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nekosuimidori
2026-04-20 17:58:25
15339文字
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死んでも言ってやるものか
「何かを誰かから貰えば、それに対して何かしらのアクションを返さなければならない」
幼いダンデにそう教えたのはローズだった。その時は「確かに貰ったならお礼を言うのは大事だな」ぐらいにしか考えていなかったが、今思えばもう少し重たい意味を持っていたのだと理解できる。
端的に言えば『ノブレスオブリージュ』だ。勝者として、王者として、英雄として上に立つのであれば、人々に望まれた社会の模範たれとローズは言っていたのだ。『チャンピオンでありガラルの英雄 ダンデ』という存在のために与えられたもの全てに対して、誠意をもって返せと。
そうして、何か与えられれば、何かしらの見返りを払うことが常になった。
物を貰えばそれを使用している写真や使った感想をSNSを通して(実際投稿していたのはローズに近しいスタッフだったが)返したし、チャンピオンという社会的地位に相応しい立ち振る舞いも望まれた通りに身に付けた。
自身に向けられる感情にもそれは適用された。羨望の目にはそれに敵うだけの王者の姿を、敬意には払える限りの敬意を、悪意には法に則った正義を、そして称賛を与えられればそれに見合う勝利を返した。
そしてそれに慣れた次にやるべきことは、「貰ったもの以上のものを返す事」らしかった。
今でこそ理解はできているが、幼い頃はその道理がわからなく苦悩したものだ。勝てば皆が喜ぶし、何より俺が嬉しい。それでいいじゃないかとずっと思っていた。勝利して、賞賛されて、また勝利する。それの繰り返しでいいじゃないか、と。それでも、それだけでは駄目だとローズは言う。貰えばそれ以上を返すのだと。それが『チャンピオンでありガラルの英雄ダンデ』の務めらしい。首を捻りながらも彼の言う通りにしてみた。
トラブルが起きればいち早く駆けつけ、プライベートでもファンサービスは欠かさず、パフォーマンスは皆の心を湧き立たせるように派手に、楽しく、わかりやすく。
常に衆人の目がある事を今まで以上に意識してチャンプ然と過ごしていれば、今まで以上に喜ばれて、今まで以上のものを貰った。そしてさらにそれに返せば、またそれ以上を。
与えられたものへの見返りが足りないと感じたり、欲しいものと違うと言ったりする人間達はダンデから離れていく。そういった人々はダンデに何も悟らせず消える事もあれば、法に触れた方法で異議を申し立てる事もある。前者は引き留めることなどできはしない。ただ自分と相手が合わなかっただけの話だ。後者の場合は弁護士や警察を経由して、あくまで『穏便に』離れてもらう。それを繰り返していけば、いつの間にかダンデから返されるものに満足する人々だけが残っていく。
つまりは与え与えられるという行為の均衡が崩れぬように、民衆からの称賛を得ればいいのだ。
教えられた道理になるほどそういう事かとひとり納得して早十一年。雪だるまの様に膨れ上がった「『チャンピオン』のために」渡される想いに絶えず返し続けたまま、ダンデは自身の推薦した一人の子供の手によってチャンピオンの座から引きずり下ろされた。
シュートシティの高層マンション、最上階の一室にダンデの住まいはある。チャンピオン時代はホテル暮らしでガラルを転々としていたが、リーグ委員長兼バトルタワーオーナーとなった今は拠点を定めたほうが効率的だ。そんな判断で秘書に相談してみれば、秘書経由でスポンサーの住宅会社からあれよと言う間に最新セキュリティ設備が揃ったマンションをお薦めされた。特に問題もないし、そのままそこに決めてホテル暮らしとはおさらばしたのだった。
テラス戸から早春の日が差す中、手持ちのポケモンを全て出してもまだスペースが余るほどの広さのリビングの他にも、寝室や書斎などまだいくつかの部屋がある。ダンデ一人が暮らすにはあまりに広過ぎる大きさだった。
「君は何が欲しいんだ?」
シンプルなシャツにジーンズを身につけたダンデは、ソファに腰掛けたまま、背もたれ越しに自分の髪をいじるキバナに問いかけた。
アンティーク調の深い色味をしたソファは、ダンデがオーナーに就任した際、スポンサーである家具会社から貰ったものだ。羽毛が使われたクッションは柔らかくゆったりとした座り心地は、なるほど値段に合っている。確かにこれは良いものだなと貰った当初納得したのを覚えている(これはスマホロトムで写真を撮って秘書に投稿してもらった)。
