こあらん
2026-04-22 15:41:18
5780文字
Public ロベシエ
 

今日はなんの日?/ロベシエ

エイプリルフールの日、某国では面白いイタズラをしているみたいで…思わず書き殴った話。

 ふわぁぁ〜と大きなあくびか出そうになり、ロベリアは慌てて口を覆った。
 昨晩、お気に入りのクラポティの鑑賞会をしてつい聴き入ってしまった。子守唄として聴きながら眠るのはさぞパルフェだろう、と思ったのに逆に興奮してほとんど眠れなかった。しかし、アイデア自体は悪くない。次は別の方法で試してみるかとぼんやり考えながら、ロベリアは重い足取りでゆっくりと食堂へ向かった。
 少し、寝坊をしたせいか、廊下にはすでに食事を終えた団員たちの賑やかな談笑が響いている。食堂が近付くにつれ、美味しそうなトーストの香ばしい匂いがふわりと鼻をくすぐった。
 今日の朝食はなんだろうな。そんな事を考えていた瞬間、いきなり背中にドンッと衝撃が走った。
「おっはよ〜!ロベリアくんっ!」
くわぁっ!?し、シエテ!?」
 非常に明るく、元気いっぱいのシエテの声が後ろから飛び込んできた。振り向くと、その美しい空色の瞳をキラキラと輝かせ、満面の笑みを浮かべた恋人の姿があった。シエテはニコニコしながら、ロベリアの背中をバンバンと軽く、何度も叩いている。
「なんだか、眠そうだね〜。まーた、夜更かしでもしたんじゃないの〜?ちゃんと寝ないと、体壊しちゃうんじゃなーい?」
 そう、言いたいことをペラペラとまくし立てたかと思うと、「それじゃあね!」と片手をひらひらさせて、足早に立ち去ってしまった。
 まるで、通り過ぎる春の嵐のようだった。

 ……一体、何だったんだ
 
 朝から、恋人に会えたのは素直に嬉しいが、少し態度が素っ気なさすぎるんじゃないか?もう少しこう、朝の恋人らしい甘い挨拶や、温かい触れ合いがあってもいいんじゃないのか……
 そう、もやもやとした気持ちを抱えながら、寂しさと苛立ちが混じったため息をついた。
 ──まぁ、恥ずかしがり屋なシエテのことだ。急に照れて逃げただけとか、急ぎの用があっただけとか些細な理由が原因できっと深い意味はないのだろう
 そう自分に言い聞かせながら、シエテがやたら元気が良かったことが、妙に引っかかっていた。


「あ、ロベリアさん、おはようございます!」
「なんだあ、クラポティの兄ちゃん。今日は随分と遅いなぁ
 食堂に入ると、グラン達がすぐ視界に入った。先ほどまでの淀んだ気持ちが、一陣の風の様にすっと晴れていく。
 グランは朝食をすでに食べ終えたようで、空の皿を片付けながら、ルリア、ビィの三人で談笑していた。

「団長!?くははっ、今、ここでキミらに会えるなんて!トレッビアーン!団長!聞いてくれ、昨日オレが寝ながら試したコンセールについて──」
「いらない」
「!!オーララ、残念だ。まぁ、またの機会に
 ぴしゃりと即座に断られたロベリアは、がっくりと肩を落とした。その背中に、何か貼り付いているのに、最初に気付いたのはビィだった。

「あれ?クラポティの兄ちゃん。何か背中に貼ってあるぜ?」
「あ、本当だ。え、何これ!?紙の魚?」
 グランがぺらりとそれを剥がし、目を丸くする。眉を寄せてペラペラと紙を裏返しながら、意図が全く分からないという顔をしていた。しかし、ロベリアはその意味を瞬時に理解していた。思わず、グランの手から紙を取り上げる。

「───魚、だって!?」

 それは、紙で作られた魚だった。可愛らしく手描きでデフォルメされ、ウィンクまでしている。ハートを飛ばし、遊び心たっぷりのデザインだ。
「え〜、なんで魚なんだろ。イタズラかなぁ。それにしては可愛らしい絵だけど変なの」
………
 グランが不思議そうに首を傾げる横で、ロベリアは呆気にとられていた。すると、横から様子をみていたルリアはある事に気付いた。

「あ!待ってください!裏に何か書いてありますよ」
 ルリアの言葉で、グランは紙を裏返した。そこには、異国の言葉で書かれた文が二行ほど、丁寧に書かれていた。
「あ!本当だ。あれ、でもこれどんな意味だろう。ぽい……そそん??うーん、異国の言葉でわからないな」
「Poisson d'Avril──、四月の魚、という意味さ、団長」
「え、ロベリア、わかるんだ?」
「ウィ。この紙の魚はオレの故郷でよく見たな。今日──4月1日に、誰かの背中にこっそり貼るイタズラをするんだ」
「へぇ〜、そうなんだ」

