Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
たもヤロウ
2026-04-21 02:28:21
25696文字
Public
Clear cache
盗賊をつかまえろ
サイテリ二人暮らし。モブがいっぱいでる
クリアブルックを離れ、アトラスダムでサイラスと暮らし始めたテリオン。
幾許かの時が流れ、アトラスダムに徐々に融け込み始めたある日、それは起こった
―――
それなりに人の賑わう夕刻のアトラスダムの商店街。テリオンは一人、夕食の買い出しに来ていた。
(最近のあいつは野菜が足りてないからな。あいつが部屋で仕事中でも手軽に食えるサンドイッチか・・・いや、夕食はきちんと取らせた方がいいな。パンがまだ残っていたはずだしスープでも作るか)
ここに来てからというもの、あまり仕事らしい仕事もなく、薬師としての仕事も激減し、日雇いで日銭を稼ぐ程度であるテリオンは、学院に復帰し忙しくなったサイラスの家の家事を一手に引き受けていた。
今日の料理当番も、もちろんテリオンである。アーフェンの下で培った栄養バランスを参考に献立を頭の中で組み立てながら街を散策していた。しかしあまり献立のレパートリーがないのが悩みの種でもあった。テリオンがこれまで人生で取ってきた食事などその辺に落ちているモノか酒場の飯か野営の飯である。サイラスに出すには忍びない。
(ハンイットから少しぐらい教わっていればよかったな・・・)
ともかく、今日は野菜を中心に組み立てようと決めたテリオンは市場へと足と踏み入れた。
ここらの店はサイラスの馴染みであり、テリオンも当然よく利用する。故に顔なじみもそこそこできたし、たまにオマケをくれることもある。
そうこう考えているうちに目当ての青果店にたどり着いた。ここは気前のいい女主人が経営していたのだが
――
「・・・こんにちは、今日は何かいい野菜はあるか?」
「あらテリオンさん。今日はトマトが安いわよ~・・・紫、ねえ・・・?でもまさか・・・」
「・・・・・・?」
どうにもいつもより態度がよそよそしい。紫とは一体何なのか・・・それに周りの人間もこちらを見ている気がする。さらに小声で噂話をしているようだ。テリオンがそれらに耳を傾けると「紫の外套に白髪の・・・」だの「強盗が~」だの「あの家に被害が~」「あいつが・・・」など、どうにも自分に向けられた良くない噂話だとわかる。
テリオンの一張羅は紫色のポンチョとストールであり、あのサイラスが連れ込んできた人間として当時は大変注目されていた。そのためとってもありがたくないことにテリオンはここらではちょっとした有名人なのである。噂話に出てくる強盗とやらと特徴が一致しておりそれが遠巻きに見られている原因なのだろう。
しかしテリオンはアトラスダムに来てからは粗暴な面は見せていないし、盗賊行為もご同業とあまり歓迎できない旅人ぐらいにしか働いていなかった。普段は表面を取り繕って温厚な普通の青年で通しているため、ここらの住民たちの反応は半信半疑と言ったところか。
(しかしあまり見られているのは居心地が悪いな・・・さっさと買い物を済ませて退散するとしよう)
「店主、ならトマトと・・・そこのレタスも良さそうだな。あとはタマネギもくれ」
「は~い毎度あり!うーん・・・やっぱりそんなわけないわよね」
「先ほどからこちらを見ながら何か考えてるようだが・・・俺に何かついているか?」
「あら、ごめんなさいね。実はね・・・」
店主が言うにはこうだ。
ここ連日、窃盗被害が多くあり犯人の特徴が白髪に紫の外套だということだった。
それも見つかれば暴行も容赦なく働く上、逃げ足も速く衛兵も未だに捕まえられていないとのこと。次に狙われるのは自分のところではないかと皆ピリピリしているらしい。テリオンの推察は当たっていたようだ。
そして最近移住してきたテリオンが特徴そのままのため疑っている人間も数多くいるという。とはいえテリオンがやったという直接の証拠が無かったり、あのサイラスの連れだということで直接通報したり糾弾したりする人間は今のところはまだいないとのことだった。
「というわけでこの辺りの人間も半信半疑になっちゃってるのよ。噂は王都全体に広がってるし良くないことを考える輩もいるかもしれないわ」
「そうだったのか・・・教えてくれてありがとうございます」
「この辺りはあんたの事知ってる人も多いから大丈夫だと思うけどあっちの方まで出るときは気を付けるのよ」
「ああ。サイラスにも相談してみるさ」
(チッ・・・・面倒なことになってきたな・・・)
買い出しを済ませ、店主に別れを告げ市場を早足に去る。さっさと帰った方がいいだろうとテリオンはサイラスの待つ家へと舌打ちを決めながら戻るのであった。
「
―
—
ということがあった。宝石、金、食物、雑貨、貴金属・・・どうやらかなり無差別に被害にあっているらしい。全く三流盗賊と一緒にされるとはいい迷惑だ」
帰宅したテリオンは、スープの下ごしらえを始めながらサイラスに事の顛末を話した。サイラスはそんなテリオンの作業風景を愛おしそうに眺めながらも思考する。
確かにこの頃不穏な空気が漂っているとは感じていた。しかし今までは直接的な関係が無かったり、長期休暇を取っていた影響で学院でやることが山積みになっているということもあり、あまり深くは追及せずにいたのだ。だが、テリオンが悪い噂の的になっているとなると話は変わってくる。
「ふむ・・・確かに学院の方にも噂は流れて来ていたようなんだけどね、あまり情報の詳細は知らされていなかったんだ。そんな内容だったのか・・・恐らく、私がテリオンと一緒だから関係者に知られるかもしれないという懸念があったのだろうな。ちなみにキミはやってないんだよね」
「ふぅん・・・あんたは俺がやると思ったのか?」
テリオンは具材を鍋に放り込みつつ、挑発的な笑みを浮かべサイラスに問う。もちろん疑われているなど微塵も思っていないためいつもの軽口の一種である。
サイラスもそんなこともちろんわかっている。しかしこういった茶番も嫌いではないサイラスは少々大げさにリアクションを取りながら答えた。
「まさか!キミがやるならもっとスマートにやるだろう?キミの盗みは盗みを働いたことを感じさせないし、もしバレたとしたらキミは素直に盗んだものを返してさっさと去るタイプだ。決して暴力で持ち主を傷つけて奪うなんてことはしないはずだよ。そして私はそういう盗みに対しても誠実なキミだからこそ、その稼業に関しても美しいと思っているのさ」
(こいつオルリックはシバき倒したの忘れてんのか?)
