fedge
2026-04-19 23:26:19
3371文字
Public Pixiv非掲載
 

ドラゴンテールへようこそ!/追加分・『土産』

以前書いていたナタオールキャラ話(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27649306 )を本にするにあたり、
書下ろしを幾つか書いたのですが、思いのほか多くなったのでそのうち1話を先に公開します。
場面としては大会が始まる前の話です。
※オロルンキャラスト5前提。

「うん、色も綺麗だし、香りもいい。味も……僕は好きだ」
 自宅へと戻ったオロルンは、隊長に作り方を教わったキノコ酒の味見をしていた。独特な甘い香りを纏った液体が喉をなめらかに滑り落ちる。ほんのり紫色に染まっているのは、教えてもらったレシピを変えて、材料を蛍光ツノキノコにしたからだ。炎水をベースに作ったためアルコール度数は相応に高いが、香りはツノキノコのそれがよく出ている。
 炎水を使っている割には喉が灼けるような感覚が無い。それはこの炎水が市販品でなく、オロルンが自作したものだからだった。ファデュイ兵にこっそり作り方を教えてもらったそれは、オロルンが透明度を上げようと試行錯誤している過程でだんだんとまろやかになっていった。
 それが功を奏したのか、漬け込んだ蛍光ツノキノコとの相性がとても良い。良いのだが……
「やっぱり、少しアルコールが弱い気もする。これは美味しいのだろうか……
 隊長から飲ませてもらったキノコ酒とだいぶ味が違うのもあって、オロルンは自分の酒の味に確信が持てなかった。ううむと眉根を寄せながら暫く考え込んでいたが、はっと顔を上げて耳をピンと立て、何か思いついた様子で小瓶を手に取った。
「こういうのは、プロに聞くべきだ」
 二本の小瓶にキノコ酒と自作した炎水をそれぞれ注ぎ入れ、オロルンは善は急げと家を後にした。

 * * *

 隊長の配下だったファデュイの駐屯地を訪れてみたが、前に来た時よりもだいぶ天幕の数が減っていた。誰かいないかと辺りを見回してみれば、奥の天幕の裏から男女の話し声が聞こえる。
「ほらよ、お前が買ってこいっつった奴だ」
「助かるわ。……はあ。『隊長』様の遺志を尊重して配属希望を聞く、って話だったけど、緊急って言われたら逆らえないのは軍人の性ね」
「向こうも向こうで人が減ったからな。グダグダ言ってねぇでさっさと荷詰めしろ、明後日には俺らはナド・クライに行くんだからよ」
「わかってるわよ、煩いわね」
 配置換えに不満があるのだろう。ぷんすこと不機嫌なミラーメイデンが場を離れた。そのタイミングでオロルンが顔を出すと、はぁと溜息を吐いていたデッドエージェントがこちらに気がついた。
「オロルン? ここに来るなんて珍しいな、何か用事か?」
「ああ。これを君に。君に教えてもらった炎水と、それを使って作ったキノコ酒だ」
「おお! 出来たのか。ありがたく土産にさせてもらう」
 オロルンが差し出した瓶を受け取ったデッドエージェントは、嬉しそうにしながらも口をつけず、そのまま瓶を懐へしまおうとした。
「待ってくれ、味見をして欲しいんだ。今飲んでもらいたい」
「あ……持って帰っちゃ、駄目か?」
「駄目だ。どうしても味見をして欲しいんだ」
 デッドエージェントは真っすぐに見つめてくるヘテロクロミアの瞳に降参だと手を挙げるが、それでも、口にするのは惜しそうにしていた。
「申し訳ねぇが、勿体なくて飲めねぇ……俺、もうすぐナタを離れるんだ。『隊長』様の協力者であるお前と俺とじゃ立場は違ったけどよ、歳が近いお前と……その、仲良くなれたと思ってたから、記念にさ。ほら、お前もあの夜を覚えているだろ?」
……ああ」
 彼が勧めるままに炎水をけろりと飲み干し――二杯目は、隊長に止められた。止められはしたものの、どうしても興味を抑えきれなかったオロルンは、彼から炎水の製法を教えてもらい、密かに改良を繰り返していたのだ。隊長と部隊のみんなとの、こんな夜はもう二度と訪れないだろう、という予感は、残念ながら当たってしまったが、あの夜から生まれた炎水が、確かに今ここにある。

