俺は猫である。名前はエンデヴァー。某有名すぎる小説の冒頭を真似したが、特に意味はない。猫の自己紹介といえばこれしか思いつかなかったのだ。
野良なので名前をつける飼い主はいないのだが、そう名乗っている。名乗ると言っても猫だからエンデヴァーと言ったつもりでもにゃあとしか言えないのだが…
ならなぜエンデヴァーという名前なのかというと、俺には前世というものがあって、その前世の職業上の呼び名がエンデヴァーだったのだ。
そう、俺には前世の記憶がある。前世、俺は個性という超能力のようなもののある世界で、ヒーローというものをやっていた。ヒーローとは、まあ説明せずともわかる通り、悪いことをする敵を捕まえる職業で、その世界では個性での犯罪が絶えなかったため、警察とは別にそう言った犯罪を取り締まる職業が生まれた。それがヒーローだ。
今世に生まれた今思うと、とても物騒な世の中だったと思う。もちろん個性を良い方に使うこともあって、今よりも発展した文明ではあったような気はするが。
俺は前世、償っても償いきれない罪を犯した。自身の願いを執着に変え、その執着に家族を巻き添えにした。妻は精神的に参り病院に入院し、長男は俺の望みに身を焦がし、真ん中の子2人は歪な家庭環境で怯えて暮らし、末っ子は俺からの虐待にも及ぶ訓練の犠牲となった。
長男はその結果大量殺人を犯した。
だから、こうして猫である俺は呑気に今世を謳歌しているが、この状況に甘んじていいのかは果たしてわからない。
そんなことを常に考えていたのだが、生きている限り腹は減る。野良であるから餌には自力でありつかねばならない。幸い近所に猫の世話をしたがる人間がいるので、その人間のところへ今日も行こうと申し訳程度の毛繕いをした後身を起こすと、上空から声が聞こえた。
「エンデヴァー…さん?」
俺は冒頭でも言った通り猫だ。そして名はエンデヴァー。だが俺が猫である限りエンデヴァーはにゃあという発音にしかならないわけで、つまり他の者に自身の名を伝える手段はないわけで、その名をわかるのは俺と同じ────
(ホークス…!?)
俺は声のした方を恐る恐る見る。すると俺の前世での同僚に当たる男、ホークスがそこに口をあんぐりと開けて立っていた。
(なぜ俺がエンデヴァーだと分かった?)
それから2人ともしばらく固まった後、お互いがエンデヴァーとホークスであることを何度も確認して、涼しい場へと移った。(もう初夏だ、車の下で冷を取る季節が始まる)
ホークスにはなぜか念じると己の言いたい内容が伝わることが発覚したため、その方法で意思疎通を図っている。
「え?わかりますよ!ガチファンなめんといてください」
(…)
「と、いうのは冗談で、なんとなくビビッとですかね。俺もよくわかってないです」
そしてこう続ける。
「でもびっくりしましたよ〜、エンデヴァーさん探しても探しても見つからないんですもん。他の皆さんにもいろいろ聞いたりしたのに一切情報ないのあなたくらいですよ。まさか猫になっていたなんて」
そう言いながらコンビニで買ったらしき唐揚げを食べようとする。
「…あ、エンデヴァーさん食事とかどうしてるんです?唐揚げ食べます?いやでも今猫だもんな…」
そう言われて今日の食事の機会を逃したことを悟る。しまった、と悔やんでいるとホークスは俺に「少し待っててください、」と言い残しどこかへと行った。
少しして戻ってきたホークスは、唐揚げの袋とは別に新しい袋を下げていた。
「エンデヴァーさん、これとかなら食べられますか?」
そう言いながら出してきたものは、俺の野良生では到底お目にかかれない高級キャットフードだった。
俺はつい前世人間だったことも忘れて、目を爛々と光らせホークスに早く開けるよう催促した、喉をゴロゴロと鳴らして。ホークスはそんな俺をみて一瞬固まったので俺も我に返り
(…俺のために買ってきてくれたのだろう。ありがとう。よければ腹が減っているから早くくれないか)
とそう念じた。ホークスはなぜか顔を赤らめて「猫の本能に負けるエンデヴァーさんっっ…写真撮っとけばよかった」などとぶつぶつ言っていたような気がするが、腹が減っていてそれどころではなかった。
「腹も膨れたところで、エンデヴァーさん、これからもずっと野良のままでいるつもりですか?」
(?)
