ねもとぬん
2026-04-21 23:57:52
18258文字
Public HSR:ナズ語
 

【ナズ語・途中経過お焚き上げ】昔はカッコよかった(20260522更新)

やべえ幻造種により「どちらかの秘密を告白しないと出られない部屋」に閉じこめられた際、🐒に「実は昔私はあなたのことが好きだったんですよ」と告げられて「何の何の何!?」と大パニックを起こした🔍🐺がドッタンバッタンパッチンパッチンガシンガシンしてバナナの皮で転びまくる話です。

※めちゃくちゃ🔍🐺がカッコ悪いです。
※4.1、また🔍🐺のキャラストーリーの重大なネタバレを含みます。
※🐒くんの退化前の姿が登場します。外見描写はほぼありませんが、性格、言動をねつ造しています。
※実装済みのレンジャーたち(🔫、🥷)と🔍🐺、🐒くんの関係性や設定をかなりねつ造しています。
※未推敲なので文章のクセとか多分ヤバいです
※今後のメインスト更新や解釈の変更他により、実投稿では修正が入る可能性があります。

タイトルはな/か/に/し/ゆ/う/た氏の成年向け同人誌リスペクトですが、特にそちらの内容は知らなくても読めます。

 二相楽園がインターネットとコンテンツの氾濫に侵されておらず、仙舟でも紙媒体の書籍が主要に取引されていた時代のこと。
 とある推理小説作家が新作の書き出しに頭を悩ませ、読者を引きつけるためこのような一文を原稿に殴り書きした。
『畜生! と、お嬢様はおっしゃった――

 奇妙なことだが、この物語も似たような書き出しから始まる。
 とある幻造種が生み出したくだらない部屋に、一人の男と一匹のサルが閉じこめられた。
 部屋の名は『どちらかが相手に一生言わずにいようとした秘密を告げないと出られない部屋』。とある幻造種が生み出したくだらない部屋だが、効果だけは見事なもので、男たちは殴る、蹴るでの強行突破に失敗した。
 相棒を巻き込む覚悟で己の『影』を使うか、はてさて、余計なトラブルを防ぐためにもなるべく口にしたくなかった10琥珀紀ものの秘密を口にすべきか。
 男が低く唸って腕組みしていると、隣のサルが溜息をつき、それまで食べていたバナナの皮を放り出すと、慇懃で深く魅力的な声音で言った。

「畜生め」
「何だって?」

 男が聞き返すと、サルは言った。

「背に腹は変えられません。はっきり言いましょう。実は私は昔、あなたのことを愛していたのですよ」

「えっ」

 男がその言葉を理解して声を漏らすのと、どこからか開錠の音が響くのはほぼ同時だった。

「おや」

 サルは出口の方へ顔を向けた。

「開きましたね」
「いや、ちょっと」

 男はひきつった声で呼びかけたが、サルは意にも介さず出口の方に四つ足で駆けだした。

「行きますよ、不死途様。この部屋を作り出したくだらない幻造種を引っ捕らえなくては。もし、他の一般市民のところに『殺し合いをしなければ出られない部屋』なんかが出たら、取り返しがつきません」
「いや、おたくね……おたくね!? ちょっと待っ――

 男は一歩踏みだし、そして先ほどまでサルが食っていたバナナの皮にすっころんで顔面を床にぶっつけた。
 男が顔を上げた時、もう既にサルの姿は遠い豆粒ほどにしか見えなかった。その背中に向けて、男は叫んだ。

「待っ……語り部くん! 語り部くん!? ちょっと待って……待ってくれ!! いやせめて置いていかないで……語り部くん、語り部くーん!!」

 そういうわけでこの物語は、とある男が言葉を解するサルに愛を告げられたところから始まる。
 ここでは、男の名は不死途としよう。
 紆余曲折を経て二相楽園にて探偵業を営んでおり、そしてこの出来事をきっかけに数日間、すさまじい苦悩と一生分の打ち身を味わうこととなる男である。



 幻造種の捕縛は存外にうまく行き、二人は超常事象管理局から謝礼金を受け取った。

「幻月遊戯にかこつけてか、妙な幻造種も増えたものですね」

 二次元シティの片隅のベンチでバナナの皮を剥きながら、語り部は言った。

「『○○しないと出られない部屋』という状況を使った二次創作コンテンツが流行っているとは聞きましたが、それに伴って、『○○しないと出られない部屋に閉じこめる都合のいい幻造種』などというものが出現するとは……

 そうして一度言葉を切り、重々しい口調で語り始めた。

「危険極まりない調査であった。捜査手法としては、おとり捜査は違法である。しかしその甲斐もあって、探偵は一人の被害者も出さずに逮捕劇を成功させたのだった」
「語り部くん」

 ベンチの隣に座っている不死途は言った。

「ナレーションでごまかすのは……やめてくれないか」
「探偵は助手を問いつめるため、卑怯な手段を取った」

 語り部はバナナの先端を頬張りながら言った。

「モグ……今回の事件の功労者である助手を、バナナで釣ったのである。かの助手は二足歩行があまり得意ではなく、探偵と並んで歩くには四つ足になる他ない。必然、バナナを食べている際は二人で立ち止まることを余儀なくされ、否応がなしにへっぽこ探偵の尋問を許すことになるのだ」
「本当にそれはそのとおりなんだけどね?」

 下心を完全に見抜かれていたへっぽこ探偵はすっかり弱り切ってしまった。

「その……
「語彙力のない探偵は言葉を詰まらせた。助手のプライバシーをめちゃくちゃにしている自覚がありながら質問したいという気持ちを抑えられず、かといって助手の機嫌を損ねずに済む気の利いた言い回しも思いつかないのだ――いいでしょう。この特別報酬のバナナに免じて、食べ終わるまででしたら質問にお答えします」
「そ、そうか。なら……そうだな」

