shioyama
2026-04-23 22:33:36
3914文字
Public
 

■電

東京ゴーストマティカ 現行未通過×
HO雷

盗電。電気を盗んだ場合、窃盗罪が適法される。十年以下の懲役、または五十万円以下の罰金。目に見える有体物ではないため、盗んでいるという自覚は薄いのかもしれないが、電気も所有者の立派な財産である。

スマホの充電や公園の街灯から、工場の生産ラインまで。電気が技術として確立されて以来、幅広いジャンルで利用されている。いまや生活を保つために欠かせないインフラの一つだ。様々な実益を産み出す電気には相応の価値が定められているのは、当然のことだろう。

窓辺から漏れる光の数だけ営みがあり、新月の夜を歩くための明かりにもなる。闇という暗い魔物から身を護り、時には獣を追い払って、彷徨う船を岸まで導く。無体物だからこそどんなデザインの器にも収まって、あらゆる場所で輝ける。孤独な者に寄り添う希望や夜標にもなり得るのではないだろうか。

そんな暗闇を進むために必要な光源を、知らず知らずのうちに盗んでいたとしたら?

幸せを見つけ出すための希望を奪ってしまっていた俺には、どんな罪が科されるのだろう。



やっぱりあいつは、俺が知っているカザミのままだった。

カザミの記憶を見た後、俺はそう安堵すると同時に失望した。矛先は自分自身、雷電鳴へ向けられている。友達の苦しみや葛藤に気づかず、のうのうと生きていた七年間に憤りすら覚える。わざと冷水に設定したシャワーを浴びた今も、胸に焼き付いた無力感は居座っている。

食事、風呂、多少の息抜きをし終わった後、自然と眠る流れになった。別の部屋で休息をとろうと酉井さんを誘った。個室で眠るより何かあった時の備えとして二手に分かれた方が良いと考えたからだ。合理的かつ妥当な策はあっさりと砕かれ、結局全員一緒に寝る羽目になっている。男女半々の割合なのに、そのあたりは皆(特に女子)は気にならないようだ。男子の方が気後れしている雰囲気があった。ソワソワして落ち着かない俺の様子はきっとバレバレだっただろう。

ちょうどよい枕を形成することに白熱したのが数時間前。更けゆく夜をシェルター内で感じ入っていたが、肌寒さが増すばかりである。寝返りを数度繰り返した俺はうまく寝付けずにいる事実をやっと受け入れ、上半身をゆっくりと持ち上げた。ハンバーグで山盛りだったテーブルはすっかり片付けられていて、隅にきちんと置かれたジェンガの箱が静かに横たわっている。暗がりの中、ソファの下に落ちているジェンガを発見する。自然と手が伸びる。

気晴らしに仲良くジェンガで遊んでいても、どこか休まらない自分がいたことを思い出す。四人で遊べて楽しいという気持ちは嘘じゃない、間違いなく本当だ。でも、倒れるジェンガタワーを見て思った。一生懸命積み上げてきた夢も、こうしてあっけなく崩れるものなんだな、と。バラバラになったジェンガを拾い集めて箱に片づける。後片付けはこんなふうに何ともない気持ちで、蓋を閉じるだけでいい。簡単なことだ。子供にだってできる。俺もできるに決まっている。たとえそれが、オモチャでなかったとしても、やることは同じ。そっと、そっと。傷つけないように、ゆっくり、と。

本当にうまく片づけられるのか?お気に入りの玩具が盗んだものだってことも、分からなかったくせに。

手がピタリと止まった。冷たい木片に触れた先から、嫌気が刺した声が聞こえる。ふ、と息が止まった。落ち着け、誰が言ったでもない。硬直した脳に言い聞かせる。壁に向かって投げつけたボールが手元へ戻ってくるように、心中で毒ついた言葉が自分へと跳ね返ってきただけだ。意識的に呼吸を繰り返すと、麻痺した指先の感覚が戻ってきた。意地悪な自分がふいとそっぽを向いた隙に、拾ったジェンガをそっとテーブルに置いた。明日箱にしまおう。

ふと三人の仲間へ視線を移す。なかなか寝付けない俺と違って、全員眠っているように見える。案外まだ起きているのかもしれないが、声を掛けて休息の邪魔をする必要はないので、黙って眺めるだけに留めた。

兄弟のように仲がいい同居人の腕を、意図的ではないといえ食いちぎってしまった酉井さん。家族同然に過ごしてきた恩師が目の前で貫かれ、現在行方不明の梔さん。友達であるオチさんに去られて、励ましてくれた上司に疑いがかけられている相昧依さん。

みんな仲がいい人が傷ついたり、失ったりしている。危険な戦闘が続いている中、精神的にダメージを負うようなこともたくさんあった。身体だけではなく心だって深く傷ついているだろう。怪我は比較するものではないとはいえ、傷が浅い者が積極的に動くべきであた。この中で一番浅いのは、多分俺だ。合理的な判断とは別に、頑張ってくれるみんなを護りたいという私情もあった。

