kanaco
2026-04-25 21:34:49
8994文字
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【十二信】愛してるに決まってんだろ

《十二信》飲み会に行ったら、恋人の信一が四仔の膝の上で泣いていたんですけど???と大混乱する十二と、結局お互い大好きすぎるプインヤの話。

 十二は目の前に広がる光景を見て、唖然として固まった。

 信一、四仔、そして洛軍と酒を飲もうと約束したのは三日前のこと。ここのところ架勢堂の仕事が立て込んでいて余裕がなく、久しぶりの九龍城砦での飲み会だった。ところが十二も楽しみにしていたのに、またもや突発的な仕事が転がり込んだ。三十分ほど遅れるから先に始めてくれと信一に連絡を入れたのは前日。

 結果として、一時間遅れてやって来た十二を迎えたのは、目を疑うような状態だった。
 
 十二の恋人である信一が、ベロンベロンに酔っぱらっていたのである。

 いや、信一が酔っぱらっていること自体はどうということもなかった。信一の酒癖が悪いのは周知の事実であるし、失敗談や被害報告はそこら中に転がっている。しかし、今日は様子が違っていた。
 
 問題点は大きく三つあった。

 問題一、酔っぱらいのペースが速すぎる。

 まだ一時間ほどしか経過していないはずなのに、机に並んでいる空のビンや缶の数に十二は眉を顰めた。これは飲み会である。空いた飲み物が散乱していることは不思議ではない。それでも……

(いつもよりも随分と空が多くね?)

 十二は呆れたようにテーブルに目を走らせた。
 
(ペース配分どうなってんの?)

 場が出来上がっていることに文句はない。ただ、それよりも大きな問題点が控えているが、その礎になっていることは間違いない。一体何の話題で酒が進み、盛り上がり過ぎたのか……。十二は引っかかりながらも次の問題に目を向けた。
 

 問題二、信一が自席にいない。

 「んなっ!?」と十二は声を上げた。

 食事、談話、麻雀、飲み会……四人が一つのテーブルをグルリと囲む時、基本的には配置が決まっている。強いこだわりがあるわけではない。しかしなんとなく落ちつかない、という理由だけで暗黙の自席を持っていた。

 ところが、信一の定位置に彼がいなかった。

 どこにいたか、といえば。
 
 信一は四仔の定位置にいた。
 
 そして、四仔も四仔の定位置にいた。

 つまり、顔を真っ赤にした信一が友人の膝の上に堂々と乗り上がっていたのだ。
 
 四仔の左側へ足を投げ出し、信一は両腕でその肩にしがみついている。まるで当然みたいな様子で四仔の膝に収まっていた。

 十二は静かに瞳の奥をギラつかせた。

 十二は執着するものが少ない。その分、独占欲は強い方だと自認している。少しでもちょっかいを出されれば、すぐに殺気立つ方だ。淡白な性格に見られがちなのは、大事にしているものが少数精鋭というだけ。特に信一ごとに関しては、虎兄貴ごとに対するそれと匹敵するほどの嫉妬深さを持っていた。

 だから、信一が他の男に抱き着いているなどもっての外。

 例外もある。第一に龍兄貴だ。これは説明不要だろう。次に陳洛軍だった。信一は洛軍がお気に入りでパーソナルスペースが近い。対する洛軍の受容力も高く、信一が懐けば和やかに懐き返した。純度100%の稀有な二人である。それに杞憂しても無駄な体力であるし、信一が懐いているのに洛軍を牽制するのは理不尽である、という冷静さくらいは十二も持ち合わせていた。

 だから本来、こういう酔っぱらった場面で信一がくっつくのは洛軍のはずなのだ。そうならば異常性は感じなかった。「はいはいはい!」と自分の膝の上に奪い返すだけ。

 しかし……

(せ、四仔の上……だと?)
 
 十二は緊張した。

 もう一人の友人、四仔はまた事情が違う。信一は四仔だってお気に入りで距離が近い。でも洛軍と違い、四仔の方がベタベタと馴れあうことを嫌がる。だから信一が寄っていったとしても、四仔が自分の膝を許すわけがないのだ。

 それにも関わらず今、四仔はそれを引きはがそうともしていない。それどころか、落ちないように腰さえ支えているのだ。

(非常事態過ぎる……

 嫉妬に狂いそうというよりも、もはや、そう。

 (こ……怖ぇ)

 しかし異常はそれだけでは終わらなかった。もっと重大な問題がまだ残っていた。

 
 問題三、信一が泣いている。

 四仔の膝の上、彼に体をピトリとひっつけながら、信一はさめざめと涙を流していた。時折にひっく、ひっくと子供のようなしゃっくりが鳴る。四仔の服は信一の涙でべしょべしょであったが、友人は我関せずとでも言いたげに真顔で酒をチビチビと煽っている。

(は?)
 