「いやあその……エンデヴァーさんがそのままでいいならいいんですが、よければ俺と…その…暮らすのもありじゃないかなぁって」
(…気持ちはありがたいが、やめておく。俺は存外今の暮らしが気に入っている)
「…そうですか」
(それに)
「?」
(家族の皆も気になる。皆の様子を確かめるまでは野良で情報収集しないとな)
そう念じると、ホークスは一拍置いてこう言った。
「………俺、エンデヴァーさんのご家族と、連絡とってますよ?」
ホークス曰く、前世の家族は、叔母と甥姪の関係らしい。
ホークスが俺の消息を知る手掛かりを探している最中に彼、彼女らを見つけたというのだから、本当に見聞が広いというのかなんというのか…
子供らは今、冷と一緒に暮らしているらしい。詳しいことはわからないが、仲睦まじい様子だそうだ。
それを聞いた俺は安心した。また前世の俺みたいな、父親とも呼びたくないような人間と暮らしているようであればどうしようかと考えていたからだ。
俺はホークスに一目でいいから家族を見たい、と無理を言った。仲睦まじく暮らしていると言っても、実際に彼らが現世で元気にしている姿を見るまではまだ完全には信じきれていない自分がいた。ホークスはしばらく何か考えたのち、「ん〜〜〜〜…わかりました!他でもないエンデヴァーさんの頼みですからね、なんとかしてみます」そう承諾してくれた。
(本当か!ありがとう)
「ただし」
(?)
「俺の満足するまでもふらせてくれたら、ですけどね」
(何!?)
「お願いします!エンデヴァーさんのその腹毛が俺を誘惑してならんのです!!一回でいいから!!先っぽだけだから!!」
「俺は野良だぞ!?風呂にも入っていない!!先っぽだけってなんだ!!!」
「今世でも芳しい匂いのエンデヴァーさん…!大丈夫です、俺エンデヴァーさんならどんな臭いでも受け止めます。あなたへの愛は臭いなんかで揺らぐことはありません!!」
その後、元轟家に会いに行くためにも風呂には入っていたほうがいいのでは、とうまいこと丸め込まれて結局俺はホークスの家で洗われることになった。
「エンデヴァーさん、冷さんに連絡したら早速今日大丈夫ですって」
ホークスに散々もみくちゃにされながらドライヤーで乾かされた後、俺はぐったりとしてホークスの用意してくれたクッションの上で寝そべっていた。
ホークスは満足気に鼻歌を歌いながらスマホで電話をかけ、冷への約束を取り付けてくれた。
(すまない。ありがとう)
「いえいえ。存分に礼は弾んでもらえましたし」
そう言いながらニコニコ笑うホークスに若干恐れながら俺は聞く。
(冷にはなんと?)
「以前会った時忘れ物してて。それを取りに行きますって」
(冷たちは…記憶はあるのか?)
「ありますね。俺たちが知り合ったのもエンデヴァーさん、あなたを探す目的が冷さんやご家族にもあったからですよ」
(…)
それを聞いて俺はなんとも言えない気持ちになる。あれだけのことをしたのだ。今世でくらいは俺のことなど忘れて人生を謳歌していてほしいと願っていたのに…
俺が物思いに沈んでいると、それを汲んだかのようにホークスは明るい声を出してこう言った。
「エンデヴァーさん、せっかく会うんですから、何か土産でも持って行きますか?相手がエンデヴァーさんってわかるかわかりませんけど、こっちは前世ぶりなんですから何か持って行きませんか?」
(…そうだな、花でもいいか?)