 語彙力のない探偵は唾を飲み込み、「いつから……?」とかすれた声で尋ねた。

「覚えていません」

 語り部の回答は簡潔だった。

「ご存知の通り、私の記憶は完全に回復したわけではありません。ウェンワークのことは覚えていますが、それ以外の記憶については断片的です。現に私は、巡海レンジャーを志したきっかけも、あなたと初めて会った時のことも思い出せていません」

 不死途の方を見もせずに答える様子は、不死途よりもよほど己の状況に達観しているようだった。

「原始博士の『退化実験』の意図から考えれば、むしろ記憶が蘇る方がイレギュラーといっていいでしょう。ですから、あなたのその質問には答えられませんし、今後答えられる見込みも低いかと」
……それは分かってるさ」

 もう語り部はバナナを半分近く食べ終えていた。
 考えている暇はない。不死途は頭を切り替えた。

「思い出せないんだったら仕方ない。次に……その、どの辺りが……?」
「顔でしょうね」
「素直だなおたく!」

 予想の範疇だった。不死途は予想そのものにも、予想を当ててしまった自分にも失望した。
 ――不死途はどうも、かなりの美丈夫らしい。それも、不必要に周囲をおかしくしてしまうタイプの美形である。
 この顔に不満があるわけではない。得をしている部分があることも重々承知している。
 ただ、苦労した時期があるのは事実だ。まなじりが垂れているせいか、気を抜いているとどうにも柔らかな印象を与えてしまう。下手に出ているとナメられがちで、それなりに工夫しないと『猟首』としての体面を保てない。
 巡海レンジャーの首魁を務めていた頃は、意識して顔つきを引き締め、厳しい規律と言動でそれを補っていた。
 そういった地道な努力はこうして探偵となった今も、チンピラや犯罪者どもをこってり絞る時に有効活用されている……のだが。

「あー……なんだ……

 バナナはもう三分の一も残っていない。不死途は焦りで口ごもりながらも、なんとか思考をすべて口に出すことで滑り込みでの質問を狙った。

「その……おたくとしては不本意だったのはわかってるんだけど、僕としては流石に、聞いてしまったからには気になるというか……その……おたくに、何かしてやれることは……ないかな?」

 言い終えるのと、バナナの最後のひとかけらが語り部の口の中に潜り込むのがほぼ同時だった。
 語り部は、ふむ、と言って不死途の顔を見た。ありがたいことに、先ほどの不死途の言葉を質問にカウントしてくれたらしい。

「ありませんね」

 語り部は言った。

「もとより過去の話です。何かをしたいとか、してほしいとか、そういった感情はありません。ですから、これまで通り接していただいて結構です」

 黙り込んだ不死途に、語り部は促した。

「ところで、次のバナナは?」
「あっ……

 不死途は懐を探ったが、そこには公共料金と家賃の納付書と、それらを支払った結果残ったわずかな信用ポイントしか存在しなかった。

「も、もうない!」
「では、質問は終わりです」

 「語り部」はベンチから飛び降りると、鳩川区の方角に向けて歩き始めた。
 不死途も立ち上がると、慌てて語り部のあとを追い、必死の思いで問いかけた。

「なあ、おたく、おたくは本当にそれでいいのか!?」

 そして、先ほど語り部が捨てたバナナの皮を踏んづけ、盛大にふんぞり返って転んだ。
 頭は打たなかったが背中の痛みに体を丸めていると、何かが近寄ってくる気配がした。

「なぜ私がこの秘密を告げるつもりがなかったのか、理解できていますか?」

 不死途はほとんど涙でかすむ視界の中で首を動かし、どうにか語り部を視界に収めようとした。

「そうなるからですよ」
「そうって」
「今の不死途様のような状態です」

 語り部は呆れを含んだ声で言った。

「自覚していらっしゃるかどうかは存じ上げませんが、不死途様、あなたはご自分で思っている以上に感傷的な人間です。例えサルの姿をしていようと、『群れの一員』であり、そしてある程度の知性を残している私の感情を無視することはできないでしょう。ですが私としては、そうやって思い悩まれるくらいでしたら、日々のバナナ代や光熱費をどう稼ぐのかに目を向けていただきたいのですよ」

 不死途が何度か瞬きして焦点を合わせる前に、語り部は背を向けた。

「不可抗力とはいえ、このような形で不死途様の心を乱してしまったことは申し訳ないと思っています。しかし、起きてしまったことはもうどうしようもありません。聞かなかったことにするか、どう整理をつけるかは不死途様次第ですが……なるべく早く折り合いをつけていただければと」

 何回バナナの皮で転ばれても、今の私では、不死途様を助け起こすこともできないのですから。
 そう言って、語り部は去っていった。

 不死途のことを置物か死体と思ったらしい初がフニャフニャと寄ってきた頃、不死途はようやっと体の痛みをこらえながら立ち上がった。全身の埃を払ってから、痛む膝をさすって考える。
 聞かなかったことにするか、整理をつけろ、と語り部は言った。自分は何かを変えたいとは思っていないし、これまで通りに接してほしいと。
 そんなこと、できるのか?
 ……僕に?



