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2222(にし)
2026-04-23 21:22:05
2659文字
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棚のいちばん上
#nkzik_drawwriting【第68回】二ノ坪怪士丸 の投稿作品です。
中在家先輩のことが苦手だった。
「ねえ怪士丸、図書委員会ってどう?」
同級生で同室の伏木蔵に聞かれて、胸が変な跳ね方をした。
「えっ⋯⋯まあ、どうにかやれてる、かな。本に囲まれる感じで、楽しいよ」
「そっかあ。怪士丸、色んな本を読みたいって言ってたもんねえ」
伏木蔵はこっちの動揺に気付くことなく、うんうんと頷いている。
「僕の保健委員会もね、スリルとサスペンスで楽しいよお。今日は薬草を取りに行ったら、保健委員全員で穴に落ちちゃってさ。ここ、すりむいちゃったんだ」
制服を捲り上げられた右膝には、ぐるぐると包帯が巻かれている。
「大丈夫だった⋯⋯?」
「うん。保健委員会委員長の善法寺伊作先輩は、とっても不運なんだけど、とっても優しいんだ。すぐに怪我を確認して、包帯の巻き方を教えてもらいながら手当てしていただいたんだよ」
伏木蔵の柔らかそうな頬が、ゆっくり持ち上がる。
笑顔。
ああ、中在家先輩にもこんな笑顔があれば、もっとやりやすいのかも⋯⋯。
図書委員会に入ったことを、間違いだったとは思っていない。でも、委員長の中在家先輩のことは未だに怖い。
大きな体、険しい顔、頬の両側にある傷、聞き取りにくい小さな声。
初めての委員会の時も、五年生の不破先輩がほとんどのことを喋っていて、中在家先輩が何を仰っているのか全然わからなかった。
黙々と図書の整理をされていたかと思えば、本の破損や延滞の話になると急に雰囲気が変わり、不気味に笑っておられる。あまりの迫力に、きり丸と二人で震えあがってしまったこともあった。それに、無言のままじっと見つめられると、何か悪いことをしてしまった気がしてそわそわする。
こんな気難しそうな先輩が委員長だなんて、これからやっていけるのかなあ⋯⋯。委員会のことを考えると、胸がそわそわして落ち着かなくなってしまう。
「中在家先輩。今日の返却図書はこちらです。点検も済んでいます。ね、怪士丸?」
「は、はい。どれも、汚れや破損はありませんでした」
不破先輩に促されて、中在家先輩に報告する。
中在家先輩は本の修補の手を止めて、僕の抱えている本にじっと目を向けた。上から下へと視線が動いてから、静かに頷かれる。改めての確認はされなかった。
仕事を認められているのか、それとも無関心なのか──どちらなのかは、わからない。
「あとはこの本をしまうだけですね」
「ああ。では私がやっておこう⋯⋯」
「⋯⋯あの、僕がやります。大丈夫です、場所もわかりますから」
伸ばされた指が途中で止まり、空を少しかいてから、机の上に戻っていった。不破先輩が、中在家先輩と僕を交互に見つめる。
「そう? なら、怪士丸にお願いするよ。いいですか、中在家先輩?」
「⋯⋯」
中在家先輩の口が動く。僕の耳には、もそもそとした低い音しか届かなかった。
抱えた本を、一冊ずつ棚に戻していく。
図書室にはたくさんの本が収められていて、最初の頃はどこに何があるのかさっぱりわからなかった。けれど委員会活動を続けるうちに、目印の色や棚の位置で大体の分類がされていることに気づいてからは、それほど迷うこともなくなった。
棚の間を行ったり来たりして、手元に残っているのはあと一冊。
ここで、少し問題があった。
しまう位置が、高い。棚の一番上の段は、僕がうんと背伸びをしても届くかどうか、という高さだ。
ちら、と先輩たちの方を見る。さっきまで一緒に図書の点検をしてくださっていた不破先輩は、中在家先輩の横で本の修補に取り掛かっている。
本来なら、今日の不破先輩の仕事は修補のはずだった。それを、僕の指導に時間を割いてくださっていた。
⋯⋯これ以上、先輩方の手を煩わせるのは申し訳ない。
意を決して、ぐっと爪先で立つ。棚の本を少しずらして、その隙間に差し込めば──。
そう思ったところで、不意に手の中の重みが消えた。
「え
……
?」
中在家先輩が、すぐそばに立っている。持っていたはずの本と、棚の上の本は、先輩の手に収まっていた。
「怪士丸は、周りをよく見ている」
低い声が、すぐそばで響く。
「だが⋯⋯手に余ることは、頼ってほしい」
「あ⋯⋯すみません」
反射的に謝ると、先輩はほんのわずかに首を振った。
次の瞬間、体がふわりと浮いた。
「えっ!?」
両脇を支えられ、ぐっと抱え上げられている。目線が一気に高くなって、思わず息を呑んだ。
「これなら、届くか?」
振り向けば、視界の端に中在家先輩の顔がある。いつもと変わらない、険しい顔。そして、その目はまっすぐに僕を見ていた。
「は、はい⋯⋯っ」
慌てて本を棚に収める。さっきまで届かなかった場所に、すんなりと手が届いた。
ゆっくり床に降ろされて、どきどきしていた心臓がやっと落ち着いてくる。
「⋯⋯以前から、この本がここにあると、取れない者もいるとわかっていた」
ぽつり、と先輩が言った。
「整理が遅くなって、すまない」
謝られるようなことではないのに。そう思うのに、うまく言葉が出てこなかった。
代わりに少しだけ、胸の奥があたたかくなった。
貸し出し当番で図書室に行くと、同級生たちが宿題のことを話しているところだった。
「花を調べるなんて、めんどくさいよなあ」
「怪士丸、図書委員なんだし何かいい本探してよぉ」
「あはは⋯⋯」
助けるべきか、注意するべきか。受付の机越しに曖昧に笑っていると、背後から気配がした。
「⋯⋯図書室は、私語厳禁」
振り向いた同級生たちが、びくっと肩を震わせる。いつの間にか後ろに立っていた中在家先輩は、いつもの険しい顔だった。
「す、すみません⋯⋯!」
怒られるとでも思ったのか、同級生たちは慌てて頭を下げて、逃げるように出ていった。
中在家先輩の伸ばされた腕が、行き場を失って止まる。その手には、一冊の本がある。
表紙に書かれた題名を見て、僕はくすっと笑ってしまった。
「僕が渡してきますね」
「⋯⋯頼む」
先輩の声は相変わらず小さい。でも、今はよく聞き取れた。
草花の図録を胸に抱えて、廊下を進む。
「あれっ、怪士丸。委員会のお仕事?」
「うん、まあそんなところ」
「そっかあ。最近、図書委員会はどう?」
ほほえむ伏木蔵を見て、僕は小さく頷いた。
「⋯⋯うん。いい感じだよ」
迷いなく言えたことが、自分でも少し嬉しかった。
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