2026-04-24 20:16:18
2709文字
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懐に収まる

酒の場で独自の理論を展開する忍者、あるいは愛の告白

 大きな手がぐいと酒を煽る。突き出た喉仏が動くのを見届けながら、ファイは内心首を傾げていた。いつもより若干ペースが早い。とはいえ呑み干した空瓶の数は彼にとって影響を与えるほどの量ではないはずだが、男の纏う雰囲気はどこか普段と異なっていた。酔っているようには見えないものの、心なしか落ち着きがない。それを証明するかのように、黒鋼はまたファイの注いだ一杯を空にした。
 口にしたことのない酒精を摂取することで、予想外の反応が起こる場合がある。実際仮想空間だったとはいえ、桜都国での飲酒はファイにとって経験したことのなかった酩酊をもたらした。できれば翌日のあの頭痛は二度と経験したくない。
 だが自分たちが今身体を休めているのは、黒鋼の母国である日本国だ。見覚えのある側仕えの数人が用意してくれたこれらの酒も、彼にとって馴染みのあるものに違いなかった。
 モコナの移動により偶然降り立った結果だが、知世姫とも無事対面し彼なりにほっとしたのだろうか。安堵が酔いの進みに拍車を掛けることもある。ひとまずファイは酒と共に供された肴の皿をそっと動かした。
「黒たん、呑んでばっかりじゃなくてちょっとは食べた方がいいよー」
 一度こちらへ視線を移した黒鋼が、行儀の良さとぞんざいさが入り混じったなんとも表現しがたい態度で箸を動かす。尖った犬歯を覗かせながら肴を口に運び、それから面倒な言いつけは済ませたとばかりにまた猪口を手に取った。
 理由はわからずともどうやら今日はそういう気分らしい。ファイは苦笑すると、無言で差し出された杯にまた酒を注ぎ入れた。平素より量を控えたのは、せめてもの抵抗である。

 黒鋼が話し始めたのは、もうしばらく杯を重ねたあとのことだった。
……てめぇは」
「なに?」
 唇を湿らせた男が、おもむろに口を開く。
「旅を始めたばかりのころも、……あの国で俺の血を糧とするようになってからも、口では『自分は死ねない』なんて言いながら、そのくせ自己犠牲に躊躇いのない生き方をしてやがった」
 酒の場に似つかわしくない、そして思いもよらない話題に、ファイは目を見張った。過去の反省も相まって、正直なところ唐突に投げかけられるにはかなり荷が重い話である。更に厄介なのは、黒鋼の言葉に偽りがないことだった。
 けれど、かつてのように作り笑いではぐらかすわけにはいかない。ファイとしても本意でないし、黒鋼もそれを許さないだろう。
 さりげなく背筋を伸ばし、猪口の中身を呑み干した。完全な素面で耳を傾けるには少々辛い。緊張に身体をこわばらせたファイに気づくことなく、黒鋼はぽつりぽつりと話し続けている。
「片割れやあの王との約束が嘘だったとは言わねぇ。反面、何か納得できる理由があるならいつ自分を捨てても構わないと思ってただろう」
……黒様」
 裁きを待つ罪人にも似た心持ちで、ファイはおそるおそる視線を上げた。酔いの影響など微塵も感じさせない、鋭い双眸がこちらに向けられている。

「それを俺が拾った」
「ん?」
 自分の意思に反して、思考回路に直結した疑問符が口から飛び出した。抜け目なく聞き取ったらしい黒鋼が、ぐっと眉間にしわを寄せる。
「なんか文句あんのか」
「いや、文句というか……
 頭が上手く回らない。予想していなかった話題は、知らないうちに想像もしなかった方向へ舵が切られつつある。確かに間近まで迫った死を受け入れたファイを、次元の魔女たちの手まで借りて引き留めたのは黒鋼だ。同時にその責すら背負ってみせたのも。ただ今耳にしたはずの表現は、いささか語弊がある気がする。
「おい」
 不満げな顔をした黒鋼の顔が近づいた。その強面と低く響く声だけを見れば、おおよその人間は不穏な状況だと認識するだろう。けれど不思議とファイは自分より大きな男の様子から、どこか駄々をこねる子どものような幼さを感じていた。改めて目をやれば、頬や耳が常よりわずかに赤いかもしれない。どんなに酒を呑んでも顔色一つ変えない黒鋼が、だ。
「えっと、見方によってはそうかも……?」
 ファイは幾分近くなった紅い瞳を見返しながら言った。やんわりと視線を外した黒鋼が、わかればいいんだと言うように鼻を鳴らす。いつの間にか、こわばっていた身体から力が抜けつつあった。
「てめぇはそうやって生きてきて、俺はそんなてめぇを拾った。……なら、全部拾ったやつのもんだろ」
 耳にした言葉の意味をゆっくりと咀嚼する。それから未だに視線を逸らしたままの男を見上げた。
……そうなんだ」
「おう」
「じゃあオレは、黒様のものなんだねぇ」
「そうだ」
 頷いた黒鋼がまた杯を傾ける。いつもと異なるペースも、どことなく落ち着きのない態度も、さすがに照れ隠しであることは明らかだった。今もなお居心地が悪そうに口を曲げて、それでもファイに伝えたかった内容がこれなのだと思うと、こちらまで顔が熱くなってくる。じわじわとこみあげる嬉しさやら気恥ずかしさやら勝手に滲む視界やらをなんとか宥めて、ファイは頬を緩ませた。



 どこか浮ついた雰囲気のまま、お互い無言で酒を呑み干す。酌をし合っていた一本が空になったあたりで、自然と空気がほどけた。簡単に片づけを終えたのち自身に割り当てられた部屋へ戻ろうするも、黒鋼に腕を掴まれる。そうしてまばたきの間に同じ褥に引きずり込まれてしまった。
 彼本来の腕とファイが贖った義手が、一緒になって逃すまいとファイを抱え込む。酒精のせいか、それとも別の要因かは定かでない、高い体温を感じながら身を預けた。ファイが黒鋼のものだとするなら、こうやって閉じ込められてしまうのも仕方ない。
「告白したその日に同衾だなんて、黒むーってばちょっと手が早いんじゃない?」
 からかい混じり呟くと、自分を囲む腕に更に力が入った。上から拗ねたような声が返ってくる。
……むしろ遅ぇくらいだろうが」
 出逢ってからの日々を思い出しながら、ファイは小さく笑った。確かにそうかもしれない。仕組まれた最初の旅から始まり、それぞれの意思で同行を決めた今の旅に至るまで、長命のファイでさえ感慨を覚えるほど短くはない時間を過ごしてきた。黒鋼にとってはなおさらだろう。
 さらりとした衣服越しの胸元に寄りかかる。相変わらずぎゅうぎゅうと抱きしめられながら、ファイは未だ少しだけ落ち着きのない、愛しい男の鼓動に耳を傾けた。

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「原作軸で、ちゃんと言葉にして告白しようと頑張る黒鋼」
リクエストありがとうございました!