 こんなの、問題じゃない。
 大問題だ。

「なぁ、何あれ」

 虎の目をかっぴらいたまま、十二は人差し指をプルプルと震わせて、信一と四仔を指を差した。「どういう状況なんです?」と問えば、困った表情をしていた洛軍が、十二の到着を喜んだようにニコニコする。

「お疲れさま、十二。来てくれて良かった。信一がずっとこの状態で困ってたんだ。信一の酒癖、今日は泣き上戸のターンだったらしくて」
「泣き上戸のターンって言ったって……

 だったらお前に抱きついているはずだろう?という問いを、十二の視線だけで受け取った洛軍は、ますます困ったように笑う。

「何でもいいが……
 
 洛軍よりも先に、何とも感情が読みづらい目をした四仔が口を開いた。
 
「今日はもうお開きにしろ。早いところコイツを連れて帰れ」

 迎えが来たぞ、と言って四仔が信一の肩をポンポンと叩いた。らしくもないその優しい叩き方にも十二が「え」と戸惑えば、信一が泣きはらした顔を上げた。酒のためなのか、泣いているためなのか頬と目が真っ赤だ。信一は四仔に言われるまま、視線を十二に向けた後。

「ヤッ!」

 実に端的な拒否を、部屋に凛と響かせた。
 顔をペタリと四仔の左肩にひっつけて、再び隠してしまう。

「「「…………」」」

 部屋に妙な沈黙が落ちた。

 十二は口の端をピクピクとひくつかせたが、一度大きく深呼吸をした。それから信一の傍に寄ってその場にしゃがみ込み、下から顔を覗き込もうとした。

「信一?どうした。何が嫌だ?」
 
 何だこの酔っ払い、子供みたいなことを!という気持ちを押し込み、できうる限りの優しい声音で話す。
 
「信一、十二が迎えに来てくれたぞ」
 
 洛軍も穏やかな口調で話しかけた。
 
…………
 
 四仔だけは無言で様子を伺っていたが、少し待つとポンポンと信一の頭部を叩いて、顔を上げさせた。信一は十二を見ず、腫れぼったい目を四仔に向ける。マスクから覗く四仔の涼し気な目に見つめられて、信一はフルフルと首を動かした。

「ヤだ、四仔といる」
「はぁ?」

 十二が思いっきり顔を顰めて、素っ頓狂な声を上げた。目じりが自然と吊り上がる。洛軍が「おやまぁ」というように目を丸くさせ、理由がありげに四仔を見た。四仔は一度だけ洛軍と視線を合わせると、また少し考えて、それから信一の顔を誘導するように首を捻り、椅子の後ろでワナワナと震えている十二の方へと誘導した。

「信一、いいか」
「う」
「この床で面白い顔をしながら愉快な挙動をしている男は、十二じゃない」
……?」
「十二の親戚、十一だ」

「はぁ?!」
 
 俺が誰だって?一個数字が減ったんですけど?

 信一よりも先に十二が反応して四仔を見上げた。目が合うと四仔から無言の「黙れ」という威圧を感じ、キュと素直に口を閉じる。

「さっぷや……?」
 信一はじっと十二を見つめた。
……さっぷいー、じゃない?」
「ああ。十二は今日仕事で来ることができないと連絡が入った。その代わりの迎えだ。お前は今日、飲み過ぎた。だが俺と洛軍もかなり飲んでいるから動けない、十一に部屋まで送ってもらえ」
「でも、顔がさっぷぃ……
「似ていると評判の親戚だ」
「ええ……?」
 
 信一が困惑したような顔をして十二を見下ろした。十二は目が合ったもののどう反応して良いか分からず、瞬きもせず目を見開いたまま信一の反応を待つ。
 
「洛軍……
 
 信一が今度は不安そうに洛軍の方を向いた。洛軍は何も不思議なことは起こっていないかのように相変わらずニコニコと笑っていた。
 
「十二と似ているだろう?俺も驚いたんだ」
 
 洛軍の助太刀を受けて、四仔が念を押すように続く。

 「暴れたりせず、ちゃんと十一に背負ってもらえ。部屋に着いたら寝てしまっても良いが、十一は十二のことをよく知っているから、お前がさっきまで俺たちに話したことを、そのまま話してみたらいい」

 四仔がまるで子供に言い聞かせるかのように、目線を合わせてゆっくり喋るのを、信一はボゥとした表情のまま聞いていた。伝わっているのかいないのか、判断できない呆けた表情で固まっていたが、やがてコクンと頷く。

