街灯修理が苦手なフリンズさんの話


 今日は定時で帰れると思ってたんだけどな。
 そんなことを考えながら、ライトキーパー事務所から持ち出した工具箱を片手に、日が暮れかけた外へ出る。えぇっと場所は……こっちか。
 
 ちょうど事務所から人が出払ったタイミングで、街灯修理の依頼が来てしまったのだ。
 以前ライトキーパー向けに開催されたアイノちゃんの講習をたまたま受けてみたところ、成績優秀だったらしく褒められてしまった。人間誰しも、褒められたら嬉しいじゃない……
 だがしかし、その後に待っていたのは、たまに発生する街灯修理の手伝い依頼だった。ライトキーパー内でも得手不得手はあるようだし、修理できる人材がどうしても欲しい時などに呼ばれてしまうのだ。
 少し重たい工具箱をガタゴト鳴らしながら、指定場所まで歩く。もう少し……というところで行く先を見渡すと、何故か見慣れた蒼い色の街灯があった。あれ……そんな街灯の色あったっけ?
 更に近づくと、その理由がすぐ判明した。

「おや、貴女が駆り出されてしまったのですか? 珍しいですね」
「ぇえ……フリンズは、何してるの?」

 街灯は灯りが付いてないようだが、ライトキーパーである彼の蒼い炎のランプが地上を照らしてくれていた。そう、彼は――街灯のポールに座りながら、自身の足に肘をついて私を見下ろしているのだ。
 
「暗い夜道は危険ですからね、僕のランプを街灯代わりにして照らしていたのです」
 ふふっと小さく笑った彼は「偶然、ここを通りかかったので」とか「僕の職務ですからね」とか言ったあと、音もなく地面に降り立つ。頭上ではなく隣から照らされることになったので、辺りが少し暗くなったように感じた。
 フリンズが私に手を差し出してきたので、持っていた工具箱を押し付けようとしたところ、彼は首を振った。どうやら違ったようだ。

……なぁに?」
「修繕が必要なのは、電灯本体――つまり上の方みたいですよ」
「分かってるならフリンズが直してもいいよ」
 ほら、ともう一度工具箱を押し付けようとしたのに、彼は肩をすくめただけで受け取ることすらしなかった。まったく……アイノちゃんの同じ講習をフリンズも受けていたはずなのに。

「あぁそぅ、梯子がいるって事ね。さすがに持ってこなかったから取りに戻――
「いえ、そちらは不要かと」
…………なぜ?」
「だから、ほら。僕の手を取ってください」

 目を細めて微笑みを浮かべたままのフリンズは、もう一度私に手を差し出す。
……まさかだけど、」
「僕が上までお連れしましょう。大丈夫です、落としたりなんてしませんよ」
 ほら、予想通りだった。でもさぁ、落ちる落ちないの問題じゃなくて、さぁ。
 彼を無視して梯子を取りに戻る労力と時間、彼に抱えて貰いながら修繕する気恥ずかしさ。天秤にかけるには不思議な二択ではあったが……一向に手を下げる気のない彼をもう一度見て、私が折れることにした。

……じゃあ、はい。上までお願いね」
 差し出された彼の手を取ると、待ってましたと手を握り返したフリンズは、私を横抱きにかかえてヒョイっと何でもないかのように飛び上がった。
「ひゃあ……ちょっと! こんなところ見られたら、人間じゃないってバレちゃうよ?」
「おや、誰も見てなければ特に問題ありませんよ」
 思わず周りを見渡すが、たしかに人影は無さそう。とはいえ、危なかっかしいにも程がある。

……さて、この部分だと思うのですが」
 彼の言う部位を確認すると、たしかに原因はここなのかもしれない。工具箱を開けて必要な道具を取ると、邪魔になった工具箱は彼が持ってくれた。こんな細い場所に立ちながら、なんと器用なことか。
「故障部位まで分かってるなら自分で直せたんじゃない?」
「おぉ、何と恐ろしいことを……。妖精は機械が苦手なのですよ」
「都合の良い時だけフェイであることを持ち出さないで」
 冷ややかな目線を彼に向けてみるが、さほど気にする様子もない。全く、こんなときばっかり調子良いんだから。
 彼に作業させることは諦めて、私は修理に専念することにした。

 

「さすがですね、すぐ直りました。大変助かりました」
「まぁね、もっと褒めても良いのよ? ――修理作業、ちょっと慣れてきちゃったよ」
「ふふ、それならば……また僕が困った時には、僕の救世主となる姫君に手伝っていただく事にしましょうか」
「次はご自分でどうぞ?」



『再び灯った薄明かりを背に、影を二つ並べて』