まきわ
2026-04-23 21:15:34
9193文字
Public クロリン
 

呪いのほどき方

Ⅳ直後の年末くらいのクロリンです
付き合ってないです
泣いてる後輩君にキスする先輩が書きたかった…

っ」
唐突に意識が浮上して大きく開いたリィンの目に見えたのは、薄っすらと闇を透かして見える天井だった。
窓から差し込む月明かりで浮かび上がった天井そこに夢に見たばかりの光景がスクリーンの様に浮かび上がった気がしてリィンはぎゅっと目を閉じた。
それでも脳裏に焼き付いた絶望の光景と胸の内を支配する焦りのような不安と絶望を叩きつけられたような痛みが消えない。
………
とにかく心を落ち着けようとリィンは大きく深呼吸をしてからのそりと上半身を起こして膝を抱き寄せた。
……夢だ」
言い聞かせるように低く呟いてから、リィンは枕元に置いていた端末を引き寄せて開き、メールボックスを見た。
ここ最近のやり取りの中から彼からのメールを見つけ出して、それに縋るように次々と開いては一文字一文字眺めて目に焼き付ける。
(どうして)
彼がいなくなった後は空いた穴に満ちた虚ろが大きくてこんな焦燥や不安はなかったのに、彼が戻ってきた今こそどうしようもない不安と絶望に追い立てられる気がする。
理由はなんとなくわかっていた。
彼を喪った時に感じた引き裂かれるような痛みが怖いのだ。
彼が戻ってきた今だからこそ、再びあの痛みが訪れる瞬間を恐れている。
だからといっていない頃の方がよかったなどと口が裂けても言えない。
どうすることもできなくてリィンは更に強く膝を抱き寄せて、心を内側から切り裂き続けるような痛みに耐えようとした。
連絡をして、声を聞けば落ち着くのかもしれない。
けれどこんな夜中に連絡すれば迷惑をかけてしまうだろうし、それができるような関係性ではない。
こんな気持ちを抱いていることすら知られていいのかもわからなかった。
(落ち着け落ち着け落ち着けおちつけおちつけオチツケオチツケ
意味を持たなくなってただ繰り返すだけになった文字で頭を満たして、リィンは独りで夜に耐え続けた。

「うげ、なんだこりゃ」
情報局から頼まれた仕事が一段落し、報告も済ませたところで端末を開いたクロウはメールボックスに並んだ未読メールを見て眉を寄せた。
新旧Ⅶ組の、リィンを除いた全員プラストワから一斉に『リィン(教官)がヤバい』というメールが届いている。
クロウは駅に向かって歩き出しながら、メールの送り主の中から平日昼間であっても立場的にも通信に反応しやすいだろうエリオットを選んで通信をかけた。
意に当たってエリオットはすぐに応答した。
『あ、クロウ。やっほー』
「やっほーじゃねんだわ。なんだあのメール。全員で示し合わせてんなら怖ぇしばらばらに送ってても怖ぇし送った記憶がなくても怖ぇっつの」
『あはは。でも何って言われてもそのままだよ。口で説明するより実際にリィンに会った方がわかりやすいと思うなぁ』
「そりゃまぁ
言われずともクロウは既に駅を視界に入れていたしリーヴス行きの切符を買うつもりだった。
「にしたって事前情報ってもんがだな。まさか呪いがまだ残ってたとかじゃねぇだろうな」
エリオットから見えるはずもないが、目に剣呑さを含ませて言うとエリオットはあっさりとした声を返してきた。
『呪いはもう完全に消えたのエマが確認したでしょ。そういうことじゃないけどうーん、ある意味呪い、かなぁ』
「なんだよそれ」
『いいから行く!多分それしかないから』
……まぁ、行くは行くけどよ」
渋々答えるとエリオットは満足げに「よろしくね」と返して通信を切った。
渋面のまま列車に乗ったクロウは窓際に陣取って窓枠に頬杖をついた。
(常々あいつとオレを取り持とうとするあいつらの行動はどうかと思ってんだよな)
仲間としている分にはいい。
けれど自分は色々と仕出かした身で、平たく言えば犯罪者なのだ。
そうでなくともいやそれを含んでだがこんなろくでもない男よりも条件のいいヤツは男でも女でもリィンの周りには揃いすぎるほど揃っているだろうに。
そしてそのほとんどがリィンが一言『好きだ』と告げれば諸手を挙げて喜んでくれるだろうに。
………
自分でそう考えて、他の誰かに想いを告げるリィンを想像しておいてクロウはひどく不機嫌になった。

