家族連れや学生のグループ、カップルらしき二人組。老若男女、様々な関係性の人々が集まる休日の遊園地。自分達は傍からどう見えているだろうか──恋人同士に見えているのだろうか。
柏崎がその気なんて無いのはとっくに知っている。それなのに私はまだ、彼を手放せないでいる。彼が金銭をねだってくるのをいいことに、代わりに恋人ごっこを要求する。自分の手元に置いておきたくて養っている。
今日は晴天の下、彼を開園から遊園地に連れてきた。こんな可愛らしいテーマパークだというのに柏崎は相変わらずいつもの全身真っ黒コーデだ。いつもより少しはりきってお洒落した私にも気づいてくれないし。開園したばかりの遊園地は入場チケットを買うのにも長蛇の列でもう少し早く来ればよかったなどと思う。やっとのことで入場ゲートをくぐれば軽やかでメルヘンチックな音楽が聞こえてくる。高まる期待を胸に非現実の世界へ飛び込んだ。
「ねえ、せっかくだから手繋がない? 一応デートなんだし」
そうして柏崎に手を差し出すと彼は一瞬露骨に面倒くさそうな顔をしたが、渋々といったように手を取ってくれた。
「仕方ねぇな……」
そう言って繋いでくれた大きなゴツゴツした手に思わず笑みがこぼれた。
「まずどこから行こっか」
話しながら歩いているとふと視界にお化け屋敷が目に入る。足早にその前を通り過ぎようとすると「なんだよ、怖ぇの?」とからかうように声をかけられる。
「別に怖いわけじゃ……!」
こういう時、負けず嫌いがたたりつい強がってしまうのは私の悪い癖だ。
「じゃあお化け屋敷、問題ねぇよな」
にぃ、と意地の悪い笑みを浮かべるとお化け屋敷まで手を引かれる。しまった、まんまと彼の挑発に乗ってしまった。
廃墟になったホテルを舞台にしたお化け屋敷は思ったよりも本格的な造りで、一歩踏み出すだけでも勇気がいる。入口で渡されたランタンを頼りに進んでいく。何か物音がすると思ったら陰からコウモリが飛び立ったり、ホテルの一室からゾンビが出てきたり。悔しいことに結局ずっと柏崎から離れられないでいる。
「やっぱり怖ぇんじゃねぇか」
ふっと鼻で笑われいつもなら言い返しているところだが、今はそんな余裕はなかった。
その時、不意に柏崎の首元を伸びてきた白い手がするりと撫でた。
「うわぁあッ!?」
柏崎は目を見開き、びくりと肩を震わせる。その驚いている様に、いい気味、と笑ってみせた。
二人とも満身創痍でお化け屋敷を飛び出す。柏崎はあんなに驚いていたのにお化け屋敷から出た途端に何事もなかったかのように涼しい顔をしているものだから可笑しかった。
「? 何笑ってんだよ」
「別にー?」
園内を歩いているとどこからか甘い匂いが漂ってくる。その出所を探すようにあたりを見渡すと、チュロスを売っているワゴン車があった。恐らく甘い匂いはそこから流れてきているのだろう。
「そうだ、チュロス食べようよ。シュガーとシナモンどっちがいい?」
「チュロス? ……じゃあシナモン」
「わかった、買ってくるね。席取っておいて」
軽食のワゴンの周辺はそこで食べられるようにテーブルとイスがいくつか並んでいる。休日ということもあり空いている席は数少ない。チュロスを二本買って戻れば柏崎は頼んだ通り席を確保していてくれた。柏崎にシナモンシュガーのかかったチュロスを渡し、私は普通の砂糖がかかった方を食べる。温かくさくさくした食感のチュロスにシンプルな砂糖の甘さが絡む。
「おいしい~。柏崎もほら、こっちのもあげる」
自分のチュロスを彼の前に差し出す。彼は仕方ないといったような顔でぱくりと一口食べてくれた。
「そっちのもちょうだい」
「ったく……ん、」
目の前にシナモンのチュロスが差し出される。それを一口かじる。シナモンの風味が口の中に広がった。うん、こっちもなかなかおいしい。
チュロスを食べ終え、再び歩き始める。マップを見ればボートに乗って夢の世界を旅するアトラクションやコーヒーカップ、ゲームセンターなんかもある。
柏崎の手を取り次から次へと連れまわす。ゲームセンターで取ったマスコットを鞄につけ、お昼はホットドッグを食べ、園内を走る列車に乗り、遊園地を満喫する。
次はどこへ行こうかと考え──やはりここに来たからにはジェットコースターに乗らないといけないだろう。なかなか激しくスリル満点と話題のアトラクションだ。
「次はジェットコースターなんてどう?」
「ジェットコースターか……楽勝だな」
「ほんと? 結構速いし激しいって聞くけど大丈夫そう?」
自分は絶叫系が得意だからこそ、こういう時に他者への配慮を念入りにしてしまう。
「それくらいどうってことねぇっての」
余裕そうな彼の顔を見て、たしかに柏崎ならまあ、と納得した。
──というのに、乗り終わった後、柏崎はだいぶ顔が真っ青になっていた。魂が今にも抜けそうだ。最初から無理して強がらなければよかったのに。近くの自販機で水を買ってベンチに座る。彼はこちらの肩にもたれていたかと思うと徐々に体勢を崩し、しまいには膝枕をするような形になってしまった。
「大丈夫?」
「……あー……」
あまり大丈夫ではなさそうだ。
「少し休もっか」
柏崎は力なく項垂れた。やわらかな風が頬を撫でる。彼の髪が顔にかかって煩わしそうだ。指でそっとよけてやる。彼は心地よさそうに目を細めた。
しばらくすれば柏崎の顔色も戻り、彼は身体を起こした。気づけば空も夕焼けに染まり、閉園時間も迫っていた。もうじき一日が終わる。かりそめの恋人ごっこも終わるのだ。
「最後にさ、観覧車乗ろうよ」
「……わかった」
立ち上がって伸びをして、観覧車へと向かう。彼の手を引きながら。
少し並べば観覧車に乗ることができた。中に乗り込めば扉が閉まり、ゴンドラが上昇し始める。夕日に照らされた遊園地は美しく、それと同時に懐かしいような切ないような気持ちにさせられる。
そんな園内を眺めていると、ふと正面からの視線に気づく。柏崎がこちらを見ていた。
「どうかした?」
「……別に。なんでもねぇ」
ふいっと彼はすぐに視線を逸らしてしまう。何か言いたいことでもあったのだろうか。
「今日は一日付き合ってくれてありがとう」
「まぁ、小遣い増やしてくれるって言うから」
「ふふ、そうだね、わかってるよ」
わかっている。そんなことは誰よりも。
帰り道、すっかり暗くなった空を見上げる。雲のない空には星がいくつも瞬いていて、今日一日が最後まで天気に恵まれていたことに気づく。しかし春とはいえ夜はまだ薄着では肌寒い。早く家に帰ってお風呂にでも入ろう。そんなことを考えながら歩いていると、不意に、指が絡められる。さりげなく伸ばされた手は園内でずっと恋人のように触れていた手だ。
「えっ……?」
思わず彼を見る。
「嫌なら離せばいいだろ」
そう言って柏崎はそっぽを向いた。嫌なわけがない。ただ、呆気にとられていただけだ。それを伝えるように強く握り返した。
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