ロンド
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Public くにぐに
 

猫と少年のはなし(香+氷)

香と氷で昔話風SF(すこしふしぎ)パロ。ハロウィーン衣装設定。

 遠い遠い、森や砂漠や渓谷や、ともかく人里からとっても離れた山の奥に、神代の世界で修行した仙の老師がお住まいになっていました。
 老師ははるか昔の時代にはえらい皇帝にお仕えしたとも語られるお方でしたが、このごろは、俗世から離れ山奥のお屋敷に籠もられて、気ままにお暮らしになっているのでした。

 はてさて、老師にはあまたの弟子があり、老師にお仕えして日々修行に励んでおります。
 そのうちでいっとう若い、御年八つになる香は、訳あって昨年末弟子に加わったばかりでしたが、もう立派に修行に励んでいます。
 炊事、洗濯、お屋敷の掃除。また、近隣の山へ薬草を摘みに行くのも弟子の務めです。
「お弁当と水筒は持ったあるな。外套はしっかり着たあるか、今日はとびきり寒いあるよ。先達の道を外れないようにするある。雨が振ってきたら休むこと、獣を見かけたら高い木に登ること、薬草はあるだけ取り尽くしちゃだめあるよ。それから」
「うぃっす、わかってます的なー。行ってきます」
「わかってても年長者の話は最後までちゃんと聞くものある、香! 今日は午後には初雪ある、日暮れまでに帰るあるよ!」
 老師から見れば八つの香など赤子も同然ですが、年寄りの長すぎる忠告は聞いているだけで三度日が暮れてしまうものです。出かけるたびに同じことを繰り返し云われるので、すっかり暗唱できるようになってしまった香は、竹籠を背負って、老師のお叱りの声を後にすたこらさっさと出発しました。
 目的地は道なりに進んで、子供の足でも半刻もあれば着く泉です。そこに植生している野草を少しずつ摘んで持ち帰るのが、香が頼まれた仕事でした。
 山奥なのに道があるのは、香のように弟子たちが頻繁に老師のお屋敷と山の中を生き来しているからです。はるばる遠い遠い人里から老師を訪ねてきて、老師に願いごとを叶えてもらいたいと希う人もいないわけでもありません。また、香のように村から差し出されてであったりして、山奥まで迷い込んでしまう人もいます。
 そんなわけで、長年踏み固め岩や木々を整備した細道のおかげで、香も難なく進み、泉にたどり着きました。
 頼まれた薬草をよく育った新鮮なものを選別しながら摘み、籠の中に入れていくと、必要なだけ集められたころには香がやっと背負える大きさの籠の底が見えないくらいになりました。ちょうどお昼の時間です。香は老師から持たされたお弁当を取り出して、草むらに座って休憩することにしました。
 お天気はいまにも灰色の雲が空を覆いそうな模様でした。急に寒気が身にしみて香はぶるりと震え、水筒の温かいお茶を飲みました。
 それから、お弁当の包みをひらきました。香のてのひらよりも大きな、ふかふかの皮に小豆の餡がぎっしり詰まった饅頭です。両手で抱えて香がかぶりついてもなかなか減りません。
 ゆっくりと饅頭を食べていると、香のちいさな鼻に冷たいものが落ちてきました。
「くしゅっ」
 香はごしごしと袖で口周りをぬぐって、顔を上げました。
 はらり、はらりと灰色の空から、初雪が降りてきていました。香が初めて知る、山奥のあたらしい冬の訪れでした。
