siso_leonids
2026-04-22 22:05:10
4705文字
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スターレットレイズの男組とクオリアクロニクル

タイトル通り


「今からどこ行くの?」
「あ?あぁ、クオリア・クロニクルんとこ」
クオリア・クロニクル。幻想的な楽曲と圧倒的な演技力で世界観の中に観客を引き込む、双子の姉弟によるアイドルグループ。
憂弦や貴音の所属するスターレットレイズより1期上の先輩グループだ。
「音和万穂路と音和千燈路。知ってるだろ」
「顔とかだけだよ」


「あれ、憂弦だ」
千燈路がきょとんとした瞳で二人を出迎える。
「万穂路は?」
「今、通してるとこ」
千燈路が先導してはいった先の部屋。
白を基調としたガラス張りのサンルームの中央に置かれたこれまた白いグランドピアノ。
ガラスの向こうには綺麗に整備された庭があり、花や木々が揺らめいている。
大きな窓ガラスから差し込んでいる木陰から漏れた光なんて、まるでこの舞台の為に用意されたひとつの演出のようだ。
ちらちらと零れる光をピアノが反射して、万穂路の銀色の髪がきらめいて、幻想的な楽曲も併せて一つの絵のようだった。
音が止まり、万穂路の伏せられていた瞼が上がり、千燈路と同じ青緑の瞳が入ってきた3人を見つめる。
「憂、どうしたの?」
「あぁ、ちょっとな」
「あぁ、廉志狼は居ないけど後から伝えればいいわ」
「後から怒られても知らんぞ」
ぽんぽんと目の前で交わされる会話に貴音が目を白黒させていると、千燈路が貴音の肩をつつく。
「この後休憩するんだってよ、お茶淹れるの手伝って?」
「え?あ、はい……
千燈路の有無を言わさない疑問形に圧されるまま、貴音はお茶を入れる為に給湯室に連れていかれる。
「えっと……
「憂弦とはさ、デビュー以前からお世話になってるんだ、だから俺らのアレソレ色々知ってんの」
ポット取って~と言われた貴音はすぐ横にある食器棚からポットを取り出す。
ポットを受け取った千燈路は手際よくそこに茶葉を入れ、ケトルで湧かした湯を入れる。
その間に貴音は渡されたお盆にティーカップとソーサー、スティックシュガー、マドラーを並べていく。
「あ、そうなん、ですね……
「敬語苦手ならつけなくていいぜ、なんなら俺らの方が年齢は下だし」
「あ、えと、」
まごつく貴音を見て千燈路は容姿からは想像出来ないような大口をあけると わははと笑った。
「万穂路、アンタみたいなので遊ぶの好きだぜ、気を付けろよ」
「は……!?」
千燈路はさらに笑みを深くして、動揺している貴音の持つお盆とは別のお盆にティーポットを置くと部屋に戻ろうと促した。

