sevendays23
2026-04-25 22:49:21
4809文字
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優しいものの盾


この島は、優しい者にとっては苦痛で苦痛で仕方のない島である。一晩で記録がたまる。夜の間、たったの12時間。島のある場所から吹き出す痺れガスに、仲間が苦しむのを、耐えればいい。そのガスは、12時間で効果が落ちる。しかも
もし、それが耐えきれないなら、簡単な話だ。

……

一人で抱えて、たったの12時間で終わる方法が、用意されている。優しいものの家に、一人を縄でふん縛ってそこに転がせば、そこ以外の場所に壁が現れて、しびれガスを耐えることができる。
時間は19時から12時間。
簡単な話だ。もともと、これは、ヴィンスモーク家が、島を制圧するために設置したのだから。

「悪趣味、野郎共」

それを一つ前の島、手をもみ擦りながら特別にと教えられた。
彼がヴィンスモーク家だからと教えられた。
どこまで、彼は、過去にとらわれるのだろう。

―――――――

夕暮れまではうまく過ごせた。けれど、そこからが問題だった。

「麦わらの一味、首をもらうぞ!」

大量の賞金稼ぎが、襲ってきたのだ。きっと、何も知らない、賞金稼ぎが。

……クソっ」

歯ぎしり。共に足を踏み出す。
向こうの仲間が傷ついている。だから、音速のごとく走り、地をかけ、敵を顔面から彼方へと蹴飛ばした。小さく銃声がしたし、痛みが走った気がしたが、気の所為だ。空が、夕日が、まぶしいくらいに赤い。

「サンジ、ありがとう……で」

「アウ、おめぇ、け――

何か狙撃手と船大工が言いかけた気がしたが、次は女性の危機で、そちらが優先だと聞こえないふりして駆けた。下卑た顔で航海士と考古学者に裏から迫る影。赤がゆっくりと減る。夕暮れが近い。

「サンジくん!?」

「まっ」

肩から蹴飛ばし、自身は駆けるように日が落ちかけた夜空へ。レディの感謝か、それすらわからない言葉も耳に入らぬまま。赤い雨を散らしながら、進め。

「ぎゃー!」

「たすけ」

「今」

巨体が船医と音楽家を掴んで振り回すのが目に入る。操舵手が助けようとしているのも。

「っ」

時間が惜しい、進め、急げ。日が暮れる。懐中時計に目を落とす。余計に気持ちを焦らせる。

「じゃま、だ」

その身体は落ちかけた紫の空に吸い込まれるように消えた。

「どけぇ!!」

いや、ちがう、巨体の手首を蹴飛ばし、

「え」

「あっ」

即時、解放した。

「おい!またん……

仲間が落ちるのすらか確認なく、操舵手が何とかするだろうと踏んで、それもある意味信頼ということはさておき、空歩行でくぐり、通過する。予想通り、背中から、水音とズンと言う音がしたが、彼には聞こえない。

「いそが」

日が、もう暮れる。

「ねぇ、と!」

だから空を蹴り、さらに速度を上げた。

……おい!」

がなり声がした。剣士だ。苛立ったように、倒れた賞金稼ぎたちのそばに立ち、空を見上げている。
しかし、彼は襲われてもいないし、困ってもいない。
そもそも、彼の助けを必要としない。
今回の、しびれガスの一件以外は。

……

だから、ふいと一瞥すらせず、さらに高く飛んだ。
空が、いっそう闇に感じた。余計に、彼は焦った。

「無視」

「っ」

「するな!」

しかし、剣士は、それを許さかった。ならばとばかりに、刀を跳ね上げ、高く跳ぶ。目の前に立ちはだかり、彼の視界を奪う。
闇が、少しだけ色づいた。けれど、

「うる、せぇ」

そんなの、時間の問題だ。料理人はギリと唇を噛んだ。剣士は、その顔を目の当たりにした今日初めての人間になった。
仲間のことを思いすぎて、自責を抱えて、ぐしゃぐしゃになった顔を。