リーヴスに降り立つと、小高い丘の上に建つ分校が頭を覗かせているのが見えた。
それを睨みつけるように見てからクロウは自分が無策でここに来たことを思い出した。
(明らかに不調が目に見えてるならともかく変につつくとあいつ強がって隠すだろうしな
下手を打って隠されてしまうとリィンはとことん頑固なので二度と話してはくれなくなるだろう。
(だーかーら事前情報が欲しかったってのに)
とにかくまずは話してみて様子を探るしかないだろう。
ヤバいと聞いて何も考えずに勢いでここまで来てしまった自分に小さく舌打ちをしてクロウは分校へと歩き出した。

学生時代リィンを探し回った経験のある身としては追いかけて探し回る覚悟をしていたのだが、案外あっさりとクロウはリィンと遭遇することができた。
「よぉ、リィン」
ただ近くまで来たので顔を見に寄っただけという風に見えるよう、クロウは殊更軽い調子で手を挙げて挨拶した。
リィンの方は唐突に現れたクロウに目を瞠って固まっていたが、その顔を見てクロウは思わず顔をしかめた。
目の下に明らかな隈があり、顔色も不死者かというくらい蒼白い。
「おい
クロウが何か言おうとしたのとほぼ同時に、リィンは泣きだすのではないかというほど顔を歪ませた。
っ、クロウっ!」
どうした、と声をかける間もなくリィンは駆け寄ってきて、まるで十年ぶりの再会かのようにクロウの胸に縋りついた。
っ、リィン?」
クロウが抱き止めるべきなのかそうすべきでないのか迷って手を浮かせている内にリィンは我に返ったのか頬を染めて慌てて距離を取った。
「す、すまない。ええっと、そう、躓いてしまって」
「ええいやおう。まぁいいやそれは置いといて、お前ちゃんと寝てるか?食ってるか?」
顔に出た異常だけでなく、大きめの教官コートで隠れているものの、今触れた感じでは少し痩せた気がした。
あの黄昏の頃より痩せたというのは明らかに問題だろう。
真正面から見つめて問うとリィンは曖昧な笑みを浮かべた。
「だい
「大丈夫かどうかは聞いてねぇの。寝て食ってんのかって聞いてんだよ」
「っ
語気を強めて再び問うとリィンは視線を逸らした。
必要であればさらりと演技ができる強かさを身に着けはしたものの、仲間に強く問い詰められればまだ甘いらしい。
「ちゃ、ちゃんと寝むぐ」
それでも強情に誤魔化そうとするのでクロウは左手でリィンの顔を、頬の辺りできゅっと掴んでやった。
顔小さいな、と関係のない事を考えつつ鋭い視線でリィンの瞳を捉えた。
「寝てる、食べてるって答えたらこのままお前抱き上げてお姫様抱っこで分校内駆け回ってやるからな」
「そっ、それ質問してる意味ないだろ!」
されているところを想像したのかわずかに顔を赤くした後頭を振ってクロウの手を振り払ったリィンを、クロウは少し視線を緩めて見つめた。
「オレに嘘つくんじゃねぇよ」
優しげな声音に少し照れた様子を見せつつリィンは上目遣いでクロウを睨んだ。
クロウに言われたくないんだが」
「それはそう!」
勢いよく返すとリィンは脱力したように、ふっと笑った。
「なんだそれ」
肩の力が少し抜けたようだと思った瞬間リィンの体が大きく揺らいだ。
「リィン!」
慌てて腕を伸ばして抱き止めるとリィンはクロウにもたれかかるようにしてぐにゃりと崩れ落ちた。
「く、っそ!」
クロウは結局リィンを横抱きに抱え上げて、分校中ではないが教官室まで駆けて行った。
「トワ!」
「ちょっとクロウくん、ドアを蹴破ってこないでリィン君!?」
クロウに抱えられてぐったりしているリィンに気付いてトワは慌てて駆け寄ってきた。
トワもメールの送り主の一人であるし、何より一番近くにいたのだ、こうなりそうなことは予測していただろう。
説明は不要としてクロウはリィンを抱え直した。
「寮に連れてっていいか」
「うん、もちろん。授業時間中は施錠してるからわたしも行くよ」
「わりぃが頼む」
トワは手早くリィンの早退の手続きをするとクロウと連れ立って町へと出た。