「あれはコーデリア嬢からの依頼だったし、あっちから攻撃してきたから正当防衛だよ。それに赤竜石を取り上げたおかげで彼は正気に戻ってバーラムと仲直りをしたわけだし、つまり世間的に見ればプラスに働いたわけで」
「しれっと心を読むんじゃない」
盗賊の性かあまり内心を読まれてしまうのはいい気分ではない。だが相手がサイラスならそれも悪くないかと思うチョロいテリオンなのであった。
しかし、事件としてはあまり軽い話題だけで終わらせるわけにはいかない。いかんせん姿を見られているにもかかわらず衛兵にも捕まらない、証拠も目撃情報以外残していないのだ。こうなると明らかに姿を見せているのはわざとだろう。それもテリオンの特徴にわざわざ似せているだろうあたり、狙いは二人のうちのどちらかだ。
「いまだにテリオンがこうしていられるのはきっと狙った商人があまり表舞台に立てない商人だったり、テリオンのことが犯人だと思えない懇意にしている層だからだろうね。姿だけ見せて足早に去るから顔を見たものはいないそうだし確証がないのだろう。キミが犯人だと訴える人間が現れれば取り調べに連れていかれているはずだ」
「俺はあまり街に歓迎されていないということか?」
「大多数の人間はキミのことを悪くは思っていないよ。ただキミが気に入らないという人間がいないとは言い切れないな。まあ、そんな人間は私にとってはどうでもいいのだが」
「例の犯人、強盗としての手際は悪くない。間違いなく本職が盗賊だろうな。ひょっとするとご同業が気に入らないから排除する・・・といった目的かもしれん」
「もしくは私のことを快く思っていない人間が私に揺さぶりをかけたくてやっているのかもしれないね。キミが傷付けられるなんて私の中だと最も許しがたい行為だから」
そう言ったサイラスは随分怒っているようだ。これは明日から本格的に調査に乗り出しそうだな・・・とテリオンは思うと同時にその怒りの理由が自分を想ってだという事に少し気分が上がる。
鍋をかき回していた手を止め、火を止めるとスープの完成だ。器に注ぎ、サイラスの前へと座る。こういった和やかなサイラスとの時間がテリオンは好きだった。昼間に溜めた鬱憤が少しずつ晴れていくのを感じる。
「うん、うまい!トマトが強めだからパンにも実によく合うね・・・ふふ、また腕をあげたかい?」
「レパートリーが増えたわけじゃないがな。だがまあ、こうしてあんたに飯を作って喜ばれるなら料理の腕も上がるってもんだろ」
「きみは旅の間もハンイットくんに下ごしらえが上手いって褒められていたね。その腕が今、私の為に振舞われていると思うと・・・幸福感でいっぱいになれるよ。ああ、ありがとうテリオン。私を幸せにしてくれて。大好きだよ」
「あんたはいちいち大げさだな・・・一日一回は口説かないと気がすまないのか?」
「私は日頃思ったことを口に出しているだけなんだけどね」
いい加減聞き飽きたぞ。と言いたいテリオンであったが、実のところある程度聞き慣れはしても飽きる事なぞ無かった。サイラスの言葉は惰性でもなんでもなくいつでも真剣そのものであり、それが伝わるからこそテリオンは毎度毎度律儀に顔の温度を上げるハメになっているのである。
「・・・さっさと食え。冷めると勿体ない」
「もちろん、一番美味しいうちに頂くよ」
照れ隠しでそっけなく言ってみたものの、サイラスはそんなこと分かりきっていると言わんばかりに柔らかく笑った。
「では行ってくるよ。今日は帰りに寄る場所があるから少し遅くなるかもしれない。テリオンも例のことがあるから気を付けてね」
「ああ・・・今日は外出はほどほどにする予定だ。外での用事は午前中には終わるし、あとは家のことでもしているさ」
翌日、いつも通り学院へ仕事に向かうサイラスを見送った後にテリオンも家を出る。
今日は軽い買い出しと、サイラスの書斎の本棚が痛んでいたのを見つけたためそこの修繕を行う予定だ。しかし、いつもの商店街ではあまり材木や釘といったものを扱う店が無いため普段はあまり通らないエリアへと向かうこととなった。
―
—
どうにも住民の目が厳しい。
(いつもの服で来たのは失敗だったか。少し反応を見たいと思ってこれで来たがここまで影響しているとはな)
ここら一帯の区画はテリオンの知り合いはあまりいない。その中でも噂だけはきっちり横行しているらしく、人々からの警戒を感じ取れる。おそらく例の犯人ではないかと疑っているのだろう。
朝市があるわけでもないこの区画の朝は人がごった返しているわけでもない。その分遠慮がないのかあちらこちらからひそひそと自分に対する噂話が聞こえてくる。テリオンはその職業柄、些細な声を拾う能力が高かった。
とはいえ、こういった態度を取られるのは過去に何度も経験している。さして気に留めずテリオンは目当ての店を探しに向かった。
やがて目的地にたどりつくと、中では体格のいい中年の店主が暇そうに在庫の管理をしている。修繕箇所を思い浮かべ必要な素材を頭の中でリストアップしたテリオンは店主に声をかけた。
「すまない店主、木材を見せてくれないか」
「おっと、お客さんかい?悪いねぇ今すぐ
――
」
客が来た、とこちらを振り向いた店主はテリオンの姿を見て目を見開いた。そしてみるみるうちに怒りを伴った顔つきになり
「あんた例の強盗じゃないのか!?うちに何の用だ!大した金目のモノなんてねえぞ!それともあれか?適当に標的にしたとかか!?無差別に襲っているとかいう噂もあるからなあ!だが俺はこう見えて結構腕っぷしは強えんだぞ!やんのか?あ!?」
「・・・落ち着いてくれ店主」
店主は興奮して筋肉質の腕をぐるぐると回した。どうやらここら辺りは姿かたちの噂だけで人を判別しているらしい。もっとも警戒する理由もよくわかるし、本業は盗賊であるためあながち間違った対応でもないな・・・とテリオンは思った。最もそこらの住民が黒呪帝すら葬ったテリオンに勝てるわけが無いのだが。
とはいえ争いに来たわけでも盗みに来たわけでもない。今回の目的は買い出しだ。面倒なことだと少々苛立ちつつもテリオンは冷静に話を続けることにした。
「俺はただ単に買い物に来ただけだ・・・欲しいものは木材と釘、それから鑢だ」
「それを買って何に使おうってんだ!」
「サイラスの本棚の修繕だが・・・何かおかしいことか?」
「・・・本当に買い物に来ただけなのか?あんた例の紫の強盗じゃないのか?」
「だからそう言っているだろう・・・というか強盗かと聞かれて『はいそうです』って答える強盗はいないと思うぞ」
特に何か不審な動きを見せるわけでもないテリオンに店主は冷静になったようだった。少し困惑したような表情を見せながら交渉に入る。
「ええと、木材だったか。どれが欲しいんだ?」
「そうだな・・・この色がいいか。こいつが二本欲しい。質も見たいんだが触れてもいいか?」
「あ、ああ・・・そいつは構わねえけどよ」
商材に触れたいと言い出したテリオンに店主はまた少し警戒を滲ませる。眼を鋭くし、テリオンの手つきを睨んではいるものの、少々叩いたり持ってみたりしているだけで本当に質を見ているだけのようだ。特に奪って暴れようなんて動きは見られないし、日用品の素材となるものなので合うかどうか確かめたいのもわかる。
