫しの間無言でちびちびとグラスを傾け、ナッツを口に放り込む。例え少しづつ飲んでもペースは早いので、ワインはあっという間に無くなってしまった。また、ドラルクが注いでくれた。
……コイビトが三週間以上も家に帰ってこない」
……
「どこで何してるかも、教えてくれねぇし」
……
「あとウワキしてた」
……は? してないが?」
 流石に聞き捨てならなかったのか、黙って聞いていたドラルクが口を挟んでくる。だがロナルドもここまで来て引くわけにはいかない。ドラルクをキッと睨み、言葉を重ねた。
「してた。女の人とイチャイチャしてただろ」
「何を見て……
「腕組んでこの店に来てただろ」
……あー、あれか……あれはそんなんじゃなく……ていうかどっから見てたんだ?」
「デレデレしてたから、俺の気配に気付かなかったんだろーな」
 腹の虫は一向に治まらない。というか、言ってて悲しくなってくるし、ムキにもなってしまう。三杯目を飲み終わったが、今度はドラルクが注いでくれなかったので、自分でボトルを掴んで注いだ。
「ロナルド君、ちょっと話を……
「お前変なにおいするからやだ、近づくな」
 隣に座れといっておきながら、ロナルドは体を反らしてドラルクから距離を取った。ドラルクは顔を顰めたが、浮かせかけた腰を再び座面に下ろした。
 ぐび、と再びグラスをあおったロナルドは、カン、と音を立てて空になったグラスをテーブルに置く。ぐわん、と世界が回ったところで項垂れ、アルコール混じりの息を吐き出した。
「おれ、我慢しようとしたんだけど」
……うん」
「コイビトの仕事のこともわかるっていうか、いつもは一緒にやってるし」
「うん」
「でも俺……なんか、さみしくて」
 ——ああ、いやだ、いやだ。なんでこんなこと言ってるんだろう、俺。こんな、やくたいもない。頭ではこんなにも分かっているのに、どうしてこんなことを、と他の誰でもない、自分が一番思っている。
……なぁヘンリーさん」
 ロナルドは項垂れた首を僅かに持ち上げると、こてりと傾けてドラルクを見る。ドラルクはというと、何だか驚いたような顔をしているが気のせいだろうと思って、しかし何だかその表情が面白くなって、ロナルドはへらりと笑った。
「んっふふ、へんなかお」
「ちょっと飲み過ぎだよ。そろそろやめて——
……俺も、ウワキしよっかなぁ」
 言い終わるかどうか、くらいのタイミングでぐ、と肩を掴まれると、ロナルドはそのまま背もたれに体を押し付けられていた。間近でギラつく金目を見返しながら「ふへ」と笑い声を漏らす。
……いつからそんな悪い子になったんだね?」
 ロナルドは「んー?」ととぼけてみせたが、ドラルクの視線が逃さないと言わんばかりに、更に近づいてくる。その唇にふ、と酒気の混じった吐息を吹きかけながら、その問いに答えた。
「悪い隊長サンに、囲われてから?」
……
 しばしの間、互いの奥底を覗き見るように見つめ合った。何だかやけに必死な様子のドラルクに、内心にあった苛立ちがほんの少し慰められて、代わりに満足感が満ちてくる。
……今夜までだから」
「ん?」
 するりとドレスの胸元に何かが差し込まれる。何かと思えば、どうやらホテルのルームキーらしい。この仕事の間ドラルクが寝泊まりしているホテルなのだろう。
「ここで、いい子で待ってて」
……来なかったら、もう知らねーからな」
 耳打ちされた言葉に言い返して、ロナルドは組んだ足を下ろす。ドラルクが先に立ち上がり手を差し出してきたので、その手を取って出口へと向かった。
……あ」
 ふと、思い出して引き返す。テーブルの上に置いてあったワインは、まだ若干残っていた。
「これ、貰ってく」
 ドラルクは呆れた顔をしたが何も言わず、肩を竦め、再び恭しくロナルドの手を取り、手の甲にキスをした。



 翌夜。ようやく吸血事件が解決し、ドラルクはいつもの隊服を身に着けた姿で、久しぶりに隊長室のデスクチェアに腰を落ち着けていた。
 目の前にある事後処理書類の山の中から、七桁の金額が記載された請求書を手に取り、ちらと机の前にいる希美を窺う。
……やっぱ経費じゃ無理だよね?」
「無理ですね」
……はぁ……
 がっくりと肩を落とすと、隊服の下、背中の引っ掻き傷が引き攣れちくりと痛む。ドラルクはそれに、苦笑いをするしかなかった。





🌊WB