 二人しんみりと感傷に浸っていたが、その静寂は唐突に打ち破られた。
「ちょっと! アンタこれ頼んだのと違うわよ!」
 少し離れたところから、怒気を含んだ声が飛んでくる。先程デッドエージェントと会話していたミラーメイデンが、どすどすと足音を立てながら近づいてきていた。
「私は『アイシャドウ』を買ってきて、って言ったのよ! これ、絵の具じゃない!」
「知らねぇよ! お前が渡してきたメモの店で買ったんだ。そんな言うなら、自分で行けよ」
「い・そ・が・し・い・の・よ! アンタ暇でし……あら、オロルンじゃない。久しぶりね」
「こんにちは。化粧品が欲しいのか?」
「ええ。ナタを離れることになったから、お気に入りを買いだめしておきたいのよ」
「わかった。僕が後で買ってこよう。代わりにその絵の具を貰えないだろうか?」
「これ? いいわよ、私、絵なんて描かないもの」
 オロルンは絵の具を受け取ると、きょろきょろと辺りを見回し、一つの天幕に目星をつけた。
「なあ、ちょっと探し物をしてもいいか?」
「いいけどよ、何をする気だ?」
「確か、製図に使っていた紙がこの天幕に……あった」
 見つけた紙を数枚引き抜く。何をするのかとファデュイの二人が首をかしげているうちに、オロルンはその天幕の中から椅子を二脚持ち出して外に置いた。
「ナタ土産になるかはわからないが……君の絵を描いてもいいだろうか。それと、炎水の方は飲まなくてもいい、キノコ酒の方だけでいいから、味見してほしい」
「そこまで言うなら……まあ、飲んでやるか」
「ありがとう。そこに座ってくれ。厳密に描くわけじゃないから、描いている間に動いていてくれても構わない。なんなら、キノコ酒を飲んでいてくれ」

 言われるがままにデッドエージェントが椅子に腰を下ろせば、オロルンは貰った絵の具ですらすらと紙に筆を走らせる。デッドエージェントはその様を眺めながら、オロルンから受け取った小瓶の一つ、キノコの絵のラベルの貼ってある酒の蓋を開けた。
 栓を開けた途端、ふわりと優しい香りが広がる。製作者の心持ちをそのまま映したような純粋な甘さの中に、キリリとした炎水のアルコールが刺さった。炎水とはまた違った不思議な風味だが、癖になる良さがあった。
……美味いな」
「本当か?」
 オロルンが手元からぱっと顔を上げ、ぱぁと嬉しそうな笑みを零す。『隊長』とタメを張っていた協力者の、無垢な子供のような素直な反応に、思わず笑いが漏れた。
「嘘を言う理由がねぇよ。持って帰れないのが惜しいくらいだ」
「よかった。そう言って貰えて助かる。それなら、この作り方でもっと作ることにしよう」
 手元に視線を戻し、うきうきとしながらオロルンは絵を塗り進めている。眺めながらちびちびとキノコ酒を飲んでいれば、そう長くかからないうちに「出来た」と声が上がった。
「へぇ、上手いじゃない。アンタそっくりよ」
「ああ。味があって良い絵だ、ありがとうな」
 独特なデフォルメがなされているが、被写体の特徴を良く捉えられている。ナタ産の発色の良い塗料が描き出しているそれは、黒主体のデッドエージェントの似顔絵だというのに、どことなく鮮やかなナタの風景を思い起こさせた。
「これ以上ねぇナタ土産だ」
「ねぇオロルン、私も描いてちょうだいよ。化粧品は要らないわ」
「ああ、構わない。じゃあそこに座ってくれ」

 二人の絵を描き上げたオロルンは、次に仕込んだキノコ酒を持ってきてくれると言った。だがその頃にはもう彼らの職場はナド・クライへと変わっている。
「基地配属だから気軽には遊びにこれねぇだろうな。……まぁ、もしまたどこかで会えたらな」
「わかった。北は寒いだろうか? このマフラーじゃ心もとないな……モコモコ駄獣の毛のコートを買っていくべきだろうか?」
 至極真面目に防寒の心配をする姿に、ああこいつはこういう面もある奴だったなと苦笑が漏れた。
……ファデュイの基地だぞ? 普通は入れねえよ?」

 * * *

 気づけば日も落ち始めており、この味でもっと仕込むから帰らないと、とオロルンは慌てて駐屯地から去っていった。やりたいことに向かって真っすぐ振り返らず進んでいくその背中に、なぜだかかつての上官の姿が重なって見えた。憧れていたあの背中は、今はもう見ることは叶わない。
「さて……俺も準備しねぇとな」
 空になった瓶と炎水が詰まった瓶を手に、デッドエージェントはあの日より少し澄んだ星空を仰いだ。