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nekosuimidori
2026-04-20 23:37:32
7803文字
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貴方の明日に、私の声が届くなら
隊室の灯りは、夜が更けるほどに机の上だけを明るくしていく。
昼間は人の出入りが絶えない場所だ。報告書の束、無線の声、資料の受け渡し、命令と返答。そのどれもが忙しなく行き交っているはずなのに、最後の一人、あるいは最後の二人、三人といった数にまで減ってしまえば、途端に紙と蛍光灯のための部屋みたいになる。堂上はそういう夜の隊室が嫌いではなかった。仕事を片づけるには向いているし、静かな場所は考え事にも向いている。
もっとも、今夜ばかりはその静けさがやけに落ち着かなかった。
「堂上二正、これ、閉架から回ってきた確認資料です。タスクフォースの所見がいるやつだけ抜いてありますから」
業務部の職員が定時ぎりぎりに置いていった段ボール箱を、堂上は自分の机の脇に寄せた。小牧なら軽口の一つも返しただろうが、生憎と小牧は先に帰っている。手塚と笠原は訓練に出たあと、報告書を出して寮へ戻ったはずだ。
堂上は箱を開け、必要書類の有無を確認する。古い寄贈資料の目録、移送記録、紛失防止のための照合票。閉架書庫から一時的に出された本らしく、年季の入った背表紙が何冊も並んでいる。どれも今すぐ読まれることを前提にしたものではなく、保存と管理のためにそこにあるような顔をしていた。
そのうちの一冊を持ち上げた時、見返しのところから白いものが滑り落ちた。
封筒だった。
堂上は反射的に拾い上げる。誰かがしおり代わりに挟んだのかと思ったが、宛名を見た瞬間、手が止まる。
堂上教官へ。
見慣れた字だった。まっすぐで、少しだけ力の入りすぎた線。報告書でも反省文でも、何度も見た字だ。笠原郁の字に間違いない。
「
……
何だこれは」
独り言が、灯りの少ない隊室に短く落ちた。
今日、笠原はこの本に触っていないはずだ。そもそも今回の閉架書庫の整理は業務部主導で進められていて、タスクフォースが立ち入る機会はほとんどない。悪ふざけにしては手が込んでいるし、笠原がこんな回りくどいことをするとも思えない。
にもかかわらず、堂上は封筒を持ったまましばらく動けなかった。差出人のない手紙なんて、普通なら開けない方がいい。宛名が自分でも、誰かの悪意かも知れないし、単なる間違いかも知れない。
だが、その封筒はあまりにも笠原の字で、自分に届くべきもののようにそこに在った。
堂上は椅子に腰を下ろし、机の上の書類を端へ寄せる。蛍光灯の白い光が手元を照らした。封を切るわずかな音さえ、この時間の隊室では耳につく。
便箋は三枚。折り目はきれいで、何度も読み返された痕跡はない。
一行目を読んだ瞬間、堂上は眉をひそめた。
『もしも時を戻せたら、もっと早く貴方に伝えたかったことがあります。』
堂上は一度、目を閉じた。ふざけているようには見えなかった。文章の調子も、語尾の柔らかさも、笠原が他人へ見せるものではない。けれど確かに、あいつの声で読むことができてしまう。
堂上は呼吸を整え、続きを追った。
『今の私は、まだそこまで上手く言えないかもしれません。教官の前では、余計に駄目です。むきになって、いらないことまで言ってしまう時もあります。たぶん今も昔も、その辺りはあまり変わっていません。』
そこでわずかに口元が緩みかけて、堂上は自分で自分に呆れた。こんな得体の知れない手紙に、何を付き合っているのか。
けれど次の行で、笑いは消えた。
『貴方が帰ってこない夜を、知ることになります。