 グランの疑問に素早く答えたロベリアを、グランは感心したような瞳で見つめた。しかし、好奇心が旺盛なこの三人。最初の一文が理解しただけで満足するはずがなかった。宝石のように目を輝かせてたビィがロベリアに続けて質問をする。
「なぁなぁ、じゃあ、その下に書いてあるのはどんな意味なんだぁ?」
「いや、これは。パルドンよくわからないな
「ロベリアがわからないなら、下の文は別の国の言葉かなぁ。誰だろうね、こんなイタズラをしたのは。なんか、やたら可愛らしい筆跡だけどうーん
 グランが真剣に裏面の文字をじっと見つめ、差出人が誰なのか考えているのと対照的に、ロベリアはこのイタズラをした該当人物について、すでに見当がついていた。

──誰、誰だって?こんな事をしたのは一人しかいない──シエテだ。
 なるほど、さっきの挨拶でこっそり背中に貼ったのだろう。だったら、さっきの素っ気ない挨拶も今なら合点がいく。

 ロベリアは書かれている文字に目を落とした。他の人にバレないよう、わざと筆跡を変えたのだろう。丸っこくて、どかかぎこち無い、書き慣れてなさそうな文字が並んでいる。それを見ただけで、思わず笑みが溢れた。
 ビィにはこの意味が分からないフリをしたが、もちろん意味は理解できている。ただ、あの三人には絶対に教えたくなかった。


だって、この意味は───





 日が沈み、団員たちは消灯時間までの自由な時間をそれぞれ楽しんでいた。朝の賑やかな喧騒とは打って変わって、今は人も少なく、しんと静まり返っている。淡いランプの光で照らされている廊下を、ロベリアはカツカツと足早に進んでいた。早くシエテに会いたい──そんな気持ちが、どんどん大きくなっていく。
 目的地のドアの前で、ロベリアは手にしていた紙の魚をもう一度チラリと見た。裏面に書かれた、たどたどしい文字が目に入るたび、胸の奥が擽ったくなる。……本当にオレの恋人は可愛らしい事をしてくれる。嬉しくて、無意識に口元が緩んでしまう。
 耳を澄ますと、ドアの奥の部屋は静まり返っていた。どうやら部屋の主はロベリアの気配を察しているようだ。シエテの鼓動が早まった音が一瞬、扉越しでも聞こえたかと思えば、足音が近づいてきた。ドアが、カチャリと開く。

「サリュ、シエテ。ずいぶん可愛らしいイタズラをしてくれたじゃないか」
 ドアが開き、ロベリアはすぐさま手に持っていた紙の魚をひらりと掲げ、目を細めてにやりと笑った。シエテは一瞬目を丸くした後、すぐににんまりと得意げに笑い、ロベリアを見つめる。空色の瞳がキラキラと輝いて喜びに満ちている。
「ふふっ、びっくりしたでしょ〜?あの時、お前が眠そうで助かったよ。その場で気付かれたら意味がないからねぇー。で、いつ気付いたの?」
「食堂へ入ってすぐさ。団長らが教えてくれてね」
「ふぅ〜ん、流石、団長ちゃんだねぇ〜」
 シエテの声は弾んでいて、まるで子どものように誇らしげだ。「まぁ、入りなよ」とロベリアに部屋に入るように促す。

 ロベリアが部屋に入るやいなや、シエテはベッドの端に腰を下ろし、上目遣いでロベリアを見上げてきた。誇らしげで、してやったりの表情で、どうやらイタズラが成功したことが相当嬉しいらしい。無意識に浮かべているその微笑みが愛らしい。薄暗い部屋の中、柔らかに光っている照明が、美しい彼の瞳をより幻想的に魅せつける。ロベリアは思わず軽く息を吐き、口を開けた。
「しかし、驚いたな。キミ、よく知っていたな。オレの故郷以外ではこんな風習は知られていないって聞いていたぜ」

 正直、シエテが『Poisson d'Avril』を知っているとは思わなかった。世間ではあまり知られていないはずのことを、シエテはしっかり把握していた。ロベリアの故郷のことを……。そう思うと、胸のあたりがじんわりと温かくなってくる。嬉しさと照れくさが混ざり合い、さっきから心臓が擽ったい。まるで小さい針にチクチクと刺されているかのようだ。
 恋人のシエテが、自分の事を少しでも知ろうとしていることがただただ嬉しい。そして、出来れば自分もシエテの事をもっと知りたいという想いが膨らんでくる。ただでさえ、この秘密の多い男は自分の事をあまり話してくれないのだから

