A4
2026-04-23 00:33:51
3400文字
Public 助手2号のお兄ちゃんのイトアキ
 

場所の問題

変な話になってしまった

閉店後の店内で、片隅のソファに腰掛けて、アキラはペーパーバックを読んでいた。とある映画の原作で、いつか読みたいと思っていたものがひょんなことから手に入れることができた。探し出してくれたのはアンビーで、彼女は「私は読まないけれど、もうひとりの店長の感想が聞きたい」と言って譲ってくれたのだった。
集中して読んでいると、ドアが控えめにノックされた。
もう閉店の札を下げているのに、と思いつつ、アキラはレシートの紙(おそろしい数の0が並んでいる、Fairyの電気代だ)をページにはさみ、立ち上がった。
そうっと窓から外をのぞくと、そこにいたのはライトなのだった。
すぐにアキラはドアを開けた。
「外から、明かりがついているのが見えたからな」
ライトは無表情に突っ立って、つぶやいた。
何が「からな」なのか、アキラにはよくわからなかったが、知り合いを外で待たせるのも野暮であるので、店内に招き入れた。
ライトは入るなり、アキラを抱き寄せ、おとがいに指をそえてキスをしてきた。アキラはびっくりして目を見開いたまま口を塞がれた。濡れた舌が入ってくる。舌は通常濡れているものであるが、差し込まれる度に、濡れていることに驚いてしまう。
ライトは余裕がないかのように、性急な動きで口づけをした。乱暴に口の中で暴れ回り、身体もまさぐられる。呼吸が荒くなっていて、時々、唸っていた。
それをアキラは醒めた目で見ていた。
ゆっくりとライトは離れていった。
アキラはサングラスを取る。ライトが目をそらす。
「気が済んだかい」
「ああ」
「いきなりキスされるのは好きじゃない」
「そうだな」
「ちゃんと、聞いてほしい」
アキラはそう言ってサングラスをソファの上に投げ、ライトの顔を両手で挟み、じっと見つめた。
「キスしてもいいかい?」
尋ねると、ライトは息を呑んだ。
返事がなかったが、軽く唇を合わせる。
「怒ってるんじゃないのか」
「どうして?」
「あんたにがっついたから」
「そんなことくらいじゃ怒らないよ」
アキラは笑った。
「でも、まあ、驚いたかな。いったいどうしたのかな、くらいは考える」
サングラスを取ってライトに返し、途中で止まったペーパーバックをカウンターの下の引き出しにしまった。
「僕にしたいことがあるなら、言ってほしいよ」
「断られるかもって考えたら強引に奪った方がいい」
「いかにも郊外流の考え方だ。でも、ここは都会だよ、忘れないで」
「あんたを抱きたいんだ」
「ストレートだね」
「回りくどいのは嫌だろ」
「最初からそう言ってくれればいいのに」
アキラはライトの手を握った。
「難しいな……今日はリンがいる」
「どっか、行くか」
「長くは開けたくない」
「そっちは?」
ライトはアキラの身体を抱き寄せ、囁いた。そっちというのはバックヤードの事を指していて、アキラはライトの脛を蹴った。
「痛いぞ」
「冗談じゃない。Fairyがいるし、僕らの仕事場だよ」
「有能なAIアシスタントはスリープモードにならないのか」
「なったってバックグラウンドで情報を取得してる」
アキラはライトをにらんだが、彼の眼差しに、少しばかりうろたえた。翠緑の瞳が濡れたように見える。熱っぽい視線だ。こちらがほしくてたまらない、といったような……。目は口ほどにものを言う、とはこのことか、とアキラは唸った。
「あ、そうだ」
アキラはライトの手を掴んだまま、裏口から駐車場に出た。社用車のロックを解除し、助手席側から車に乗ると、シートを倒した。
「ここならいいよ」
……車だぞ」
「バックヤードや妹が隣にいる部屋よりマシだよ」
「ふむ」
「明日、仕事が入ってるんだよね。今日は控えめにしてほしいんだけれど」
……断ったって、いいんだぞ」
「よく言うよ」
アキラはシートに寝転がって、口をとがらせた。
「ライトさんて、小さい頃、我が儘を言うのが得意だったんじゃない? そんな顔されたら、誰も断れないだろう」
「ああ、強請るのはうまかったかもな」
「まったく、あなたときたら……。まあ、いいや。どうぞ、中へ」