やがてテリオンは納得したように頷くと二つの木材を指して言った。
「ではこれを頂こう。やはり目を付けた通りここの素材は質が良いようだ・・・これならあの本棚の修繕に使っても違和感なく仕上がるだろう。いくらだ?」
「全部で八千四百リーフだ」
「わかった」
特に値切ったりしぶしぶといった様子もなく素直に支払った様子を見て、店主は拍子抜けしたといった表情だ。さらに自分の商材が褒められて悪い気もしていないのだろう。テリオンへの当たりはかなり和らいだようであった。
「まいどありがとよ兄ちゃん!疑って悪かったな・・・最近は本当に物騒でよ。サイラス先生が連れてきたあんたを犯人だって言う声も徐々に上がって来ていてなあ。どうやら悪い奴じゃあなさそうだしここのやつらは服装で判断してるから違う服装で来た方がいいぜ」
「まあ、ここのところ住民に怪訝な目で見られているのは薄々察していたから構わん。それにその警戒心は大事にしたほうがいい。では邪魔したな」
「ああ待ってくれ!態度が悪かった詫びだ。こいつも持っていきな!本棚だってんならそいつを塗ると綺麗に仕上がるぜ!今後ともごひいきに!」
「・・・ありがとう」
無事に目的のものが手に入ったテリオンは居心地の悪さもありさっさと帰ることにした。予想以上の嫌われっぷりだが彼らが悪いわけでは無い。あくまで警戒心から来る拒絶であって被害者の側なのだ。自分のため、彼らのためにもとっととこの事件を収束させてしまいと思った。
(思ったよりは早く終わったな。トラブルさえなければ夕食の時間には間に合いそうだ)
夜の帳がうっすらを顔を出し始めた頃、仕事を終わらせたサイラスは、とある店に向かっていた。
先日依頼したものが出来上がったという連絡を受けたので今日受け取りに行くことになったのだ。少々値は張ったが、腕が良く地元に愛された信頼と実績のある職人に依頼したものである。出来上がりを想像したサイラスは浮かれたように足を弾ませながら店のある大通りへと向かった。
「・・・え?」
店の立ち並ぶ大通りへ到着したサイラスの目に飛び込んできたものは、騒ぎ立てる大勢の人々と、その中心になっている目的の建物のものであろう粉々になって散乱しているガラスの破片であった。
「これは・・・一体?失礼!」
店の前に集まっていた群衆をかき分けサイラスは倒れ伏した職人の下へ向かった。重症ではないとはいえ襲われたような傷があり、ただ事ではないとサイラスは悟った。
店内のショーケースは無残にも鈍器で殴られたように割れており、そこにあったであろう数々の高価な商品がいくつか消えてしまっている。さらにカウンター裏ある保管用の箱まで被害を受けており、あまりにもひどい有様であった。
「店主殿!大丈夫ですか!?いったい何があったのです!」
「うぅ・・・サイラスさん。すみませぬ、強盗にいろんなモンが奪われてしまいまして・・・あなたの依頼品まで持っていかれちまった・・・いい出来だったのにこんな・・・」
「強盗・・・?まさか!」
「そうよ!あのこの頃ずっと街を脅かしている紫男よ!!」
「ああそうだ!あんたんとこに居付いたやつじゃないのか!?」
「でもあのサイラス先生よ?そんなこと容認するわけないでしょう」
「でもこの騒ぎが起き始めたのって先生が学院に復帰してからだろ?裏で隠れてやってるんじゃないのか!?」
群衆がテリオンが犯人だと騒ぎ立てる。この店は贔屓にしている人間も多い。そんな場所が襲撃されたとなると気が気でないのだろう。人々の顔を見れば誰も彼も疑いの眼差しをしている。
「・・・とにかく犯人は、噂になっている白髪紫装束の男だね?顔を見たものはいるかい?それ以外の特徴は?」
「それは・・・」
群衆は考え込む姿勢を見せたが、結局誰一人それ以外のことがわからないようで皆押し黙ってしまう。顔も見せずに服装だけ印象付けるのが上手いのだろう。盗みの腕としてはともかく、あれがわざとならばそういった悪事の手際は悪くない
―
そうテリオンが言っていたことを思い出す。相当やり手の盗賊だろうと考えるのが自然だ。
「ともかく、私はテリオンを信じているし、真犯人を捕まえなくては被害は拡大する一方だ。私のためにも、テリオンのためにも、この街のためにも私が真相を暴いて見せる。だからどうかみなには冷静に努めていただきたい。必ず解決すると約束しよう」
サイラスの人徳もあり、騒ぎは一度鎮静化する。しかし次には「俺はやっぱりあいつが犯人だと思う」だの「サイラス先生は騙されているんだわ。可哀想」などと話す声が聞こえてくる。
(今日はせっかくいい日になると思ったのに・・・台無しだ)
己の機嫌が急降下し、腸が煮えくり返る思いをしながらサイラスは事件の解決に本気で取り組もうと情報を集めに歩き出した。
ひょっとしてサイラスもグルなんじゃないか
――
そう言いだした者が現れたことも知らずに。
「どうにも行動がエスカレートしてきているようだ」
「滅多に行かない区画に行ったらそれだけで非難の目で見られたな。よほど被害を受けていると見える」
「いよいよもって人々に悪印象を付けるためとしか思えないな。度し難い事だ」
お互いが家に揃った夜も遅いころ、本日の情報を交換し合う。
サイラスが得た情報から推測するに、被害も頻度も日に日に大きくなっているようで、さらに最初は半信半疑であったテリオンへの疑いへの念が強まっているという事だ。
一方テリオンは町中を歩いている間、どこもかしこも厳しい視線を向けられているようだと話す。
「いまだに何も進展していないというのに、ここまでキミへの非難ばかり強固になっていっているのも妙な話だ。これは誰かが情報を操作していると考えるべきだろうね」
「しかしなぜこんな真似をする?俺を貶めてなんの利があるというんだ」
「案外くだらない理由かもしれないよ。一方的な嫉妬とか被害妄想とかね。まあ、こんなに簡単に人を傷つけられるような輩だ。碌な人間じゃないのは確かだろう」
ともかく事件を進展させるには現場に接触する必要がある。テリオンが直してくれた本棚を宝物のように撫でながらサイラスは明日からの行動を考えるのであった。
「よいしょっと・・・アトラスダムに来るのは久しぶりかも!でも本を売るってなるとやっぱりここよね~」
鞄に本をたくさん詰めた商人の少女
——
トレサ・コルツォーネはアトラスダムに行商に来ていた。
ちょっとした縁があって本を安く沢山仕入れたトレサは、商品の中の本に学術書や歴史・・・民俗学などが多いことに気づき、学者の街であるアトラスダムが一番そういった本の需要が高いと見込んでやってきたのだった。
ぐぅ~~・・・
「あ・・・」
ここまで大荷物を抱え徒歩でやってきたトレサは盛大に腹を鳴らしていた。まずは腹ごしらえ・・・と思うもここらの通りはあまりランチ向けの飲食店などはないようだ。しかし今すぐ腹に何かを入れたかったトレサはいい香りが漂う近くの酒場に向かう事にしたのであった。
(うんうん、まずは腹ごしらえ!アトラスダムは確か治安もいい方のはずだし酒場で何かあるとかもないでしょ!)