「
……
はあ?」
Vネックの白いシャツにカーディガン、スキニーパンツのラフな出で立ちのキバナは、一拍間をおいて困惑を多分に含んだ声をあげた。あまり聞くことがない新鮮なそれに思わず振り返りかけて「整えてんだから動くな」と頭を押さえ付けられる。
「オレ様、別に欲しい物なんて無いよ」
「えっ」
キバナはダンデの髪に優しくオイルを浸透させてゆく。花の香りが淡く漂うそれは、人より嗅覚の鋭いポケモン達にも使える自然由来の安心安全なヘアオイルだ。
鼻歌でも歌いそうな程ご機嫌なキバナの様子とは裏腹に、ダンデの脳内は戸惑いと焦燥でひどく揺れていた。だって仕方がないだろう。そんなことを言われては、『自分の務め』が果たせない。
(俺は、キバナに何を返したら良いんだ)
キバナという男からダンデに与えられたものの多さは、十年という月日に応じた以上の量だった。
出会った当初から面倒見が良いなとは思っていた。
初めて会ったのはジムチャレンジでワイルドエリアを彷徨っていた時だった。入って二秒で迷ったワイルドエリアは、まだヒトカゲだった相棒とダンデにはあまりに危険で、特にキテルグマの群れに追われた時は死を覚悟した。どうにかこうにか逃げ果せたがヒトカゲは瀕死、げんきのかけらは逃げている最中に落としてしまうという大失態。それに気付いた時は正直泣きそうで、そんな時に助けてくれたのがキバナだった。
「そんな傷だらけでワイルドエリア歩いてたら危ないぜ、こっち来なよ」
カレーに入れるきのみを取りにたまたま通りがかっただけの彼は、見ず知らずのダンデをキャンプに招き入れて、手際よくヒトカゲの手当てをしてくれた。ヒトカゲが目を覚ますなりキバナの連れていたナックラーと仲良く遊び始めてしまうと、流れで美味しいカレーまでご馳走してくれた。もうそれだけで彼は素晴らしい人だということがわかっていたのに、その後にやったバトルの熱さといったら!力がせめぎ合い僅差で勝ったバトルは、爆発しそうな興奮と焦れるような渇求で溢れ、二度と忘れられないバトルになったのだ。
その後ダンデの方向音痴具合に衝撃を受けたキバナは、ダンデをエンジンシティまで送り届け、一緒に旅していたソニアと合流するまでそばに居てくれた。本当に面倒見が良い。
友人となった後は、一緒にキャンプをする機会があれば料理の仕方を教えてくれたり(残念ながらカレー以外はあまり身につかなかったが)、迷子のダンデを見つければソニアのいる場所まで連れて行ってくれたり(いつの間にか二人の間で緊急連絡網が作成されていた)、次のジムまで連れて行ってくれたりした(キバナはだいたい既にクリア済みだった)。
ダンデがチャンピオンの座に就いてからは、面倒見の良さがさらに増した。
マスコミやスポンサーに囲まれ、慣れない生活に疲れ切ったダンデの前に時折ふらりと現れたと思えば、キャンプに連れ出して周囲の目を気にさせる事無くバトルをしてくれた。
食事は栄養補助食品で済ませていると言えば、きっちり叱りつけた後に食事に連れて行ってくれるし、あまり眠れていないのがバレれば自身が主人となったナックルジムの仮眠室やキバナの家に連れて行かれて強制的に仮眠を取らされた。
何より記憶に残っているのは、ダンデがチャンピオンの王座を手にし、ソニアがトレーナーではなく研究者としての道を歩み始めた時だ。いつも手を引っ張っていてくれたソニアと道が分かれ落ち込んでいたダンデの前で、彼はひとつ宣言をした。
「オレ様はお前を超えるまでずっと挑み続けるからな!」
その言葉を違える事無く、キバナはダンデのライバルとして今までダンデのそばに在る。常にダンデの喉笛を食い千切らんと果敢に挑むその姿は気高く美しく、トップジムリーダーの名に相応しい。
見据える鋭く美しい青い眼が、力強く吼える言葉が、追い続けてくれるというその事実が、どれだけダンデを救い上げただろうか。かつて未成熟で崩れかけたダンデの幼い心を、王を守護する門番の様に、宝を守る竜のように、彼は確かに守ったのだ。
「ダンデ、ちょっと左向いて。うん、そんぐらいで大丈夫」
そして今、バトルタワーのオーナーになってからもそうだ。自分だってジムの経営やトレーニングで忙しいだろうに、定期的に缶詰状態のダンデをタワーから連れ出して身の回りの世話を焼いてくれている。
今日だって繁忙期でろくに帰れず手入れの出来ていない部屋の片付けをして、料理も作ってくれた。そして今は手入れができずごわついていた髪のケアをされている。いつもものすごく楽しそうだし、自分も気持ちいいから止めないが、何故か身体のケアも進んでしてくれるのだ。