自分の罪とちゃんと向き合うと、大きな背中をまっすぐ伸ばす酉井さんは格好いい。どんなに苦しくても、誰かを癒すことをやめなかった梔さんは真摯な人だ。俺の手当がうまくいかなくて、泣きながら謝ってくれた相昧依さんは底知れず優しい。仲間のおかげで俺は今ここにいる。一人だけじゃどうにもならず、途中で倒れていたに違いない。よく優秀だなんて褒められるけれど、みんながいてくれるから俺は優秀でいられるんだと常日頃思っている。この数日でますます確信が持てた。

そんなみんなのためにも。世界のためにも。俺は友達を斬ってみせる。必要であれば命も奪う。俺の躊躇いなんかより、優先すべきものなんてたくさんある。顔面を片手で押さえながら息を吐いて、決意を再び固める。どっと疲れがわいてきて、ずれていた掛け布団を引っ張って横になる。後頭部をちょうどいい高さの枕が受け止めてくれた。片腕を伸ばして、シャツの生地を綴じた両目にぎゅうと押し付ける。

カザミを傷つけた時点で、俺は目指していたヒーローにはなれないだろう。どんな人にでも分け隔てなく手を差し伸べる、格好いい英雄になりかった。ヒーローは人を護るもの。意図的に誰かを傷つけてしまえば、どんな理由であれ加害者になり罪状がつく。傷害罪、それ以上のものが科される可能性はある。たとえ今の俺たちに捜査権が残っていて無罪放免になったとしても、俺は俺を許すことができない。自分を守ってくれていた恩人であり友人であるならばどうなる?そんなやつをヒーローと呼べるのか?答えは否だ。

今から成し遂げようとしていることは、夢みたいにキラキラしたものじゃなく、肌に絡みついてくるタールのように重い現実だ。でも、カザミのためならタールまみれになって構わない。本心からそう思っている。俺が奪い続けてきた彼の幸せを思えば、これぐらいなんてことはなかった。誰かを犠牲にして叶えようとしていた夢が、今はひどく醜いもののように見える。自ら壁に叩きつけて壊したい衝動すらくすぶり始めている。

大丈夫、乗り越えられる。だって俺は強い、みんなもいてくれて心強い。それにカザミが言ってくれていた。鳴ならきっと止めてくれるだろうって。カザミが俺を勇気づけてくれている。アイツは俺の光だった。自分のためにヴィランになったカザミからの信頼に応えなければならない。できる、やれる、止める。必要があれば——

「ちゃんと、殺せるよ」

口から零れた独り言を合図にして、頭の中に渦巻いていた嵐が徐々に鳴りやんでいく。どれだけ頭がぐちゃぐちゃでも、身体は休みたがっている証拠だ。目元を抑えていた腕を下ろし、眠る姿勢をとる。

どんな人にでも手を差し伸べられるヒーロー。俺にはなれっこなかった。うとうとする中、よわい部分がついでのように顔をのぞかせる。不思議ともう悲しみはなく、諦めへと昇華されていた。焦げ跡にすとんと納得感が落ちてくる。俺はヒーローになれる器じゃなかった。それだけの話だ。

それを裏付けるように、たくさんの人が傷ついている。嶺良の片腕、行方不明の所長、どこか遠くへ行ってしまった満治さん。仲間の心だって守れちゃいない。

俺が本当に優秀だったらこんなことになってないんじゃないか?みんな助けられていたはずなのに。全てを救おうだなんて、おこがましい考えだ。傲慢さすら覚える。でも俺の憧れたヒーローは傲慢なほどに輝いて、格好良くてキラキラしていた。完璧な英雄は、画面の向こうにしか存在しない、作られたキャラクター。それでも。いつか辿り着けると信じていた。俺が憧れたカザミの背中を追っていれば、たとえ真っ暗でも迷うことはないと。まっすぐ謙虚に、ひたむきな気持ちで突っ走れば、いつか開けた場所に出るものだと疑わなかった。手に持っていたランタンの燈火が、カザミ本人から奪ったものだと気づいた今、視界が暗闇に溺れてしまっている。

瞼を下ろすと、あたたかい夜に飲まれる。まどろみが室内を漂う。誰かの寝息が心地よい。梔さん、びっくりするぐらい早く寝ちゃったけど大丈夫かな。酉井さんってご飯あの量で足りているのかな。ハンバーグ分けてあげればよかったかも。相昧依さんをもう泣かせないためにも俺も怪我を控えないと、明日も気を付けよう。

現実に追い付いてきた思考が、まったりとぬるい薄暗がりへ蕩けていく。全身がじわりと重くなる。胸に張り付いていた不安が解けて剥がれ落ちていくのがわかった。思考が沈み、布団のぬくもりだけが手元に残る。嫌なことも不安なことも、すべて静かな闇へと落下していく。

あいつの見ていた世界は、この闇よりも深く、ゆるく腐っていく泥水のような深淵しか広がっていなかったのだろうか。もうすぐ彼は死ぬらしい。その前に、盗んだものは、ちゃんと返さないと。