みる
2026-04-24 21:00:00
6132文字
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【脹虎】湯の熱よりも 君に触れたい

WEBアンソロ「旅行」をテーマに書かせていただきました。
現代パロ。兄二十代後半、弟二十代前半くらいです。ほんのり背後注意。



 太陽が煌々と照っている。半袖シャツの上から長袖パーカーを着ていたけれど、これはおそらく暑くなるなと判断して早々にパーカーを脱いで腰に巻いた。涼しい。最高。
 スマホを見ればそろそろ待ち合わせの時間だ。駅前のロータリーで見知った車がないかといろんなところに目を向ける。
 黄色い菜の花。色とりどりのチューリップ。春は暖かくなるだけでなく、普段見ている景色に彩を与えてくれる気がする。日本の春といえば桜なのだが、今年はお花見に行かなかった。タイミングが合わなかったのもあるけれど、アイツが俺を見て「俺はお前が隣にいるからいつでも花見をしているようなものだ」なんて気障ったらしい言葉を口にしたからだ。そんなこと聞いてしまったら、俺の口から花見に誘うなんてできない。まだまだ俺も、アイツの前では反抗期というか思春期というか。
「悠仁」
 低くて優しい声が届く。見れば黒の車の運転席から兄が手を挙げていた。
 言葉で表すとなんとも爽やかだが、当の本人は髪をツインテールに結ったガタイのいい男だ。目の周りの隈も相まって、不気味に見えてもおかしくない。まあ、お互い他人の目を気にしないから問題はないんだけれど。
「おはよ」
「おはよう。いい天気でよかったな」
 うんとひとつ頷いて、ボストンバッグを後部座席に投げる。自分は助手席へ座ってシートベルトを締めた。
「目的地まで二時間くらい?」
「ああ」
 すでにカーナビに入っていた目的地まで、そのぐらいで着くと表示されていた。長いと言えなくもないが、今の俺からしたらちょうどいいだろう。わくわくとした気分がまた高まって、インターチェンジに入ってすぐに表示されたサービスエリアに寄りたいと告げた。
「出発したばかりだぞ?」
「旅は寄り道してなんぼっしょ!」
 そういうものか? とピンと来てない兄に笑いながら、まだまだこれから楽しめそうだと期待値が上がる。
 今日は兄と、初めての旅行だ。十代のように楽しんでいる自分が少し恥ずかしくもなりながら、一泊二日の短い旅がより良いものになればいいなと願う。



 途中俺はウトウトしていたけれど、兄は何一つ文句を言うことなく、予定通りほぼ二時間で目的地に到着した。途中で何度か休憩を挟んでいたものの、ずっと座りっぱなしだったこともあり、降りてすぐに思いっきり背伸びをした。兄は自分より余程疲れているだろうに、二人分の荷物を後部座席から出している。タフだよなあ。
「マジでここ?」
「ここだな」
 見せてくれたスマートフォンに表示されている旅館名と、正面入り口に置かれた立派な石に達筆な書体で書かれた旅館名は確かに同じだ。自分の運はここで使い果たしたんかな、と思ってしまう。
「いらっしゃいませ」
 入口に入った途端、和装姿で深々と一礼してくれる従業員の皆々様。会釈で返すのもどうかと思うが、無視するわけにもいかない。ぺこりと小さく頭を下げて、先を歩く兄の背に付いていく。
「本日予約をしていた虎杖ですが」
「少々お待ちください」
 兄の口から自分の苗字が出てきたことにくすぐったくなりながら、ロビーにある立派なソファのひとつに腰掛けた。