そういえば腰掛けているこのソファだって、キバナの手で生き返ったようなものだ。多忙な身であったダンデにとっては宝の持ち腐れという他なく、埃をかぶる状態だったそれを「良い物なんだ、ちゃんと使ってやらないと可哀想だろ」と埃を掃いて、傷みかけていた革の手入れをして使える状態にまで戻してくれた。
それ以来このソファはダンデのお気に入りの場所になった。家に訪れたキバナと座り心地のいいクッションに腰を下ろし、紅茶を飲みながらバトル談義をするのが最近の楽しみになっている。
そう、思い出すだけでもキバナから貰ったものはこんなにあるのだ。なのに今までダンデはそれに少しも返す事無く、キバナは見返りを欲する事も無い。
(これだけ貰っているのに、何も返せないなんて)
ダンデは、かつて自分から離れていった人々を思い出した。
ダンデの元から消えていった彼らのように、キバナが消えてしまったら?この暖かく陽だまりのような場所が消えたら?考えただけで体が凍るような感覚に陥る。彼がいなくなってしまったら、どうして自分は立っていられようか。
「き、キバナ、本当に無いのか?なんでもいいんだ、が、」
今度こそ振り返ると、キバナの顔が想像以上に間近にあった。触れたかと錯覚する程の至近距離で、互いの吐息が唇を濡らす。
「
……
ぁ、」
クラボの実のような赤みが差した褐色の肌が、ナックルの城壁の合間から覗く空の色が溶け出し少し熱を帯びた青い瞳が視界を埋める。ダンデの目に映るそれは確かに美しく、無意識のうちに手を伸ばしていた。
「キバ、ッ〜〜!」
触れるか触れないかその瞬間、首がもげるほどの勢いで身体の向きを前に戻された。あまりの勢いに若干目が回る。
「〜っだから!動くなって言ってんだろうが!」
「すっすまん!」
助かったと思ったのは口に出さずに胸の内に秘める。怒るキバナに慌てて謝るが、思考はぐるぐると混乱したままだ。
自分は今いったい何をしようとしたのだろうか。手を伸ばして触れたその先は?
心臓の動悸が凄まじく、何を言うにも形にならない気がした。場に形容し難い空気が流れて沈黙が落ちる。
「
……
」
「
……
」
「
……
」
「
……
はあ」
キバナのため息で沈黙は終わり、髪をいじる手がまた動き始める。オイルを浸透させた髪は手入れされる前の姿を微塵も残さず、なんの絡まりもなくキバナの細く長い指を通した。
「
……
今までそんなの一回も言ったこと無かっただろ」
どうしたんだよ、びっくりしたじゃん。
驚嘆と戸惑いの色が乗る言葉に、ダンデの絡まった思考が解される。理由も無しにいきなり言われれば確かに疑問に思うだろう。説明を省くのは良くないと口を開いた。
「俺は君から沢山のものを貰ってきたのに、そのくせ何も返すことをしてこなかっただろう」
改めて言うのは少し照れくさいというダンデの様子に、あっけにとられたようなキバナの声が上がった。
「えっお前そんなこと考えてたの?いいよそんなの気にしなくて」
「そんな訳にはいかないぜ!返させてくれ!」
「いやいやいや、マジでいいってホント」
「良くないぜ!だって何か見返りを渡さないと、君は俺の側からいなくなってしまうだろう?」
髪を梳いていたキバナの指が止まり、小さく「は?」と疑問符が飛ぶ。上手く伝わっていないと思い、ダンデは慌てて言葉を付け足した。
「今までもそうだったんだ。俺に何かしてくれたり、物をくれたりする人にはちゃんと何か返さないと、与える側と与えられる側のバランスが崩れれば関係は簡単に崩れてしまうだろ。だから君にも何か渡さないといけないと思ったんだ」
「
………………………………………………
は?」
たっぷりの間を空けた後の言葉は初めて聞くようなあまりに呆けた色をしていた。
「えっと、ちゃんと伝わっただろうか?俺は、」
「ふざけんなよ」
もっと詳しく言わなくてはダメだったかと説明をさらに重ねようとした時、地鳴りのように低い声がダンデの背後から響いた。
「き、ばな
……
?」
さっきと同じ様にこの声も聞いたことが無い。無い、が、これは振り返れない。バトルフィールドでも聞いた覚えのない恐ろしく怒りの籠った声に、ダンデは年甲斐なく怯えた。
「このオレ様が、何か欲しいからお前の側にいるって?見返りがなきゃどっか行っちまう奴だって?そう言いたいのか、ダンデよ」
「ち、」
違うのかと言いかけた口を咄嗟に手で塞ぐ。今言おうとしたその言葉は、なぜかはわからないがおそらくキバナの地雷を思いっきり踏み抜くものであると、ダンデの本能がそう告げたからだ。
「
……
へえ」
だがしかしその行為はキバナにダンデの思考を察させるには十分な証拠となり得た。
「
……