(四仔の言うことなら聞くのかよ)という不満は一万歩譲って角に追いやろう、と十二は思った。まずこの酔っぱらいを連れ出すことが最優先だ。いつまでも別の男の膝に乗せている場合では断じてない。

「信一、いくぞ」

 負ぶってやろうと背中を向けた十二が声をかけると、信一は無遠慮に全体重を乗せてきた。さすがに重いが、普段から鍛えているのが功を奏した。信一が少しだけ身じろぐ。背中に回された腕が、やけに強く締まった気がした。

「悪い、あとは頼むわ」

 四仔と洛軍にそう声をかけると、ヒラヒラと手を振る友人たちを背に、十二は部屋を後にした。背中に感じる体温と重み。それがやけに現実味を帯びているように、十二は感じたのだった。

 
 ☆***☆***☆***☆


 ノロノロとしながらも、無事に信一の部屋まで辿りついた十二は、背中の恋人を何のためらいもなくベッドに落とした。ふぎゃっ!と鳴いた信一は、乱暴な扱いを気にしていないようだ。ムニャムニャと謎の言語を発しながら、気持ちよさそうに寝転んでいる。

 「あ、おい寝るなよ」

 聞かなきゃいけないことがあるんだから、と十二は水を取りに言った。少しは酔いを覚ましてもらわないといけない。甲斐甲斐しく世話を焼いていると、焦点がぶれている信一の目が急に十二を真っすぐ捉えた。

「何だよ?」
「アンタ乱暴だし、でも気が利いて、十二みたいなヤツだと思って」

 そりゃ、俺だからな。

 という言葉を、十二は飲み込んだ。自分もベッドに上がるとあぐらをかく。信一も危なっかしい様子で起き上がった。お互い向かい合うようにして座る。

「十二はそういうヤツ?」
「十二は俺の好きなヤツ」

 質問と噛み合っていない回答が返ってきたが、十二はテンションを上げた。今の信一は普段以上に素直なようだ。洛軍が泣き上戸のターンと言っていたから、感情がそのまま出しやすいのかもしれなかった。

「でも……最近、忙しそうだ。あんまり一緒にいられない。なぁ、お前十二の親戚なんだろ?あいつ元気にしてる?」
……悪い、仕事が立て込んでて」
「何でお前が謝んの?それに、別にそれは良い。仕事は分かってるし、お互い様だし。時間ないっていう割には、短い時間のためだけにウチに来たりするし。それに本当に会いたきゃ、俺が自分で架勢堂に行くし」
「そうか」
 
 じゃぁ、何だ?と十二は思った。

「でも……
「おう」
「最近、あんまり触ってねぇなぁ」

 記憶を反芻するような、しみじみとした声だった。聞いた十二はキュゥと目を細めて、ここ1ヵ月のことを思い起こした。確かに仕事が忙しい。自分の時間が取れていない。でも信一に会いたいのは十二も同じで、一時間でも隙間が空いたら城砦に顔を出すようにしていた。ぶっちゃけ、そんな短時間でもセックスはしている。

 だが……

 言われてみれば付き合う前から激しかった、信一の距離感がバグっているスキンシップが、最近ほとんどなかったことを思い出した。

……すりゃぁ、いいじゃん」
 
 十二は言った。遠慮する必要は全くない。信一の距離感の計り方が極端なのは昔からだ。十二にとっても、日頃の何気ない触れ合いは自然なことだった。

「うーん、でもあんまり十二にストレスをかけたくないからさ。控えめに」
「ストレス?」
「俺ホントは知ってんの。十二がベタベタされるの、苦手なこと」

 は?

 十二は目を点にした。
 
「十二は適度な距離を保ちたいタイプだから」
……くっつくのが、嫌いなわけじゃない」
「でも、好きでもない」
……それは、そうだけど」

 確かに、十二はパーソナルスペースをきちんと確保したい方だ。押しが強かったり、わざとらしい態度を取る他人は苦手だった。
 
 しかし、信一は別だ。
 その距離が”当たり前”なのに。

 信一はそれを気にして、我慢していたのだと気がついた。酒を飲ませなければ、出てこないくらいに感情を押し殺して。あの四仔が押し返さないほど、洛軍が困るほど、弱っていたのだろう。

……気づいてやれなかった」
「それなら、良かった。気がつかれたら、きっと十二は逆に気を回す」
「でも、寂しかったんだろ?泣くほどさ」
「寂しい」

 信一の声が、静かな部屋にポツンと落ちた。

 十二は気落ちした。正直なところ、元来甘えたで近い距離にいたがる信一が、グイグイと来ないことに気がついていた。少しの引っかかりは持っていたのだ。しかし会える時間が少ないし、信一も見た目上は気にしたように見えなかったので、違和感は疑問のまま埋もれてしまった。