寮に向かって足早に歩いていると駅前の広場辺りで遊んでいた子供達が驚いた顔をして駆け寄ってきた。
「せんせー?!何かあったのか?」
心配そうに眉を下げる子供達を安心させるようにクロウは微笑んで返した。
「全部終わってから学校の立て直しに忙しかったからな。ちょっと疲れちまったみたいだ。しっかり休ませるから心配すんな」
実際のところの原因にクロウは既に思い当っていたが、それは彼らに説明することではないだろう。
「うん何かわたし達にできることあったら言ってください」
そう言ってくれる心根に感謝しつつ頷いて返し、クロウはトワと頷き合ってからまた寮へと歩き出した。

寮の玄関扉の鍵を開けているトワの小さな後ろ姿を見ながらクロウはしみじみ首を傾げた。
「いやー鍵がなかったとしても来てくれて助かったぜ。じゃねぇとオレ寮の玄関蹴破って開けることになってたわ」
「リィン君の部屋もでしょ。ほんとにもうさっきみたいにさらっと笑顔で誤魔化しちゃうかと思ったら後先考えてなかったりするんだから」
トワは扉を開きながら複雑な表情でクロウを振り返った。
先ほど子供達に言った方便のことを指しているのだと察してクロウも苦笑を返す。
言い返す言葉はなかったし、それこそ学院時代はそんなことを繰り返してやり過ごしたのだ。
そんな男の腕の中で警戒心などまったくない顔をして眠るリィンを見下ろしてクロウはため息をついた。
その顔色はやはり蒼白い。
その原因を想えば更にため息が出た。
考えてみたらその理由や根本にある心情は違ってもクロウくんとリィン君はそういうとこ同じなのかもね」
リィンの部屋を開けて入ったところでトワがぽつりと呟いたのでクロウは首を傾げた。
掛布団をよけてクロウに場所を譲ってからリィンをベッドに寝かせるクロウの横で、トワは眠るリィンを見た。
「表ではなんでもないように笑って見せて、本当のところを押し隠して二人とも、そういうところはちょっと似てるかも」
確かにリィンは心配かけまいと自分の真情を押し隠すところはある。
それでも本当の立ち位置を隠す為にそう振舞った自分とはそれこそ根本が違うだろう。
そう思ったが、全て了解しているトワに今更言い返すこととも思えなかったので黙っているとトワはくすりと笑った。
「でも、リィン君には見せてあげてね?」
言われてクロウは思わず眉を寄せて困った顔をした。
そういう在り方は、本当に慣れていないのだ。
前向きに善処させていただきマス」
ほとんど棒読みで返すとトワはくすくすと更に笑った。
「嘘や適当な事を言って流そうとしなかったのは褒めてあげます」
先生然としてそう言って、腕を上に伸ばしたトワはそのままぴたっと動きを止めた。
恐らく子供にするように頭を撫でようとしたのだろうが、クロウとトワの身長差ではクロウの頭のてっぺんにトワの手が届かない。
しばし背伸びをしたりして頑張っていたものの、クロウにも屈む気はないので届く気配はない。
「く、クロウくんのばかーー!」
リィンを起こさないように小声で叫ぶという離れ業をやってのけてトワは部屋を出て行ってしまった。
「なんなんだよ」
呟いてからクロウは眠ったままのリィンを見下ろした。
とりあえずコートとベストは脱がせてやるべきだろう。
なるべく起こさないようにそっと腕を抜かせてコートとベストをしかるべき場所に掛ける。
シャツも首元を緩めてやった方がいいかと手を伸ばす。
元々リィンは生真面目そうな印象とは逆にシャツはボタン一つ開けている。
これは学生時代からそうで、教頭に叱られたことがあると言っていたことがある。
だからあえて緩めるほどではないのだが、それでもなんとなく二つ目のボタンも外して胸元を開ける。
するとちらりと胸の傷の端の方が覗いて見えた。
オレの胸にもあるんだよなぁ。なんつーか因果なもんだぜ)
状況も形も違っているが同じように運命に翻弄された中でついた致命傷となるような傷跡。
なんとなく愛おしく感じてシャツの中に指を差し入れてそっと撫でる。
「ん……
その刺激でか、リィンは小さく身じろぎして薄く目を開いた。
ぼんやりとクロウを見つめた夜空色の瞳が刺激の元を探るように胸元に下がっていく。