 雪を眺めながら、香がはふはふと饅頭にかぶりついていると、今度は風の音に混じって、かさこそと何かが近づいてきたようです。香はちっとも気づいていませんでしたが、袖をくいと引かれてしまってから、老師の云いつけを思い出して肩を跳ねさせて、おそるおそる、隣を見やりました。
……子猫、的な?」
 それは、一風変わった猫でした。
 猫は八つの香の体躯の半分よりもちいさくて、香と同じようにもこもこの毛皮のついた外套を着込み、二足歩行をしていました。香の持っている饅頭が気になるようです。するどい爪のある猫の手を香の袖にひっかけて、また引きます。きゅるる、とかわいらしい腹の虫を鳴らしました。
……もしかして、これ食いたい感じ?」
 香が饅頭の皮をちぎって差し出すと、猫はむらさきいろの瞳をまあるくして、くい、と肉球のあるてのひらで掴みました。
 猫はすんすんと匂いを嗅いでから饅頭にかみつきました。ぴんと猫の耳をした被り物が立ちます。猫の尻尾がぶんぶんと地面をたたきました。どうやら、気に入ったようです。
 はふはふと口いっぱいにして食べる猫が面白くて、香はまた饅頭をちぎってあげました。今度は餡子付きです。ほのかに甘い餡にも、猫は白い頬を餅のようにまんまるにして喜びました。
 一人と一匹で饅頭をぜんぶ食べ尽くしてしまうと、香はまたお茶を飲みました。すると、興味津々の猫がこれも欲しがります。香は少し考えてから、水筒の蓋に温かい茶を注ぎました。
「ふーふーしてから飲む的な」
 息を吹きかける動作をしてから、猫にお茶を渡しました。猫は湯気の立つお茶に鼻を近づけて、云われた通りにふうふうと冷ましてから、舌を差し入れようとして、ぴゃっと舌を引っ込めました。まだ、猫には熱かったようです。
 時間を置いて、猫はまたお茶に口をつけました。今度はうまくいきました。美味しそうにこくこくと飲み干す猫を、香は眼を細めて眺め、そっと頭を撫でてやりました。猫はすっかり慣れたように香の手に顔を寄せてざりざりとした舌で毛づくろいをしてくれました。
 すでに昼下がりでした。雪はひらひらと白く冷たい花びらのようにやさしく降り注いでいます。香はふたたび薬草がいっぱいの籠を背負って立ち上がると、お屋敷に帰ることにしました。
 とてとてと、山道をたどっていく香の後ろを、ひょこひょこと、ちいさな猫がついていきます。香が一歩進むと猫は二歩跳ねました。とうとう香は猫を拾い上げて薬草籠に入れてやりました。猫は、薬草の匂いに囲まれて尻尾を包んでまるくなって、瞼を閉じて雪の音に耳をすませていました。
 やがてお屋敷に帰ってきた香を老師が出迎えました。老師に薬草籠を渡すとき、飛び起きた猫は老師の前をすり抜けて香の足元に駆け寄りました。老師はちょっぴり驚きました。
 香は猫を捕まえて腕に抱えました。猫は香の腕の中でくるくると喉を鳴らしています。
「ねえ先生、こいつ飼っていい的な?」
「ずいぶん毛色の変わった猫あるな……。まあ龍や大熊猫に比べれは些事あるか。拾ったのならお前が責任持って面倒みるよろし」
 老師の許可が下りたので、香は兄弟子にも猫を見せました。兄弟子は子猫のために牛の乳をあたためたものも用意してくれました。
「変わった猫ですねえ。名前は決めたのですか?」
「アイス。初雪の日生まれだから」
「みゃあん」
「おや、もう名前がわかっているなんて賢い子ですね」
 香は兄弟子が出してくれた牛乳の皿の前に猫を下ろしましたが、猫は見向きもしません。香は猫の前にしゃがみ込んで云いました。
「こら、すききらいすると大きくなれない的な」
「んみー」
 猫はちょっと不服そうではありましたが、香の云いつけに従って、牛乳を飲んでくれました。


