雨鶴
2026-04-19 23:06:39
1921文字
Public 小話
 

桜、さくら惑う路

不思議な話くらいあってもいいよね、と思い作った話。未来と過去。先に四方山話へ収録してしまいました

あれは小平太が一年生の時、体育委員会に入って間もない頃だ。
当時の体育委員会委員長が珍しく皆を集めた。普段は本ばかり読んでいて、委員長らしからぬ先輩だった。
そんな先輩が委員会の皆の前で『一年生も入ったから、私から忠告しておく事がある』と、手にしていた本を閉じて話し始めた。

『裏々山から1里北。そこから──と──の間に禁足地がある。いきなりポッカリと拓けるから場所は直ぐに分かる。
秋の終わりから冬は、季節狂いの《季狂い桜》が咲くから分かりやすいが、この時期は他の木々と紛れて判別しにくい。

──其処は絶対に入るなよ。

其処で何があっても、私や先生方は助けてやれんからな。脅しでもない、これは警告と言ってもいい。

……何故、知っているかだと?

同級の者が教えてくれた。ソイツは対処法を知っていたから【今も】居る。
だが、次があるとは限らんとも言っていた。

いいか。私は伝えたからな。私が委員長としてお前達にしてやれる、唯一の事としたらこれぐらいなものだ』



気が付いたら桜の木の下に居た。桜と分かったのは葉の匂い。桜餅の匂い。
(そういえば長次が作った桜餅、今年はまだ食べてないな)
などと、少しばかり呑気な事を考えつつ青々と繁る大木を見遣る。
小平太はいつもの日課で塹壕を掘っていたのだが、気が付いたら大木の下で大の字になっていた。
「しかし私は、いったい?」
塹壕を掘っていたのは覚えている。その証拠に手には苦無を持ったままだ。
小平太は体を起こして辺りを見回す。ふわり、桜の匂い。回りはポッカリと拓けている。
…………まさか」
今さらながら『あの先輩』の言葉が、脳裏に浮かんだ。

小平太は苦無を腰へ差して空を見上げるが、なんだか空気が重い。いつもと違う気がする。風が舞えば埃っぽさと異臭に小平太は咳き込んだ。
とにかく変な臭いだった。不快感を煽る。
頭巾で鼻まで覆い、警戒しながら歩き出した小平太の目に見た事もない色とりどりの建造物や景色が飛び込んできた。
「──なっ!?」
今まで自分が生きてきた場所とは掛け離れた─まるで、絵物語。ともすれば。
「ここは神仏の世界なのだろうか」
小平太自身、神仏なぞ信じていなかったがこうも現実離れした事が起こってしまうと、信じるしかない。
「しかし、神仏の世界って臭いんだな

すると、子供の声が聞こえた。


◆◇◆◇◆◇◆

カタカタとキーボードを打つ指を止めて、長次は窓の外に目を向けた。山の裾野がピンクの絨毯を引いたみたいに、春の訪れを知らせてくれる。
……
その度に思い出す。


「おとうさん、おかぁさん
小さい頃に行った桜祭りで迷子になった。
人の多さと桜の美しさに見惚れてしまい、両親の手を離してしまった。
気が付けば、あの賑やかさが一切無い。
「ここどこ?」
桜だけが舞う世界に、自分ひとり取り残されて
「ひっくおとうさん、おかあさん」
自分の泣き声すらも書き消されてしまう。

こへいた」

思わず此処には居ない、幼なじみの名を呼んでしまう。いつも、何処にいても助けてくれたから。

いきなり自分の体がフワリと宙を浮き、視線が見知らぬ青年とパチリと合う。青年の腕に抱き抱えられていると分かった。
青年は口当てを外すと、ニッコリ笑う。
「どうした長次、泣いて」
だぁれ?」
「私を忘れたのか?小平太だ。長次が呼んだんだろう」
「こへいた?」
自分の知っている小平太は、こんな大人じゃないし、格好も絵本で見た忍者みたい。
でも、不思議と怖くなかった。

長次は『小平太』と名乗った青年の腕に抱かれ、桜の回廊を歩いた。
「大丈夫だぞ!私がついているから」
うん」
青年の指に溢れる涙を掬われる。その言葉を聞いて流れる涙も自然と止んだ。
そのまま桜の回廊を抜け、境界に差し掛かると人の喧騒が聞こえてきた。
「此処まで来れば大丈夫だろう」
青年の腕から降ろされた長次は青年を見上げて。
「小平太は、行かないの?」
そう尋ねた。
「私は【来し方】に戻る。私の長次も待っているからな!」
「きしか?」
青年はお日様みたいな笑顔で笑うと、長次の頭をぐりぐりと撫でる。
そして「もう迷子になるんじゃないぞ!」と、再び桜の中へ戻って行った。



あれから幾度と春が巡り、桜が咲く度に長次は『小平太』と名乗った不思議な青年の事を思い出すが、再び逢う事は無かった。

……………………………………

よく有りがちな、未来と過去の遭遇話。過去委員長は捏造です。
この長次は『小平太』の事を現在の小平太には話してないです。心の中の宝物。