 ラマンチャはひどく酔っていた。
 確か、リナとクレスの交際報告を受け、レンジャー内での慰労も兼ねて祝賀会を開いた日だったと思う。
 ラマンチャからしたら「おめでとう」より「やっとか」が勝るような二人組だった。他のレンジャーたちの間でも同様で、宴会には祝福というより安堵の空気が漂っていた。
 酒のペースが早くなったのは、そういう気の緩みもあったかもしれない。
 脳みそを締め上げるような絶え間ない頭痛に呻きながら薄目を開けた時、貸し切った拠点の広間にはほとんど誰も残っていなかった。
 何か、冷たいものが額に触れていた。瞬きをして見上げると、一人の男がラマンチャの顔をのぞき込んでいた。
 濡れたタオルと男の指先が、ラマンチャの額に触れて汗を拭う。

「おや」

 レンジャーの中には珍しく、気品すら感じさせる言葉遣いだった。

「お気づきですか」
「ああ」

 ラマンチャはそれでかろうじて、目の前の男が誰なのかを思い出した。
 今日の宴会に参加した面々では、中堅くらいの立ち位置のレンジャーだ。
 個性豊かな群れの中では、さほど目立つような存在ではない。だが、知性の鋭さと思慮深さもあって、同じくらいの経験値のレンジャーからは一目置かれている男だった。
 さりげない言動からは教養の深さと、経験に裏打ちされた慎重さが滲む。深い声と機知に富んだ言い回しには、相対する悪党ですら聞き入ってしまうような魅力があった。

 ――ガキどもの中では、まだおとなしい方のヤツ。
 ラマンチャにとっての男の総評は、それに尽きた。

 ラマンチャは頭を上げようとしたが、すぐに頭がぐらぐらとして断念した。
 照明の光が網膜をちくちくと刺してくる。ラマンチャは腕を持ち上げて目元を覆い、どうにかそれを防いだ。
 目の前の男が「ふふっ」と笑った気配がした。

「ラマンチャ様は、案外酒に弱いのですか?」
「おい」

 なるべく威圧的な声を出そうとしたが、酒精に弱り切った声帯は予想より貧弱な声しか出してくれなかった。

「ふふっ……

 男はずいぶんと楽しそうな様子で、濡れタオルをラマンチャの額に置いた。ラマンチャは小さく唸ると、冷たい濡れタオルで顔を拭い、細かく脈打つこめかみに当てて頭痛を和らげた。
 この酔い方は予後がよくない、とラマンチャは考えた。水分を摂ってアルコールを排出しておかないと明日に差し障るだろう。

「水はそこにありますよ」

 見透かしたように男が言う。
 ラマンチャがテーブルを見ると、いつの間にか水の入ったグラスが置かれていた。

「他のガキどもは……?」
「もう全員部屋に運びましたよ。ここに残っているのはあなただけです」

 ガラスや金属がふれあう音がした。男が酒瓶やらグラスを片づけているらしかった。
 ラマンチャは少しだけ、男の評価を上方修正した――「ガキの中ではおとなしいヤツ」から、「周りに目を向けられるヤツ」に。

「おい、そこまでやらなくていい」
「おや、そうですか?」
「おたくはここまで散らかしてないんだろ? 明日の朝、やらかしたバカどもに片づけさせる」
「ふむ。でしたら、明日の彼らに任せましょうか」

 惨憺たる部屋の様子を見回して男は渋い顔をした。
 それから、男はテーブルの向こうのキッチンに向かい、何かをがちゃがちゃと言わせ始めた。金属音が頭痛に響く。ラマンチャはどくどくと脈打つこめかみを押さえつけた。

「セロリは?」

 少し大きめの声で尋ねられて、ラマンチャは何度か瞬きした。
 男がキッチンに立っている後ろ姿を捉えて、繰り返す。

「セロリ……?」
「苦手ではありませんか?」
……何か作るのか?」
「スープですよ。私の夜食も兼ねてですが」

 料理ができるのか。
 ラマンチャは少々間を置いてから答えた。

……いや、好き嫌いはない」
「そうですか」

 まもなく、何かを切る規則正しい音、それから油を熱する音と何かを炒める匂いが漂ってきた。
 ラマンチャはその匂いにふっと意識が緩むのを感じた。こみ上げる安堵と眠気に逆らおうともせず、目を閉じた。



……いやめちゃくちゃ好きじゃないか!!」

 不死途はそう叫んで飛び起きると、勢いのまま冷蔵庫の蓋に顔面をぶつけ、額を押さえて身もだえた。
 足で冷蔵庫の蓋を蹴り上げ、どうにか冷蔵庫から這い出る。くぐもった声で語り部を呼んだ。
 何度か呼びかけると、事務所の扉が開き、語り部の姿が現れた。語り部はしばし不死途を観察していたが、やがてゆっくりした足取りで部屋に入ってきた。

「不死途様、発作は落ち着かれましたか」
「発作?」
「さっきの叫び声は発作では……
……ああっ、うん、そう……そうだね?」

 単に昔の夢を見ていただけなのだが。
 誤解されるくらい叫んでたのか? たぬきたちに聞かれていやしないだろうか。
 語り部の体越しにこっそりオフィスの方を見やると、「まだ深夜ですよ」と告げられた。

「お戻りの際、わき目もふらず真っ先に冷蔵庫に飛び込まれたようでしたから、いつもの発作なのかと。その場合、近づく方が不死途様の意志に反すると思い、夜のバナナを我慢して待っていたのですが……
「僕が悪かった」

 不死途は冷蔵庫の中からバナナを取り出して語り部に一本与えた。
 語り部はキャスター付きの椅子を引っ張ってくるとそこに乗り上げ、そこにバナナを置いた。

「申し訳ありませんが、バナナより先にやるべきことがあります」
「何だ、依頼が来たのか?」
「怪我をしています」
「おたくがか!? 誰にやられた!」
「ご安心ください、不死途様です」

