柩木
2026-04-24 21:56:59
3149文字
Public 崩壊:スターレイル
 

丹穹|ファンサはほどほどに

webオンリー書き下ろし作品。
穹が投げキッスしたことを知った丹恒がちょっと嫉妬する話。

車道と歩道を隔てる柵が部分的にせり出す独特な作りをしているとは気付いていたが、浅く腰掛けられるよう作られているのだと知ったのは同様のベンチで座っている人を見たからである。それがなければ座れるとは思わなかった。
カフェで買ったばかりのドリンクを片手に面白い作りの簡易ベンチへ座った丹恒は、買い物に出かけた穹となのかを待つ間にたぬき通信の記事を暇つぶしがてら眺めていた。
二相楽園はネットでの娯楽が盛んらしい。人々は液晶画面に表示された今話題のニュースを眺めながら、ああでもないこうでもないと好きなように語る。それは純粋な好きの感情から、何やら危うさを感じる嫌いの感情まで様々だ。たぬき通信のコメント欄を眺めるだけでも様々な感情が渦巻いているのが伝わってくる。
穹が社長代理を務めることになったから気が向いた程度の興味で記事を追い、スマホをスワイプしていたのだが、あるトピックを目にした瞬間手を止めた。

――バットラクーンの投げキッス!? 神ファンサが過ぎる!

瞬間、丹恒の眉間にしわが寄った。思わず憤りそうになったものの、ストローをくわえていたおかげで声に出さずにすんだ。
どうしたって目を引くトピックではある。タイトルの下に表示されたサムネイル画像は星穹列車が停車している駅の改札付近で、穹となのかが二人揃って圧倒されている姿が写し撮られていた。二相楽園における星穹列車の歓迎っぷりは、漫画が人気だからという枠では収まらないくらいに熱烈だ。二人はその洗礼を受けたのだろう。
記事を見るのは簡単である。タイトルか画像をタップすればいいだけ。しかし、見たくないような、寧ろ見ない方がいいような気もした。
数秒間悩んだ丹恒だが、覚悟を決めて画像の穹をタップした。





「お待たせ〜! って、え……。どうしちゃったの丹恒。顔怖くない?」
……そんなことはない」
「あるよ! 絶対ある!」

己を律することが出来ないとは未熟である。三月に気取られた丹恒は肩を落とす程に息を吐き出すと、たぬき通信の記事を見せた。すると彼女は納得して、表情を歪めた丹恒に理解を示し同情してくれた。

「あの子も妙にノリノリっていうかさぁ。まさかファンサで投げキッスまでするなんて思わなかったよ」

丹恒の喉が思いの外低い声を出して唸ったのと、なのかが自分の口元を隠すのは殆ど同時だった。二人の間に数秒の沈黙が流れる。

「三月。詳細は」
「えっ、詳細? 急にそんなこと言われても……。大体この記事の通りだよ。場のノリ的な? あんな熱烈な歓迎されたからあの子も答えたくなっちゃったんじゃないかな」
……ほう」
「ちょ、っとやりすぎじゃないって思ったんだけど、あの子って思いつきで行動するから……、ってなんでウチが焦ってるんだろ!?」

表情をどんどん険しいものにしていく丹恒と、それを見て慌てるなのかという中々珍しい光景が繰り広げられているが、これを珍しいと言えるのは列車の者だけだろう。なのかは色々と言葉をかけるが、気落ちしている丹恒の頭の中は既に疑問符でいっぱいだ。ゆえに彼女の言葉を処理することが出来ない。

――あっ、穹! やっと来た!」

そこへ買い物に出ていた穹が二人が待つカフェスタンドに向かって歩いてくるのが遠目にも分かった。三月は穹に手を振りながら穹へと駆け寄り、数秒ほど話して離れていく。
入れ替わるように合流した穹は困惑した様子でなのかを見送り、若干情緒が不安定になっている丹恒へ視線を移した。