重そうな木の扉を開ければさすがに昼時、それなりの客で賑わっているようだった。
トレサはバーテンの正面に空いているカウンターを見つけ、大きな荷物を足元に下ろし席につく。
「いらっしゃいませ・・・お嬢さんおひとりかい?」
「そうです!お酒は飲まないけどお腹減っちゃって・・・ねえおじさん、すごくいい香りがするわ。これは何かしら?」
「香り・・・となるとオオヒツジの香草焼きかな。この時間帯だと結構頼む人も多くてね。美味しくてオススメだよ」
「あ!じゃあそれくださーい!あとこの芋と・・・パンも欲しいわ!」
「よく食べるんだね・・・ちょっと待ってておくれ」
「商人は体力勝負ですから!」
笑顔で元気いっぱいのトレサの様子に店の中の客や店員も和やかな雰囲気でトレサを見ていた。裏表のない可愛らしい少女は今の疑心暗鬼になった町人たちには清涼剤となっているのだ。
やがて料理が運ばれてきたトレサはいただきますとそれを口いっぱい含み、目を輝かせた。
「ん~~!!おいしい!えへへ、オオヒツジってちょっと臭みがあるイメージだけど香草と合わせるとこんなにおいしいのね!」
「良い食べっぷりだねお嬢さん。ははは!見てて気持ちいいな。ところで商人って言っていたがこの後は行商に行くのかい?」
「そうよ。あ、そうだわおじさん。この辺りで本を売るならどのあたりで売るのがおすすめとかあるかしら」
「どこか特定のところに売りにいくとかじゃないのか。露店なら商店街から少し離れた広場でやるのが定石だが・・・ううむ」
「何か問題でもあったんですか?」
「やめたほうがいい。実はこのところ盗賊が暴れていてね。無差別に商品を奪っていくことから街で恐れられているんだ。旅の商人だって例外じゃないよ。気を付けるといい」
酒場のバーテンが難しい顔をしていると、別の客・・・学者のローブを身に纏ったふくよかな男が後ろからトレサに近づき警告をかけて来た。
「えぇ!?アトラスダムってあたしの記憶だと治安はいい方だと思ってたんですけど・・・」
「実際に衛兵も追っているのだが現場で捕まえられていないのが現状だ。実は容疑者の男はいるんだが、被害者や目撃者から決定的な証拠や証言が得られないから捕まえる口実にならなくて困っていてね」
「むむむ・・・でも売らないと荷物になって困っちゃうし・・・うん。大丈夫よ!あたしだって結構強いもの!襲われても返り討ちにしてやるわ!」
「何事もないに越したことは無いが、もし被害にあったなら犯人の特徴をしっかりとらえて証言してほしい。それで容疑者の男のことを賊と証明できるかもしれないからね・・・ああ、連絡はこちらの住所に」
「わかったわ。ありがとうおじさん。ごちそうさまでした!」
連作先を記したメモを渡した裏表のない子供の商人は酒場を元気よく出て行った。これから露店通りで本を売り出しに行くのだろう。
「あのような裏表のない子供の証言なら皆を納得させて、今度こそあの男を牢獄に送れる。そしてサイラスも
――
」
学者の男がニヤリと笑ってこぼした言葉は誰の耳に届くことも無かった。
「さあて、開店ね!」
バーテンの勧め通りトレサは露店を出すにはぴったりの広場へとやってきた。が、勧められたわりには露店の数も人の数も思っていたよりずっと少ない。
(盗難被害が出てるって言ってた影響かしら?サイラス先生とテリオンさんがいるのにまだ解決してないなんて、結構大規模な事件なのね・・・)
「おっと、それでも商売商売っと!いらっしゃい~!いらっしゃい~~!!」
人通りは想定したよりは少ないものの、珍しい本も混じっていたためか学者と思われる人たちが少しずつ本を買っていく。目論見が当たったトレサはホクホク顔で商売を続けていた。
そうしているとチリリと刺すような視線を感じる。ひょっとすると噂になっていた盗賊かもしれない。トレサが警戒をそちらへ向けたと同時に賊の手が商品の本に伸びた。
トレサは咄嗟に立てかけてあった槍を取り、腕を叩き落とす。こんな少女が己に反応して的確に反撃をして来るのが想定外だったのか、動揺して少々隙が出来た。
「甘いわね!あんたが例の盗賊ね。特徴を覚えとけって・・・えっ?」
白髪に紫の外套、まるでテリオンの装いであった。盗みに失敗したと悟ったその賊は本格的にトレサに攻撃を仕掛けてくる・・・が、トレサも外見からは想像もつかない実力者である。
「ちっちっち~!当たらないよ!商人だからって舐めないでよね!幸運の風よ、吹き荒れよ!」
盗賊の攻撃をいとも簡単に躱したトレサは大風よびで反撃を試みた。しかし貿易風の槍で強くなった風は盗賊と共に商品も少し吹き飛ばしてしまう。
「あっ・・・」
そのうちのいくつかを掴んだ盗賊は、もう用はないと言わんばかりに外套を翻し、顔も見せずに撤退して行った。犯人を追いたかったトレサではあるが、盗られたものがそこまで重要品じゃないこととと、己の大風よびによる店の惨状を天秤にかけ、幸運の風・・・と反省しながらしぶしぶ自分の商品を整理するべく戻るのであった。
ドンドンドン!!
「テリオン!貴様を容疑者として連行する!ご同行願おう!」
家の扉が怒号と共に力強く叩かれる。今は家にいるのはテリオン一人だ。扉を開けると案の定、そこに立っていたのは複数の衛兵だ。
「急になんだ」
「ここ数日の強盗傷害事件は知っているだろう。知らんとは言わせんぞ。先日、旅の商人が被害を受けたと通報があった」
「通報?俺がやったと?」
「その商人は盗賊の特徴をしっかり覚えたそうでな。被害者はまだ子供だということで代わりに相談を受けたという学者から通報が入った。見ればわかるというからこれで貴様が黒かどうかはっきりするわけだ」
どうやら通報者そのものが被害を受けたわけでは無く、テリオンがやったという証言がありそうなのは商人の方らしい。
もちろんテリオンはやっていない。おそらくこの町への忖度が無いだろうその旅の商人に証言させ、テリオンを犯人にでっちあげようという魂胆だ。となると怪しいのはその学者だろうとテリオンは思った。
「それを確かめるための取り調べか。いいだろう。戸締りだけしてくる。少し待て」
「さっさとしろ!それから外出時の服装を変えるなよ。そのままで来るんだ」
「はいはい・・・」
衛兵の態度も言葉も荒いが、ここ数日その事件に振り回され、苛立っているのだろうと思うと悪感情を抱くまでには至らなかった。面倒だとは思うがこれは黒幕に近づくチャンスでもある。テリオンは素直に衛兵に連行されていった。
一方、サイラスは教師としての職務を全うしながら学院内の人物を探って回っていた。
生徒達からはテリオンが犯人だと思い込んでいる子も多く、サイラスを心配したり、テリオンに批判の声を上げるものも少なくない。
一方で教師陣や学者たちは、サイラスに対しての態度が妙によそよそしい。まるでこちらが探られているような心地にもなる。
比較的信頼のおける温厚な学者に話を聞いてみると、学者の間ではサイラスがテリオンと共犯になっているのではないか?との噂も出ているらしい。
しかし学院に在籍する良心的な学者たちはサイラスの変人・・・もとい金銭や名誉への執着の無さを理解しているため、噂を鵜呑みにすることはないものの態度には出てしまっているというところだろう。
そうなるとわざわざそういった噂を流した人物、それもサイラスに悪意を持ったものと考えるのが自然だろう。そうなるとテリオンは巻き込まれた方なのではないか。
(私が原因で彼が必要のない悪意を受けているとなると苦しいものだな・・・こういった扱いには慣れていると言っていたが、そんなもの受けてほしくない、慣れてほしくない・・・彼が良くても私が嫌だ。一度距離を置いた方が・・・・・・・・・いや、まず真相を解明しなくては)
そうなればこちら側の噂の出どころを探ったほうが良いだろう。流した人物が恐らく黒幕だ。サイラスが聞き込みを始めようと思ったとき、別の職員から声がかかった。
「サイラスさん、衛兵に呼ばれていますよ。すぐに来るようにとのことです」
「なんだって・・・?」