俺はホークスが買ってきたペットケースに入り、ホークスと一緒に電車に揺られていた。
「後2駅くらいですよ。喉とか乾いてませんか?大丈夫ですか?」
(大丈夫だ)
「前世なら2人で飛んですぐなんですけどね。まあでも俺としては嬉しいです。エンデヴァーさんとこうしてゆっくりできて」
(大丈夫か?独り言の多い人間だと思われないか?)
「ぶっははは…いいんですよ、人にどう思われようと。ペットに話しかける飼い主バカとしか思われないでしょ、たぶん」
(ペットに敬語で話しかける人間はそういないが…)
「でもエンデヴァーさん、見た目がまさにエンデヴァー!って感じですごいですね」
(どういう意味だ)
「赤い長毛に青い瞳、日本の猫にしてはでかい体躯。俺びっくりしましたよ。直感がなくてもたぶん見た目でわかったと思います。あ、エンデヴァーさんて品種とかわかりますか?なんか血統書とかついてそうな見た目ですよね」
相変わらずペラペラ喋るやつだ、と思い何も答えず鼻だけ鳴らした。
そうこうしているうちに、降りる駅まで電車が俺たちを運んでいた。
ホークスは駅を出てる人通りの少ない住宅街に出ると俺をペットケースから出して、「一応離れたら危ないんで」と言いながら、猫用なのかよくわからない体にベルトを巻き付けるような形状をしたリードを俺につけた。
俺が、今世でも前世でも入ったことのない暗く狭い密室で思いの外ストレスを溜めていたのがわかったのだろうか。そして、猫である俺の歩みに合わせるように、ホークスはゆっくりと歩く。気を使ってくれているのだろう。
猫の気持ちもよくわかるやつだな、と思う。
しかし俺は今まで前世で関わりのあった人間の誰とも会ったことがなかった。お互い見かけたことはあったのかもしれないが、ホークスのように俺にすぐ気づくこともなかったし、こうして意思疎通することもなかった。
果たして家族たちはどうなのだろうか。きっとホークスのように意思疎通もできなければ俺に気づくこともないと思う。だがそれでいいと思った。俺は冷や子供たちが今を幸せに生きているのならそれでいいと思うし、そこに俺はいなくていい。いや、いないほうがいいのだ。
「ここですよ」
そうホークスがいい、立ち止まる。俺は思考に沈み、下を向いていた顔をあげ、前を見た。
こじんまりとした一軒家。築20年程度はあるだろうか、少し古びているがよく手入れされた趣のある家だった。表札には氷叢とあった。
ホークスは躊躇うそぶりも見せずインターホンを押す。
俺は自分で来たいと言っておきながら急に恐ろしくなり、ホークスが手に持っている花を持ち替えるためリードを置いた瞬間に花を奪い取り、脱兎の如く逃走した。
「あ!エンデヴァーさん!!」
ホークスは俺を追いかけようとしたが、扉を開けて出てきた者(おそらく冷だろう)の応対をしなければならなかったので、それは失敗に終わった。
(俺は何をしているのだ)
自分から来たいとホークスに無理を言ったのに、そうしてここまで連れてきてもらえたのに、いざそれが叶いそうになると逃げ出してしまうとは…
自己嫌悪に陥りながら庭をトボトボと歩いていると、リンドウの花が目に入った。青紫の凜とした佇まい。今世でもこの花が好きなのか、俺がホークスに言って買ってもらった花はピンクだから、被らないでよかった。まあ渡す前に奪って逃げ出したのだが…
そんなことを考えながら庭の花を眺めていると、前世何度も感じたひりつくような空気を感じた。
俺は前世での経験と今世での猫の本能で咄嗟に物陰に隠れる。
「マジでここ狙うんすか?金持ってそうに見えませんけど」
「ここはあの氷叢家の娘の家だ。持ってるに決まってんだろ」
「そうっすかねえ…」
男2人がそう言いながら取り出したものを見て確信する。バールとロープ、ガムテープ。いかにもな強盗だ。どうやらこの家に押し入り強盗しようとしているらしい。
咄嗟に体が動いていた。
その男らに飛びかかり、体を駆け上がり目を中心に引っ掻く。この体ではどうしても力では敵わない、だから、スピード勝負に出た。
「うわっなんだこの猫!?」
「この家の猫か!?くそっどけ!!やめろ!」
(ホークス!!!強盗だ!!男2人!)