 語り部が額を示したので、左手で触れる。意識した途端痛みと熱感が広がり、不死途は顔をひきつらせた。
 語り部が、タンコブができている、と教えてくれた。

「タンコブ一つで済んだということは、今回の発作は比較的穏やかだったようですね」
「そう……だな……
「探偵はとっさにごまかしたが、それは心の中のしこりをごまかすためのものだった。助手と顔を合わせるのが気まずすぎて外で時間をつぶし、そして彼がいないタイミングを見計らって帰ってきた後、速攻で冷蔵庫に飛び込む目論見はきっとバレてはいまいと……
……
「めまいや他の症状はありますか?」
……多分ない」
「でしたら、ひとまず冷やして様子を見ましょう」

 と言いながら、先ほど与えたバナナにタオルを巻き付けて押し付けてくる。
 えっどうしたんだ語り部くん、と思って受け取ったバナナをよく見ると、冷蔵庫の中に保存していたせいでバナナはカチンコチンに凍り付いていた。
 さっさとバナナを解凍したいだけじゃないかと思ったが、まともなバナナを切らしていた自分が悪いことも自覚していたため、黙ってそれを受け取った。

「なあ」

 不死途は冷凍バナナを額に押し当てながら言った。

「やっぱり、納得がいかない」
「何の話です?」
「おたくがありがたくも言ってくれた通りの話だ。僕はまだ納得できてない」
……

 またですか。語り部は嘆息した。
 不死途はタンコブの痛みの中で、なんとか頭の中を整理した。

「僕はおたくと対等でありたいと思ってるんだ。だからこうやって金とバナナを支払ってるのに、話を聞いたあとじゃおたくの気持ちを搾取しているような気がしてるんだよ」
「今まさに未払い状態ですが」
「それは本当にそうなんだけどね?」

 氷嚢代わりになっている冷凍バナナを見つめる語り部に、雇い主は呻いた。

「それから、対等でありたいと言うのなら雇い主が従業員の恋愛事情に介入する方が職権乱用ではないかと」
……くっ……
「探偵は自らの弁舌の頼りなさを猛省した。普段雇用契約やら難しい話を全てアンブレラや助手に頼り切りにしているので、まともな反論が何一つとして出てこない。途方に暮れた探偵であったが――一つだけ、どうしても譲れない質問があった」
「はあ……おたく、ほんっとに……はあ」

 不死途はすべて見透かされていることに頭を抱えたくなったが、わざわざ水を向けてくれているのが語り部の優しさであろうことも理解していた。
 これで遠慮する方が失礼だ。不死途は腹をくくった。

「おたくは、その……後悔とかは、してないか」
「後悔、ですか?」

 不死途は頷いた。

「おたくの本音が聞きたい。今の僕と一緒にいて、その……辛くなったりとか、後悔を感じたりとか。そういったことはないのか?」
「辛いかどうか、ですか……ふふっ」
「からかわないでくれ。笑い事じゃないんだぞ」
「失礼しまし……いえ」

 語り部は至極まじめな声音を作ろうとして見事に失敗し、また「ふふっ……」と息だけで笑った。

「申し訳ありませんが、冷凍バナナをタンコブに押しつけながらこんなまじめな話をするという事実があまりにも愉快すぎて笑ってしまいます」
「自分で渡したんじゃないか……
「後悔は……していますよ」
「え、それって僕への気持ちの話か? それともバナナの話か?」

 語り部は床に視線を落とし、言った。

「時々考えるのですよ。巡海レンジャーの中には、私よりもずっとパブに相応しい人間がいたのではないかと」
「それは知らないが……ん? なぁもしかしてそれ僕に言ってるのか?」
「昔、愚者からもらった招待状をあなたに転送すべきでしたね」
「パブの招待状ってメールで転送できるのか」
「どうでしょう。私が退化前に受け取った招待が有効だったくらいですから、FW:でも問題ないような気はしますが」
……いや待て待て待て待て、ジョークで話題を逸らそうとするのはやめてくれないか、語り部くん」
「おや、昔のジョークセンスが蘇ってきたのかと思ったのですが」
「僕自身がネタにさえされてなければ普通にちょっと面白かったな。本当に、愚者に招待された頃のジョークセンスを思い出したのかもしれないぞ?」
「思い出すといえば」

 語り部は言った。

「あなたの助手としてここに残ることを決めたのは、あなたを昔、どう思っていたのか思い出す前です。ですから、私がラマンチャ様への好意を搾取されているとか、そういったことは一切ありません」

 おそらく、過去のことがなかったとしても、私はあなたの助手になったでしょう。
 そう言ってから、語り部はこうも指摘した。

「ところで不死途様、先ほどのお話から見るに、私が未だにあなたのことを好いていると思っているようですが」
……え、違う……のか?」
「不死途様、あなたが探偵になって以降、私に幻滅されたことがないとでも思っているのですか」
「ウッ」

 きつい一言だった。反射的に、己の心臓をバナナを持っていない方の手で庇ってしまうくらいには。

「探偵は声を詰まらせた」

 冷酷に、語り部は語った。

「そう、何を隠そう、この男は見た目は探偵、頭脳はすかすか、実年齢は重なる一方……特技は推理を外すこと。金勘定はまるでダメ、唯一変わっていないのは顔立ちのみである。これでは百年、いや数琥珀紀に及ぶ恋も冷めゆく一方というのは火を見るより明らかだった」
「うっ……お、おたく……おたくね……!!」

 いくらなんでもひどいというか、仮にも自分を好いてくれていたとわかっている相手からここまでけなされてしまうとさすがに自分が情けなくもなってくる。なんならちょっと涙が出てきそうな気分だった。
 語り部はそんな不死途の顔を見て深く息をつくと、「昔はカッコよかったのですがね」とぼやいた。

