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吾妻
2026-04-20 01:02:11
4347文字
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アークナイツ
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手紙
■Mon3trがケルシーに手紙を書く話。15章後時系列、CP要素なし、博の性別不問
正直なところ、〝私たち〟の間に言語が必要だったかどうか、今になってみるとわからないんだ。
そもそも、そんなこと、これまで一度だって考えたりしなかったから。
だって、〝私たち〟は、ずっと〝ひとつ〟で、何もかもを分け合ってきただろう?
言葉なんてなくても意思の疎通が可能だったし、文字に残さなくても記憶を共有できた。
私が見たものは、君の見たもので。
君の感じた痛みは、私の痛みでもあった。
だから、改めて君に手紙をしたためるとなると、何から書いていいのかわからなくて、少し途方に暮れている。
けれど、私はどうしても君に伝えたいことがあって。
こうしてペンを取ることにしたんだ。
ケルシー、一万年以上ずっと一緒にいて、初めて君に手紙を書くよ。
なるべく早く、これを直接君に渡せるように願っている。
*
「
……
Mon3trさん、訊きたいことがあるんです」
医療部の定例ミーティングのあと、会議室にふたりきりになったタイミングで、アーミヤが唐突にそう言った。
やけに真剣な面持ちで、散々迷った挙句に意を決したふうに見えた。
「どうしたアーミヤ? 私に頼み事でもあるのか? どんなことでも力になるぞ」
私は、極力喜びを顔に出さないよう努めた。常々アーミヤの役に立ちたいと願ってはいるものの、必要以上の干渉はむしろ逆効果だと心得ていたからだ。
だが、彼女から頼まれるなら話は別だ。大手を振って協力できる。
アーミヤの向かいの椅子に座り直し、〝わくわく〟と身を乗り出せば、若きリーダーは一度深呼吸してから毅然と顔を上げて、
「もしかして、ドクターと喧嘩をしたんですか?」
と、至極真面目な顔で問いかけてきた。
「
…………
えっ?」
そんなことを訊かれるなんて思っても見なかったから、聞き返すのにも時間がかかった。
からかわれたのかとも思ったが、向き合うアーミヤの顔は真剣そのもので、適当に流せる空気でもない。
「
……
どうしてそんなことを?」
結果として、質問に質問を返すという無作法な返答をする羽目になった。
アーミヤは、物憂げに目を伏せて、小さな溜息をこぼす。
「私の勘違いだったら謝ります。でも、なんだか最近、Mon3trさんがドクターを避けているような気がして
……
。もしかしたら、再会したあの日のことを、まだ気にされているんでしょうか? 確かにあのとき、ドクターは早々に立ち去ってしまったので、あなたを傷つけてしまったかもしれません。ですが
――
」
「ストップ! アーミヤ、ストップだ。確かにあのときのことは、私も、その
……
少し、ほんの少しだけ、根に持っているが
……
事情も理解しているつもりだし、いつまでも子どもみたいに拗ねたりはしない。というか、避けているつもりはないんだが、君にはそう見えているのか?」
コータスの少女は、上目遣いにこちらを見た。
その表情には覚えがある。彼女の幼い頃からの癖だ。ごく親しい人と話す際に、相手の真意を探ろうとするときの顔。私はそれを、ずっとそばで見てきた。こうやって言葉を交わせるようになる前から、ずっと。
この顔をするときのアーミヤは、本当に困っていて、途方に暮れているのだ。
つまり彼女は、私がドクターを避けているのだと、ある程度の確信を持っていることになる。
ここは、真摯に向き合うべき場面だ。
「喧嘩なんてしていないよ。私はいつも通りに振る舞っている
――
つもり、だった。だが、もしかしたら私の
……
ある種の迷いのようなものが、自分でも気づかないうちに表層化していたのかもしれない」
言語とは、他者とのコミュニケーションを円滑に進めるための道具だ。
お互いが理解可能な言語を用いることで、自身の思考や感情を余すところなく相手に伝達できる
――
と、多くの人間が誤解している。
私も、より先民に近い形状を取るようになった当初は、そんな万能感に満たされていた。以前より、ドクターやアーミヤとわかり合えているような気がしたのだ。
でも、本当に伝えたいことを言葉にするたびに、不安に襲われるようになった。この言葉で、本当に私の感情がすべて伝わるのだろうか?
