雪成はす子
2026-04-25 22:11:45
4040文字
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キャベンディッシュのねじり天秤

ハートのワンドロワンライ、お題『嫉妬』
DR後のキャベンディッシュとの語らいと、その後のゾウでの旗揚げ組の出来事。
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 ゾウでの宴を離れ、右腕の包帯を巻き直していると、そこにシャチが入って来た。
――あ」
 ドアを開けた姿勢のまま、シャチはそのまま棒立ちになる。サングラスで覆われた瞳は見えないが、包帯の取れた俺の体をじっくりと見られているのが分かった。
……シャチ。どうした?」
 固まったまま動かないシャチに声をかけると、シャチははっと我に返る。
……キャプテン、その腕」
「ああ。斬られちまった。あの場にチユチユの実の能力者とヌイヌイの実の能力者がいなかったら――シャチ?」
 シャチは呆然としたまま、動かない。
 ただ、サングラスの端からぽたぽたと涙が溢れ、ひぐ、と唇を噛み締めた。

  ***

「隣いいかい? トラファルガー」
 ドレスローザを出た後の宴の最中、その男はそう言って俺の隣に座った。
 美しく整えられた縦巻きロールの金髪を翻した、女と見紛うばかりの綺麗な顔立ちの男――『美しき海賊団』船長であるキャベンディッシュだ。
「キャベツ屋か。一体何の用だ?」
「そう警戒しないでくれよトラファルガー。ぼくとキミの仲だって言うのに」
 そう言ってキャベンディッシュは強引に隣に座り、持参したワインを持って来たグラスに注ぐ。ひとつを俺に差し出し、俺がグラスを受け取ると、キャベンディッシュは勝手にグラスを軽く当てて「乾杯」と音頭を取った。
「俺はキャベツ屋と仲良くなった事はねえが? 麦わら屋と一緒にして貰っては困る」
「へえ? 最後まで見届けたいって言ったキミを送り届けたのはぼくだって言うのに、よくそんな事が言えたものだね」
 グラスをついと傾け、皮肉交じりにキャベンディッシュは片眉を上げて笑った。
「キミの要望に応え、かつキミと共に麦わらに命を預けた仲だ。そうだろう?」
……好きにしろ」
「ああ、そうさせて貰う」
 はあ、とひとつため息を吐き、俺は渡されたグラスを傾ける。花束のような芳醇な香りとベリーのような瑞々しい甘酸っぱい風味を、後を追うほのかな苦みが後味をさっぱりと洗い流す。ワインはあまり詳しくないが、これは良いワインだと認めざるを得なかった。
「美味いな」
「だろう? ブルジョワ王国の名産品だよ」
 そうしてしばしワインを傾ける。ふたりの間に沈黙が落ちた後、不意にキャベンディッシュが俺に向き直った。
「ところでトラファルガー。キミの船員はここにはいないのかい?」
「ああ。半年ほど前にゾウに向かわせた。だからこれから麦わら屋と共にゾウに向かう」
……まさかとは思うが、それで半年も船員たちを放置していたのかい?」
……こんなにかかるつもりじゃなかったんだがな」
「ふぅん。……それは可哀想に」
 はあ、とキャベンディッシュがため息を零す。
「大好きな船長と半年もお別れなんて、キミの船員はとても可哀想だ」
……キャベツ屋。その言葉は流石に聞き捨てならねえぞ」
「事実だろう? キミたちの『ハートの海賊団』はそれは仲の良い海賊団だって聞いてるよ。船員たちはみんなキミの事が大好きな、キミのファンでもあるのだろう?」
「そんな事はねえ。ウチはドライだ」
「キミの認識ではそうなんだろうね。でも、ぼくならファンをそんな風に扱ったりはしない。ぼくと共に国から付いてきてくれたぼくのファンたちは、ぼくが全力で守る。だからぼくは、ぼくの船員たちを絶対に手放したりはしない」
「それがたとえ、死地であってもか?」
「勿論だよ。――でも、君はそうじゃない」
 飲み干したグラスを水平に傾け、持ち手の辺りを指一本で支える。ワイングラスは危なげなくピタリと制止し、グラスの端から血のようなワインが一滴落ちた。

「たとえばこれが天秤だとしよう」

 そう言って、キャベンディッシュは水平に構えたワイングラスを指さす。
「こちら側に乗るのはキミの大事な物。そしてこちらに乗るのは――そうだな、この大地だとしよう。君の大事な物は、この大地より重いものだと思うかい?」
「どういう意味だ?」
「さあねえ。でも、キミが船員を遠ざけた意味を知るにはいい手段だろう? キミの大事なものは大地より軽いのか、それとも重いのか。キミがドフラミンゴを討つと決めた本懐と、キミの大事な物。それぞれを天秤にかけて、キミは大地に沈んだ方を選んだ――そういう事なんじゃないかってぼくは言ってるんだけど」
「そんな訳が無ェだろうが。デタラメを言うんじゃねえ」
「デタラメかどうかは船員たちに聞けばいい。――まさかとは思うが、キミがあの時死ぬ覚悟だったって事も、船員たちは知らなかったなんて事はないよね?」
 指一本で支えていたグラスを持ち直し、キャベンディッシュは再びワインを注ぐ。
「良かったねえトラファルガー。これでたっぷりと船員に言い訳ができるよ」
 そう言ってほほ笑んだ笑顔は、これまで見たどの笑顔よりも美しいものだった。