貴方を失うかもしれないと考える夜があります。
貴方に会えない日々をもどかしく思う夜があります。
詳細は書けません。何かが変わってしまうかもしれないから。
だから、これだけ。
貴方はいつだって私のところへ帰ってきてくれるって、今も、昔も、未来も、そう信じてます。』
堂上はそこで読む手を止めた。
隊室の向こうで、どこかの窓が風に鳴った。ほんの小さな音なのに、胸の内へ冷たいものが差し込んでくる。
笠原が、自分の不在をこんなふうに書くはずがあるだろうか。今のあいつなら、そんな弱音は絶対に紙の上に落とさない。怒るか、噛みつくか、見栄を張るか、そのどれかで誤魔化すだろう。泣き言ひとつこぼすにも、こいつは妙な意地を張る。
だというのに、この手紙はあまりにも真っ直ぐだった。気負いがなくて、だからこそ嘘に見えない。
『だから、今の私をどうか見ていてください。
まだちゃんと伝えられない私を、見捨てないでいてください。』
最後の二行を、堂上はしばらく見つめた。
見ていてください。
見捨てないでいてください。
夜の隊室は、静かすぎると色々なものを拾う。紙の擦れる音も、自分の呼吸も、心臓の拍動も。堂上は便箋を重ね、封筒に戻すこともできず、そのまま机に置いた。
誰かの悪意にしては、あまりに回りくどい。悪戯にしては、あまりに切実だった。
帰る前に引き出しの奥へしまい込んだが、灯りを消して隊室を出るまで、堂上の頭からその文字は離れなかった。
翌朝、笠原はいつも通り騒がしかった。
「おはようございます、堂上教官!」
敬礼の角度は少し勢いがよく、声は明るく、目もきらきらしている。昨夜の手紙の文面とはあまりにも繋がらない。
そのはずなのに、堂上は一瞬、返事が遅れた。
「
……
ああ、おはよう」
笠原が怪訝そうに首を傾げる。小牧が横でにこりと笑い、「どうしたの堂上。寝不足?」と気安く言った。堂上は小さく睨んで受け流す。小牧はそれ以上何も言わなかったが、目だけが面白がっていた。
業務に入る。朝の点呼、連絡事項の共有、館内巡回の割り振り。いつもと同じことをしているはずなのに、視界の端に笠原が入るたび、昨夜の文面が思い出された。
見ていてください。
見捨てないでいてください。
そんなふうに言う未来が来るのだとしたら、今のこいつのどこにそれが隠れているのか。
堂上は、見てしまった。
笠原が他人に褒められた後だけ、ほんの少し返事が速くなること。照れ隠しの時ほど威勢がよくなること。自信がない質問をする直前だけ、一拍だけ息を止めること。
今までだって目に入っていたはずだ。班員として、部下として、必要な観察はしてきた。けれどそれとは違う角度から笠原を見るのは、思った以上に落ち着かない。
「教官?」
気がつけば、笠原が目の前で資料を差し出していた。
「確認お願いします」
「ああ」
受け取る時、指先がわずかに触れる。笠原は気にも留めていないようで、すぐに手を離した。堂上の方だけが、その一瞬に妙に意識を持っていかれる。
馬鹿馬鹿しい、と心の中で切り捨てる。
得体の知れない手紙一通で、何を動揺しているのか。
だが、そう切って捨てたところで文字は消えない。
午前の巡回中、館内で小さな揉め事が起きた。なんてことはない、予約資料の引き渡し順で利用者同士が声を荒らげ始めただけの、図書館では珍しくもない面倒だ。
業務部の職員が対応に入る前に、笠原が反射的に一歩前へ出た。
「落ち着いてください」
声はよく通る。背筋も伸びている。だが、堂上にはその足の入り方が少しだけ危うく見えた。相手との距離、周囲の動線、逃げ道。無茶と呼ぶほどではない。しかし、少しだけ近い。
「笠原、下がれ」
堂上の声がいつもより低く出た。笠原が一瞬だけ振り返る。目を見開き、すぐに「はい」と応じて後ろへ下がった。