お前の中で、オレ様はお前を囲む有象無象と同じだったんだな」
髪に触れていた指が離れ、絞り出す様に吐き出されたその言葉は湿り気を帯びていた。まさか泣いているのではと後ろを向くと、キバナは涙が浮かんだ眦を吊り上げた険しい目つきでダンデを見据えていた。
「そんな、」
「馬鹿にすんのも大概にしろこの情緒未成熟人間一年生野郎!」
訳ないだろうと続けようとした言葉は、突然の鼓膜が破けるのではないかという程の大声に遮られた。耳どころか脳が痺れる感覚は、湖を荒らされ怒り狂ったギャラドスの叫び声を聞いた時以来だ。
「〜〜〜ッ何だ⁈」
「バトル馬鹿!生活力皆無人間!腕力キテルグマ!」
「本当にいきなりなんだ酷くないか⁈バトル馬鹿は君もだろ!」
「オレ様全く酷くないもんね!酷いのはお前だバーカ!ちょっとはバトル以外にもスキル振れ!」
「もんってなんだもんって!いい歳した成人男性が!あと生活力に関してはもう諦めてくれオレには無理だ!」
「うるっせーバカ!ロジハラやめろ!せめてカレーぐらい作れるようになれ!」
「ろ、ロジ
……
?」
キバナは乱れたダンデの髪をさっさと整えると、「帰る!」と言うなり上着を着るのも忘れて窓を開ける。フライゴンをボールから呼び出し、その背に飛び乗るまでのスピードは何のかはわからないが世界新を狙えそうだ。呆然としていた思考を振り払って慌ててベランダに出たときには、もうその背は点となっていた。
あそこまで離れたら流石にもう追いつく事は出来ない。それ以前に、あんな様子のキバナは初めてで追おうという考えがダンデの脳内には存在しなかった。
(
……
あんなに怒ったキバナ、初めて見た
……
)
普段は至極温厚で、声を荒げる事などほとんどない。ファンにはいつもにこやかに、アンチには毅然とした対応を。そして何より、バトルで今にも喉笛に飛び掛かり食い破らんとする壮烈な姿と、自分と接する時に浮かべる春の日差しの様に穏やかな笑み。それがキバナに内包された全てだと思っていた。だが、十年以上一緒にいて知った気になっていたそれもどうやら思い上がりだったらしい。
目に涙を浮かべて、感情を剥き出しにした声を上げ振り返る事もなく去っていく姿が脳裏から消えない。
(
……
これはもしかして、嫌われたというやつなんだろうか)
もうまったく姿が見えなくなってしまった空を見上げたまま、まともに働かない思考を必死に回して辿り着いた答えはダンデにとって絶望でしかないものだった。
ベランダで立ち尽くすダンデを心配したのか、ボールからリザードンが出てきてグルルと喉を鳴らしすり寄って来る。やさしいなありがとう、でもすまん今ちょっとこんらんして動けないんだ自分に攻撃しないだけ褒めてほしい。頭の片隅に残った冷静な自分が辛うじて優しい相棒の頭を撫でた。
春先に吹く風はまだ少し冷たく、おかげでようやく冷えた頭で自分の行いを振り返る。
怒らせて、泣かせた。自分が、あの優しく気高く美しい彼を。
本当に端的に言えばこれだ。事実をしっかり反芻したら、罪悪感やら後悔やらなんやら色んな感情がごちゃ混ぜになったものが、思いっきり心臓にのしかかって来る。やらかした。完全にこれは俺が悪い気がする。だってあんなに温厚な彼が理由も無しに怒るわけがないのだ。
ただ残念なことに、ダンデにはキバナがどうしてあんなに怒っているのかがわからなかった。「馬鹿にするな」とも、「ダンデはキバナと有象無象は同じだと認識している」とも言っていたが、彼がどうしてそう思ってしまったのかもわからない。
キバナほど優れた男を馬鹿にした覚えはないし、至高のライバルを他の群衆と同じに見ている訳が無い。むしろ他の人間たちと同様に離れてほしくないから、彼が望むものをあげたいと言ったのに。
考えても考えても辿り着かない正解は、一体どうすれば手繰り寄せられるのか。バトルならこうはならない。バトルであれば勝利を手繰り寄せるルートをいくらでも掴み取れるのに、バトルじゃないからこうなってしまう。ああもうなんだか泣けてきた、どうすればいいんだ。
すんっと鼻を啜っていると、リザードンがグイグイとピスポケットに入ったスマホロトムを頭で押した。
「痛いロト!何するロト!」
「す、すまんロトム!」
「ばぎゅあ!」
抗議しながら飛び回るロトムに謝ると、「次やったら黒歴史ばらまくロト」と言いながら許してくれた。ロトムとは結構長い付き合いだが、一体何をばら撒かれるのか。冷や汗がすごい。
「あー
……
で、リザードンは一体何をしたかったんだ?」
今までのやり取りはボールの中から聞いていたはずで、まさかキバナに連絡を取ってみろだなんてことはないだろう。首をかしげるとロトムに向かって一鳴きした。