どこまで俺の念が届くかはわからなかったが、とにかくがむしゃらに念じた。すると家の中からドタドタとした音が聞こえた。おそらくホークスの向かってくる音だ。
それに少し気を取られたのがいけなかった。
「このクソ猫!!!」
男が下からバールで俺の左目元を抉りながら俺を放り投げる。目の痛みと放り投げられ頭が揺れたことでまともに起き上がれない。
だが絶対にこの不届きものらをこの家に入れてなるものかと、最後は頭だけになっても噛みついて止めて見せようと睨みつけたところで、ホークスが後ろから男らを足払いして転ばせた。そして男らが持っていたロープで手際よく縛り上げると、ホークスは一目散に俺の元にやってきた。
「エンデヴァーさん!エンデヴァーさん!!大丈夫ですか!?早く病院に…」
(ホークス…頼みがある)
「なんですか!?あとで聞きますから、今は早く病院に…」
(ホークス、俺を冷たちと会わせないでくれ)
「え…?」
(すまん。俺がいったことだが、やはり俺は会わないほうがいいと思った。今日はもう帰ろう)
「…っわかりました、わかりましたから今から病院に行きますからね!」
(ああ…頼む…)
そこで俺の意識は途絶えた。
俺は目が覚めるとクッションの上にいた。
どうやらここはホークスの家らしい。俺は辺りを見回しホークスを探す。すると物音に気付いたのか隣の部屋からホークスが顔を出した。
「エンデヴァーさん!!!」
ホークスは俺を見るや否や俺に飛びついてきて、泣きそうになりながらどれだけ心配したのか、もう目が覚めないんじゃないかなどずっと喚いていた。俺は(少し落ち着け)
と言いながら、状況を把握しようとホークスに質問した。
(あのあとどうなった?冷たちは無事なのか?強盗は?)
「…エンデヴァーさんが意識を失ったあと、警察に強盗は引き渡しました。冷さんたちも驚いてましたが何もありませんでした。そして冷さんに見られないようにエンデヴァーさんはケージに入れてすぐ病院に連れて行きましたよ。」
(そうだったのか…すまないな。色々と)
「本当ですよ」
そうホークスがいうので、本当に申し訳なくなって下を向く。
「もう前みたいな体でも、個性もないんですから。もう二度とあなたを失いたくなか。危ない時はもっと早く俺を呼んでください」
ホークスがいつになく真面目な顔でこちらを見つめながらいった。俺はその表情を見て何故か動けなくなった。
「はい、お説教終わり!お水飲みます?それともちゅーる?」
ホークスはパッと表情を明るくしていった。俺はさっきのは説教だったのか、と前世は自身の方が年嵩だったこともあり複雑になりながらも、ちゅーるへの欲求には敵わずつい我を忘れてホークスに再びゴロゴロと喉を鳴らしてしまうのだった。
あのあと俺の左目には傷が残った。まるで前世のような姿で、少し懐かしくもあった。
傷が治ったあと、俺はホークスに会うつもりはないが冷や子供たちの姿を見たい、とわがままを言って再び連れてきてもらった。
ホークスが冷に挨拶をし、世間話をしている間、俺はこっそり庭にある木に登り、子供らの部屋と思しき室内を外の窓から見渡す。
時間的には昼頃で、社会人である燈矢や冬美、学生の夏生、焦凍はいなかった。だがそこには確かに子供らの生活している痕跡があり、俺はやっと安心できた。
木から降り、俺は外で待っていたホークスの元へ行く。
「満足しましたか?」
(ああ)
「花、本当に渡さなくていいんですか?」
(…そうだな)
俺は口に咥えていたリンドウを玄関の前に置いた。
(こうしておく)
「……エンデヴァーさんがそれでいいならいいですけどね」
そうして俺たちは帰路についた。
「あら、リンドウが玄関に」
「…次は、会ってくれるといいわね」
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.