「む、昔は!?」
「反論できるのですか?」
「い、いやあ……それは……おたく……おたくね……!?」

 ぐうの音も出なかった。
 当たり前だ。苛烈さとカリスマを以てしてレンジャーを統率していた『ラマンチャ』と、家賃を払うだけでも一苦労の不死途は違う。
 かつての語り部が、もしもレンジャーのボスとしてのラマンチャを好いていたのだとしたら。そして、全然カッコよくないし苦労ばかりかけている今の不死途に失望を覚えたのだとしたら、その心境の変化は察するに有り余る。

「確かに……

 不死途は悲しく呻いた。

「確かに今の僕は一介の探偵の『不死途』で、『ラマンチャ』じゃないから……おたくが好きだったのはラマンチャであって僕じゃないと言われたら、もう、はいそうですねーとしか、言いようがないんだが……
「だから言ったでしょう。今のカッコ悪いあなたに何かされたり、気を遣われたところで困るのですよ」
……そ、そうか。それはそれでなんというか、すごくショックだが……そういうことか、理解できたよ」
「それで、『不死途』様」

 と、語り部はタンコブに押し当てているバナナを示した。

「そろそろそのバナナも、いい具合に解凍された頃だと思いますが」
「あっ……

 話に熱中している間に、不死途の手の中のバナナはちょっとだけ柔らかくなり、果実独特の甘い匂いを発しはじめていた。
 語り部はバナナを受け取ってから、自分が乗っていたキャスター付きの椅子を冷蔵庫に近づけ、不死途の顔をのぞき込んだ。
 濡れたタオルと指先が不死途の額に触れて前髪を払い、熱感を拭う。
 不死途は一瞬息を止めた。

「腹も満たされましたし、新しく氷嚢を作りましょう。少々お待ちください」

 語り部は少し柔らかくなったバナナを数口で平らげると、さっさと事務所の出口へ向かったが、途中で足を止めた。

「そうでした。私からも一つ、質問が」
……何だ」

 辛うじて返した不死途に、語り部は振り返った。

「もしもですが」

 語り部の語調は、普段と全く変わりのない平坦な様子だった。

「仮にもし私が気持ちを告げていたら、ラマンチャ様は受け入れられましたか?」

 不死途は言葉を失った。そういう自分を真っ先に自覚し――そして、それが語り部にも伝わっただろうことが理解できてしまった。
 ラマンチャは巡海レンジャーの首領で、厳格な父であり、群れのボスだった。
 レンジャーたちとそういう関係になろうとも思っていなかったし、仮に気持ちを告げられたとしても断ったり、うまく処理しようとしただろう。

 語り部は、ふむ、とだけ言った。全く何の感慨も感情も滲んでおらず、ただ、何かに納得したような響きがあった。

「やはり言うべきではありませんでしたね」

 それだけ言って、扉を開けて出ていった。

 不死途は腹立たしさと悔しさのままに低く唸り、頭を抱えてぐしゃぐしゃと髪を掻きむしった。
 言いぐさと言葉選びだけは相変わらずのままだったが、彼の本心を聞いたあとで改めて触れられた時の手つきは、人間だった頃とさして変わらない……紛れもないやさしさを感じさせるものだったからだ。



 語り部が「ウェンワークでのことを思い出した」と報告してきたのは、二相楽園に越してわずかながら収入が見込めるようになり、他の仲間たちを全員モリアへ送った後のことだった。
 不死途は驚いて語り部を見た。そして、胸の内で素早く、語り部への感情を紙切れのように小さく丸く固め、何をされても心が痛むことのないよう覚悟を決めた。
 何を言われても構わないと思っていた。罵詈雑言を並べ立てられても、復讐のために命を狙われてもおかしくはない。可能な限り抵抗はするつもりだったが、そうされても仕方ないと理解はしていた。

 だが、語り部は全くそんな態度をとらなかった。いつもの通りの表情の読めない顔で不死途を見てから、『ハードボイルド探偵物語集』の書きかけの原稿を取り出した。その口調は至極落ち着いたものだった。

「あなたの心得について、改めて教えていただけますか」
「心得……? 探偵の心得のことか?」

 探偵の心得とは、不死途がサルたちに言い聞かせているものだ。元はかつてのラマンチャがレンジャーたちを鍛錬する際に叩き込んだ心得で、それを少しだけ言葉を変えて伝えている。
 それが一体どうしたというのか。

「コール様のために、元の『生存の心得』を知りたいのです」

 コール。『ポエマー』と呼ばれていた巡海レンジャーだ。退化した連中の中でも声帯が縮小して発声ができなくなった。今はモリアで暮らしている。
 語り部は言葉を続けた。

「ウェンワークでの戦いの直前、彼は巡海レンジャーの伝記を書きたいと言っていました。私はその伝記に、あなたが教えてくださった『生存の心得』を付記してほしいとお願いしたのです。ですが、今のコール様はモリアに移住しており、ペンを握れる状態にはありません。ですから、この『ハードボイルド探偵物語集』の結びを以て、彼の願いを代わりに果たそうと考えています」

 不死途が唖然としたのは、語り部の言葉ではなく、語り部が言ったことが本当に過去に起きたことだと理解できてしまったからだった。
 コールはそういう男だった。言葉と物語を尊び、詩や歌を嗜み、そして記録に残したがる、そんな人物だった。

「『ポエマー』が……そう言ったのか?」

 嘘ではないと理解しているにも関わらず、馬鹿みたいに不死途は尋ね返した。
 語り部は頷いた。

「ええ。あの戦いに挑む前の夜に。ロビン・フット様も、クレヤ様も、あの二人……リナ様とクレス様もその場にいましたね。特に反対意見はなかったと思いますから、少なくともあそこにいた面々の名は書いてもよいでしょう」
……おたくはどこまで覚えてる?」
「第3条までです。第4条は、あなたがまた新しく思いつくかもしれないと思ったので、一旦待っておこうとコール様と話しました」
「あの心得を、ここで全部言えるか?」