小さな頃のライトを想像して微笑み、アキラはライトを促した。ライトが車に乗ると、車体が少し沈んだ。
ドアが閉まり、ライトがアキラに覆い被さる。
再び、キスをされた。口だけじゃなく、額にも頬にも、首筋にも。身体をまさぐられ、シャツがたくし上げられた。胸にも触られ、乳首をかじられる。下腹のあたりに熱が籠もり、背中がぞくぞくした。ライトに触られると、すっかりスイッチが入ってしまい、早く快感を与えられたくてたまらなくなる。
「ライトさん……
かたくなったライトの前を手で撫でると押しつけられた。
「前、開けるよ」
ベルトに指をかけると、ライトは少し身を起こして、自分でベルトを外し、ズボンの前を開けた。ボクサーパンツもずらす。出てきたペニスをじっと見つめながら、アキラも腰を浮かして膝までズボンと下着を脱いだ。
「ローション」
「ないよそんなの」
「どうするんだ」
「たぶん大丈夫」
アキラはライトの手をつかみ、指をなめた。
他人の指をなめるなんて、自分がするとは露程も考えたことがなかったが、実際にやっている。その上、もっとありえない場所もなめたり口に含んでいる。
入ると思う、と言おうとして、アキラは動きを止めた。
「アキラ?」
「あー、ライトさん、その、本当に申し訳ないのだけれど」
アキラはライトの指を握ったり開いたりした。
「やっぱり、この中でするの、無理だ」
…………
「明日、車を使うし……リンと出かけるし……
「わかった」
「ええ!?」
「なんで驚く? したくないんだろう」
ライトはアキラの身体の上からどいて、車の外に出た。乱れた服を整えていて、カチャカチャとベルトのバックルが音を立てているのが、いたたまれない。
アキラも車から出た。ズボンをちゃんと履いて、泣きたい気持ちになる。
「したくないわけじゃないんだよ」
「そうか?」
「ああ、怒らないで……確かに、僕が悪い」
車のドアを閉めて、ロックする。ヘッドライトが二回、点滅した。
「バックヤードと同じくらい、この車は僕にとって、特別な場所だったみたいだ」
「しかたないさ」
ライトは肩をすくめる。店にやってきたときの熱はもうおさまってしまったのか、落ち着いている。
アキラは耐えきれず、がばっと腕を開くと、ライトの身体を正面から抱きしめた。ぶつかる勢いだったが、ライトはアキラの身体を受け止め、びくともしなかった。
「ライトさん、しよう」
「無理するな」
「場所さえあればできるんだよ」
言いつのると、ライトはふっと息を吐いて笑った。
「こんな時間だ、ホテルくらいしかないだろ」
「うん、いいよ、行こう。あ、前に使ったところのクーポンがあったんじゃないかな?」
「アキラ、今日はお開きにしよう」
「ええ……
ライトは微笑んでいる。アキラにはその真意がはかりかねた。やさしい男なのでこちらに気遣いをさせないように笑っているのではないか。しかし無理をしているようにも見えない。
「タイミングが悪かった。また出直そう」
「そんな」
「明日も仕事だって言ってたな。もう寝た方がいい」
ライトはアキラの額にキスをすると、手をひらひらと振って、駐車場から出て行ってしまった。
その背を見送って、アキラはしばらく突っ立っていた。
ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
なんなんだ? 約束もなく勝手にふらりと現れてキスしてきたかと思うと迫って、それで、ここでは無理だと言ったら、こちらの意見も聞かずに決めつけて、挙げ句の果てに、アキラを置いて、帰ってしまった!
むしゃくしゃしたが、この感情の出所がよくわからない。
ライトはアキラのことを思って、この行動を取った、それは理解できるのだ。
アキラはゴミ箱を蹴った。やり場のない怒りだけがある。
郊外に行く道でも公衆トイレでもやったことがあるのに、場所がなんだというのだろう。だが、無理なのだ。
翌朝、目の下にくまをこさえたアキラをリンがたいそう心配してくれて、癒やされはしたが、モヤモヤしたものは消えなかった。
アキラが地図アプリを使って「性交が可能な場所リスト」を非公開で作るのは、それから数日のことだった。