 十二は無性に抱きしめたくなって、両腕をのばした。大人しく抱きこまれるかと思いきや、信一は嫌だイヤだと身を捩った。
 
「お前、さっぷぃじゃない」
「はぁあ?」
「いくら似てても、他の男はいらない」
「お前、さっき四仔にベタベタしてただろーが」
「四仔は優しいから俺の話を聞いてくれてただけ。涙でるから四仔で拭いてた」
「お前、友達をタオル代わりにするんじゃねぇよ。ってうかあれだな?四仔と洛軍も、実は相当酔ってたな?」
「十二助けて!襲われる」
「襲うかぁ!」
 
 ポンポンと会話のラリーが進むのは、いつもの調子に戻っている証拠だ。それは安心だった。正直、信一が気にしている意見は「今さらそこで悩む?」と思わないでもない。しかし、こんなことで寂しい思いをさせていたのかと、じわじわと胸が痛んだ。
 
「お前の彼氏って不甲斐ないな」
 
 自嘲気味な声がやかに響いた。十二が思わず息を飲んだのは、信一がキッとムキになるように睨みつけてきたからだ。他者を批判するような鋭利な瞳を、十二はこれまで信一に向けられたことはなかった。ドキリとして黙ると、信一は怒った表情のまま、口を尖らせた。とたんに顔つきが幼くなる。

「そんなことない」
 信一の声も、凛として部屋に響いた。

「不甲斐ない、とかじゃなくて優しい。たぶん、好きにしてると思ってる」
…………
「優しくて気を回すから、俺に合わせようとしてくる」
……気が回ってたら、こうはなってないだろ」
「いや、よく見てるさ。でも、真っすぐすぎて頑張り過ぎるから、だから俺がちゃんと見ていてやらねぇと」
 
 十二は何と返事をしてよいか分からず、黙り込んだ。信一は、十二を通り越して遠くを見ている。きっと『十二』を見ているのだろうと十二は思った。
 
「俺は年上だし……
 信一は穏やかに言った。
「十二って、本当は繊細なやつだからさ」
 
 ずっと、その瞳は優しい。大切にされていることがひしひしと伝わって、十二はたまらない気持ちになった。思わず信一の肩に額をくっつけると、まるで動物が匂いつけをするようにグリグリと擦る。信一が小さく笑った。
 
「本当に十二みたいなことをするやつだな。噛むなよ?」
「噛む?」
「嬉しくなると、噛んでくる」
……こういうこと?」
 
 十二がゆっくりと肩に甘噛みをすると、信一が揺れた。
 
「うぅ」
「なんだよ?」
「もっと……
「ああ」
「もっと噛む」
「そいつに噛まれるの好き?」
「好き」
「そうか」
「十二が好き」
……うん」
 
「大好き」

 十二は思わず肩から口を離し、代わりに信一の両肩を勢いよく掴んだ。頬がサッと朱色に染まったが、気にしている余裕はない。伝えたい言葉が溢れて空回りそうになる。カッコ悪いかも。それでも、自分の気持ちを伝えられるなら、何だってかまわなかった。
 
 
「信一、俺はっ」

 
 その瞬間。
 信一の首がコトン、と折れた。

 力を失った体が、遠慮なく十二の方に倒れ込んでくる。突然の重みがやってきて、十二は慌てて腕をのばして受け止めた。十二の胸に顔を埋めてしまった恋人から、スースーというノンキな寝息が聞こえてきた。
 
…………
 
 あー、あー、あー、あー。
 分かっていましたとも、どうせ寝落ちになるだろうとよ。

 十二は呆れた表情をして、大きなため息をついた。

 (ったく……タチの悪い酔っ払いだぜ)
 
 そう思うのも本音。
 けれども、信一の心の内を聞いて、さらに愛しくなったのも本音。
 
 
 十二が好き、大好き。

 
 心中でじっくりとその言葉を反芻する。十二は信一を抱きかかえたまま、一緒にパタリとベッドに寝転んだ。衝撃があっても、信一は起きる気配がない。それならば好きにさせてもらおう、と強く抱きしめて十二はやっと息をついた。
 