少し時間は戻り、貴音と千燈路を見送った憂弦と万穂路は部屋の隅にある二人掛けのソファに腰掛ける。
「それで?」
……どうしたらいいんだろうなぁって」
「あ、お手上げなの?」
「根本的に俺の問題じゃあねぇからな」
言葉少なに語る憂弦に対して、万穂路は全て理解しているかのように察して目を丸くする。
実際、万穂路は1を話すと7、8割ぐらい理解して、必要に応じて見解を示してくれる察しの良い女だった。
憂弦はスターレットレイズとしてデビューした後もクオリアクロニクルのメンバーとは何度も会って話もしていた。
「あぁ~、廉志狼が嫌いっぽい子でしょ、確か。まぁ廉志狼元から女性嫌いの気あるけどさ」
「明け透けすぎるだろ」
憂弦がぽつりと語った言葉や喜多上にしれっと握られた情報やらで万穂路は大方、憂弦の悩みの種を理解していたのだ。
「折り合い悪いんだっけ、さっきの子とマネージャーの子が。もう一人の女の子とも?」
「表でどうのこうなってわけじゃない、貴音がな……もう一人の女子はそこまで……
「ほぉ~ん、さては何かあった?」
「いつも何かあるよ、今日は俺不在だったしな」
事の次第を手短に話すと万穂路は理解したように一つ頷いた。
「ふぅん、それで猫ちゃん連れて来たんだ」
「それ言うと怒られるぞ」
「つつけばいい音なりそうだよね、彼」
おかしそうにくすくすと笑う万穂路にジトリと目を向けるが、そんなことで怯むようなか弱い女でもない。
万穂路はふっ、と笑みを切り替える。無邪気な雰囲気はどこへやら、艶やかに色めいた笑みを浮かべて体を寄せたかと思うと、憂弦の膝に置かれた左手に自身の右手を重ね、爪先でかりり、と軽く擦る。
「ねぇ、あたしの元に来ない?」
クオリア・クロニクルというグループはメンバーとグループが構成する世界観などの性質上、終わりが決まっている。
千燈路と廉志狼は芸能界を去り、万穂路は残るか否か、その後を今、探っている。
「かわいい猫ちゃんも一緒に連れてきていいわ」
扉を開くと同時に息を呑む音が聞こえた。目を見開いた鮮やかな青色の瞳が二人の姿を捕らえる。
それはそうだろう、事情を知らない貴音から見たらまるっきりそういう雰囲気の触れ合いをしているそういう逢瀬に見えるのだから。
顔を赤くして固まった貴音に憂弦は長く大きなため息を吐いて目を覆った。
「結成してすぐのグループがすぐ解散したら大問題だろ、っていうか揶揄うな」
冗談かと肩の力を抜いた貴音を千燈路がこっちこっちと誘導してお盆を机に置いている。
千燈路の教えの元おっかなびっくりで紅茶を注ぐ貴音を横目に万穂路はさっさと席を立った。
「あながち冗談でもないんだけどね」
憂弦の近くを通る時に舌を出して片目を瞑る万穂路に程々にしろ、と呆れたような目線を投げかける。しかしそんなもので止まるような女でもないことはもう百も承知だ。クオリアクロニクルにおける紅一点の強さは自分をよくわかっている。
「ねぇ、貴音くん?」
貴音にすーっと近寄った万穂路はしれっと体を寄せ、いやらしくない程度に腕に胸を押し付けた。
ぎょっと固まる貴音の輪郭を絶妙な力加減の指先でもってなぞって顎先を捕らえたかと思えば、万穂路が艶めいた声で囁く。
「あたしと一緒にアイドル、やってみない?大丈夫、憂も一緒だし」
貴音の手にするりと手を絡めて、指で貴音の手の甲を撫ぜ、耳元に触れそうな距離で囁く。
「これでもかって言うほど、上手に生かしてあげる」

「万穂路、それぐらいにしといてやってくれ、っつーかセクハラだぞ」
「遊ぶなよ、万穂路」
「ごめんなさい、だってあんまりにも可愛くって」
「あそ……かわっ……はっ!!!!???」
憂弦の呆れたような視線、千燈路の咎めるような視線を受けた万穂路は貴音からぱっと身を離し先ほどの雰囲気も消したかと思うと軽い謝罪をする。
あまりの変わり身と自身に起こった自体に対する怒りやら混乱やらでキャパオーバーした貴音は意味のない言語を発するだけに留まっているがやがてハッとしたかと思うと憂弦の後ろに隠れるようにして万穂路に対して無言の威嚇を放つ。
「やぁだ、ほんと猫ちゃんみた~い、かわいい~。ごめんなさいね」
「いや謝罪の心うっす……
威嚇する猫にへらへらと手を振るテンションでいる万穂路に辛辣なツッコミをする千燈路。
憂弦は自分の周りで繰り広げられる混沌を無視して淹れられた紅茶を飲んでいる。
貴音はこそっと憂弦に尋ねる。
「っていうか憂弦くんは大丈夫なの?」
憂弦のトラウマに関することを貴音は知っている。不安そうに尋ねる貴音を一瞥した憂弦は自分の隣に座れと示す。
「あいつは引き際もわかってるし相手も選んでる、洒落にならんことはしない。なにより……とことん要領よく相手の弱みを握って避けてみせるんだよな……腹立つぐらいに……
……
疲れたような顔で告げる憂弦に貴音は絶句した。
その言葉が正しいのなら、万穂路たちも憂弦のトラウマを知っている。その上で万穂路は憂弦の心配を跳ねのける何かをしでかしているらしい。
先ほどの千燈路の言葉が正しいなら、彼女は貴音より年齢は下。
あの演技といい、憂弦の件といい、貴音は万穂路は随分と底知れない女に見えた。
……考えておきます」
「えぇ~ほんと?いい返事を期待しているわ」
それだけ絞り出した貴音は憂弦の隣に腰掛ける。万穂路は貴音の言葉に屈託のない笑みを浮かべた。


