白殊皎(しらよし こう)
2026-04-25 11:43:01
3068文字
Public FGO【歳勇/土近】
 

寄る辺なき夜の燈火たれ

夜半一人目を覚ました近藤は知った。
土方を苛む〝あの日〟の記憶を。
その呪縛を解くにはどうすればいいのだろうか──。


新暦ですが本日は四月二十五日。
土方さんにとって何よりも苦しい今日。
少しでも救いがあればと思いました……。
いつものうちの土方さんらしくない様子ですが、こんな日もあるのかな、と。



 最期に見たのはなんだったのか。

 今を盛りと咲き誇る藤の花?
 あくまで静かな空の色?
 賊の首魁を見ようという人々の群れ?

──それとも……

 何かの気配を感じて目を覚ます。
 何の変わりもない自分の部屋に、近藤は首を傾げる。
 いつもは大抵隣の土方の部屋で彼と寝物語しつつ枕を並べるのが常だが、昨日は土方が調査の為留守にしていたので自分の部屋で、一人で眠りについた。
 寝台から降り、寝間着の上に浅葱の羽織を羽織って外に出る。
「歳?」
 隣の部屋に声をかける。
 返答は──ない。
 電子錠ロックの解除キーは教えてもらっているので、逡巡ののち扉を開けた。
 寝台の上に彼の姿はない。
………………
 やはり気のせいだったのかと踵を返そうとしたところに、微かな声が耳に入った。
──土方は居た。
 寝台の向こう、枕辺に掛布を頭から被ってうずくまり、震えていた。
「歳!?」
 尋常ならざる気配に駆け寄った。
「こん、どう……さん……
 確かに自分を呼ぶ声。
 だが、それは〝今〟の自分ではないと思った。
「近藤……さん……
 掛布もろとも自分の胸を掴み、苦しげに呻く土方に、はっとして時計を見れば──日付は四月二十五日だった。
「こんどうさん……
 涙は流していない──いや、流せないのだろう。
 あまりに苦しくて、切なくて、やるせなくて──恋しくて。
 己の命ともいえる存在が喪われたその日を認めたくなくて。

──あぁ。

 近藤はその場にへたりこんだ。
 彼を、こうしたくなかったから、自分はあの道を選んだというのに。
 彼を、呪縛から解き放ちたかったから、あの道を選んだというのに。

 どこで間違ってしまったのだろう。
 どうすれば、よかったのだろう。

 今更考えてもあがなえぬ事ではあるけれど。

「歳……
 膝を膝行いざらせてその傍らに進む。
「歳、私はここにいるよ」
 いつもより小さく見えるその身体をそっと抱きしめる。
「歳、私はどこにも行ってないよ」
 ぴくり、と土方の肩が動いた。
「歳、私はおまえの傍らにいるよ」
 ゆっくりと土方が顔を上げる。
……夢、か」
 都合のいい──と呟いて土方は殻に引き籠もるように更に身体を縮めた。