「ふむ
……
誰かに相談してみたらって言ってるロ」
「相談
……
」
確かに辿り着かない答えに一人で延々と悩み続けても仕方がない。名案だとは思うが、しかしここで問題が一つ。こういうことで相談できる相手とは?親交があるといっても流石に他のジムリーダー達に話すには些か憚られる内容だし、ホップや新チャンピオンにまさか話すわけには。
そこまで考えて、ふと脳裏によぎったのはオレンジの髪の幼馴染。
「
……
ロトム、ソニアに連絡取ってみてくれ」
最近はお互いに忙しく、話す機会もめっきり減った。久々の話題がこんな話なのは申し訳ないが、今頼れるのは彼女だけなのだ。
「オッケーロト〜!」
ロトムが元気に返事をしながらソニアに電話をかける。三コール目で発信画面が白衣姿のソニアに映り変わった。
『ダンデ君?久しぶりじゃん!どしたの?』
彼女の元気な姿と朗らかな声に安心して、完全に涙腺が緩んでしまった。かろうじてこぼれずにいた涙がポロリと落ちる。
「
……
ソニアぁ
……
」
『えっちょ、うそやだ、ダンデ君泣いてるの?明日嵐の予報あったっけ』
「明日のワイルドエリアは全域晴れから曇り時々雪に変わってたぜ
……
」
『え、それ本当?フィールドワーク延期しないと
……
違うそうじゃない』
どうしたの、何があったのと心配そうに訊ねる彼女にビョッと効果音が付きそうなぐらいに涙が出た。今自分の顔はものすごいことになっているに違いない。
「ソニア
……
俺もうダメかもしれない
……
どうしたらいいのかわからないんだ
……
」
『そんなに思い詰める事あったの⁈ダンデ君に⁈』
「あった
……
」
『
……
研究所来れる?』
ぐしゃぐしゃの顔のまま「いぐぅ
……
」と言えば、「そんな顔したピカチュウの映画あったね」と苦笑いされた。
ダンデがリザードンに乗って研究所まで行くと、ソニアとワンパチが出迎えてくれた。着いて早々にあったことを話し始めれば、ものすごく深い溜息をつかれた。
「いやぁ
……
なかなかやっちゃったねダンデ君」
「何をだ
……
俺は何をやっちゃったんだ
……
」
呆れたように顔をしかめるソニアの言葉は、ダンデの心をしっかりと右ストレートで殴った。本当に何をやっちゃったのかわからないのだ。淹れてもらった紅茶に口をつけることも出来ず机に突っ伏した。
「本当にわかんないの?」
「あまり俺を見くびるなよ、情緒未成熟人間一年生だぞ」
「さっきまで泣いてたくせにこの堂々とした態度何
……
?誰が言ったの、それ」
「キバナ」
「流石ね、言い得て妙だわ」
「否定してほしかった
……
!」
否定する理由が見つかんない。そう言って紅茶を飲む仕草は嫌味なほど上品で、グギギと歯を食い縛る。
「ていうか、私もめちゃくちゃ悲しいし」
「⁈なんでだ⁈」
なんでもないように話すそれは、決してなんでもないことでは無いだろうに。椅子を蹴倒す勢いで立ち上がると「床傷ついてないよね」と彼女は眉を顰めた。
「だってダンデ君の言ってるそれはさ、ビジネスじゃん」
「ビジネス?」
「そ、ビジネス」
手で椅子を示され改めて腰掛けると、ソニアは少し重たそうに口を開いた。
「『チャンピオンダンデ』や『ダンデオーナー』には、まあ打算的って言ったらそれまでだけど、そういう与える側与えられる側とかの関係がさ、必要だとは思うよ。だって仕事だし、私だって『ソニア博士』としてならやるもの」
かちゃりと小さく音を立ててカップをソーサーに置く。ミルクの溶けた薄茶色の水面を見つめるミントの目は、どこか寂しげな雰囲気を乗せていた。
「
……
ダンデ君の周りにはさ、確かに『チャンピオンダンデ』や『ダンデオーナー』に見返りを貰うために何かしてあげる人とか、見返りが無いと離れていく人がいたんだろうね。
……
たぶんだけど、タイミング無かったから聞かなかっただけで、私もそうだろうって思ってるでしょ」
カップから上がった視線は「もうわかってる」と言っているようで、違うと言えずに頷くと「やっぱりね」と笑われた。
「仕方ないよ、だってずっとそうだったんだもんね。そうしないといけない世界にずっといたんだもん、勘違いだってしちゃうよ」
でもね、と続けるソニアの目には寂しさはなく、穏やかさだけがそこにあった。
「ジムチャレンジ中に迷子のダンデ君を助けたり、料理を作ってあげたりしたのは別に何か返してほしかったからって訳じゃないんだよ」
「じゃあ、なんでだ?」
「私がそうしたかったから。だって友達でしょ、私達」
ダンデの疑問に当たり前だと肩を竦めて返すソニアは、迷子の自分を迎えに来てくれたあの頃と何も変わっていなかった。