そしてシャツの胸元に差し入れられたクロウの手で視線を止めて、目を瞠り、そして真っ赤になって慌てて上半身を起こして後ろに下がった。
「な、なにしてるんだ?!」
「いや誤解だ。……誤解か?」
「こっちが聞いてるんだって……あれ、ここ
動揺から我に返ったリィンは部屋を見回して自身の状況に思い至ったようだった。
「お前の部屋。トワには伝えてあるからもう今日は休め」
有無を言わせない調子で強く言うとリィンは目を伏せた。
「でも仕事中で
クロウはリィンの肩に両手を乗せると宥めるように腕を撫でた。
「教官、このまま続けるって決めたんだろ。だったら長く続けることを考えて今はきっちり休め。20年30年続けてたら休むこともあんだろ。その内一日が今日だってだけだ」
「でも、俺が自己管理できてなかったせいなのに」
「つーかお前みたいなタイプは仕事休むのを罰に感じるタイプだろ。だったら自己管理ができてなかったお前への罰だと思え。ま、実はな。この事件には別に真犯人がいるんだがな」
「な、なんの事件の何犯人だって?」
思いもよらない言葉が出てきてリィンは戸惑って顔を上げた。
その視線を捉えて見つめ返してクロウは不敵に笑った。
「お前が倒れるような原因を作った真犯人がな。オレだろ」
「ち、違う!クロウは何も!」
「なんだ、他にそんな風にお前を苦しませてるような奴がいんのか?ならオレそいつのこと許せねぇかも。今度こそその心臓を撃ち抜いてやらねぇと」
「ダメだ!!」
最後の言葉にだけ反応して、リィンは更に蒼白な顔をして守ろうとするかのようにクロウの左の胸元を手で押さえた。
「やっぱオレじゃん」
あえて優しい声音でそう言うと、何かが決壊したかのようにリィンの瞳からぼろぼろと涙が零れ出した。
「あっあぁっ
隠すかのように顔を伏せようとしたリィンの頬に手を添えてクロウは指先でそっと次々と溢れ出す涙を拭った。
(ああ……
クロウは感嘆するような想いで止めようもなくなってしゃくりあげるリィンの泣き顔を見つめた。
笑っていてほしいと心から思うのに、こうして泣いている顔を見るとどうしようもなく綺麗だと思ってしまう。
他の誰にも見せたくはないと。
どれだけ他に条件のいいヤツがいたとしてもこの涙は自分だけが原因であってほしいし、他の誰にも見せたくない。
(だからクソ野郎だってんだよなオレは)
そう思いながらもクロウは衝動に任せて頬に両手を当てたままリィンの顔を上げさせて、そっと唇を重ねた。
リィンは一瞬目を瞠って驚いた様子を見せたが、深く唇を重ねてやると唇から伝わる体温に感じ入るかのように目を閉じた。
そのまま指で涙を拭いながら何度か角度を変えて慈しむようにキスを重ねる。
雨の様に流れてくる涙の雫がクロウの手を濡らして拭いきれずに零れていくのがもったいなく思えてそれも唇で掬い取る。
そうやって涙を追って目元や頬に口づけているとまたリィンの唇が恋しくなってキスをする。
それを繰り返して流れ落ちてくる涙が止まった頃、どちらからともなく空気を求めるように顔を離してうっとりしたような長いため息をついた。
リィンは心臓の辺りを押さえて切なげな顔でクロウを見たかと思った瞬間「あ」と声を漏らしてクロウの胸に倒れ込んだ。
それを受け止めて、クロウはリィンの髪を優しく撫でた。
……夢を見るんだ」
幾分落ち着いた声でリィンはようやく話し始めた。
「クロウを喪った時の夢を。直後は何度も見たけどしばらく見なかったのに。また、喪うのが怖くて。怖いんだ……クロウ、ずっと一緒にいてくれ。離れないで、ずっと傍にいて
縋るようにクロウの背に手を回してリィンはまた嗚咽を漏らし始めた。
やっぱりそれか、とクロウは眉を寄せて顔をしかめた。
エリオットの言ったようにクロウの死が呪いのようにリィンの心を縛ったままになっている。
その不安から解き放たれるにはクロウが確かにここにいるのだという実感が得られるまでの、それなりの時間が必要だろう。
自分の間抜けがリィンを苦しめ続けていることが苦々しくて仕方なかった。
他の奴が原因でも業腹だが自分が苦しめているのはそれはそれで腹が立つ。
自身への怒りはともかく、今は少しでもリィンの心を安らげてやらなければ。
クロウは応えようと口を開きかけて、そしてふと先ほどのトワの言葉を思い出した。