このタイミングでの呼びだし、間違いなく彼絡みだろう。サイラスは嫌な予感を覚えつつ足を運ぶのだった。
「では、こちらでお待ちください」
通された部屋には事件の関係者と思われる人間が集まっていた。
主に商人や買い出しに来ていた目撃者と言ったところだろうか。その中でサイラスは懐かしい顔を見つけた。
「おや・・・もしかしてトレサくんか?」
「あっ!サイラス先生!お久しぶりです!」
「ふふ、私も会えてうれしいよ。もしかしてキミも被害者かい?」
「そうなのよ!行商に来たんだけどね・・・あいつ!下手くそな盗みに失敗したからーって襲ってきたのよ!それでその・・・商品を取られちゃって!」
ざわざわと周りが騒がしくなった。サイラスと、今回カギとなった被害者の少女が顔見知りであることに驚いているのだろう。もしかしたら知り合いであることをいいことに証言をさせないのかもしれない
――
周囲の人間が目を光らせている。
これを見たサイラスは、あまり余計な長話はしないほうが得策だろうと考え、トレサに一つの事柄だけを伝え、その場を離れた。やがて時は経ち、テリオンの取り調べ・・・もとい尋問の時間となった。
アトラスダムの王城の一室。かなりの大人数が入れそうなこの大部屋が尋問の舞台である。此度の騒動はかなり大規模なため、王家としても見過ごすことはできず、こうして一室を貸し与えるまでに発展した。
そこへ衛兵に拘束されながら容疑者
——
テリオンが現れた。
衛兵隊長との問答が始まる。
「・・・まるで見世物だな」
「口を慎め。では単調直入に聞くぞ。世間を脅かしている強盗はお前か?」
「違う」
「まあ、そう言うだろうな。なんせ死人こそ出ていないが十分重罪だ。口から出てくるとすれば罪から逃れるための嘘一択だろう」
「・・・・・・」
「では、お前はここに来た時から紫の外套を・・・今の格好をしているな?」
「そうだな。暑い日は脱ぐが基本的に外出はこの格好だ」
「無差別な強盗傷害、金目のものを盗んでいくこともあるが大半は盗むだけが目的のように見える。その意図はなんだ?」
「俺が知るかよ」
「ではやっていないという証拠はあるのか?」
「俺がやる意味が感じられない。とはいえこいつは俺の精神論だから証拠として機能するものを出すのは無理だな。だがやったという証拠もないだろう?」
「では目撃者や被害者に話を聞こう」
呼び出された証人たちはみな、特徴が一致すると言った。こいつが犯人だと決めつけようとしたものも居たが、犯人に対する記憶は大体曖昧だ。被害を受けたものは自分の傷や商品の安否が優先であり、そこまで細かく逃走者を観察するものなどいなかったからだ。
そんな中、犯人をしっかり覚えているという商人の少女がついに呼び出される。
「君はしっかり覚えたと言っていたな」
「はい。酒場に立ち寄った時にこういった事件があるから犯人はしっかり覚えていた方がいいと言われて・・・あたし、目には自信がありますし」
「では、この男が犯人か?」
その少女は容疑者の男をしっかりと見据え口を開く。
「彼は
―――
違います。」
皆、これで決定的になるのではないかと考えていたが、その少女から飛び出た言葉は否定であった。
ニヤついた顔で傍聴していたとある学者の顔が驚愕に満ちる。それをサイラスは見逃さなかった。恐らく、黒幕はあの学者なのだろう。
「・・・理由があるのか?聞いても?」
トレサは衛兵隊長を真っ直ぐに見つめ、深くうなずいた。そこに嘘は感じられない。
「・・・確かに紫のポンチョにストール、色もそっくりだし髪も白かった。それは間違いないわ。でも質が全然違ったし、背丈だってあんなに低くなかったわよ」
「おい・・・」
テリオンは少々何か言いたげな顔でトレサを見る。が、必要な証言なので水を差すこともできず内心で舌打ちをした
「だが顔は見ていないのだろう?」
「それが逆におかしいと思わない?だってあんな杜撰に姿を現して盗みを働いておいて、顔だけは覆われていないにもかかわらず誰も見ていないなんて・・・そこまでちゃんと隠せる技術があるならこんなに大勢に見られていて、なおかつ盗みもやめないなんておかしいじゃない。わざと見られて罪を擦り付けているとしか思えないわ」
「確かに一理ある・・・か。しかし何故そんなことをする必要がある?」
「そんなのあたしが知るわけないじゃない」
会話を聞いた人々がまた騒がしくなる。たしかにトレサの言うことは最もだ。テリオンが犯人だと刷り込まれていたが、あの少女が見た目が違う根拠を提示し、動機についての矛盾を指摘したことで盲目的な思考が晴れていく。
だがここで傍聴していた例の学者が怒鳴りつけるように捲し立てた。
「どうせ素人が欲に駆られて盗みに手を出して目撃されたから腹いせに開き直ってあちこちで傷害事件を起こして街を混乱させているんだろう!それにキミは質や背丈が違うと言ったが、自分の証言は他の人とは違うといった逆張りなんじゃないのか!?」
「むっ!失礼ね!!っていうかあなた、酒場で犯人をよく見ておけっていったおじさんじゃない!」
「なっ何のことだね」
「その態度がもう怪しいのよ!」
民衆の白い視線が学者に向けられる。それが本当なら進言しておいて自分に都合の悪い発言が出たからという理由でトレサのことをバカにするような底の浅い人柄だと示しているようなものだからだ。明らかに焦った様子で何もかも取り繕えていない中年の学者にトレサはさらに畳みかける。
「大体盗まれたものは何処に行ったのよ。売られたの?どこかに保管してあるの?それにあなたはこの人のことを素人って言ったけどね。ひっじょ~~~に悔しいし認めたくないんだけど!犯人がもしテリオンさんなら、あたしは盗みを働かれたってすぐには気づけないわ。プロだもの。だから大多数に見られてる状況が猶更おかしいのよ」
それが本当ならばテリオンは盗賊ということだ。それに対する反応は半々であり、元々素性を知っていたものは納得し、知らなかったものは様々な憶測を飛び交わせている。
ここでサイラスが手を上げた。
「発言してもよろしいでしょうか?」
「許可する」
「特に隠していたわけではありませんが、彼は確かに盗賊です。ですが彼がここで暮らし始めてから盗難被害にあったということが今回の件以外でありましたか?あったとしても私の知る限り犯人は割れているはずです。つまり彼は盗賊ではあるが盗賊行為を働いていないのです。これが罪になりますか?」
まさかの盗賊ということを肯定した驚きと同時に、人々は困惑する。なにせサイラスの言ったことは事実であり、治安のよいアトラスダムはちゃんと毎度犯人が割り出されている。その中でテリオンが盗みを働いたという報告が上がったことは無かったのだ。
衛兵隊長はテリオンに再び向き直り訪ねた。
「それは事実か?」
「少し違うな。俺が盗賊ということは事実だが盗みを全く働いたことが無いというのは違う。今回の件とは無関係だがな」
ここで観衆の一人があっ!と声をあげた。
「思い出した!きみ!俺の財布持ってきた人だろ!」
「え!?あいつに盗まれたの?」
「違う違う!実は二人組の盗賊に盗まれた時にな。気づいたときには既に盗人は去ってしまってて困ってたときにあの子が盗まれたはずの俺の財布を持ってきてくれたんだよ!しかも中身を確認したら1リーフも減ってなくて不思議だなと思ったんだ!盗み返してくれたんだな!」
「ああ、あのときのあんたか・・・大げさに気を引こうとするやつには気を付けた方がいい。複数人の盗賊の常套手段だからな」
「あんときはありがとな!気を付けるよ!あんたいい奴だったんだな!」
「・・・買い被りすぎだ」
ニコニコと話す青年を見て人々からわあと声が上がる。その話を聞いてテリオンを擁護する声もだんだんと増えているようだ。
「何の騒ぎでしょうか?」
騒ぐ声はだんだんと大きくなり、部屋どころか外にまで響こうという勢いになったころに鶴の一声が入った。ここは王城であり、当然この場にいてもおかしくはないその声の人物はアトラスダムに住んでいるならばすべての者が知っている
――
メアリー王女であった。
「殿下!騒ぎを大きくして申し訳ございません!」