 語り部は目を閉じ、小さく唸った。
 記憶が蘇っただけでも奇跡だ。ただでさえ脳が退化しているのに、無理をさせる必要もない。
 不死途は慌てて口を挟んだ。

「あ、いや、すぐに出てこないのなら……
「『第1条……』」

 語り部は目を閉じたままそらんじた。

「『仲間を大切にせよ。例えそれがロクデナシの群れでも……』」

 不死途は口を閉じた。
 語り部はそのまま、ゆっくりと生存の心得を第3条まで読み上げ、目を開けた。

「ここまでです。間違いがないとよいのですが」
……ない」
「おや、それはよかったです。それで、第4条はございますか? それとも、第3条で終わりでしょうか」
「続きは、ある」

 不死途は声を振り絞った。
 この第4条を誰かに教えることはないだろうと思っていた。教えようと思っていた存在は、とっくに全員言葉と知性を失ってしまったのだから。だから不死途はこの言葉を、己のためだけの灯火にして復讐の道をゆこうとしていた。
 だが、今はそれを知ろうとしてくれる存在がいる。

「『時間を辿って未来を追うのだ。過去を償えるその時まで』」
「時間を辿って、未来を……

 語り部はちらと不死途の腕に視線を向けたあと、原稿の端にその言葉を書き留めてからデスクに飛び乗り、それ以降不死途には目もくれず一心にペンを走らせ始めた。
 不死途はその背中を黙ったまま見つめた。
 語り部が不死途が今どんな顔をしているのかにも、あえて不死途の心境を語ろうとしなかった理由にも、不死途はとっくに気づいていた。

 語り部はまもなく、ハードボイルド探偵物語集のエピローグを上申した。そこにはかつてのレンジャーたちの姿と生存の心得の第4条が、乾ききっていない真新しいインクで記されていた。
 不死途は冷蔵庫の中で何度もその原稿を読み返した。原稿がしわくちゃになってしまうまでレンジャーたちがたき火を囲うくだりを指でなぞり、夜毎に訪れる発作の中でも、何度もそれを思い出した。



「それでは、幻月遊儀の無事の終了と、ロンリースター・ウルフシャドーさん、そしてシルバーガン・修羅さん、そして僭越ながら拙者の健康を祝して」

 そう言って、乱破は厳然と杯に入った炭酸水を掲げた。

「乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯……でいいのか? これ」
「じゃ、お疲れさま会とかってヤツにするか?」

 ブートヒルが鮫のような歯を剥き出して笑い、不死途とグラスを打ち合わせた。

「乱破もオレも、ちょっとした泡銭ってヤツが入ったんだ。あの遊儀は、なんだ……アンタにとっちゃ残念な結果になっちまったから、パーッと騒いで忘れようぜ」
「それはつまり……
「オレらの奢りだ」
「いやあありがとう! 本当にありがとう!」
「あー、いいって、いいっつうのそういうのは。アンタのそういう姿が見たいわけじゃねぇんだ……

 平身低頭せんばかりの不死途に気まずげな表情を見せて、ブートヒルはグラスを煽った。
 乱破とブートヒルは、不死途がボスを辞してしばらくした後に知り合ったレンジャーだ。こうして時々不死途のところを訪れ、そしていろいろと理由をつけて金やら食料やらを融通してくれる。
 今回も、幻月遊儀の後始末が落ち着いたなら、鳩川で食事でもしないかと乱破が声をかけてくれたのだ。ブートヒルも用事のついでと言って立ち寄ってくれた。

「うむ、確かに結果としては残念だった。だが、かっこよかったぞロンリースター・ウルフシャドーさん! 特に拙者が気に入ったのは、あれだ、あの……

 乱破はさっと帽子の鍔で目元を覆い、片手で顔を隠し、低く地を這うような気取った声を出した。

「不義を呑むは我が血……!」
「ちょっ、ちょっとここでやるのか!?」
「む、なんだ? 音律忍法・固有飲結界(個室飲み放題予約)を使用した故、周囲に迷惑はかからぬはずだが」
「あー、乱破。ボ……不死途サンは恥ずかしいからやめて欲しいって言ってんだよ」
「む、ならば仕方あるまい」

 乱破は姿勢を正し、不死途に謝罪した。

「すまない、ロンリースター・ウルフシャドーさん。拙者は単に、遊儀中のお主が大層奥ゆかしく素晴らしかったと表現したかっただけなのだ。あとメンポもよかった」
「ああ、あの仮面はよかったな。アッハはいい趣味してるよ」
「最高にイカしてたぜ」

 三人は頷きあった。レンジャーの縁なのかやけにセンスだけは似通っているのだ。
 店員が個室の入り口のドアを押し開けて、唐揚げや料理の盛られた大皿を持ってくる。乱破が受け取り、重ねられていた取り皿を手にした。

「ロンリースター・ウルフシャドーさん、何個くらい所望だ?」
「適当でいいよ。これお代わり自由だろ?」
「うむ、唐揚げはお代わり自由だ! では分けっことしよう」

 乱破が不死途と自身の取り皿に唐揚げを分け、残った大皿をブートヒルに渡した。不死途は礼を言いながら皿を受け取り、唇を緩めた。
 レンジャーたちと関わりを持ちたいわけではないが、二人のことは好ましい。どちらもカラリとした性格で、細かいことは引きずらない。レンジャーの黄金時代、皆が気風よく笑っていた時期のことを思い起こさせる。
 二人は、現在のレンジャーのいざこざには不死途を巻き込まないと決めてくれているようだ。ブートヒルは不死途の正体を知った上で黙ってくれている。乱破は表向きは対等な友人として接してくれているが、こういった席では必ず不死途が二相楽園に言う上座――目上の者が座る席に座るよう促すし、食べ物を率先して取り分けてくる。
 そういうわけだから、不死途も「忙しい」とか「バナナ代払ってくれ」とか言いつつも、なかなか実のところはまんざらでもないし、会おうと言われたらつい受け入れてしまうというのがあった。