 今日の旅行は、俺が商店街のおばちゃんにもらった福引で当てたものだった。有名温泉の高級旅館に一泊できるペアチケットが特賞で、俺が狙っていたのは三等の新米一升だったりしたのだが、こういう時に特賞を引き当ててしまったのである。からんからんと鐘を鳴らされ、ようやく特賞を引き当てたことに実感がわいた俺は、一目散に家に帰った。
 まだ長兄は帰宅していなかったが壊相と血塗の二人はいたため、勢いのままに報告。二人ともとても喜んでくれた。帰宅した長兄ももちろん喜んでくれて、せっかくならあともう二人分実費で出して家族旅行をしようとまで提案された。それにもちろんと返事をしようとしたのに、壊相と血塗は渋い顔となる。次男の壊相はデザイナー、三男の血塗はゲーミング会社のプログラマーだ。ちょうどこれから二人とも忙しくなる時期であり、ペアチケットが使えるのは今月中だった。
「せっかくだし、二人で息抜きしてきたら?」
「そうだぞぉ。俺と兄者のぶんも、楽しんできてくれよなぁ」
 快く送り出してくれた二人に甘えて、長兄である脹相と俺で郊外から離れた温泉旅館に来ているのである。



 中庭に面した廊下はガラス張りになっており、雨や風は届かないが立派な庭を見ることができる仕様になっていた。落ち着いた深い赤の絨毯は本当に外靴のままでいいのかと疑うほどにふかふかだ。
 旅館の本館には多くの客室があるようだが、俺たちが案内されたのは本館から渡り廊下で繋がっている別邸のような場所だった。チェックインの時に見た館内の見取り図では、本館最上階には露天風呂、そのひとつ下にセミスイートとなる普通の客室よりも大きな部屋が数室ある。それとは別に現在向かっている別邸がおよそ三つあり、そこがこの旅館の最上級の部屋のようだった。国のお偉い方とかが泊まるのだろうか。別邸には内湯と露天風呂もあるため、別邸から出ることなく温泉を楽しめるようになっている。食事もここまで運んでくれるのだそうだ。至れり尽くせりすぎる。
 案内してくれた仲居さんから食事の時間を告げられ、襖を閉められた。およそ十畳ほどだろうか。立派なソファとでかいテレビ、それとは別に座卓もある。ミニキッチンもあって飲み物はお茶からコーヒーまで飲み放題だ。リビングらしいその空間は立派な庭を一望できるようになっており、キッチンの対角には襖で区切られたエリアがあるようだ。襖を開ければ寝室で、ベッドよりは少し低い小上がりのような場所に敷布団が敷かれていた。ぴったりくっつけられた二組の布団が、少々気恥ずかしい。
「豪華だな」
 寝室の襖を閉めて、リビングから庭を見ている兄の元へと向かう。腕組みをしている兄の目の周りは隈が色濃くあって、見慣れていても心配になる。
「二人も来れたらよかったんだが」
「こればっかりはしょうがねーよな。風呂でも入る?」
「飯の前にか? 疲れるんじゃないか?」
「せっかくの温泉だぜ! 何度も入りてーじゃん!」
「そういうものか」
「そーそー!」
 リビングにこじんまりと置かれた荷物から下着だけを取り出して風呂場らしきほうへと向かう。洗面所には洗面台が二つ設置されており、奥にある半透明のドアを開ければ、もうもうと湯気を立てている内湯が出迎えてくれた。ドアを開けてすぐ簡易脱衣所のような場所があり、足元にはタオルが敷いてある。棚にはカゴが五つほどあり、そのうちの一つに脱いだ服をぽいっと放った。近くにあった手桶をとって、かけ湯をしてから内湯に入る。そのころになってようやく兄は浴室へと入ってきた。髪を解いてきたらしく、見た目の怪しさが半減している。裸なのだから、怪しさもなにもないのだけれど。
「身体は洗ったのか?」
「先に入りたくって、かけ湯だけ」
「洗ってから入りなさい」
「へーい」
 こういうところは口うるさいんだよなあ。さすが兄貴。
 言われた通りに湯から上がって、四つほどあったシャワーのひとつでおざなりに身体を洗う。隣の兄は頭が泡でもこもこになっていた。ちょっとおもしろい。
……背中流してやろうか?」
「いいのか?!?!?!?!?!?!?!?!」
「うっさ」
 山は近くになさそうだけど、やまびこみたいなの聞こえてきそうだななんて思った。
 しっとりと濡れた髪を避けながら、備え付けのスポンジにボディソープを付けて泡立てる。しっかり筋肉の付いた背中に優しくスポンジを滑らせれば、その肌が小刻みに震え出した。
「お痒いところございませんかー? ……って、これは髪だっけ?」
「ありません……っ旅行っていいな悠仁……!! また来よう絶対!!」
「まだ温泉入ってねーのに……?」
 背中を洗ってもらえたのがそんなに嬉しかったのだろうか。今度髪とか洗ってやろうかな。でもなんとなく、それをしたら気絶しそうな気がする。感動しすぎて。
 もこもこになった背中にシャワーをかければ、次は俺だと言わんばかりに立ち上がって前後交代。俺の背中も兄貴に優しく洗われる。くすぐったいって言ったら、ぐぅとかむぅとかヘンな声が聞こえた後に我慢しなさいなんて兄らしい言葉が出てきた。なんか息が荒い気がするけど無視をすることにする。こういうの拾うとだいたいめんどくさいことになるんだ。経験則。