「構いません。この町の一大事の話でしょう。このようなことになった顛末を聞かせて頂けますか?」
「はっ!」
あの八人での旅路の際、リプルタイドにお忍びで来ていた件やサイラスの教え子であることもあってメアリー王女はすっかり顔見知りである。
当然王女も八人の
―
つまりテリオンのこともトレサのことも人となりをきちんと知っていた。
「成程・・・では私の考えを話しましょう。トレサさんは確かな目をお持ちで、信ずるに値する方です。テリオンさんは犯人ではないでしょう。彼が盗賊というのも嘘ではありません。もう一年以上前にはなりますが、ここでも軽いとはいえ盗みは働いていました。ですが今となっては糾弾するほどのことでもありません」
「というと彼は無罪だと?」
「何よりサイラス先生が選んだ方です。彼が信じられるという意見を持つ人ならば信じて大丈夫です」
「・・・わかりました。何か意見のあるものは?」
ガタンと椅子を倒し、声をあげたのは真っ赤な顔をした例の学者だった。
「会話の内容を聞く限りテリオンとサイラスとトレサは知り合いだったってわけだろう?なら身内での擁護!もしくは共犯じゃないのか?」
しかしそれを聞いてなお、民衆は誰も反対意見を出さなかった。明らかに関係のない一般人の逸話を聞いたことや、控室でのサイラスとトレサの会話を聞いていたからだ。
『トレサくん、これから君は証言に立たされる事になるが、私や彼に遠慮することはない。彼が犯人だと私は微塵も思ってはいないが、それは君が見たもの次第だ。正直に、真実を話してほしい。それで万が一彼が犯人だったとしても私は受け入れ、共に罰を受けよう』
その反応を見た学者は苦虫を噛み潰したような顔で座り直し、サイラスを睨んだ。
唯一声をあげた学者の信頼が地の底を這いずり回っていることもあり、こうしてテリオンの疑いは晴れることになった。しかしこの事件、これで終わりではない。テリオンが犯人ではないと証明された今、別の犯人がのさばっていることになるからだ。
解散を告げられた王城の一室、テリオン、トレサ、サイラスの三人はこれからのことについての話し合いをしていた。
「全く・・・トレサに借りを作っちまうとはな。まあ、助かった。ありがとよ」
「ふふん!どういたしまして!でも結局犯人の盗賊は野放しなのよね・・・心配だわ」
「だがテリオン、もしくは私を陥れるというのが目論見ならば今回潔白が証明されたこともあって見事に失敗したわけだ。諦めていないのならばここからは動きを変えてくるだろうね。盗難被害そのものは減る、もしくはなくなるかもしれないな」
それは良かったわ。とトレサはうんうんと首を縦に振る。
「でもそれが本当だったとして陥れる意味って何かしら?テリオンさんなんてここで暮らし始めてそう時間は経ってないでしょ?・・・あ、もしかして先生、また女の人をたらし込んで恨まれたんじゃ・・・」
「いや・・・それはないと思うよ。私はテリオンにしかラブコールを捧げてないからね」
それを聞いたトレサは砂糖を丸ごと食ったような表情になり、自分の中の勘はこの話題は避けるべきという警報を鳴らした。以前、好奇心で物事を訪ねた際に旅の真っただ中にもかかわらず一時間以上のお喋りを食らったからだ。あまりつつくと惚気を一時間食らうハメになりかねない。
「・・・えっと!・・・そ、そう!ってなると怪しいのはあたしに接触してきたあの学者のおじさんよね!すごい性格悪そうだったもん」
「そうだね。トレサ君の証言を聞いたとき、想定外といった顔をしていた。きっとキミのことを甘くみて、簡単にテリオンと目撃の証言を一致させてくれるとでも思ったんだろう」
「ほんと~~に失礼しちゃうわね!こちとられっきとした商人よ!」
「ふん・・・人を外見だけで判断する三流なんだろ。だから俺へ罪を着せるにも外見ばかりこだわったんだ。まあそれで大半の人間は騙せていたようだからそんなもんなんだろうがな」
黒幕はあの学者だろう、とあたりをつけた三人だったがその証拠をどう掴むかだ。あの学者の研究室なぞサイラスは知らない。それどころか学内で見る事すら滅多に無いと記憶している。きっと盗賊と共犯である以上どこかに隠し部屋を設けたのだろう。トレサが言った盗んだものの保管場所も兼ねているであろう
——
そこを暴けば証拠も出てくるはずだ。次の行動は決まった。
――
ああイライラする!
あの小僧を犯罪者に仕立て上げてサイラスを絶望させてやるつもりだったのに!
あわよくば共犯者として王都からまた追放されるよう仕向けてやろうと思ったのに!くそ!くそ!くそ!直接消すにはリスクが高すぎる!
それにあの小僧、初めから盗賊だったなんて!これじゃ仕立て上げたところであいつに精神的なダメージを負わせることができない!そしてあの小僧のことが相当に大事と見える!
・・・・・・ならあの小僧を利用してやればいいのではないか?
あいつさえ、サイラスさえいなければ学院の知識や理論は儂のものだ
扉のない真っ白い部屋で性根の歪んだ学者が嗤った
――
アトラスダムの夜、人通りもすっかり減った街並みをテリオンは歩いていた。
学院での調査はサイラスに任せ、テリオンは街の怪しげな場所を虱潰しに探すという分担だ。テリオンは職業柄、隠れ家的なものには敏感であった。適材適所だろう。しかし人が多くては調査も捗らないため、夜に出てくるようになったのだ。
(後を尾けられているな・・・隠しているつもりのようだが俺が気付けないやつはそうそういない)
尾行されていると気づいたテリオンは、仕掛け人を誘いだすために気づかないフリをしながら敢えて人通りの無い路地裏へと入っていく。そこで調査のためにしゃがみ込むフリをすると背後で急に殺気が膨れ上がった。
「どこ見てるんだ」
―
が、当然そんな攻撃を食らうはずもない。綺麗に躱しながら宙返りを決めたテリオンに、音もなく短剣を繰り出したはずの刺客は、愉快そうに笑った。恐らくこいつはテリオンに扮していた盗賊とやらと同一人物だ。髪は白くないし装束も動きやすそうな黒いものになってはいるが、それ以外に急にテリオンを狙ってくる理由などないはずだ。
「ふゥん・・・依頼主の言った通りやり手の盗賊らしいな。あんた」
「・・・何者だ?」
「分かってるんだろ?ご同業さ。今度の依頼はあんたを殺さない程度に痛めつけて連れてこいって内容でよお。個人的な恨みはねえけど大人しくしててもらうぜ」
「断ると言ったら?」
「そりゃ断るだろうなあ。でもそんなお願いは聞けねえなあ~仕事なもんでよっ!」
「・・・っ!」
再び攻撃を繰り出してきた盗賊にテリオンは応戦する。連れてこいということはあえて捕まれば黒幕のもとに行けるのだろう。だが、簡単に捕まってはこちらの意図がバレてしまうし、簡単に痛めつけられる気もさらさらなかった。
「あんた、紫の外套と鬘はやめたのか?」
「あれは前の仕事用だったからっ!な!そっちこそ、いつものポンチョはどうしたんだ?」
「あの格好だと・・・っ!住民を怖がらせかねないっんでね!」
「お優しいこったな!」
短剣と短剣の打ち合いが続く。黒い盗賊はテリオンのことをその気になれば簡単に伸せると思っていたのか、いつまでたっても致命打を与えられないことに少しずつ余裕が消えていく。とはいえテリオンも躱すか受け止めるかの防戦一方で反撃の隙を見出すことができないようだった。テリオンのほうが小柄な分、これが続けばいずれ体力的に打ち勝てるだろうと思ったのだろう。
とはいえあまり時間がかかると面倒なことに変わりはないと思ったのか盗賊の手が何かを取り出すような不審な動きを見せる。
(この状況になったときこの手の輩は何をするかだいたい決まっているものだ。となると俺のやるべきことは)
『
————
』
「こいつを食らってみな!」
「うっ!」
何らかの瓶が投げつけられ、額に当たりパリンと音を立てて割れた。中身をモロに受けたテリオンはそのまま力なく地面に倒れ伏す。
「ったくこれだけは使いたくなかったのに手間かけさせやがって・・・まあいい。あとで依頼主に請求するかっと・・・一応確認しなきゃな」