結局、騒ぎは業務部職員と手塚の補助で収まり、大事にはならなかった。だが片づいた後も、堂上の胸の内にはさっきの違和感が残ったままだった。
笠原は不満そうに唇を尖らせる。
「今の、別に私が前に出なくてもよかったですか?」
「そうだ」
「でも止めたの、ちょっと早くありませんでした?」
「早くない。あの距離は近い」
いつもならそこで「過保護ですか」とでも返してくるところを、笠原は口をつぐんだ。堂上の声に混じった何かを、あいつなりに感じたのかもしれない。
その沈黙の重さに、今度は堂上が戸惑った。
昼休憩に入る頃、小牧が紙コップのコーヒーを手に堂上の机へ寄ってきた。
「堂上、今日ほんとにどうしたのさ」
「何がだ」
「笠原さんを見る目がいつもよりさらに面白いよ」
「殴るぞ」
「物騒だなぁ。まぁでも、機嫌が悪いというより、気になってしょうがないって顔だね」
堂上は差し出されたコーヒーを受け取って一口飲んで、それで会話を終わらせるつもりだった。だが小牧は去らない。
「何かあった?」
「
……
別にない」
「何かあった時の言い方だなぁ」
小牧は楽しげに笑っているようで、その実、目だけは案外よく見ている。堂上は小さく息を吐いた。
「お前に言うようなことじゃない」
「笠原さん絡みなら、なおさら独り占めしたいってことかな?」
「おい」
「はいはい、退散退散。でも堂上、見すぎると本人にばれるから気を付けなよ」
それだけ残して、小牧は自分の机へ戻っていった。
ばれて困ることでもないはずなのに、堂上はわずかに苛立つ。自分が笠原を見ていることなど、今までも何度だってあった。危なっかしい部下を監督するのは上官の務めだ。
その理屈が、今日は少し心許なかった。
その日の業務が終わり、人が少しずつ隊室から消えていく。窓の外はすっかり暮れていた。蛍光灯の白い光の下で紙ばかりが目立つ時間だ。
笠原は提出書類を持って堂上の机へ来た。報告書の末尾に付箋が一枚。堂上が朝、記載の甘さを指摘した箇所だ。
「修正しました」
「置いとけ、後で見る」
「はい」
いつもならそれで終わる。笠原は礼をして、寮へ戻る。堂上は残りの事務仕事を片づける。今夜もそうなるはずだった。
だが笠原は、机の前に立ったまま動かなかった。
「まだ何かあるのか」
堂上が顔を上げると、笠原はひどく言いにくそうな顔をしていた。噛みつく時とも、怒鳴る時とも違う。何かを隠したまま、一歩だけ前へ出るかどうか迷っている顔だ。
「
……
教官、今日なんか変です」
言われると思っていたような、やはり少し腹が立つような、妙な気分になった。
「お前に言われる筋合いはない」
「そういう返し方するところはいつも通りです」
笠原は唇を引き結ぶ。言い返しながらも、本題はそこではないと自分でも分かっている顔だ。
「でもやっぱり、今日の教官、変でした」
「何がだ」
「
……
見てました」
堂上は眉をひそめる。
「何を」
「その、色々です。私のこと」
そこまで言ってから、笠原は一気に耳まで赤くした。堂上の方も、一瞬返事に詰まる。
見ていた。確かに。
だが、その理由をそのまま言うわけにはいかない。引き出しの奥にしまった封筒の存在が、急に重みを増した。
「
……
業務上必要な範囲で見ていた」
「絶対それだけじゃないです」
笠原はそこだけ妙に強い。こういう時の勘は、こいつは驚くほど外さない。
「私、何かやらかしましたか」
「いや違う、そうじゃない」
「じゃあ何で」
堂上は答えない。答えようがなかった。
無言が落ちる。隊室の奥では、コピー機の待機音が小さく唸っていた。誰もいない机の列が、二人の会話を遠くまで反響させてしまいそうで落ち着かない。
堂上は引き出しに視線を落とした。