「は~~~~~~~~~きもちーーーーーーー」
 せっかくだからと兄の手を引いて露天風呂のほうへと入る。外だからか内湯よりも熱めな湯に肩まで浸かれば、じんわりと疲れが取れるような気がした。持ってきていた手拭いを、頭ではなく石造りの風呂の縁に置いておく。貸し切りとはいえ、手拭いを湯につけるのはしない。そういう教育を受けてきたもので。
「疲れがとれるな」
「だな~」
 おそらく詰めれば五人は入れる大きさの露天風呂に、人ひとり分の間を開けたところに兄が座っている。さっきまでの勢いはどうしたんだよとツッコみたくもなるが、それはそれで墓穴になりそうな気がしてやめておいた。
「悠仁」
「ん~?」
「連れてきてくれてありがとう。こんなにゆっくりした時間は久しぶりだから、とても嬉しい」
……うん」
 ふわふわと心地いい気分の中、兄の低くて優しい声が響く。

 この声にもさすがに慣れた。俺のじいちゃんが死んで、じいちゃんの兄貴の知り合いの子どもである脹相たちと一緒に暮らし始めてから五年になる。
 福引で米を当てたかったのは本当だけれど、旅行だって嬉しかった。およそ五年間、他人である俺を弟として迎え入れてくれた三人の優しい兄たちにゆっくりしてもらえると思ったからだ。しかもそのうちの一人、長兄である脹相とは、紆余曲折の末に思いを通じ合わせることになったのだから。
 だから少し、ほんの少しだけ欲も出る。
……でも、それだけでいーの?」
「っ」
 少しだけ、兄のほうへと身体を寄せる。肩も触れていないけれど、隣に人がいるとわかるくらいには近付いた。兄がどことなく緊張しているのもわかっている。
 キスはしたことがあるけれど、そこまでしかできていない。今回初めて二人で、誰にも邪魔されない空間で一晩を共にすることに、期待をしないわけがない。お互い成人はしているし、溜まるものは溜まるし。用意は……うん。してきて、いるし。
「俺は……緊張してるけど、それより、わくわくしてる」
「悠仁……
 荷物の中に、真っ黒なジッパーバッグを持ってきている。必要になるかもしれないものたち。たぶん、だけど、兄のカバンにも同じようなものが入っている。
「これで何もなかったら、壊相兄ちゃんにチクるからな」
「待て悠仁。壊相にどこまで話しているんだ?!」
「けっちーも知ってるけど、男同士ってどうすんのってとこから相談してる」
「初耳なんだが?!?!?!?!?!?!」
 俺だけ仲間外れか……なんて絶望してる兄。もっと他にツッコむとこあっただろ。ズレてんだよなあそういうとこ。
……俺のハジメテ、もらってくれる? お兄ちゃん」
「っ悠仁ー!!!!!!!!」
 ばしゃばしゃと音をさせて、脹相は俺を正面から抱きしめてくれる。うん。よかった。失敗しなかった。この言葉は壊相兄ちゃんから「悠仁ならコレだけで大丈夫だよ」って笑顔で教えてもらったことなんだけど、黙っていよう。
「あ、でも夕飯の後な。海鮮丼食いたいし」
「好きなだけ食べなさい。何なら追加してもいいぞ」
「いや、あんま腹いっぱいにならんほうがいいってけっちーが」
「血塗……っ!」
 拘束を解いてもらって、風呂から出る。背中と後頭部に強い視線を感じていたたまれない。
「兄ちゃんのデザートは俺な」
……ッああ……余すことなく、頂こう」
 言葉ひとつに熱があるような気がして、俺はようやく恥ずかしくなった。