そのままぐったりとして動かないテリオンの襟首を掴み、顔を思いっきり殴りつける。呻くだけで起きてこないテリオンの様子に満足した黒い盗賊は、その赤くなった右手でテリオンを担ぎ、夜の闇に消えていった。
サイラスは夜の学院へと潜入していた。昼間に探った情報を整理した結果、どうにもこの敷地内にきな臭い場所があったのだ。その付近で目撃情報が途絶えているし、見たことのない人物がうろつくのを見たという生徒もいた。
付近を探っていると、門からそう遠くない庭の低木の一つに違和感のあるものがあった。おそらくこれが隠し通路に関係があるものなのだろう。
(さて、どうしたものか・・・動かすにしてもとても私では動かせないし、あの学者の隠れ家だと考えると力で動かすタイプではないだろう。古の遺跡のようなギミックがあると考えるのが良さそうだな)
こういったものは試行錯誤に限る。と、あっちこっちを撫でまわしていると、葉の間に隠された妙なスイッチのようなものを発見した。
押してみればすぐ傍にあった壁の擬態が解け、階段の入り口が現れる。こんな巧妙な隠し方をされているならこの先が隠れ家とみて間違いないだろう。
サイラスはカンテラを携え、ゆっくりと階段を降りて行った。
「・・・やはり貴様か。サイラス・オルブライト」
「わかってはいましたが、やはり黒幕はあなただったのですね」
サイラスは真っ白な壁に足を踏み入れた。扉も無く、魔法技術で擬態されていて一般人が見つけたとしても引き返してしまうだろう。その中には想像通り、トレサに声をかけ、取り調べ中に唯一テリオンを糾弾していたあの学者がいた。
「全く・・・こんなところまで嗅ぎ付けるとは本当に忌々しい!お前のような才能があれば儂だって学院で重宝されただろう!お前さえいなければ学院内で儂の知識を広めて世の中を正すこともできたというのに!」
「・・・知識とは個人の側面だけで見るものではない。あなたのこの隠し部屋の技術には関心したし、知識を広めたいというのも私は賛同だ。だが、押し付けるものではない。様々な知識を取り込み、自分で考える事ができるからこそ、学問というものは素晴らしいのだから。それに世を正す?それは傲慢ではないか?」
「ふん。あいつらは愚かだから儂の考えの偉大さがわからんのだ。学院の連中も、学長も生徒も町民どももだ。なぜこんな研究室を炎上させたようなやつを天才だと持て囃すのだ!ああ妬ましい!」
研究室を炎上させたのは本当だ。テリオンのことを考えるあまりうっかりやらかした件であったが、学長から長期休暇と備品の弁償を言い渡されたのみで他はお咎め無しだった。それが気に食わないにしてもこの男を許すわけにはいかなかった。
「くだらないな。私がやらかしたのは事実だが、その程度で町中を恐慌させ、罪のない人々やテリオンを害しただと?私だけならともかくあまりにも被害が大きすぎる。絶対に見逃すわけにはいかない。出頭したまえ」
「く・・・くく・・・果たしてこれを見てもそう言えるかな?おい!」
「おらよ。ご所望のもんだぜ」
「な・・・・・・!」
そう言って現れたのはテリオンを担いだ盗賊であった。恐らく今回、学者と手を組んで世を混乱に陥れた張本人だろう。
そのまま床に転がされたテリオンはぴくりとも動かず、ぐったりとしている。サイラスの目が驚愕に見開かれた。
「彼に・・・何をした・・・」
「いや思ったより手こずっちまったぜ。あの悪夢の瓶詰の改良版も使っちまったから二万リーフ追加だ。おっさん」
「あれを使うとはな。ふん・・・まあきちんと痛めつけて連れて来てくれたようだし今回は大目に見てやる」
「あいよっと!交渉成立」
「悪夢の・・・瓶詰・・・」
悪夢の瓶詰。それは様々な悪性の異常を引き起こす最悪の瓶詰であり、一般的には出回っていない。しかも改良と口にしたからにはさらに性質の悪いものが使われているのだろう。
歴戦の猛者がこの瓶詰一つ受けただけで一般兵士に打ち取られたなんて逸話もあるほどだ。
「ではサイラス君。交渉だ。彼にこのまま無事でいてほしければこの街を出て二度と帰ってこないことだ」
「それでは彼が無事という保証がどこにもないだろう。それに人質は手元にあってこそ価値があるものだ・・・約束を守るとは到底思えないし、人質の価値を落とさないためにはあなたたちもテリオンを手放すことはできない。交渉にならない」
「そうかい?まあ儂はキミの絶望した顔が見られればそれで溜飲が下がるからな。このまま殺してしまうか」
「やめろ!!!やめて・・・くれ・・・」
盗賊の凶刃がテリオンに迫るや、サイラスは懇願した。それを見た学者は気分が良くなったのかニタニタと笑う。
「くく・・・どうしようかな。人質としての価値が無いなら殺すしかないなあ?キミが交渉を飲んで出て行ってくれるか、ああ、死んでくれても良いぞ?」
「く・・・狂っている!テリオ・・・」
「おっとお!妙な動きを見せるんじゃねえぞ!でないとコイツの首を掻っ切っちまうぜ?」
「この盗賊は儂が雇ったものでな。賃金は高かったが一人で十二分の働きをしてくれるほど優秀だった。やつの目を盗んでどうにかできるなんて思わないことだな」
それを聞いたサイラスの顔に力強さが戻る。
「つまり、彼とあなた以外に共犯者がいるわけでは・・・ないのだな」
「ああそうだが?それがどうした?」
「・・・・・・だそうだよ、テリオン」
「ライフスティールダガー!!」
瓶詰の効果でぐったりしていたはずの緑色の服をまとった盗賊が突如跳ね起き、自らに刃を向けていた盗賊の武器を即座に奪い盗り技を放った。あまりの速さに誰の目も追い付かないうちに、高い金で雇った凄腕の盗賊とやらは地に伏して目を回していた。
瞬殺である。
「な、な、な・・・」
「やっと喋ってくれたか。これでこいつらをしょっ引けば事件は解決だな」
「彼をこの程度でどうにかできたなんて思ったら大間違いさ」
「バカな!?改良した悪夢の瓶詰だぞ!?そんなすぐに治るはずが・・・」
テリオンは薬師の装束を身に纏っていた。アーフェンとの仕事の関係上、ドーターの加護は基本的にテリオンが持っている。かの神の技能による健全化はあの邪神の瘴気でさえ跳ね除けられるのだ。こんなちゃちな瓶詰が効くはずもない。
「それにしてもあんたもなかなか腹芸が出来るタイプだな?くくく・・・俺を案じる演技なんて一級品だったぜ。悪い気分じゃないな」
「そりゃあテリオンをいつだって案じているからね。演技ではあるが本し・・・ん・・・」
ようやっと顔をあげたテリオンを見てサイラスは絶句した。
あの盗賊に顔を殴られたのか、頬が赤黒く腫れあがっている。さらに割れた瓶で切れたであろう額や口の端には血が流れた痕が見えた。
―
—
サイラスはキレた。
魔力が立ち上る。全身から青い炎のような幻覚が見える。この男どもを許してはならぬと、頭脳が、心が、ありとあらゆる体中の細胞が叫ぶ。
当然、テリオンがジョブの証の一つを預かっているならばサイラスも預かっているということだ。その攻撃に全振りした職業特性からあまり日常生活で使われることのない
―――
「本気を出そうか」
「待て、サイラス!魔術師はやりすぎ・・・」
「オフェリー・テネブラエ!!!!」
真っ白い部屋がサイラスによる暗黒の魔力で黒く染まった。
「で?復活手当かけてあげたの?」
「しょうがないだろ・・・」
翌日の昼、トレサと合流し事件の詳細を語った。
サイラスの魔法による闇が晴れた後の部屋の惨状はあまりに惨いものだった。悪党二人は痙攣しながら泡を吹いて倒れ伏し、瀕死の様態であった。
このまま放っておけばこっちが過剰防衛でしょっぴかれる事になりかねないと判断したテリオンは、復活手当で最低限の処置を行った。その甲斐あって通報して駆けつけてきた衛兵にはちょっとやりすぎじゃないかな・・・とドン引かれる程度で済んだ。
「なるほどね。ところであたしにやってほしい事があるって聞いたんだけど」
「ああ、これらをね。元の持ち主に返すのを手伝ってほしいんだ」
「これって・・・あ!あたしの持ってきた本もあるわ!もしかして今まで盗まれた品?」
