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無窓居室
2026-04-20 03:46:46
2562文字
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Pixv投稿企画
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忘れられた約束(Pixv執筆応援プロジェクト9月)
天使Bと幼い頃の👹の話。
いつもながら捏造しかないです。
かつて、死者の魂を裁くことは神の右に座す大天使のみに許された仕事だった。
天界で他に並ぶ者なしと呼ばれ、神からその仕事を任されていた序列一位の天使は、罪ある者とされた魂の行く末を確かめるために、たびたび地獄へ足を運んでいた。
この天使の裁きは公正無私で、自分の手で地獄へ送った魂達が、正しく罪を償ってあるべき処へ還っていけているか、重すぎる罰に迷ってはいないかと、常に目を配っていたためだった。もっとも、その理由は咎人に対する慈悲深さというよりも、ただ他にすべきことが無かったから故の職務への忠実さに近いものではあったが。
地獄の獄卒は鬼という種族が務めているが、彼らは天界の
僕
しもべ
ではない。天使は礼節を尽くして異界の民の力を借り、天界と地上に平和が保たれるように図った。
あるとき、いつものように訪れた地獄の荒野で、天使は一人の少女に出会った。岩場の陰に身を潜めるように佇んでいた、少女の髪は
竜血樹
りゅうけつじゅ
の樹液のように、瞳は
檳榔
びんろう
の実のように赤かった。野趣を帯びながら気品のある面立ちは、高貴な血筋の出であることを感じさせた。
「だれだお前、見ない顔だな。地獄の魔物じゃないだろ」
「はい、私は天使B。天界からの使いで来ました」
「なんの用だ?あやしい奴じゃないなら、アタシが父さんに取りついでやってもいい」
果たして、少女が鬼の大将にあたる赤鬼の一人娘であることはすぐに分かった。二人は顔見知りになり、始めは天使を胡散臭げに眺めるばかりだった鬼の少女も、次第に打ち解けて何気ないことを話すようになった。
「天界ってどんな所なんだ?」
と、少女は赤い目をきらめかせてよく訊いた。地獄の風景を見飽きた少女の目には、遠い世界の気配をまとって現れた天使は興味深い存在に映るようだった。天使は白い髪と翼を揺らし、いつでも優しく答えた。
「空の上にある場所ですよ。どこまでも続く空と、広い雲の上に建つ
……
」
少女は暗い空を見上げて首を傾げた。剣の山に穿たれ、暗紫色の雲に塞がれたその向こうに、目の前の天使が住むような世界があるとは想像できなかった。天使は微笑んだ。
「ここからは見えません。別の世界ですから」
次に魔界を訪ねたとき、天使は天界の庭で摘んだ花を少女に渡した。花は羊雲の一片のような白い綿毛に包まれ、その縁は真昼の空の色に淡く染まっていた。次に会うときは夕焼けの色に染まったもの、その次は月と星の光の色
……
。天使の計らいのとおりその花々は、どれだけ言葉を尽くすよりも少女に地獄とは違う世界の景色を伝えてくれるのだった。
少女は受け取った花を岩場の地面に挿してみた。しかし花は根付かずすぐに萎れてしまった。萎れた綿毛の中に、虹色に光る種を抱いていた。
「天使はいいな
……
いい奴にいい事をして感謝される仕事で。何が面白くてアタシたち鬼は、悪い奴に悪い事をして憎まれなきゃならないんだ」
何度目かに会ったとき、少女はそんなことを呟いた。伏せた瞳には歳に似合わない諦観と、やり場のない強い意志の力が宿っていた。
少女の父はその日も大釜で罪人を煮ており、地獄の岩場がある荒野には咎人達の怨嗟の声が響き渡っていた。天使は穏やかに口を開いた。
「もちろん、善を行うことは尊い。それによって感謝を受けることもまた、疑うべくもなく立派なことです。しかし、感謝されることを求めず、あまつさえ一面からのみのものの見方によって恨まれることも恐れず、為すべきことを為せる人こそ真に尊い方だと私は思います」
少女は天使の方を向いて目を瞬き、それから視線を遠く空の向こうへやった。少女の心の中には、父と同じ気高さを持った天使達が住まう理想の天界が映し出されていたのかもしれない。
天使も同じ方向を見たが、その胸中には別のものがあった。天界、地獄、人間界、天使、鬼、神、善悪、真偽、存在理由
……
そんな漠然とした思考が混ざり合う。天界の代弁ではない「B」としての私見など、珍しく口にしたせいかもしれなかった。
「アタシが父さんと同じ仕事をできるようになったら」
少女はためらいがちに言った。横顔がいつか渡した花の朝焼けの色に似て見えた。
「父さんじゃなくてアタシに会いに来てくれるか?それで、アタシも天界を見に行ける?」
天使はかすかに、しかしはっきりと頷いた。
「お約束しましょう」
別れ際に、天使は少女から虹色の種を受け取った。地獄に蒔いてもきっと枯れてしまうだろうから、それでは可哀想だからと少女に託されたものだった。
天使は種を天界の都から離れた秘境の雲に埋めた。いつか少女を伴って来たときに、咲いた花を見せられるように。
——
そして、それきりだった。間もなく天界で起こった権力闘争により、天使Bは閑職へ追いやられ、のちに神に叛逆して堕天した。敵対する派閥の中で囁かれた多くの悪意ある噂の中で〝神の庭の花を手折った〟というものだけが事実を含んでいた。悪魔になった天使は魔界での、そして人間界でのめくるめく制作意欲に耽溺し、少女との約束もそこに入り込む余地はなかった。
一方、少女も成長するにつれ天使を思い出さなくなっていった。急に訪ねて来なくなった憧れの相手を、無意識に忘れようとするいたいけな心の働きを、この幼い少女もすでに備えていたのかもしれない。強く美しい鬼に成長した少女は新しい憧れを見つけた。そして少女は憧れを形のある〝目標〟にすることができる年齢になっていた。
やがて二人は人間界で、かつてとは全く違う形で邂逅した。二人の関係はいくつもの
綾
あや
を含んだ微妙なものになっていったが、いつか天使だった悪魔は少女だった鬼の娘に問うかもしれない。〝アナタの初恋はいつでしたか〟と。そのとき二人が恋人として、あるいは完全な友人として打ち解けられる関係になっていれば、鬼の娘は答えるかもしれない。幼い日に会った天使のことを。
天使が埋めた種は芽を出し、誰も知ることのない雲の上の花園になって、昼にも夜露の色を、また夕べにも
東雲
しののめ
の色を湛えて、今も咲き続けている。
2024/10/15
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