「私がしたかったの。見返りのためじゃない。私のために、私の友達に何かしてあげたかった」
「
……
」
言葉が出なかった。
傲慢だと思った。自分がしたいからするのだという、泣きたくなるほど美しい、相手に何を求めることのない混じり気のない傲慢さ。いつかの自分も、そんな傲慢さを持っていたのだろうか。
「
……
全部が、さ。損得とか、ビジネスとか、そういうので埋まっちゃうのは、
……
なんて言ったらいいんだろ、」
白くて細い指が絡まり、視線がそこに落ちる。
「
……
すごい悲しくて、寂しいことだと思う」
ソニアは慎重に言葉を選ぶ。きちんとダンデに伝わるように。
「私やキバナ君は、ダンデ君が『そうじゃない』時を知ってるから余計にそう思うんだ。ビジネスの関係じゃない、ただのダンデ君との関係を大切にしたかった。だからキバナ君は怒ったんだと思う。
……
ダンデ君のこと、大切だから、寂しくさせたくないから」
あくまで私の想像だけどねと言う彼女に首を振る。
彼女はいつもそうだった。わからないことを教えてくれるとき、必死に言葉をかみくだいて、なるべく多くが伝わるように努めてくれた。だからこそ、飾らない彼女の言葉はダンデに確と届く。
冷めた紅茶を一口含む。渋みが増したそれは今のダンデの心境を表しているようだった。カップを置く手つきは丁寧で、しかしその表情はひどく寂寥感に満ちていた。
「
……
キバナがいなくなったら、俺はきっとすごく寂しいんだ」
想像してみただけで凍りついた体は、振り返ることなく去っていくキバナを見てごちゃ混ぜになった心は、確かめるまでも無く喪失感と寂しさに満ちていた。
「俺にたくさん大切なものをくれて嬉しかった。一緒にいてくれて嬉しかった」
キバナがダンデの心を守ってくれた。ダンデに心休まる暖かい場所を与えてくれた。意図的でも意図的でなくてもその事実は変わらない。だからそれに報いたかった。
「これからもずっとそばにいて欲しいから、その代わりに俺はキバナの欲しいものをあげたかった。
……
でもそれは間違いだったんだな」
繋ぎ止めたい一心で言った言葉が結局キバナを傷付けた。全く本末転倒もいいところだ。
「間違いなのは後者だけ」
ソニアは机に行儀悪く頬杖をつくと、子供に言い聞かせるように優しく言った。
「嬉しかったから何かお礼したいっていうのは間違いじゃないよ。見返りとお礼を一緒くたにするのは、嬉しいって感じたダンデ君の気持ちに失礼でしょ」
「
……
そうか、そうだな。すまない、ありがとう」
正してくれるソニアに感謝して、顔を手で覆い深く息を吐く。どれか一つを間違えたからといって何もかもが間違っているわけではないのだ。バトルだって人間関係だって、それは変わらない。
普段ならそんなことわかっているはずなのに、どうにも冷静でない脳が思考を邪魔する。
「
……
あー、なんか今ダメだ
……
」
「んふふ、珍しく冷静じゃないねダンデ君」
「その通りだよ
……
」
顔を覆う指の隙間から彼女を窺う。とても嬉しげに笑う彼女に無意識に緊張していた体から力が抜け、覆っていた掌をひらひらと動かす。
「降参するから笑うのをやめてくれ」
「はあい。
……
ふふ、ダンデ君自ら自分の負けって言うの、初めてじゃない?」
「
……
別に、ポケモンバトルじゃないからな」
「んっふふふ、そうね。バトルなら意地でもやり通すもんね」
笑うのをやめない彼女に口がへの字に歪む。なんでそんなに嬉しそうなんだと問えば「人間三年生ぐらいには上がったから」らしい。どういうことだ。
「しかしだなソニア」
キバナがダンデに怒った理由はわかった。だが解せないことがまだ一つだけ。
「なあに、どうしたの?」
「その
……
キバナが俺にしてくれてる事は、はっきり言って友人の域を超えてる気がするんだが」
部屋に泊まったり、料理を作ったりまでならまあまだ友人同士でもあるだろう。だが部屋の片付けや体のケアまでされている現状は、正直言ってそれを超えた関係なのではないかという疑問がある。
「うん、そうだよ、超えてる。よかったちゃんとわかってた。気付いてなかったらどうしようかと思った」
「流石の俺でもそれぐらいはわかるが⁈」
「いやどうだろ、ダンデ君ならあり得るかなって」
「ひどいぜソニア
……
」
恨めしげに名前を呼ぶとまた笑われて、「ふてくされないの」となだめられる。
「ダンデ君は迷惑?キバナ君に世話焼かれるの」
「いや、むしろ嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。ずっと俺の世話を焼いていてほしい」
「びっくりした、急に欲に素直になるじゃん
