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ten_matoi
2026-04-21 05:11:07
2470文字
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レイニー・レイニー
クリレオ
天気痛とはよく言ったもので、雨が降ると身体中が痛む。頭痛もひどいので、レオンは仕事が終わった途端まっすぐに家路につく。
雨がはげしい。篠突く雨とはこういう雨のことを言うのか。レオンはずぶ濡れでアパートメントの部屋の前に立ち、ポケットの鍵をまさぐっていると唐突にドアが開いて驚いて一歩後ずさった。
「冷えるな」
「
……
どうしてここに?」
ここは彼にも教えていないセーフハウスで、レオンが一人になりたい時に来る場所だ。特に天気痛が出ると必ずここへ来る。鎮痛剤を飲んで、ベッドに丸まるか酒を飲んで酔っ払うか。そうやって耐えしのぐ秘密の部屋だった。
彼
——
クリスは渋い顔をしている。ラクーン症候群がエルピス投与のお陰で落ち着いているとはいえ、レオンには未だに少しだけ後遺症があることは彼も知っている。特に、雨の日は古傷が痛むように、こうやって弱っている猫のような行動をすることも。
渋い顔のクリスがレオンに手を伸ばしてくる。ぐっと掴まれた手を引かれ、たたらを踏んで室内へ入る。室内は暖房で暖められていて、レオンの冷えきった体がほっとした。
濡れているジャケットを剥ぎ取られた。それをハンガーに掛けて窓際に吊るしたクリスが、されるがままのレオンの前に立ってタオルで水滴の滴る頬を拭ってくれる。
「風呂を沸かしたが、入れるか?」
レオンが緩慢に頷くと、すぐさまクリスによって全てを剥かれてバスルームに放り込まれてしまった。確かに温かな湯が湯船に張られていて、レオンは笑ってしまう。なんというか、想定していたものと違う日だ。
棚のバーボンを飲んで、酔っ払って、埃臭いベッドに横になる。ぐらぐら酔っ払って視界が回るなか、目を閉じて強制的に痛みから脱するつもりだった。なんなら、持ち込んだピルケースの鎮痛剤を酒で飲むことまでしようかと
——
。
おそらく、携帯端末のじGPSを辿ったのだろう。切り忘れたことが何度かある。レオンはぼーっと湯船につかりながら、クリスの渋い顔を思い出していた。
——
あれは怒っている。
レオンは溜息をついて顔にお湯をばしゃばしゃかけた。
確実にクリスを頼らなかったレオンに怒っている。ラクーン症候群を発症してから、随分と時は経つがクリスは過保護だった。
放って置いて欲しいとは
……
思わない。けれどたまに彼の優しさに頼りすぎている気がして、気が引ける。そういう時にレオンは一人で逃げてしまう。
おざなりに全身を洗ってバスルームを出る。途端、バスタオルを広げたクリスに捕まった。
「うわ」
ばさっと頭からバスタオルを被せられて、丁寧に拭われる。壊れ物を扱うような手つきにドギマギし、レオンはそれでも心地よくてクリスに少しだけ甘えるように体を預けた。
「
……
抱いてほしい」
つい、声に出していた。ぴたっとクリスの手が止まる。彼は無言で、レオンを見下ろしているらしい。レオンは重ねて言った。
「わがまま言ってもいいんだろ? なら、あんたに抱かれたいよ
……
クリス」
痛みを忘れたい。ならば、温もりを求めるのが一番いい。特に、いっとう大事な相手が目の前にいるのなら
——
レオンはクリスの胸に額をくっつけた。
「レオン」
「嫌なら
……
いい」
「惚れてる相手に求められて嫌な奴がいるか」
クリスがぼやく。また体を拭く手を動かし始めた彼に、レオンは拗ねた。
「じゃあOKくらい言ったらどうだ」
「弱ってる相手を抱く趣味はない」
はっきり言われてしまった。だがそれは余計なお世話である。むっとして、レオンはバスタオルをまとわりつかせたまま、クリスの首に腕を回した。
「あんたのご馳走が目の前にいるのに」
「ご馳走だからこそ、食いでのある時に食うのが一番なんだよ」
「うわ!」
バスタオルを奪われ、テキパキとシャツと下着、スウェットのズボンを渡されたので仕方なく着る。脱衣所から追い出されたと思ったら蜂蜜入りのホットミルクを渡された。少しブランデーも入っているらしい。
「子ども扱いか」
レオンがひとりごちていると、クリスが寝室から戻ってきた。
「あんな埃っぽい場所で寝てたのか」
「換えのシーツくらいある」
「それは知ってる」
見たからな、と言うクリスに何も言えなくなって、レオンは大人しくホットミルクを啜った。優しい甘さのそれは久しぶりに飲むがほっとする。神経が尖ったような痛みが奥にしまい込まれて、まろくなった。
「レオン、我慢はするな」
座っている椅子はガタガタしているし、自分たちを隔てているテーブルも歪んでいる。そのテーブルの上に置かれたのはジャケットのポケットに入れっぱなしの鎮痛剤だ。レオンは苦笑して、それを押しやった。
「いらない」
クリスが意外な顔をする。レオンはかぶりを振って、ホットミルクを飲み干した。
「クリスが一緒に寝てくれるなら」
ピルケースに触れているクリスの手に、自分の手を重ねた。武骨な手だ。レオンがいっとう好きな手。
「当たり前だ」
優しい声がする。クリスが穏やかに微笑んでいる。手を引っ張られて、ぎゅっと握りこまれた。
「だが、次からは頼む
……
一人で消えないで俺のところへ来い」
「
……
あんたが家にいないと思ってたから」
ばつが悪くなってレオンが苦く笑うと、クリスが「そうだな」と苦笑した。
「居る時は知らせる。だから、心配くらいさせてくれ」
薬指の指輪を撫でたクリスが、困ったように笑う。レオンは「ああ」と頷いてから、窓の外を見た。
雨が激しく降っている。
いつしか天気痛やラクーン症候群の後遺症である全身の痛みは遠くへ行き、クリスの手の温もりがひたすら心地いい。
この日から、レオンは孤独に身を浸すことをやめた。クリスが心配させろ。と言ってくれたことに甘えることにしたのだ。
例え彼が共にいなくても、二人の家に帰る。
当たり前にできなかったことを、クリスと一緒にひとつずつ。レオンはまた、自分が彼に出会って変化したことを知った。
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