 猫はよく香の後ろをぽてぽてついてきて、仕事を手伝いたがりました。猫は賢く、香が高いところの荷を取ろうとすると、先立って棚に飛び乗って、前足でちょいちょいと取ってくれます。香の勉強にも付き合って、一緒に書物を覗き込みます。
 ごはんを食べるときには香と同じものを欲しがりました。眠るときには同じ寝台にまるまります。ときどき、香のお腹に乗って押しつぶしそうになりながら、けれども猫はふかふかの毛並みも持っていたので、香はよく猫を抱きしめて寝ました。
 そうしていくつも季節が過ぎ、香が成長するのとおんなじように、否、はるかに猫は大きく大きく成長していきました。
 最初に、猫が薬棚に飛び乗るのに勢いあまって壊してしまったときには、つい香はきつく怒ったりもしましたが、しばらくすると猫は高所に乗るのを禁じられました。香が猫の体重が増えすぎたものと思って食事を減らしてみたり、外で遊ばせてみたりするも、猫の成長はちっとも止められませんでした。ついに猫が寝所に収まらなくなると、猫はとても悲しそうな顔で部屋の真ん中で眠るようになりました。ただ、猫の腹にもたれかかって昼寝をするのは香にとってかくべつに素晴らしいことでした。
 香が弟子になってから四度目の冬を迎えました。お屋敷はうっすらと雪化粧をして、芯までこたえるような寒さがやってきました。外套で着ぶくれている香は、このところもっぱら庭先で過ごすようになった猫を見上げて、首をひねりました。
 十二になる香もまだ成長は止まっていませんが、猫もまた、お屋敷のいちばん高い屋根と同じくらいの背丈になったというのに、まだまだ大きくなりそうでした。人間一人分の食事くらいしかしない猫と同じくらいにたくさん食べているのに、と香は思いました。
「アイスー」
「なに、香」
 あまり身じろぎしないで猫らしく昼寝をしていた猫は、地に伏せたまま返事をしました。
 香が猫のそばに寄ってみるとごろろろと地響きのような音が聞こえます。猫は勝手に喉が鳴ってしまうのをうっとおしそうにしかめっ面でいましたが、香は気にせず猫に寄りかかりました。
「お前、もしかして実はふつうの猫じゃない感じ?」
 ぶわん、と猫が尻尾を逆立てました。ごわごわしたような毛に包まれて、香は身体を沈み込ませてみました。あの初雪の日のようなひんやりとした匂いがします。どれだけ日向ぼっこをしても、猫はうっすらと冬の匂いをまとっていて、夏の盛りにはよい氷室のような涼しさを感じられるのです。
 年寄りのような喋り方をする龍も、二足歩行で依頼に来る大熊猫も、老師の古馴染みにはたいそう不思議な客が多かったので、香は飼い猫のこともそのようなものと思っていました。ですが、猫のように屋根よりも大きな猫は、他にちっともいません。いったい猫はどこから来たのだろうと香は思いました。
「香は僕がいると迷惑?」
「そんなことはない的な。アイスはあったか……くはないけど、触り心地は最高だし、でっかいし」
 香は本心から答えましたが、猫は納得しなかったようでした。
「でも僕、大きくなりすぎちゃったみたいだもの」
 猫がうっかりすると香が下敷きになってしまうので、慎重に香を押しのけて立ち上がりました。猫はお屋敷の塔の上に積もった雪を、香が雪かきする代わりに手で掃いてやりました。すこしばかり瓦屋根が現れましたが、またちらつき始めていた粉雪がそっと降りかかっています。
 猫の気まぐれな手伝いの跡にあたらしい雪山ができたのを横目に香は思わずため息をつきました。屋根に登らなくて良くなっただけで、猫が落とした雪のかたまりをきちんと掃除するのは香です。
 香のため息を猫は聞き逃してはくれませんでした。猫耳の被り物をぎゅっと掴んでうつむき、猫はほと、ほと、と大粒の水たまりをこぼしました。
「僕がふつうの猫じゃないから、香の邪魔になっちゃうんだよね。ごめん、香。いままで一緒にいてくれてありがとう」
 そう云って、猫はお屋敷を去りました。とぼとぼと山に向かう背中を香は追いかけましたが、猫の足にはとてもかなわず、すぐに大きなはずの姿はいずこかに消えてしまいました。