「おれ、はっ」

「お前、なんて、顔」

「お前ら、をっ」

手を伸ばした剣士の視界から、料理人が消えた。音より速く。もっと高く。空を蹴飛ばして、伸ばされた彼の手をくぐった。

――守る。

そして、滞空時間が切れて落ちていく剣士の耳にそれだけ残して、彼は姿を闇にくらました。

――――――

……はぁ、はぁ」

たどり着いた。焦るように、たどり着いた。タイムリミットは、もうすぐそこ。とっくに、分読み。

「ここ、か」

優しいものの家。それだけ書いてある場所。瓦礫で囲い、ボロボロで汚らしい。扉も屋根もはがれ、床が黒ずんで、しかし、そこにいろとばかりの場所は明るく色づいて、優しいものの光のように演出する。
誰も、そこにはいない。当然、誰も、いない。

……

口角を上げて、彼はしゃがみ、膝を折って座り込んだ。
置かれた、懐中時計。まもなく、19時。
座った床の下、人一人が倒れてもいいくらいの床。かちりとスイッチが音を立てる。

「サンジ!!!」

響き出した轟音の合間に、今更金切り声が響いた。
剣士から何か聞いたのだろうか。余計なことを。

……

残り、1分。見聞色で、掴む。ゴムの腕を使っても、とんだとしても、ここまで来るには間に合わない。彼らの盾は、できあがるはずだ。
だから、料理人は、もう返事をしなかった。

「返事しろ!」

残り、30秒。フルスロットルで近づいても無理だ。間に合いやしない。だから、やはり返事はしなかった。

「おれは!!!」

船長は届けとばかりに大声を上げた。芯のそこまで響く声で。

「そんなの、許さねぇぞ!!!」

そんなのが、どんなことかわからないくせに、彼はひたすらに叫ぶ。しかし、料理人は気づいた。残り10秒。こちらに来れるわけがないと踏んだ。
でも、邪魔されるかもしれない。やりかねないとも思った。
理由は、彼が、彼だから。

「バカ」

だから、ゆっくりと顔を上げ、言葉を漏らした。

「おとなしく、守られてろ……

ふっと笑って、心の底から、そう伝えれば、

「おれの、せいなんだから」

船長はひいてくれると、足を止めてくれると思っだから。

……――!」

地響きが、やんだ。声も、遮断されたようにやんだ。壁が、出来た。見聞色でそれが分かった。料理人は、ふっと安堵したように笑った。狭く、優しい自責の視界と思考。
間に合わなかったということは。船長が、分かってくれたと思ったから。その盾のなかで、おとなしく守られてくれると思ったから。

……よかっ、た」

秒針が、0を示した。ぶわりと毒ガスが溢れ出す。堅い盾の中には、干渉しない。わかる。誰かのもくろみ通り、優しいものの家のみ、つつみ出す。床に座り込んだ彼は、ゼェゼェと息が荒くなる。

「っ」

視界がぐらっとぼやけていく。真っ暗に、なっていく。あつい。さむい。身体が横に崩れた。

「はぁ、う」

荒く漏れ出す息。ぐったりと横たわった体。苦いまずいガスが口いっぱいに広がった。

「で、も」

後、12時間。起きていないとだめだ。万一の外部からの敵に備えないとだめだ。
ここでちゃんと我慢したら、仲間は無事に、すべでが終わる。
すでに苦しげな彼の一人きりの仲間を守る戦いが、幕を開けた。

……サン、ジ!!」

はず、だった。

「え……

そんな鈍い声がした。幻聴だと思った。ありえないと思った。でも、ぐらぐらと揺らいだ瞳を困惑に動かすと、

……る、ふぃ……?」

暗かった一人きりの場所への、光の侵入者。つまり、船長が、料理人をガスから庇うように覆いかぶさっていた。

「ゆるさ、ねぇぞ」

料理人はそれを幻覚だと思った。けれど、ゴムの体が庇うように覆いかぶさった。暖かさが、寒気に震える彼を包む。でも、動けない。ここを動くと、彼らを守る盾が、上がってしまうからだ。