しまったままにしておくつもりだった。誰にも見せず、自分の頭がおかしくなったのかと思いながら忘れてしまうつもりだった。けれど、目の前の笠原は堂上の答えを待って立っている。何かを隠していると分かる限り、こいつは引かない。
堂上は息を吐き、引き出しを開けた。
「
……
読むなと言っても読むだろうな」
「はい?」
封筒を机の上に置く。笠原は宛名を見た瞬間、目を見開いた。
「え、これ
……
」
「お前の字だ」
「いや、そんなはず、」
「昨日、閉架から回ってきた本に挟まっていた」
笠原は恐る恐る封筒を手に取る。堂上教官へ、と書かれた自分の字を見つめる顔は、驚きと戸惑いが半分ずつだった。
「
……
開けていいですか」
「俺はもう読んだ」
「ですよね」
笠原は封を開け、便箋を広げた。一行目を読んだところで、呼吸が止まる。そこから先はあまりに静かだった。普段の笠原なら、何かあればすぐに声に出るのに、今は紙をめくるかすかな音しかしない。
やがて便箋を持つ手が、ほんの少し震えた。
「
……
何ですか、これ」
「こっちが訊きたい」
「私、こんなの
……
」
言いかけて、笠原は黙る。
書いていない、と言い切れないのだろう。今の自分が書いた記憶はなくても、そこにある言葉があまりにも自分の声で、自分の感情の延長にあると分かってしまうから。
笠原はもう一度、あの一節に目を落とした。堂上もどこを読んでいるのか分かる。
『貴方が帰ってこない夜を、知ることになります。
貴方を失うかもしれないと考える夜があります。
貴方に会えない日々をもどかしく思う夜があります。』
笠原は便箋を持ったまま、ひどく困った顔をした。
「
……
未来の私、ずるいですよ」
「何がだ」
「こんなの、今の私が言えないことばっかり、先に言ってるじゃないですか」
堂上は返事をしなかった。
笠原は赤いまま顔を伏せる。耳の先まで熱を持っているのが分かる。
「でも
……
」
小さな声だった。
「全然知らないことが書いてあるわけじゃないです」
堂上の喉が、わずかに動く。
「教官が帰ってこないかもしれないって思ったら、怖いです。今だって、そういうのは嫌です。会えない日が続いたら、たぶんすごく嫌です」
笠原はそこで一度言葉を切った。言ってしまったことに自分で驚いている顔だ。それでも、もう止まれないのだろう。
「でも、今の私はそこまで上手く言えません」
便箋の文字を指先でなぞりながら、笠原は困ったように笑った。
「未来の私に先を越されたみたいで、悔しいです」
堂上は、机の向こう側に立つ笠原を見上げた。
手紙のせいで気づいたのか。それとも、気づいていたものに手紙が形を与えただけなのか。どちらでもよかった。少なくとも今、こいつは目を逸らしながらも逃げていない。
「
……
全部を信じるつもりはない」
堂上は低く言った。
「未来だの何だの、そんなものは分からん」
笠原はこくりと頷く。堂上がそこで言葉を切らずに続けるのを、じっと待っている。
「だが」
堂上は一度、息を吸った。
「見てる」
「え
……
」
「お前が思ってるより、ずっと」
それは手紙への返答でもあったし、今ここにいる笠原への言葉でもあった。未来からの声に押されたからではない。そう言われる前から、見ていた。危なっかしいところも、無茶をするところも、意地の張り方も、まっすぐなところも。
ただ、それを言葉にする機会がなかっただけだ。
笠原の唇が小さく震える。泣きそうというより、息の仕方が分からなくなったみたいな顔だった。
「
……
そんなの、反則です」
「知らん」
「教官ばっかり、なんなんですか。そういう時の、ずるいです」
「未来のお前の方がよほどずるい」
言った途端、笠原が目を丸くして、それからほんの少し笑った。やっと息が通ったような、弱く柔らかい笑いだった。
堂上は机の上の封筒を顎で示す。