……
」
「
……
でも何故そこまでしてくれるんだ?面倒見が良いにも程があると思うんだが」
そこが本当に疑問なのだ。確かに自分とキバナはライバルで、唯一無二と言っても過言では無いと思っているが、本当にそこまでされる理由がないのだ。
「まあ正直、放置しといたらまともな生活しなさそうっていうのもあるとは思うけど。ワーカホリック気味だし、ポケモン以外に興味ないし」
「うっ
……
」
ぐうの音も出ない。生活力の無さは筋金入りだし、やってもやっても湧いて出る仕事を片付けるために三徹などもザラだし、正直ポケモンバトルのことだけ考えて生きたいとも思っているから自分のことは疎かにしがちだ。確かにこれは心配もされるだろうなと、売り言葉に買い言葉で反論してしまったキバナに内心謝る。
「なんというか、言葉も無いな
……
身の回りぐらいはもう少し自分でどうにかできるようにしないと、流石に駄目な気がしてきた」
笑顔だったソニアの目が一瞬彷徨った。どうしたのかと首をかしげると、何かに納得したように頷いた彼女は口を開く。
「確かにそれはどうにかした方がいいけど、やっぱ一番の理由はさ、
……
キバナ君がダンデ君のこと愛してるからだと思うよ」
「
……
へ?」
自分は随分と気の抜けた顔をしているんだろうなと、どこか客観的な自分が思う。
(キバナが俺を、愛してる)
ソニアの言葉を反芻する。キバナが、ダンデを。
言葉の意味を理解した瞬間、頭に血液が集中しているのではないかという程の熱を感じた。
「ちょっと待ってくれ
……
」
長年の「人が良い」では表せないほどの甲斐甲斐しさも、今日一瞬だけ見えた熱を帯びていた瞳と赤く染まった表情も、全部彼が自分を愛しているから?
考えれば考えるほど心臓が痛いほど高鳴っている。
「
……
ん?」
が、ふと冷静になって考えると、今自分はそんな風に浮かれている場合では無いのではないか。
「
……
ソニア、俺は今日キバナにかなり酷いことをしてしまったのでは無いだろうか」
無いだろうかでは無い、したのだ。自分を想って、愛してくれた彼を無下にして、泣かせた。背中に冷や汗がびっしりと流れる。今は心臓の鼓動が別の意味で早い。
(キバナが怒った原因はわかっても、流石にこれは嫌われてしまったのでは
……
)
「まあ、まずは謝ることだよね」
「ナックルに行ってくる」
「決断が早い
……
」
急いで紅茶を飲み干すと、勢いよく椅子から立ち上がる。
「すまんソニア、相談に乗ってくれてありがとう!」
「どういたしまして」
研究所の外に出てリザードンを出し、ナックルまで頼むと頭を撫でる。元気よく一鳴きしてダンデを見つめるその視線はとても頼もしいものだった。
「ソニア」
ふとリザードンに跨ろうと掛けた手を止め、振り返る。
伝え忘れていたことがあったと言うと、訝しげに首をかしげる彼女に笑いかけた。
「俺は君がいなくなっても、きっとものすごく寂しいと思うんだぜ」
幼い時からずっと一緒で、どれだけ迷子になっても絶対に迎えにきてくれた心優しい幼馴染。一緒にジムチャレンジを駆け抜けて、いつしか進む道を違えてもダンデとの関係を大切にしてくれた優しい彼女に、これだけは伝えたないといけないのだ。
「
……
うん」
ただ一言のダンデの言葉に目を瞬かせたソニアは、嬉しそうにふわりと笑った。
「うん、ありがとう」
いってらっしゃい、ダンデ君。
その言葉を背に、ダンデは今度こそリザードンに乗って空へと羽ばたいた。
キバナの自宅まで行こうとナックルシティの上空まで来ると、ナックルジムの城壁の上に見慣れた長身が佇んでいるのが見えた。
リザードンに指示を出してその近くに着陸してもらうと、キバナは途方にくれたような目でダンデを見ていた。
「ちょっとは日を置くとかないのかお前は」
「無い!」
「元気ぃ
……
」
溜息を吐くキバナに一息に詰め寄ると、力一杯抱き締めた。
「ッおい!何すんだこのっ、」
「すまなかった」
謝罪の言葉に引き剥がそうと抗っていた動きが止まる。彼が何を思って静止したのかわからないが、それをいいことに抱き締めたまま話を続けた。
「君がどんな気持ちで側にいてくれていたのかも考えずに、俺の勝手な言葉で傷付けた」
本当にすまない。それだけ言うと、抱き締める腕に力をこめる。キバナの体は冷え切っていた。それもそうだろう、まだ冷え込むこの季節に、こんな薄着でワイルドエリアからの風が直に当たる城壁の上にいるのだから。日が沈んできているし尚更だ。
少しでも冷えた体が暖まればいい、そう考えていたらダンデの背中に控えめに腕が回された。
「
……
めちゃくちゃ体冷えてるじゃん」