 そしてこの数時間後には、兄から今まで以上の愛情を全身で受け止めることになるのである。



「悠仁」
 カーテンが開く音と、兄が自分を呼ぶ声がする。身じろぎをしようとして、できないことに気が付いた。いや、できるんだけど。無理しなきゃいけないっていうか。とりあえず腰とか足とか、言葉にできないとこがダルいっていうか。
「おはよう」
……おはよ」
 俺の目の前には浴衣を着た兄がいた。昨夜そのへんに放ってしまったせいで、いろんなところがしわくちゃになっているのだけれど、兄はとても嬉しそうにしている。起き上がった俺にペットボトルを渡してくれたので、ありがたくいただく。
「身体はどうだ」
「すっげーだるい」
「そうか」
 昨夜、ごめんとか言うなって言ったから、それだけは言わないようにしているようだけど、申し訳なさそうな雰囲気は感じる。額をべちっと指ではじけば、びっくり顔の兄がこちらを向いた。
「ンな顔すんな。幸せだから、いーの」
「悠仁……!!」
「あーもう。いてえって」
 ぎゅうっと抱きしめられて苦しい。ペットボトル落ちる、朝食があるんだぞ、俺顔洗いたいんだけど。それらの要求はまるっと無視をされた。こういう時だけ便利な耳だな。昨日か細い声でしか言えなかったすきって言葉はすぐに拾ったくせにさ。
「俺も幸せだ。ありがとう悠仁」
……ん」
 照れくさくて、そっけない返しをしてしまう。兄がいつもまっすぐで素直だから、俺はついそれに甘えてしまう。
 でもこれからはもう少し、素直になってもいいのかな、なんて思ったりしちゃって。
「洗面台まで行くのだるいから抱っこして」
「任せろ!!!!!!!!!」
 とはいえ甘えはするんだけど。
 声でけえってと笑う俺を横抱きにして、兄は嬉しそうに笑っていた。
 きっと幸せって、こういうことだ。

 目の前にある首にぎゅうっと抱き着いたら、兄の身体が硬直した。
「悠仁……お兄ちゃん、昨日悠仁をたくさん摂取したからキャパオーバーになりそうなんだが……
 なんて弱音を吐くんだろう。脹相のくせに。素直になる(かもしれない)俺に慣れてくれなきゃ困るんだけど。
「もう、俺いらんの?」
「いりまぁす!!!!!!」
「はよ洗面台連れてって」
 こんなピロートーク? も悪くない。なんたって俺たちらしいじゃん。
「朝飯まで時間があるんだが、悠仁を抱っこしていてもいいだろうか?」
「俺もっかい風呂入りたい。一緒に入ろうぜ」
「お兄ちゃんはまた我慢をしなきゃいけないのか……?!」
「しなきゃいいだろ」
「悠仁……煽るな。朝飯前だぞ」
「後ならいいの?」
…………いい」
「いいんかい」
 美味い朝飯の後に風呂に入るのはいいけれど、まーた叫ぶんだろうなこいつ。
 俺の体の至る所に付けられた痕を見て、兄の反応を想像する。想像通りの反応に、きっと俺はまた笑ってしまうんだろう。
 そりゃあもちろん、幸せすぎて。