「なのにちゃんと説明しなきゃ駄目だよって言われたんだけど、俺ってなんかしちゃった?」
……そうだな」
「えっ、マジ? どれだろ」

心当たりが複数ある時点でいかがなものかと思うが、それを指摘していてはキリがないだろう。色々言いたくなるのを抑え、今一番話題にすべき例の記事を穹に見せた。

「あ、あー。これかぁ」

特段気にする様子もなく、キスを投げた瞬間の顔が一面になるのは恥ずかしいなどと軽い感想を穹は述べる。なぜ本人がそんな軽い反応なのだろう。この顔を大多数の人が見たのだと思うと頭を掻きむしりたくなる己が過剰だというのか。

「少し、浮かれすぎだ」
「だってこんなに歓迎されてるんだから答えなきゃじゃん」
……お前は求められたら何でもするのか?」

少し棘のある言い方になってしまったことは認めよう。言葉にしてから後悔した丹恒は項垂れる。冷静になりたい頭とは裏腹に心は暴れたままだ。どうしたものか。
二人の間に沈黙が流れる。何かを言うかわりに穹は丹恒の隣にそっと腰掛けた。ベンチには男二人が腰掛けても充分余裕があるのだが、穹は肩が触れるほどに隙間がなくなるよう体をくっつけてくる。

「マジのは丹恒としかしないよ」

穹の大きな瞳が丹恒の顔を覗き込み、じっと見つめる。金色の瞳は夜空でも輝く星のように輝いた。そこには嘘偽りなどなく、真っ直ぐな穹の本心だけがある。

「なんなら今しちゃう? マジのやつ」

悪戯を思いついた子供のように笑った穹はトントン、と自身の唇を数回叩く。既に息がかかるほど近くに穹の顔があって、丹恒が少し頭を傾ければ簡単にキス出来てしまうだろう。
このまま穹の誘いに乗ってキスするのもいい――が、今ではない。
丹恒は自分が持っていたドリンクのストローを穹の唇にトンと置いて差し出した。彼はそれを素直にくわえると、中身を吸い上げて嬉しそうに微笑む。どうやら好みの味だったらしい。そんな幸せそうな穹の顔を見ていたら、逆立っていた感情が少し落ち着いた。

「止めておこう。人の目も――それ以外もある」
「だよなぁ。じゃあ二人っきりの時に」

グッと距離を詰めた二人は視線だけで合図を送ると、今いるカフェスタンドから道路を挟んだ向かいの道に向かって振り返り、ピースサインを向けた。穹はにこやかに。丹恒は冷ややかに。そうした先にはブリキ製のゴミ箱があるのだが、自販機の真ん前という不自然な場所に置かれていた。二人が同時に、しかもピースサインを付きで振り返った瞬間ゴミ箱はひとりでに震える。きっとファインダー越しに視線が合い、驚いたのだろう。
次の瞬間、ブリキ製のゴミ箱は軽い爆発音を立てて煙に包まれると、次の瞬間にはたぬきの姿に変貌した。こちらに焦りが伝わってくるくらい慌てふためいているたぬきは、その場から一目散に駆け出す。混乱する中で逃げるという選択肢を取ったようだ。
だが、あのたぬきは忘れている。逃げるたぬきの背中を視線で追いかけている穹こそが、たぬき通信の社長なのだと言うことを。

「社長代理であってもスクープのネタにしようとするとはな。教育はしっかりすべきだ」
「だな。戻ったらわんこうが怒ってたって言っとこう。……なぁ、今飲ませてもらったのってそこの店のやつ?」
「ああ」
「美味しかったから俺も買ってくる。なんて名前のメニュー?」
「一番シンプルなメニューだ。確か――

戻ってきたなのかが同じカフェのドリンクを仲良く飲んでいる姿を見て呆れるくらい、二人の間には普段通りの空気が戻った。彼女に迷惑をかけてしまった自覚がある丹恒はドリンクを一杯奢り、列車のパーティ車両で過ごすくらいゆったりとしたカフェタイムを三人で楽しんだ。
――そんな事があった数日後。たぬき通信の記事が一つ追加される。「たぬき通信独占ショット!」と称された記事のサムネイル画像は、カメラ目線でピースサインを向ける穹と丹恒だった。

「次からファンサはピースしようかな。そのくらいならいい?」
……まぁ、そうだな。それくらいなら」

彼の中にしないという選択肢はないらしい。