考えれば考えるほど不安は募り、徐々に格式ばった語彙を用いるようになり
――
そして私は、ケルシーの気苦労を間接的に理解した。
物事が複雑になるほど、そしてそれを齟齬なく伝えようとするほど、言葉は頼りなくなり、言葉数は増えてしまうものなのだ。
「迷い
……
ですか?」
今だって、怪訝そうな顔をするアーミヤに、何から話すべきか悩んでいる。
たとえ相手がアーミヤだとしても、少し前から感じているこの〝迷い〟を吐露するのは、妙に気恥ずかしかった。
けれど私は、アーミヤとドクターには隠し事をしないと、もうすでに決めている。彼女が私の感情を感じ取れるのだとしても、言葉を偽らないことにこそ、きっと意味はあるのだ。
「私はドクターを信頼しているし、強い親愛の情を抱いてもいる。君も知っての通り、あの人は〝私たち〟にとって、とても特別な人なんだ」
はい、とアーミヤは一言だけ頷いた。
「そして同じくらい、アーミヤ、君のことも大事だと思っている。これは別に、『君とドクターを守れ』とプログラムされているからではない。これは私の、ごく個人的な感情によるものだ」
引き結ばれていたアーミヤの口元が、わずかにほころぶ。
アーミヤが笑っていると、私は嬉しい。私までつられて笑顔になってしまう。それは、ケルシーだって同じだった。
ケルシーがアーミヤの笑顔を眩しそうに見つめていたことを、私は知っている。誰ひとり気づいていなかったとしても、私だけは、知っていた。
だって、ずっと
――
傍にいたんだから。
ケルシーがどれほどアーミヤの行く末を案じていたか。
どれほどドクターを大切にしていたのか。
あの人に貰った名前を愛していたのか。
私はすべて知っている。
だって私たちはずっと〝ひとつ〟で、何もかもを分け合ってきたから。
けれど今、私たちは離ればなれになってしまって、あの日からずっと私は途方に暮れている。
「私は、この形態を取るようになってから、前よりもずっと君たちと親密になれた気がしているんだ。それがとても嬉しい。だけど、だからこそ、私は今、君たちと過ごす時間を〝独り占め〟しているんじゃないかと、思うことがある」
「〝独り占め〟
……
?」
「ケルシーはもっと、君やドクターと一緒にいたかったはずだ。もちろん我々はケルシーを取り戻す! 取り戻すけど
……
彼女が帰ってきても、もう以前のように記憶の同期は行えない。彼女が不在の間に私が君たちと過ごした思い出を、ケルシーと分け合うことは二度とできなくなってしまった。それが、とても
……
寂しいと感じる」
「
……
それで、近頃ドクターを避けていたんですか?」
「避けているつもりはなかったんだ。だから多分、無意識下の行動なんだと思うよ。だって私は、ドクターと顔を合わせるごとに〝嬉しい〟と感じるんだ。ずっと、ずっと昔から、それだけは絶対に変わらない。ただ、思い出が増えれば増えるほど、ケルシーが帰ってきたときに、何から話せばいいかわからなくなりそうで
……
」
思わず俯いた視界の端に、アーミヤの顔が映る。ケルシーの名を出した時には、痛みを堪えるような表情だったのに、今は違っていた。
「私にいい考えがありますよ、Mon3trさん」
顔を上げてアーミヤと向き合う。彼女は、悪戯を思いついた子どものような顔で笑っていた。
「ケルシー先生にお手紙を書くんです」
「
……
手紙?」
その言葉を、私はもちろん知っていた。
主に離れた場所にいる相手に、自身の考えや用件を書き記して送るもの。
どれほど通信技術が発展しても、この営みが人々の中から消えたことはない。なかでも、手ずから文字を書き記すことには、特別な誠実さが宿ると信じる者も数多い。
ただ
――
「考えたこともなかったな
……
」
私とケルシーとの間には、一度たりともそのような連絡手段が必要だったことはない。
私たちは過去を忘れない。忘れることができない。そして必要とあらば、その全てを共有できた。
だからこそ、伝えたい物事を文字に書き記して相手に渡そうだなんて、考えもしなかった。
「今だからできることだと思いませんか?」
アーミヤは得意げだった。
幼い頃、初めてひとりで絵本を音読できたときも、同じ顔をしていたのを思い出した。
眩しさを感じて、目を細める。
手紙を書く有用性を認めるのは、私とケルシーとのつながりが断たれてしまったと認めることに他ならない。
それには、痛みと悲しみが伴う。
けれど、アーミヤはすでに未来を見据えていて、私は彼女の選択を眩しいものだと感じてもいる。
「
……
そうだな。とても、いい案だと思う」
なぜならケルシーはいつも言っていた。
過去に拘泥するのではなく、前を見るようにと。
*
……
というわけで、私は君に手紙を書くことにした。
日々たくさんの出来事に追われているから、君に渡す頃には、新造された君の執務室が手紙の束で埋め尽くされてしまうかもしれないな。
そうならないよう、できるだけ早く、私たちは君を連れ戻す方法を見つけ出さなければならない。安心していい。そんなに長くは待たせないつもりだ。
ケルシー。
君に手紙を書こうと思い立って、改めて君の名前を手で紙に書き記した。
とても美しい名前だ。君が書類にサインするたび、この名前を誇りに思っていたのを思い出す。
あの人からもらったものを、君は一つ残らず大切に抱きしめて、宝物にしていた。なかでも、この名前が一番お気に入りだったな。
ドクターは、とても寂しがっている。私にも、アーミヤにも直接そんなことは言わないけれど、あの人の思考の端々に、君の存在を感じ取ることができる。
私たちは分かたれ、別々の存在になったかもしれない。
私は、君の役割の何割かは肩代わりできるかもしれないし、いずれは完璧にその穴を埋める日が来るかもしれない。
けれど、我々のつながりが断たれたとしても、共に生きてはいけない理由などあるだろうか?
そんなもの、一体誰が決められるのだろう?
だから、私は君と共に生きる未来を、決して諦めはしない。
一歩ずつ確実に、その未来に向かって歩んでみせる。
だって、君はいつも言っていただろう?
進み続けろ
――
と。
【おわり】
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