 好き。
 
 大好き。
 
 そんなもん……
 俺だって、同じだ。
 
 言葉では伝えきれないくらいの。

 
 それでも、伝えた方が良い。俺たちはツーカーでお互いのことを知り過ぎていて、きっと勘も良すぎる。それが心地良いし、気楽であるし、誇りでもあるけど。

 十二はなんだか楽しく、いい気分になってきてニンマリと笑った。明日朝、目が覚めたらなんて言葉を返そう。信一はきっと目を丸くするに違いないのだ。その答えを考えながら、十二はゆっくりと目を閉じた。


☆***☆***☆***☆


 次の日の朝、十二は静かに目を覚ました。目覚めは良い。なぜならば目を開いた瞬間に、可愛い恋人の顔が目に入ったからだ。
 
 腹の上に成人男性の重みがズシリとある。真面目すぎるほど深刻な表情をした恋人が、何やらその手に不穏な物を持ち天井高く掲げているのを見ても、十二は動揺しないどころかニヤリと愉快そうに笑った。
 
「おはよう、信一ちゃん」
……オハヨウゴザイマス」
「俺の上に乗ってかわいーけど、重そうな花瓶持って何してんの?」
……どうやったら手っ取り早くお前を記憶喪失できるかと思って」

 信一の目が据わっている。人の頭をかち割ることで解決しようとする物騒さ。気を抜けば一気に瓶を振り下ろしてくるだろう緊迫感。「さすがは黒社会のホープ、龍城第一刀さまだぜ」と十二は悠長に構えた。機嫌を損ねることなく、ひょいと腹筋を活かす。ついでに腕も伸ばし、自分の脳を狙う凶器を軽やかに片手で取り上げた。思ったよりもすんなり手放した信一が、ムスっとしたまま十二を見る。

 でもこれっぽっちも怖くない。
 
 剣呑な目つきはさることながら、耳は愛らしく真っ赤だった。

「お前、めずらしく記憶あんの?」
「無いと思いたい」
「どっから?」
「どこからでも」

 十二はついにケラケラと声に出して笑った。信一がワァと空いた両手で顔を覆い隠して嘆く。十二は花瓶をサイドテーブルに置くと、今度は人の腹の上で絶望をしている恋人の腕を引っ張った。

 「うぉ!?」と色気のない声を出しながら、信一が倒れ込んでくる。腹どころか全身が乗ったような状態になった信一が目をシロクロさせるが、十二はかまわず背中に手を回し、両腕で力いっぱいギュウギュウと抱きしめた。驚いて逃げようとするものの、しばらくすれば大人しくなるのがまた可愛い、と十二は思った。

 まだ酒臭いのだけは、残念だが。

「でもまぁ、酒の力で色々分かったしなぁ」
……忘れろよぉ」
「どれを?俺は嬉しかったけど」

 信一が顔をノロノロと上げた。水分を豊富に含んだ瞳が、十二を頼り無さそうに見つめてくる。こりゃぁ相当参ってるな、と思いながら十二はご機嫌なまま言う。

「別に、お前がひっつき虫なことなんて、俺は昔から知ってるじゃん。遠慮するなよ。好きにすりゃぁいい」
……だってお前、人とベタベタするの嫌いじゃん」
「お前は、かまわねぇよ。周りと一緒にすんな。そもそも恋人になる前から構わずベタベタしてたってのに、どうしてそこが今さら一歩下がんだよ」
……親しき中にも礼儀ありっていうか」
「いいんだよ。好きなんだから。つーか、俺が調子狂うっての」
……
「違和感はあったんだ。第一、恋人がくっついて何が悪いってんだ」
……
「信一が近くにいるのは、落ちつくし、心地いいから、いいんだ」
……お前、ずいぶん陽気だな。口がよく回る」
「夜にお前と喋ってて、なんか思ったんだよなぁ」
 
 俺らは口に出さなくても分かることって、たくさんあるけど。それを口に出したら、もっと信一と楽しく過ごせるんじゃないかと思ってさ。

 十二が明朗に言い放った。信一が神妙な顔をして復唱する。

「もっと楽しく……
「そうしてりゃ、思ってるだけ以上のことも起きるかも」
……かもな」
「信一は俺のこと、大好きだもんなぁ」
「ぐぐ……

 赤ら顔がひいていた信一が、またボンッと顔を赤くする。十二はずっと調子が良かった。悔しそうにする信一が面白くて様子を伺っていれば、ついには拗ねたような顔をした恋人が、口を尖らせてつっけんどんに言う。
 
「それに対するお前の答えは?」
「そりゃぁ、お前」

 待ってましたとばかりに、十二は自信満々に言い放った。
 伝えたい言葉は、決まっていた。


「愛してるに決まってんだろ!」


 信一は目を一度パチクリさせると、とても嬉しそうに、幸せそうに笑顔を見せたのだった。