fedge
2026-04-20 20:51:01
2310文字
Public カピオロ
 

「めいていち?が2だったら死んでいた、とも言っていた」

ゆるカピオロ

 灰色の雲海を臨むオシカ・ナタの玉座。クク竜すら滅多に訪れないほどの高所にあるこの場所に腰を据えてから、もうどれほどが経っただろうか。
 夜神と一体となった『隊長』の魂は、長い休暇を得た。……だが、寝てばかりだというのも退屈だ。夜神の国の再建も終わり、暇を持て余してしまうようになった『隊長』は、時折オシカ・ナタの自身の体に意識を繋ぎ、遠景を眺めて暇を潰していた。

……来たか」

 今日も変わりない景色を眺めていれば、黒いフードを半掛けにした蝙蝠耳の青年――オロルンが鼻歌交じりに石段を上ってきた。毎日、というほどではないがそこそこの頻度で、オロルンはオシカ・ナタの玉座へやってくるのだ。

「こんにちは、隊長。今日もいい天気だ」

 いい天気も何も、ここは常に灰色の雲海に覆われている高所だ。天候は常に変わらない。

「しばらく空いてしまったな……すまない。すぐ綺麗にしよう」

 オロルンは自身の荷物からブラシを取り出すと、襟元のファーの埃を払い始める。もう何度もここにやってきては、座したままでいるこの体をメンテナンスしていくのだ。……頼んだ覚えはないのだが。
 埃を払い終えれば、今度は周囲の雑草の処理を始めた。石畳の隙間に芽を出しているそれらを優しく引きぬき――端のほうへと植え替えていく。

「君はいい根をしている。きっと立派な花をつけるだろう」

 何をしているんだと咎めたいのは山々だが、この体は動かすことができないし、声を出すことすら叶わない。ただそこから感覚を拾えるのみに過ぎない状態では、オロルンの奇行を止められるはずもなかった。――ん?
 端にしゃがんで植え替えをしているオロルンの背に、見慣れない弓があった。
 大戦中は汎用のものを使っていた様子であったし、ここに来るようになった当初は、謎煙の主の祭祀用らしき紫の弓に持ち替えていた。いや、確かそのあとに旅人から持つように言われたのだと、青と水色の美しい弓を見せに来たこともあったか。
 だが、今オロルンの背にあるものは、それらのどれでもなかった。少しくすんだ金色のボディに、青みがかった白い羽の意匠がこらされている。ところどころに水色と桃色の宝石もあしらわれているが、オロルンの瞳の色よりもだいぶ可愛らしい色合いの石だ。
 いずれにせよ、オロルンが自分で選ぶようなデザインには思えなかった。きっとまた旅人にでも貰ったのだろう。いやに愛らしい弓を担いでいるオロルンは雑草の処理を終えたようで、パンパンと手を払ってから玉座の正面に戻り――玉座に向けて弓を引いた。
 ――何をするつもりだ?
 この体は不死であり、その程度の攻撃では生命活動を絶てるわけがない。そもそも、座したまま動かない体だ、今更どうするというのだ。
 意図を図りかねていると、オロルンが引き絞った弓のその先端から……ぽわぽわとシャボン玉があふれ始めた。きらきらと光を返すそのシャボン玉は大小様々で、中にはハートをかたどったものさえある。

「よし、このくらいでいいか」

 暫く弓を弾いていたオロルンが構えを解いた。玉座の周りはシャボン玉で溢れていて、ゆらゆらと揺れながら上へと昇り、ぱちんと弾ける。
 オロルンはおもむろに玉座の正面に腰を下ろすと、そのまま上を見上げた。その視線は上へ上へと上がっていくシャボン玉に注がれている。

「きれいだろう? ここは景色が味気ないから、君に見せたいと思って持ってきた」

 オロルンは座ったまま、今度は空に向けて弓を構えた。どういう仕組みなのか検討がつかないが、中ほどに設けられているハート形の穴に石鹸膜が自動で張られ、そこからシャボン玉が湧き出ているようだ。

「旅人のじいちゃんにもらったんだ。六本目だからあげる、って。そうだ、じいちゃんがうわごとの様に大魔術……大魔術……って呟いていたんだが、君はその『大魔術』について知っていたりするだろうか。ばあちゃんは知らないみたいだし、旅人に聞いてもはぐらかされるんだ」

 答えは返ってこないと知っているだろうに、こちらに向けて問いかけてくる。知っていても教えてやれる手段がないが、どのみちその「大魔術」とやらに覚えは無い。

「そういえば、「次に風の行方が来たら、オロルンにも担いでもらうからね」と言っていたな。足を速くする魔術なんだろうか」

 ……さあな。
 他愛ない話をしている間に、オロルンが撒いたシャボン玉はすべてはじけて消えてしまった。またなんの変哲もない雲海に戻ってしまった景色を見て、オロルンは少し苦い顔をした。

……次に来るときは、花の種をもってくる。高所に強いものがいいな」

 景色など気にすることもなかったが、どうやらあまりに暗いここの雰囲気が好きではないらしい。高さだけでなく霜にも強いものを選んでもらいたいものだ。

……

 去っていく背を見送りながら、無意識に次を期待していた自分に対して、僅かばかり笑いが漏れた。

* * *

「じいちゃん、気は確かか……? 着付用の水を持ってきた、飲めるだろうか」
「うう…………赦罪……裁断……ルミドゥース……
「ダメみたいね。旅人、しっかりして! ここにコップをおいておくから、水を……
「にコ……ニコ!? ニコニコニコ……ああ、ローエンも引きたいのに、石が……空の神殿を漁らなきゃ……
……ばあちゃん!」
「ええ。スピリットが揺らいでいるわ。幻覚を見ているのかもしれない……オロルン、いそいで旅人をベッドに括りつけて。それから儀式の用意してちょうだい!」
「わかった!」