「前々から思ってたんだが、フライドチキンとこいつは何が違うんだ?」
「サイズや骨の有無ではないか? 味付けもあると思うが」
「あー、かもしんねぇ」

 ブートヒルは大皿に渡された唐揚げをフォークで刺して一口で放り込み、あっと言う間に飲み込んだ。

「他の食い物でも思うんだが、二相楽園はなんつうか、なんでも柔らけぇしサイズがちっせぇよな。美味ぇのは間違いねぇんだが、サイボーグの歯にはちっと物足りねぇ気がするぜ」
「幻造種が多いからではないか? 黄の鳥の里生まれでも、食べやすいようにできているというのはありそうだ」
「それ、グワラのことかい?」
「うむ、『黄の鳥の里生まれ』の人々のことだ」
「ああ、なら納得だ。あいつら、普通の霊類より噛む力が弱いんだよ。僕の友達のグワラも柔らかいものしか食べなくてね、ある日、依頼人から乾物系のつまみをもらったんで分けてやったんだが、食えないから部下に配ったって言ってたんだ。でもコンビニのパンは喜んでたよ」
「おお、二相楽園名物、便利問屋……! 拙者もあの問屋のパンは好きだぞ、柔らかくて美味い!」
「シチューとかスープに浸さねえとダメなくらい硬いパンも、素材の味がしてうめぇんだがな……ここの住人向きじゃねぇってことか」

 多分そうだろうな、と頷いて、不死途は枝豆のさやを剥いた。ブートヒルが何も言わず不死途の方に小皿を押し出してくるので、ありがたくさやをそちらに入れる。
 二人に好感を持っているというのは間違いではないのだが、……こういった年下からの素直な慕情というのは、なんというか、浴びていてとても心地がいい。
 こういうのは年下が気を遣ってることの方が多いんだし、甘えすぎない方がいいんだろうな、とは思っているのだが……

「というか、あれか。おたくらも見てたんだな、あのテレビ番組」
「応!」
「まぁな」

 二人が頷いた。

「アンタのとこの……いるだろ、助手が。アイツが送ってきやがったんだよ。乱破もそうだろ?」
……へ、へえ」

 不死途は動揺を辛うじて抑えた。
 語り部は今日の集まりには不在だ。調査の仕事がまだ終わっていないので、と不死途を送り出してくれた。
 ブートヒルも乱破も語り部とは面識があり、事情も概ね知っている。なんなら数回食事の席を共にしてもいた。

「かの遊儀は、あのフニフニ四角生物を最小単位とした愉悦パワー・アトモスフィア濃度を競い合うものなのだろう? ナレーション・ウルフバディさんも『ロンリースター・ウルフシャドーさんの望みを叶える足しになるかもしれない』と言っていた。故に、忍侠活動の合間に拝謁しただけのこと」
「ま、オレらは所詮余所者だからな。ホントに願力面で貢献できたかは眉唾ってヤツだ」
「へ、へえ……そうだったか……

 不死途はどうにか愛想笑いを作ると、自分の持っているジョッキの中身を煽って間を持たせようとした。
 元々、不死途は幻月遊儀に参加するつもりはなかった。優勝するためには願力を集めなくてはならないが、今の不死途にとって注目を浴びるのはあまりにもリスクが高すぎた。シンウィッシュ・マフィアと邪水が巻き込まれなければ、パールの取引に応じることはなかっただろう。
 直接の下手人であるレイメイジャーを殺し、復讐を遂げた。しかし、その後も尚優勝を目指した理由は、己の望みを叶えるためだった。
 不死途が望みを叶えたとしても、語り部が生活に困ることはないはずだった。パールとの約束には、語り部、そしてモリアに預けた仲間たちの生活の保障も含まれている。語り部がパールの庇護を望まなかったとしても、幻造種が闊歩する二相楽園であれば、生計を立てるのは不可能ではないはずだ。そんな打算は確かに不死途の中にあった。
 不死途が何を考えているのか、少なくとも語り部には明らかだっただろう。だが、語り部は不死途の遊儀への参加を止めず、それどころか不死途が願力を得るための手助けをした。
 当時の不死途は、それについて必要以上に考えようとしなかった。助手としていつも通り、淡々と仕事をしているだけだろう、と。
 だが、語り部の感情を知ったあとでは、その意味合いはまるきり変わってくる。
 知り合いに『足しになるかもしれない』と言って不死途の活躍を見せようとしたということは、つまり語り部は本気で不死途の優勝を望んでいたということだ。
 どういう気分だったのだろう。かつてのボスで、情を寄せていた相手が穏やかな眠りを望み、そのために遊戯への参加を決めたと言うのは……