 幾度目かの冬がまた巡ってきました。香は十五の齢になっていました。
 お屋敷には老師の古馴染みの龍がお訪ねになられて、老師と白酒を呑み交わしながら、こんな不思議な話をしてくださいました。
 龍の住まわれる神聖なお山は雲よりも高いのですが、久方ぶりに下界に降りてみると、すこしまえと景色が違っていました。三角の頂上がふたつある、大きな山ができていたのでした。このごろは山が火を噴いているとか、大地がぱっくりと割れただとかの噂も聞かなかったので、変わったこともあるものだと龍がぐるりと辺りを周遊なさっていると、なんと山はのっしりと歩き始めたのです。
 酒を給仕していた香はそれを聞いて、居てもたってもいられず、籠を背負ってお屋敷を飛び出しました。
 香は龍が山を見たという方角にがむしゃらに走り、山をいくつも越えていき、やがて、ふたつの耳がある大きな大きな背中がうずくまっているのを見つけました。
「アイス!」
 山のてっぺんにいる香の呼びかけは遠くまでこだましていきます。
 すると、山のような大きさになった猫が、ぴくっと反応しました。香が繰り返し呼びかけると、猫はのっそりとした動きで慎重に頭を香に向けました。ふてくされたような顔をしています。香はめいっぱいに背伸びをしてみましたが、猫はそれでも香を見下ろしました。
「なんで香がここにいるの。お家に帰りなよ」
 何年かぶりの再会だというのに、猫はなかなか可愛くないことを云います。でも、猫の尻尾は興奮したようにぱたぱたと風を生んでいて、喜びがちっとも隠しきれていません。
「なんでって、アイスに会いに来た的な。帰ってこないから心配した」
「意味わかんない。大きくなった僕のことなんか、ほっといていいから」
 素直ではない猫の態度にもめげず、香もすっかり嬉しくなってしまって、猫に大手を振ります。あんまり何度も飛び跳ねるので、雪に足がもつれました。香は山のてっぺんから転げ落ちることを覚悟して目をつむりましたが、予想したような衝撃の代わりに、もちもちと湿ったような感触に受け止められました。
「もう! あぶないったら!」
 香が瞼を上げると、ぽこぽこと怒る猫の顔が間近にあります。香は毛玉のような両手に包みこまれていました。猫が、山から落ちた香をすくい上げてくれたのでした。
 香は立派に成長した猫を思いっきり抱きしめてやりました。昔、拾ったときには猫は八つの香よりもずっとちいさな猫で、いつも香の後をころころとついてきたものでした。いまや、猫は十五の香よりもはるかに、山と見まがうほど大きくなっていましたが、ごわごわしたような冬の匂いがする毛並みと、さみしがりやなのは、昔と変わってませんでした。
「アイス、一緒に帰ろ。大きくたって近くに住んだらいいし、俺はアイスと一緒に暮らしたい的な」
 猫は、観念したようにゆっくりとまばたきをして、香の髪をひとなめしました。猫の舌は大きすぎて、香の顔どころか、全身をびしょ濡れにしてしまいましたけれども、香はころころと声を立てて笑い、つられたように猫も喉を鳴らしました。

 香と猫がお屋敷に帰ってくると、老師や兄弟子が待ちかねていました。ひとりといっぴきは帰りが遅くなったので老師にたっぷりとお叱りを受けました。
 老師は、猫が大きすぎて困っていると聞いて、猫をふつうの猫のようにちいさくなれるよう仙術をかけてくれました。おかげで、猫は元の姿になって眠るとき以外は、以前のように香についてきて、色々の手伝いをするようになりました。
 香と猫は、ずっと一緒に暮らしているとのことです。

 めでたし、めでたし。