「ふっふ〜ん!十天衆の情報網を見くびらないでよね!仕事や情報収集であちこちまわっているからね〜。多分、お前が思っている以上に色々知っていると思うよ?」
「へぇそれは興味深いな
 嬉しそうに語っているシエテの隣に、ロベリアは自然と腰を下ろした。ギシッというベッドの軋み音が聞こえる部屋の中、二人の視線が自然に重なる。シエテはいたずらっぽくまるで猫が笑うような笑みを浮かべ、温かい眼差しでロベリアを見つめていた。
「前にね、お前と同じような喋り方をした依頼者に教えてもらってさ〜。もしかしてって思ってね……驚いた?」
「ウィ、もちろんさそれに
 ロベリアはシエテの肩に腕を回した。ピクリとシエテの身体が震えた事に、思わず笑みが零れる。可愛いイタズラとはいえ、今日はずっとシエテに振り回された一日だった。シエテがロベリアの事を想って行ったイタズラだ──そういう一日があっても悪くない。悪くないがやっぱり、やられっぱなしは性に合わない。
 そのまま、ゆっくり顔を寄せ、耳元でぽそっと呟いた。
「Mon petit poisson... ce soir, laisse-toi manger par moi...」と。
 熱を帯びた甘い声で、まるで囁くように呟いた言葉はシエテの耳からそのまま流れるように心に届く。ロベリアの異国の言葉を一瞬で理解し、シエテの顔は耳まで真っ赤になる。ロベリアはその反応を見て、にやりといたずらっぽく笑った。
……やっぱり、ね。いつの間に勉強したんだい?前はきちんと理解していなかっただろう?」
「それは……秘密。やっぱさぁ、お前が何て言っているのか、気になるしね
 恥ずかしいのか、顔を背けようとするシエテを遮るように顎を優しく捕らえ、親指で頬を愛おしそうに、ゆっくりと撫でる。柔らかくて温かい感触が、指先から伝わってくる。それがよりロベリアの欲を掻き立てる。
 先ほどから頬を赤らめ、ロベリアに視線を合わせられず、ゆらゆら泳いでいる瞳が可愛らしい。見ているだけで、美味しそうで齧り付きたくなる。密かに、ロベリアの故郷の言葉を勉強していたなんて嬉しすぎるサプライズで胸が熱くなってきて、もう我慢ができなかった。

 親指でなぞる様にシエテの唇の輪郭を撫でると、シエテの息が一瞬詰まった。じっとロベリアを見つめる瞳は期待に溢れている。その唇に、己の唇をそっと重ねた。温かく柔らかい感触と、甘くて爽やかな風のような……シエテの独特な匂いが鼻腔をくすぐる。甘い誘惑に誘われ、ロベリアは徐々に目の前の男しか考えられなくなってくる。
んっふっ……あ」
 下唇をぺろりと舐めれば、シエテの口が僅かに開いた。そこを舌でこじ開けるように開くと、待ちわびたようにシエテの舌がロベリアを迎え入れる。お互いの想いを吐き出すかのように、抱きしめ合うかのように、戯れ合う。シエテから漏れる吐息も甘くなり、キスのリップ音と合わさって、とろけるような音色が部屋に響いている。いやらしくも、ロベリアの欲をより掻き立てる音……。ロベリアはいつもこの音を聴くのが好きだった。 
 キスが深くなるにつれ、シエテの腕がロベリアの背に回り、ぎゅっと服をつかむ。それが堪らなくて、ロベリアの息はより一層荒くなり、貪るようにシエテを求めた。思わず、とすんとそのままベッドへとシエテを押し倒す。

 呼吸が苦しくなる頃に、唇が離される。ロベリアの目の前には、まるで春の花がゆっくり開くような柔らかい笑みをしたシエテが広がっていた。瞳は既に潤み、ぼんやりと熱を孕んだ自分の姿を映している。
 ロベリアはくはっと特徴的な笑いを零し、シエテの頬を宝物に触れるかのように撫でる。そして、ゆっくりと顔を近づけ、こつんとお互いの額を優しく合わせた。

「『今夜、俺の部屋に来てね』、ね。くははっ!なかなか可愛らしい誘い文句だったぜ。あぁ、これを読んだ時オレの胸は最高に高鳴ったよ。メルシー、シエテ!文法の間違いがあっても、ちゃんと伝わったぜ、モンシェリ
「ちょっ!あ〜〜、もう!恥ずかしいから言わないでよ〜〜!!」
 シエテは目を見開き、先ほどとは全く違う色で顔を真っ赤にし、上ずった声で叫ぶ。淡い桃色に染まっていた頬が、今はりんごのように耳まで真っ赤だ。ロベリアも思わず笑ってしまう。

 少し間をおいて、シエテが軽いため息をつき、言葉を開いた。
……まぁ、ここに来たって事は意味はキチンと伝わったってわかってたよ
 眉を下げながら、照れくさそうに「やっぱ、独学だったから不安でさー」と呟いた後、ロベリアの頭をぐっと押してロベリアの口を塞ぐ。合間にロベリアの髪を優しく撫でるシエテの指が気持ちがいい。
……でも、たまにはこういう誘いも悪くないでしょ?」
 唇を離し、ふふっと柔らかい笑みを溢しながらシエテはロベリアを見つめた。照れくささと、これからの期待が混じり合った潤んだ瞳を細め、可愛らしいのにどことなく艶めかしい。ロベリアは思わず、息を飲んだ。


──キミからの誘いなら、なんだって嬉しいさ

 その想いを胸に、ロベリアは誘われるように、再びその唇にキスを落とした。


 柔らかな吐息が混じり合い、部屋に静かな甘さが満ちていく。