「ご名答。テリオンがあの隠し部屋から見つけ出してくれたのさ」
黒幕二人を衛兵に引き渡したあと、部屋を出ようとしたサイラスを制したテリオンは、盗賊の勘を以てして隠し金庫を見つけ、その鍵もまたあっという間に開錠してしまった。
中から出てきたものは今まで盗んだであろう数々の品であり、サイラスが依頼した品もその中にちゃんと入っていた。一応盗賊だけあってか盗んだあとの管理はそれなりに丁寧にやっていたようで痛んだり傷ついた形跡もない。
他の品も同様で、これならば傷ついた建物や心は直せないが、少なくとも盗まれたものは問題なくちゃんと元に戻るだろう。
「じゃあ仕分けと手分けするとしてあたしはあっちの露店区の人々のほうを訪ねて回ってみるわね」
「では私は学院や大通りの方を」
「俺は市場だな。持ち主がわからないものは衛兵に預けておけば良いだろう」
こうして品物を返して回った三人はたいそう感謝され、またテリオンには住民からの謝罪や詫びの品々も差し入れられた。顔に痛々しい痕が残っているのもあり、テリオンを心配する者はいれど、盗賊と判明したことや、学者の動機の元となった一人だったことについて非難する者はいなかった。
もらった食材や雑貨を両手いっぱいに抱えたテリオンは、まんざらでもない顔をしてサイラスが待っているであろう家に帰るのであった。
「おや、お帰りテリオン。あっちのほうは人が多かったから大変だったろう。お疲れ様」
「ただいま。まあ、疲れはしたが住民には感謝されたしたまには悪くない。それにあれだけ引っ搔き回した元凶の俺に謝罪と詫びの品までたくさんもらったぞ。元々の被害者はあっちだというのにな。クリアブルックほどではないがここのやつらも大概お人好しだ」
「キミが普段から誠実だったからさ。そういう積み重ねこそがこういった有事に人の情に影響するものだよ」
「そんなものか・・・」
「今日の夜は総菜を買っておいたよ。さすがに今から作るのはしんどいだろうし、食材は氷の精霊石で保管しておけばいいさ」
テリオンが荷物を片している間にそういってサイラスは買ってきた料理を机に並べ始めた。サラダをはじめ、スープにチキンやビーフ、上等なパンに加えテリオンの好物のアップルパイまでもが並んでいる。
「・・・なんか豪華すぎやしないか?」
「テリオン」
お互いが席につくと、サイラスは盗賊から取り返したであろう特注の小箱を取り出し、真剣な顔でテリオンの名前を呼んだ。いつもの食卓とは打って変わって緊張感が走る。
「今回、キミが傷付けられたことやその原因が私の関係者にあると聞いてとても落ち込んだよ。キミは自分の存在が私に不利益をもたらすのではないかと懸念していたが実際に起こったことは逆だった」
サイラスは己の立場が原因でテリオンが不幸になることなど考えてもいなかった。立ち振る舞いには気を払っていたつもりだが絶対というものはないのだ。こういったことが今後起こらないとも限らない。一瞬、彼を手放そうと考えたこともある。
しかしそれは誰にでも、どんな立場でも起こりうることだ。何より、手放すなんて考えた途端に腸からどす黒い感情が湧き出てきた。
「だけどキミを手放してなんてあげられない。一人にするのも、他の人のものになってしまうのも嫌だ。考えただけで嫉妬の炎で焼き尽くされそうだった。私にはもうキミがいないとダメみたいだ。だからテリオン・・・これを、受け取ってはくれないか」
サイラスに上質そうな小箱を恭しく渡されたテリオンは、その箱をゆっくりと開け、目を見開き息をのんだ。
そこに収められていたものは、銀色の、装飾品のない、しかし刻まれた紋様が精巧で美しい指輪だ。これを贈る意味なんてひとつしかない。
「これは・・・!」
「テリオン、この生涯を・・・私と共に生きてくれないか」
あの村でここで暮らすと腹を括ったとき、いずれこうなるだろうことは予想していた。そしてその答えは最初から決まっている。
テリオンは俯きながらぽつぽつと言葉を零した。
「サイラス、俺はな。ろくでなしなりに色々考えたんだよ。結論はまあ、あんたからは逃れられないだろうということだった。俺も、どうしようもなくあんたが好きらしい。今回だってずっと俺を信じてくれた。俺の信頼に答えてくれた・・・そして傷ついた俺を見て怒り狂ってくれた。こんなどうしようもないことがすごく嬉しかったんだ。俺だって、もはやあんたがいないとダメみたいだ。ふ・・・神出鬼没の盗賊だなんて言われた時代もあったってのにすっかりあんたに捕まっちまったな」
テリオンは眩しそうに顔を上げ、指輪を左手の薬指にはめると席を立ち、サイラスの背中へと寄りかかる。
もはや言葉はいらない。
サイラスはテリオンの方へと向き直るとその身体を思いっきり抱きしめた。体温が、少し早くなった鼓動が伝わってくる。まるで春のフラットランドの頭上に輝くやわらかな太陽の暖かさのようだ。
「・・・ありがとう」
「俺のセリフだ。それは」
そして二人はお互いを見つめ、雫の光る目を細めて笑った。
数日後、アトラスダムでの行商を終えたトレサを見送りに、サイラスとテリオンはフラットランド平原へと繋がる門の前までやって来ていた。
「もう出るのかい?」
「うん!持ってきた本は大体売れたし、新しく装飾品も仕入れたからね。次の目標はストーンガードの予定よ」
「あそこも本が有名だからな。売れ残りをそっちで掃くつもりか?」
「さすがにこの辺の本はここじゃ需要なさそうだしね。本の方はあんまり売れるとは思ってないけど、ストーンガードは結構貴族やお金持ちが多い上に工房は本がメインで装飾品はあまり扱ってないみたいだからね。こっちの需要があると踏んだのよ」
ふふん、とトレサは自慢げに胸を張る。鞄の中身はあのテリオンの指輪を作った老舗の職人の商品がたくさん詰まっていた。事件後まもなく、簡易的だが営業を再開したのである。
「それにしても怪我人も大したことなくて良かったね。テリオンさんが薬師やっててよかったと思うわ」
「あの件は世話になったねトレサ君。キミがあの学者と接触してくれなければこんなにスムーズに解決に進むことは無かっただろう」
「おい、トレサ」
「うん?・・・・・・あー!あたしの本!」
トレサを呼ぶテリオンの手には売れ残ったという本のうちの一冊があった。話している間にそっと抜き取ったのだろう。
「ぐぬぬ・・・やっぱり本物のテリオンさん相手じゃスられても全然気づけないわね・・・悔しい~!・・・で?それをどうするつもり?」
「今回お前には借りができちまったからな。借りっぱなしは性に合わない。丁度欲しかった本だしこいつを言い値で買ってやる」
「えっ!いいの?まいどあり!」
言い値と聞いて吹っ掛けてやろうかなと頭の中でそろばんを叩き始めたトレサだったが、本の内容やテリオンとサイラスの状況を鑑みた結果、トレサの中のビフェルガンはそっとそのそろばんを下ろした。
「・・・じゃあこれでどう?」
「思ったより大分安いぞ?いいのか?」
「もともとタダ同然で手に入ったものだしね。商人は信頼第一よ。吹っ掛けたりなんてしないわ」
「そうか。じゃあ交渉成立だな」
どう吹っ掛けてやろうかなんて考えたことを棚に上げたトレサは、取引が成立した証としてテリオンと固い握手を交わすのだった。
「じゃあテリオンさん!先生!元気でね!」
「トレサ君も道中気を付けて。アトラスダムに来たときには是非うちにも立ち寄ってくれ、歓迎するよ」
「ありがとう先生!あ!そうだ。式には呼んでね!多分他のみんなも待ってるから!」
「なっ・・・おい、トレサ・・・・・・!」
「それじゃあね!テリオンさん!その本、しっかり活用してね!」
こうして元気いっぱいの商人はアトラスダムを去った。
そのあとに残されたのは、白い旋毛を見つめながらふわりと笑う学者の男と、頭を押さえながら顔を林檎の色に染めた盗賊の男であった。その手の中にある本の表紙にはこう書かれている。
―
—
新婚ご用達!初めての家庭料理
——
と
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内