「この前納期ギリギリで曲と台本出してあぁすればよかった~って頭抱えてたね」
「千燈路だって作詞ギリギリで出したい表現あったのに~って鉛筆転がしてたじゃない」
「「悪かないんだけどね~」」
貴音は音和姉弟の会話を聞いてきょときょとと目を瞬いていた。万穂路や千燈路の言葉が意外だったらしい。
「もっとあぁすればよかった、こうすればよかったなんて探せばいくらでもあるし。出来ることが増えた後にあの時アレが出来ていれば、なんてことごまんとあるわ。でもね、焦って自分の理想の完成形を追いかけるんじゃなくて、締切の時点で全体的な流れが出来ていることが重要なの。仕事においては」
ぼやくように言った万穂路は貴音を見るとおもむろに立ち上がる。
「仲間を信じなさい。流れを崩さない。自分の出来ることを精一杯やる。次があるならその時もっと上を目指したらいい」
ビッと指先を貴音に向けて万穂路は言い放つ。
隣で千燈路が行儀悪いぜと言っているが万穂路は綺麗に無視して続ける。
「自分の力を信じるのは自分1人でも十分よ。他人じゃなくて、使うのは自分なんだからまず自分が信じなくてどうするの。例え実力が少ないって知っていても目を逸らさずに知っている事実に意味があるし、上を目指し続けることに意味がある。その時に足りてようが足りてなかろうが信じるの」
憂弦が貴音を連れて此処に来たのには意味はこれだ。
憂弦がとうの昔に置き去りにした感覚を、デビューしてから数年の万穂路や千燈路にはまだ覚えがあるはずだった。
自分の見解をしっかりと言語化して伝える万穂路なら、きっと貴音へのアドバイスとして何か告げてくれると思った。
そして、万穂路は憂弦の意図を正しく理解した。
「それこそが、貴方を舞台で支えるものになる。理想形であろうとなかろうと、十分であろうとなかろうと、今、貴方のその瞬間を乗り越えるための力はその時の貴方の中にある。だからその時仕事をやりきる力ではなく、仕事を乗り越えられる力を出せるように万全に日々、自分を整えるのよ」
憂弦は、貴音の憧れだ。貴音にとってアイドルの憂弦はまだ遠い存在で、追いつかなければならない存在だ。
自分がいくら言っても、通り抜けてしまう言葉がある。
でもデビューして年数のあまり変わらない、下積みもない、歳の近い二人なら。
「結局、モノゴトに向かい合い続ける自分の生き様が大事ってコト!」
もしかすると、コンプレックスに潰されそうな貴音が肩の力を抜くための言葉を掛けてくれるのではないかと信じたのだ。
「少なくとも、貴方の今を信じている人がいるんだからさ、その人悲しませるようなことしちゃ駄目なんじゃない」
勢いを落とした万穂路は静かに締めくくった。
「でも……俺は」
「一人で置いて行かれるの、結構きついんだから」
……っ!」
貴音の言葉を告げる前に重ねられた万穂路の言葉に貴音は口を噤む。
その響きがあまりにも切実だったからなのか、あまりにも重みがあったからなのか。
過去なのか、未来なのか、今なのか。いずれにせよ、置いて行かれることを知っているような声に貴音は押し黙った。
「あの……
貴音が絞り出すような声で告げる。
「また、来てもいい、ですか」
万穂路は少しだけ目を丸くすると、微笑んだ。
「えぇ、どうぞ」

その後は他愛もない話をして、貴音と音和姉弟が連絡先を交換して帰路についた。
「今日、飯作る気ねーわ、総菜買って帰るか」
「そうだね」