「ロンリースター・ウルフシャドーさん?」

 はっと視線を上げる。乱破が心配そうな顔つきでこちらを見ていた。

「あ、ああ、悪いね。少しぼうっとしてしまった」
「む、そうか」

 乱破は眉を下げて、またじっと不死途の顔を見つめた。

……どうも普段と様子が違うように見える。何か悩みでもあるのか?」
「あー……

 不死途は特に意味もない声を上げ、少し考えながらも唐揚げを口に運んで時間を稼ごうとした。
 乱破は話し方がおかしいだけで、気配りはできる。不死途がごまかせばそれ以上は追求しないだろう。
 すぐに断ることができなかったのは、不死途自身、突破口が欲しい気持ちがあったからだ。二人は語り部とも面識を持っているが、定住地を持たず銀河を駆け回っている分、しがらみは薄い。的確なアドバイスがもらえるかはさておき、話をするだけなら悪い人選ではない。
 しかし、いくら慕ってもらえているとはいえ、年寄りが好き勝手若者に悩み事を相談するというのはいかがなものか。いや、支払いを持ってもらっている時点で、不死途が立派な大人かというと微妙なところではあるのだが……
 ブートヒルが帽子のつばを引き下ろしてから、グラスを傾ける。酒を飲んでいるふりをしていたが、不死途の顔色を窺っているのがわかった。その表情には取り繕ってはいたが、好奇心にも似たものが浮かんでいた。
 二人の顔を見比べる。心地よい酩酊が、「様子を見ながらだったら、話してみてもいいんじゃないか」と、都合のいい方に意志を傾ける。

「えーっと、その……おたく……はあ……どう説明しようかな」
「うむ、ゆっくりでいいぞ」

 不死途はジョッキの酒を舐めながら、そう口火を切った。
 こんなことを年下に相談したくなってしまったのは、きっと酒のせいだろう。そういう自覚はあった。むしろ何があっても酒のせいにするために、不死途はちょっと多めにビールを流し込んだ。

「これはその……そう、僕の友達の姉の親友の叔父の息子の話なんだけどね」

 ブートヒルの帽子がずるっと傾ぎ、左右に泳ぐ視線が露わになる。
 乱破はうんうん、と頷いて話を促した。

「その人にはなんというか……ずっと一緒にいて、息が合う仕事上の友人がいてね。その人からある日、ちょっとした理由で『実は昔はあなたが好きだった』と、告白みたいなことをされたそうなんだ」
「おお、なんと素晴らしい! 長年秘めた愛の告白というわけだな」

 乱破がぐ、と胸の前で手を握りしめて身を乗り出した。恋愛沙汰に関心がないように見えていたが、人の恋路にはそれなりに興味があるらしい。
 ブートヒルが呻き、ずり下がった帽子をもう一度被り直して顔を背けた。

「して、その一世一代の告白にどう答えたというのだ?」
「いや、その……答えるとか、そういう状況じゃなかっんだ。切羽詰まった状況で、告白自体、強制されたものでね。こう、奇物とかそういうもののせいとでも思ってくれればいい。その上で、言うつもりはなかったから放って置いて欲しい、関係は変えなくていいって言われて、どうしたらいいのか困ってるそうなんだ」
「なるほど、『何かとてつもない秘密を暴露しないと出られない結界術』みたいなものか」
「おたく何か知ってるのか?」
「? 何の話だ」
「あー……とりあえず最後まで話を聞かせてくんねぇか」

 ブートヒルが気まずげな様子のまま、不死途に話を促した。

「ただ、まあその、そんな話を聞いて放っておくのも男が廃るというか、どうしたらいいか分からないってもんだろう? だから少しした後、『おたくは本当にそれでいいのか』って聞いたんだ。そしたらなんて言ってきたと思う? 『自分が好きなのは昔のあなたであって今のあなたじゃない』だってさ!」
「ううむ、それは確かにショックであろうな。思い悩むのも無理はない」

 うん、うん、と乱破は頷いて、腰に手を当てると燦然とした笑みを浮かべた。

「それでロンリースター・ウルフシャドーさんはどうしたいのだ」
「いや僕じゃなくて」
「うむ。で、ロンリースター・ウルフシャドーさんはナレーション・ウルフバディさんのことをどう思っ」
「あー、あー、とにかく! とにかくだな!!」

 ブートヒルが乱破を大声で遮る。

「とにかくそのなんか……知り合いの親戚の知り合いが困ってるっつう話だな、違うか!?」
「む、だがいくらなんでも設定がわかりにく……
「いいか乱破、考えてもみろ!」

 ブートヒルが姿勢を正し、フライドポテトが刺さったままのフォークを乱破に突きつけた。

「悪党をぶん殴りに行くときのことを思い出せ! 困ってるヤツが誰なのかは、どんだけいるのかは関係ねぇ。悪党だ、悪党がそこにいるってことが問題なんだ。悩み事ってヤツも同じだぜ、悩んでるヤツがどうとかじゃなくて、悩み自体が存在してるのが問題なんだ……どうだ、違うか?」
「うーむ、部分的には理解できる。しかし、拙者としては相談者が誰なのかも重要かと思うのだが」

 なんだか酔いが回っていて何を話しているのかよくわからないので、不死途はとりあえずジョッキを煽り、生ビールを追加注文した。

「乱破、アンタは面子ってやつへの配慮がちと足んねぇな。相手のテイを優先しねぇとできねぇことってのは世の中ある」
「む……否定できん。拙者のシノビ・マントラでは、拝聴・傾聴の術には少々難がある」
「ひとまず、大人しく全部聞いてから考えても遅かねぇだろ。不死途サン……のダチの親戚だかの話をよ」
「おお……これもコミュニケーション・ジツ修行というやつか! 理解した、千里の道も一歩から。やってみよう!」
「ああ。オレも助太刀するぜ、忍侠……!」

 二人は頷いて拳を打ち合わせ合うと、不死途の方へ再度向き直った。

「失礼した。話の続きを拝聴したい」
「オレも気になるな。それで、結局その……ダチの親戚ってやつはどうしたんだ?」
「どうって……まあ、どうしたらいいのか分からない~……って言ってた~……らしいよ。その、友達の親友の姉の息子ってヤツは」
「む」

 乱破が目を瞬いた。

「話が違うのでは」
「え? 何が?」
「いや……先ほどは友人の姐御の親友の叔父の息子と言っていたような」
「乱破」
「あっ……ああ、失礼した! そこは重要ではなかったな」

<つづく>