「それは持って帰れ」
「でも、堂上教官宛てですよ」
「読んだ。答えもした。なら今度はお前が持ってろ」
笠原は戸惑いながらも、便箋を丁寧に畳んで封筒に戻した。未来の自分が書いたはずの手紙を、今の自分が抱えて帰る。その構図に、自分でも照れくさそうにしている。
「
……
もしも時を戻せたら、って」
笠原がぽつりと言った。
「未来の私はそう思ったのかもしれません」
堂上は黙って聞く。
「でも、私は今でいいです」
笠原は封筒を胸に抱いたまま、まっすぐ堂上を見た。昼間の元気のよさとは違う、静かな強さがそこにある。
「今の堂上教官に、ちゃんと言いたいです」
堂上の指先が、机の縁をわずかに押さえた。
「見ていてほしいです」
笠原は少しだけ息を詰め、それでも言い切った。
「これからも、ずっと」
長い時間ではなかったはずなのに、隊室の静けさがそこで一層深くなった気がした。堂上は立ち上がる。机の向こう側を回り込み、笠原の前に立つ。
触れるか触れないか一瞬迷って、それから髪に軽く手を置いた。額にかかる前髪をそっと払う程度の、ごく短い接触だった。
「見てる」
笠原の目が揺れる。
「最初から、思ってる以上にな」
堂上は続けた。もうここまで来たら、引き返す方がよほど不誠実だった。
「これからも、手を離すつもりはない」
笠原は何も言わない。言えないのかもしれない。ただ、泣きそうに笑っていた。嬉しそうで、困ったようでもあって、いかにもこいつらしい表情だと堂上は思う。
やがて笠原は小さく息を吐き、封筒を抱え直した。
「
……
じゃあ、約束です。ちゃんと、帰ってきてくださいね」
手紙の一節を知っている堂上には、その言葉がまっすぐ過ぎた。
「お前もだ。
……
お前も、ちゃんと帰ってこい」
それだけ返すと、笠原は少しだけ目を伏せ、笑った。
「はい」
数日後、業務を終えた笠原が隊室へ戻ってきたのは、もう日が落ちてからだった。
「笠原、戻りました」
何気ない報告だ。いつだって交わしている短いやり取りの一つ。けれど堂上の耳には、前よりずっと重みを持って届いた。
堂上は手を止め、顔を上げる。笠原は書類束を抱えたまま、こちらを見ていた。あの封筒は今日も、あいつのロッカーのどこかにしまわれているのだろう。
堂上はほんの一拍置いた。
「
……
おかえり」
笠原が固まる。続いて、信じられないものでも聞いたように目を見開き、それからゆっくりと頬を染めた。
「ただいま、です」
それだけのことだった。
それだけのことなのに、今まで交わせなかった何かを、ようやく正しい位置へ戻せた気がした。
未来にどんな夜があるのか、堂上は知らない。
帰ってこない夜があるのかも、失うかもしれないと考える夜があるのかも、会えない日々が本当に来るのかも、まだ分からないままだ。
ただ一つ分かっていることがある。
目の前の笠原郁は、まだ全部を言えない。だが言えないまま終わらせるつもりもない。未来の手紙に先を越されて悔しがりながら、それでも今の自分の言葉で追いつこうとしている。
それなら十分だった。
もしも時を戻せたら、などと願う必要のない明日へ連れていくのは、未来から届いた紙切れではなく、今ここにいる自分たちの手だ。
堂上は机の書類を閉じる。窓の外はもう夜だった。隊室の灯りの下で、笠原が鼻歌混じりに書類を揃えている。少し上機嫌で、少しだけ落ち着かなくて、それでもちゃんとここにいる。
その姿を見ていると、堂上はふと、まだ書かれていない未来の手紙のことを思う。
いつか本当に、笠原があの文面を書く日が来るのだとしたら。
その時はきっと、今日よりもう少し近い場所で読めるのだろう。
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