「おい、どけ、よ……

「どかねぇ」

「おれ、は……

「ちがう」

料理人は、体を起こそうとした。しかし、船長だって弱りゆくはずなのに、まるで硬くてピクリとも動かない。本当に盾のように、動かない。

「サンジが、ひとりで、くるしくなって」

……それは、とうぜん、なんだ」

船長が言葉を放つ。料理人は受け入れない。
それどころか反することを言う。

「かってに、ひとりで、かんちがいして」

「違う。おれの、かぞくが、みんなを、まきこんで」

船長を必死に手で押して、庇い返そうとする。
言葉ごと、庇い返そうとする。

「それなら、おれの、せいだろ」

光に包まれることを嫌がるように、庇い返そうとする。

「それが、かんちがいだ!」

……!」

「お前の家族がしたからって、サンジのせいじゃねぇし!!」

しかし、彼はいつだって的確な光を突き刺してくる。

「サンジだけがしんどくなって、みんなを守るなんて」

優しさで暗くなった視界を広げるように、突き刺してくる。

「ぜったいに、ゆるさねぇ!!!」

仲間を、一人で暗くて苦しいところに閉じ込めるなんてごめんだとばかりに、突き刺してくる。
だから、ぐらっと、自責が揺らいだ。

……っ、でも」

しかし、料理人は、ゼェゼェと息を吐き散らしながら言い返す。

「お前、だって……

それなら、料理人だって、船長一人が苦しくなるなんて、ごめんだとばかりに。

「だから、それは、おれだけじゃねぇ」

しかし、船長はノータイムで言い返した。
それで、気づいた。盾が、軋む音がする。いや、

「みんなも、だ!!!」

守っていたはずの盾に、大穴があいた。最前線、刀を納める音。拳をしまう音いくつ。手を戻す音。武器を下ろす音。

「おい、何バカ――

「と!」

「だめ」

「さん」

「バカ!!」

「なん」

「あなたは……

剣士の一番の言葉を遮るように、残りの同時に言葉を競争するように発して、ぐちゃぐちゃだ。しかし、どの顔からもガスを吸った苦しさより、料理人への心配や怒りのほうが勝っていた。

……

唖然とした彼の顔から、ふっと自責が消え、闇が晴れた。

……こういうときは、どうすんじゃ」

操舵手はふうっと料理人と船長の気持ちを汲むように言った。

「新人には、わからんぞ」

「ししっ」

船長はにぃと赤くなった顔をあげ、体を起こすと、まだ床に座り込んだままの料理人に手を差し出す。

「いっしょに休んで、怒られるぞ!サンジ」

眩しいばかりの光が、伸びてくる。
料理人は、呆れたように口元を緩める。

……お前は、怒られなくていいだろ」

「いーや、だめだ!一人でサンジ庇ったからな!」

……ったく」

ため息交じりに、その手を取った。

「かなわねぇ、なァ」

「だろっ」

その笑顔に、料理人は、もう抗わなかった。
ゆっくりと床から立ち上がり、優しい盾が優しさに負け降りていくのを感じながら

「バカコック」

……るせぇ、バカ」

「ゾロ!はやくかわれ!おれだって」

「いいたいことがーー」

船長に背負われて、呆れた顔をした仲間の輪の中に入っていくのだった。

「船に帰ってからに、せんのか?」

「ジンベエ、みんな想いが溢れてるのよ。それにサンジが壁を出してくれたから、まだガスが薄いわ」

「ロビンちゃん……!」

「だめだぞロビン!サンジほめたら!」

「そう」

「よ!」

「こいつの耳元はいいがおれの耳元でがなるな」

「じゃあもう代われよゾローー」

「落ち着けよぉ。どこで倒れたって一緒だろォ。なぁ、チョッパー」

「そんなのだめだぞ!!早く帰ってサニーでみんな休むんだ!!強いガスなんだから!!!少しは薬もあるし……!」

「よーし!じゃあもっとしんどくなる前に帰るぞぉ!!ゴムゴムのォーー!!」

「あっ、これお約束なやつですね」

「おいばかやめろ!!」

「無茶」

いや、船長が強引に、みんなを連れて帰るのだった。