  ***

 泣き始めたシャチに、俺はぎょっとしてシャチに駆け寄ろうとする。
 シャチは刀を抜き、左手に持ち替えて右腕に向かって振り下ろそうとした。
「シャ――〝タクト〟!!」
 咄嗟に能力を展開し、シャチの刀を左手から奪う。
「キャプテン、止めないで下さいよ! アンタがっ、アンタがそんな怪我してるのに、俺っ」
「馬鹿野郎、だからと言って腕を切り落とす必要はねえだろうが!!」
「もし腕が落ちても、アンタならくっつけられるでしょう!! あの時みたいに!!」
「シャチ? おい酔い覚ましいつまで探して――
 泣きじゃくるシャチを宥めようとしていた所に、相棒を探しに来たペンギンが部屋に入って来た。
 ペンギンは俺たちの様を見るなり、あー、としばし天を仰ぎ、

……何があったかは知らねえが、とりあえず二人ともそこに正座しな?」

 頬に浮かんだ血管を隠さずに、ペンギンは長男の顔で床を指さした。



……成程ね。事情は分かった」
 ぐすぐすとしゃくり上げるシャチと並び、俺も共に正座して仁王立ちするペンギンと対峙する。
「とりあえずシャチ、歯ァ食い縛れ」
 言うが早いか、ペンギンはシャチに思い切り拳骨を食らわせる。
「イッデェェェェエエエエ!! なんで⁉ なんで俺⁉」
「やかましいわ自傷に走るなんざ言語道断に決まってンだろ!! 反省しろ馬鹿シャチ!!」
「仕方ねえだろ!! 俺だって、俺だって……!!」
「ああもう分かってるよ。という事でキャプテン、じゃないローさん?」
 振り返り、俺の頭にも同様に石のような拳が降ってくる。一発、二発と立て続けに降って来た拳にぐらりと脳が揺れた。
「ぐっ……! おい、何で二発」
「何で? アンタが一番分かってンだろ?」
 頭を鷲掴みにし、ペンギンが顔を覗き込んでくる。完全に敵に尋問している時の仕草であるその行動に、俺はぞくりと震えた。

「なあローさん。何で俺たちを置いて行った?」

 普段の深い青色ではない、色を無くした灰色の瞳が俺を射抜く。
「アンタが本懐を遂げようとしていたのも知ってる。アンタが俺たちを大切に想ってるのも知ってる。アンタが大好きな人の無念を晴らそうとしてたのも知ってる。――けどな」
 ギリッと、ペンギンの歯が大きく軋んだのが聞こえた。
「俺たちはアンタの覚悟も全部受け止めて、アンタの進む道を何処までもついて行くって決めたから海に出たんだ!! それなのに何で置いて行った!! 何で俺たちに共に死のうって言ってくれなかった!!」

 ぽたり、と。頬にひとつぶの雫が落ちた。

……シャチが右腕斬り落とそうとしたのはその所為だ。アンタがそうさせたんだ。反省しろ。そんで次こそは一緒に死のうって言ってくれ。……もう、俺たちのいない所で、勝手に死のうとなんてしねえでくれよ……ッ!」
 ぽたぽたと、頬に雫が落ちていく。
 震える肩に触れると、びくりとペンギンの肩が震えた。
……済まない。俺は」
「謝るのは俺じゃないです。クルーのみんなに謝って下さい。それとシャチにも」
「ああ。……シャチ、済まなかった」
「謝んないで下さい。おれは、おれも暴走しちまって。だってズルイじゃないですか……麦わらたちとか、色んな奴らがキャプテンと命張ってたのに、おれらはゾウでのうのうと過ごしてたなんてそんなの」
「そうだな。……済まない」
「だから謝らないで下さい……
 いつしか零れていた涙もそのままに、俺はふたりの肩を抱き寄せる。
 そうして三人で泣きじゃくっていると、ペンギン達の不在に疑問に持ったベポが俺たちを見つけてうわああんと泣きじゃくりながら駆け寄った。

 ――君の大事な物は、この大地より重いものだと思うかい?

 ふと、あの男の言葉が蘇る。
 泣きじゃくるみんなの声を聞きながら、俺は何処か安心しきっているという事実に気が付いた。
 仲間たちから離れて半年、俺はずっと心細かった。
 ずっと、寂しかった。

 その事を、今更ながらに思い知るなど――全く、どうかしてる。

 ましてや、こうして真っすぐに感情をぶつけられたのが嬉しいなど。


「大地より重いかなんて……そんなのは、聞くまでもねえさ」
「キャプテン?」
「何でもねえ。お前らにまた会えて……本当に良かった」
「全くですよ。……反省して下さいね。暫くは朝食を梅干しジャムのトーストにしておきますから」
……それは勘弁してくれ」
 ペンギンの言葉に、俺はげんなりしつつもペンギンの肩をぽんぽんと叩く。
 ペンギンは口のへの字に曲げながら、それでも何処か嬉しそうに俺の手を受け入れていた。


 こいつらを乗せた皿は、もう二度と宙に浮いたりはしないだろう。
 俺の仲間たちを乗せた皿は、大地ですら浮かび上がらせることはない。


 もう二度と、彼らを手放したりはしないと。
 俺は改めて、そう誓ったのだった。