──あぁ。

 彼は幾つの夜をこうして過ごしてきたのだろう。
 彼はどれほど裏切られて過ごしてきたのだろう。

「──歳ッ!」
 近藤は土方の顔を無理矢理上げさせると、その頬をぱちん、とはたいた。
「!?」
「夢じゃない、私はここにいる。おまえの傍らにいる……
 言葉には涙が混じった。
 涙が流せるだけ、彼よりはましだ。
「はは……随分と、元気な幻だ」
 土方は苦笑しつつ、近藤に抱きついた。
「夢でも、幻でも──あんたが来てくれて、嬉しい……
 ふわりと微笑むその瞳には果てしない諦観が浮かんでいた。
「なぁ、あんたは俺を許してくれるか?」
 土方は平坦な声でそっと呟いた。
「あんたは、俺を嫌いにならないでくれるか?」
 涙も何もかも涸れ果てた、彼の言葉に近藤は胸を締め付けられた。
「私は──」
 許すも許さないもない。
 自分と土方は一つの魂だ。
 その片割れが何をしようと、それは自分の心でもあるのだから。
 そんな相手を、嫌うはずもない。
「歳」
 やがて消えるのだろう、と腕の力を強めない土方を近藤は強く抱きしめた。
「朝になっても、私は消えない。ずっと、消えない。だから、戻ってきておくれ」
 こうなったら根比べだ。
 近藤はそう思った。
 朝になれば、自分が居ても居なくても土方は何もかも忘れていつもの彼に戻る。
 それでは意味がない。
 ここに自分がいると、理解わかってもらわないと土方は決して今日という日の呪いから解き放たれることはないだろう。
「歳、私を見ておくれ。私を、今の私を認めておくれ」
──サーヴァントになって、輪廻から逸脱し、新選組という呪縛に縛られて〝よかった〟と初めて思った。
 こうして、苦しむ彼の傍らに居ることができるのだから。
……俺が、あんたを認めないことが、あったか?」
「今だ」
 夢見るような土方の言葉に近藤ははっきりと答えた。
「おまえが、幾度いくたびの幻に私を見て裏切られてきたか私は知らない。けれど、私は今ここにいる」
 近藤は両手で土方の頬を包み込んだ。
「私はここにいるんだ。その瞳に私を映しておくれ」
「近藤さん」
 そうされても土方はぽつりと名を呼んだだけでがくりと項垂れた。
「あんたは、優しい……優しすぎる……
 腕の力を抜き、自分の頬に添えられた近藤の手にそっと触れて、土方は目を閉じた。
「だから、俺は──道を間違えたんだ」
「おまえだけじゃない、あの時は私も間違えたんだ。おまえともっと話すべきだったんだ」
……?」
 一瞬、土方の瞳に違和感が走った。
 いままでの近藤は、そんなことを言わなかったのだろう。
 おそらく返ってきていたのは肯定の言葉。
 近藤が決して言うはずはない土方への罵りと、蔑みに満ちた言葉。
「お互いにすれ違い、道を見失い、どうするべきかわからなくなっていたんだ」
 近藤は改めて土方の両肩を掴み、その瞳を見つめた。
「なぁ、歳。もう一度、話そう。そして進もう」
 目に涙が溜まるのがわかったが、力強く言葉を紡いだ。
「こんどう、さん?」
 土方の表情がだんだんと目の前の人物をいぶかしがるようなものに変わっていく。
「歳、前を向くんだ。もう、あの頃とは違うんだ」
「近藤さん」
 やがて土方は震える手で近藤の肩を掴んだ。
「歳」
 今度は近藤が土方の胸に顔を埋めた。
「私を、置いていかないでくれ。夢の世界の私に囚われないでくれ」
「う……うぉああああああ!!」
 土方は吼えた。
 そして近藤をしっかりと抱きしめ涙を零す。
「近藤さん! 近藤さん!!」
「歳」
 今までとは全く違う力のこもった熱のある抱擁に近藤は身を任せる。
「俺は……俺は──」
 近藤の黒髪に顔を埋め嗚咽を繰り返す土方に、何度も頷く。
「一緒に行こう。一緒に、生きていこう」
 例えこの邂逅が一時のものだとしても、全て仮初めのものだとしても──いまだけは真実。
 この想いが、消えることはない。
「あぁ……一緒に……行こう……
 その言葉と共に、土方がふっと力を抜いた。
「歳!?」
 自分の身体にかかる土方の重みに、咄嗟にそれを支える。
 見れば、土方は静かな寝息を立てていた。
…………
 その表情に疲労した影は色濃いが、苦しみは感じなかった。
 きっと、目覚めてもこの事は覚えていることだろう。
 近藤はそっと座り直して土方の頭を自分の太腿の上に乗せた。
 そして羽織ってきた浅葱をその身体にかける。
 冷たい床の上ではあったが、近藤には苦にならなかった。
 それは誰よりも想う相手の、静かな眠りのためなのだから。
「ありがとう、歳」
 その癖のある髪をそっと撫でる。
「ずっと私を想ってくれて……私を、待っていてくれて」
「ん……
 くすぐったそうに眉を寄せるその男が誰よりもかなしくて、近藤は深い息をつく。
 呪縛は簡単には解けることはないだろうが、今日が──この日こそがその一歩となるようにするのだと近藤は誓った。
 例え再び別たれたとしても、お互いの想いを胸に、再び巡り逢うことを信じて歩んでゆけるように、と……