『でも、リィン君には見せてあげてね』

傍にいる、と今慰める為に言ってやるのは簡単だろう。
今リィンを宥めて落ち着かせて、悪夢から少しでも逃れられるようにする為の繰り言。
けれどそれはこれまでしてきた『適当に誤魔化す』のとどう違うのか。
現実問題、常に傍にいるのは難しいだろう。
自分がこれからどうするか決めていないけれど今のところ自分がしたことの償いをしていこうと思うのならずっとリィンの傍にい続けることはできない、と思う。
本音を話すなら無理だ、と答えることになる。
真情で接するとはどういうことなのか、故郷を出た時から仮面を被って生きてきたクロウにはわからない。
その場凌ぎの誤魔化しはしないで、本当の事をありのまま伝える事か。
考えてクロウは強くリィンを抱き寄せた。
……傍にいる。お前が望む時に傍にいて、お前の望むようにしてやるよ。だから心配すんな」
選んだのは『どうできるか』ではなくクロウ自身が『どうしたいか』を伝えることだった。
『現実問題』なんてものは後でどうにでもすればいい。
そもそもやたらに色んな事を『見すぎ』『考えすぎ』と祖父にもよく言われていたのだし。
「一緒にいるこれから先、ずっと」
抱き締める腕に力を込めてリィンの髪に口元を寄せて囁いた。
ふ、とリィンが小さく笑った気配がした。