こんな時まで気遣って、キバナは優しくダンデの背をさする。
「君ほどじゃないぜ」
「こんな寒いのにそんな薄着で空飛ぶ奴いるかよ」
「君もだな」
「
……
」
決まり悪そうに黙る彼の腕は背中をさすることをやめて、ダンデのシャツを握り締めた。
「
……
いいよ、オレ様も怒鳴って悪かったな」
でもせめてカレーは作れるようになれ。ぼやくように言われた言葉にはいつもの穏やかで柔らかい音が乗っていた。
抱き締める力を緩め彼の顔を覗き込むと、昼間見たような熟れた顔。
「なあキバナ、君は俺のことを愛しているのか」
三拍程の間の後、逃げようとするキバナと逃がさんとしがみ付くダンデのギチギチと音が鳴りそうな程の攻防戦の末、軍配が上がったのは腕力キテルグマと称されたダンデだった。
「逃げないと約束するなら離してやるぜ!」
「わかったから逃げないから手を離せ!もげる!胴体もげる!」
逃げることを諦めようやく解放されたキバナは、ふてくされた子供のように口を尖らせた。
「お前それさ、誰から聞いたの」
「ソニアだ!」
「正直だなおい」
呆れた様子のキバナに額を小突かれる。
「少しぐらい見栄張って『自分で気付いたんだぜ!』とか言ってもいいんだぜ」
「嘘ついたら気付くだろ、君」
「そりゃあそうだ。人間一年生のお前が自分でそこに辿り着ける訳がない」
さも当然と言うような声にムッとする。
「失礼だぜ、今は三年生ぐらいに上がった!」
「そういうのは胸張って言わないの〜〜〜!そういうとこだぞお前〜〜〜!」
魂が出ているのかと思うくらいの長いため息が終わると、不意にキバナの長い指がダンデの目元を撫でた。
細く長くしなやかで、しかし厚い皮で覆われたそれには細かい傷がまだらにある。それは愛しい相棒たちを愛し続けてできたもので、ダンデにはこの世で一等尊く美しいものに見えた。この美しい指に触れられるのは、きっとガラルで一番の栄誉なのだ。
「
……
泣いたの?」
「ん?ああ
……
」
どこか苦しげな表情のキバナに、なんでもないと言うことはできなかった。
「君を失うかもと考えたら、怖くて泣いてしまった」
チャンピオン時代の笑顔の上手さはどこに行ったんだと思うほど、不器用な笑顔になっていることにダンデは気付いていた。
「随分とごちゃごちゃ考えてしまったけど俺は、ずっと君と一緒にいたかっただけなんだ」
泣いた自分のことを情けないと思うことはしない。だって本当に怖かったのだ。笑う目が、触れる指が、喰らい付かんとする牙が消えるかもしれない不安から放った言葉。それが原因で現実になりかけた恐怖は、もう二度と味わいたくない。
「
……
お前を好きになったの、いつからかはわかんない」
ぼそりと呟かれた言葉に、微笑む表情に目を奪われる。どこか寂しげに見えたのは、差し込む夕陽のせいだろうか。
「いつの間にか目で追ってて、『こいつをひとりにしたくないな』って思った。ソニアに相談したら『好きって事じゃないの』って、それから」
気恥ずかしそうにする彼は、それでもダンデから目を離そうとはしない。青い目が溶けるように細められた。
「ソニアには言ったんだ。ダンデに言うつもりはないって」
「どうして、」
「実る事だけが幸せじゃないんだよ。ソニアにはもどかしすぎるって言われたけど、現にオレ様はすごい幸せだった。
……
まさかダンデが気にしてるとは思わなかったが」
優しく笑う彼に「みくびりすぎだぜ」と返すと、「それは本当にごめん」と謝られた。
「
……
なあ、ダンデ」
空気が夕の冷たさを含んで頬を撫でる。キバナの冷えた頬に手を添えると、それに導かれるように彼の額と自分の額がこつりと合わさる。冴えた視線がダンデを貫いて、一瞬のうちに瞼の裏に隠された。
「
……
損得だけの関係なんてごめんだ」
「ああ」
「叩きのめしたいのも、ひとりにさせたくないのも、
……
お前のことを愛したいのも、全部自分の為だ」
「
……
ああ」
「誰がお前のためなんて言ってやるか、自惚れんな」
「
……
ああ、わかってる」
傲慢なまでに献身的なその愛は、羨ましくなるほど美しい。そしてそれは、いつかの自分が持っていたものでもあったのだ。
「
……
キバナ」
幼い自分がどこかに忘れてきたその傲慢さを、今拾い上げてもいいだろうか。
「俺も俺のために、君を愛してもいいだろうか」
離れて欲しくないから渡すのではなく、愛したいから愛すのだ。
「バカダンデ。
……
勝手にしろよ」
それはお前のものだろう。
嬉しそうに笑う彼に返事をするように、微笑みを浮かべた唇にキスをした。
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