少しの間そのままでいるとクロウの顎の下から小さく寝息が聞こえてきた。
どうやらまた眠ったようで、眠れたなら少しは心が軽くなったのだろうかと思う。
クロウも安堵の息をついてリィンを寝かせようと体を傾けた。
すると引っ張られるように自分もベッドに倒れ込みようになって慌てて膝で踏ん張る。
「おい……
見ればリィンの手はしっかりとクロウの背を掴んでいて離す様子がない。
赤ん坊のようにしっかりとクロウにくっついてしまっている。
「くっ
無理に引き離そうとすればせっかく寝付いたものを起こしてしまうことになりかねない。
数秒の逡巡の後諦めて一緒になって寝転んだ。
クロウにしがみついたまますぅすぅと稚い寝息をたてるリィンを苦笑混じりに見つめてそっと髪を撫でた。
(無防備すぎだろっつってもまぁこんだけしがみつかれちゃオイタしたくてもできねーか)
諦めてというのもおかしな話だが、クロウは起きたら何か食べるものを作ってやろうと思いながら自身も目を閉じた。

目覚めて幾分すっきりした顔をしたリィンに「リゾットでも作ってやろうか」と提案したところ、頑強にフィッシュバーガーを要求された。
食べてなくてやつれたところにそんなものを食べたら腹下すぞと窘めたが、「食べてなかったわけじゃない。量が減ってただけだ」と駄々をこねられ、ついにクロウが敗北した。
結局今リィンはクロウの対面で満足そうにクロウお手製のフィッシュバーガーにかぶりついている。
「ったく、知らねぇぞ」
テーブルに頬杖をついてため息をついたクロウをリィンは悪戯っぽい目でちらりと見た。
「知らないなんて無責任だぞ。クロウが作ったのに」
「おまっ
くすくすと楽しそうに笑ってまたバーガーを頬張るリィンに、クロウはツッコミを諦めて苦笑とため息を同時に漏らした。
この元気であればとりあえず問題ないだろう。
そう安堵しながら見つめていると、口元を拭ったリィンがふとクロウを真っすぐ見つめた。
「ん?」
クロウ。さっき約束したよな、ずっと傍にいるって」
「う」
真っすぐに捉えられた瞳から目を逸らすこともできずにクロウはしばし詰まった後観念して口を開いた。
「シ、シマシタ」
ぎくしゃくと答えるとリィンはくすりと笑みを零した。
ならもう一つ約束してくれ。辛くなったらちゃんとクロウを呼ぶからだからクロウは、俺に縛られないでくれ」
凛と告げられた言葉にクロウは目を瞠った。
リィンは残り少なくなったバーガーを皿に置いてしっかりとクロウを見つめた。
「クロウがずっと傍にいてくれたらっていうのは本当の気持ちだ。でも同時に、クロウには自由でいてほしいっていうのも間違いなく本音なんだ。自分の道を掴んでほしい、俺達皆そうしたように」
「リィン
「呼んだら来てくれると嬉しい。それが落としどころかな。もちろんクロウが呼んでくれたら、どこであろうと俺は飛んでいくよ」
クロウは伺うようにリィンの瞳の奥を探った。
無理をしている様子ではないし、これがリィンの決めた本音なのだろう。
そしてクロウの心の内も伝わった、そんな気がした。
わかった。まぁ正直始終傍にいる道を選べるかっつーと難しそうだしな。Ⅶ組の中でのオレの立ち位置考えりゃ、できることはいくらでもあんだろうし」
「クロウがⅦ組の一人であることを考えて道を選んでくれるならそれに勝ることはないよ。ゆっくり悩んでくれ、俺も相談には乗るし。それと今日はごめ
謝罪の言葉が出たところで睨みつけてやると、リィンは察して苦笑を浮かべた。
ありがとう、来てくれて」
「ん。ほら食え」
あとちょっとしかないから大事に食べる」
……もう一個作ってやっから」
先ほど凛とした顔つきで想いを語ってくれた青年はどこへやら、子供のようにぱっと顔を輝かせてリィンは残りのフィッシュバーガーにかぶりついた。

本当に腹を壊さなければいいが、とクロウはそれだけまだ心配していた。