拾って貰わなければ食うにも困る生活を送っていた身分としては。一年でも何もしなくても大丈夫なほどの収入があるのは羨ましい限りだ。
決して裕福でもなく子供の頃から金が稼げれば近所の手伝いもやった身分からすれば。遊んで暮らす、も一つの憧れだった。
「一年遊んで暮らせるような収入ねえ……来年の確定申告とか大丈夫?」
「そこは一族に経理に強い方がいるのでお任せするつもりですよ。私は職人以外の事はできませんから」
税務署への申告も誰かにやって貰えるのか。そいつ、私にも紹介して貰えないだろうか。一族じゃないからダメか。
儲かれば儲かるほど嗅ぎつけられるから嘘を吐けば閻魔の舌引っこ抜きよりも恐ろしい。
「働かなくていいならどこか旅行したりするの。大きな買い物とかできるだろうし」
自営業は自分がやらなきゃ時間はある程度融通が利くだろうから。あちこちの世界を旅したりして、数多の鉱石や石を見て回るというのも職人としての研鑽だろう。
もちろんうちに飲みに来て沢山金を落としてくれてもいいのだが。毎日入り浸られると龍さんたちと鉢合わせしないか冷や冷やするな。
魅須丸が沢山儲かったからって、私がそれに期待を寄せることはない。アテにするなんて魂胆がばれた瞬間、殴られはしないだろうが。この女に仕事のやり方として軽蔑されることは、したくなかった。
バーテンダーとしても。深くかかわった相手としてもそれはしてはいけないと、言わずとも分かるのだ。
酒を出す前に御所望のチョコレートを皿にたっぷりと並べると。魅須丸は目を輝かせてその包装の一つを剥いて口に入れる。
「旅行も甘い物の探求も勿論良いですが、あまり休み過ぎると腕が鈍りますから」
今も一般の注文は来ていると言うので、それの制作が残っており。金があるからと言ってあまり仕事の仕方は変えるつもりはないらしい。
驕れる者も久しからず、ってか。ブランド物や贅沢なモンに身を委ねて溺れる魅須丸なんて、変な悪霊に取り憑かれたようにしか見えないからな。
今口に入れたチョコレートだっていつもの安物でも。美味そうに食べてるなら安心する。
「仕事はしつつ、知り合いに鉱石や鉱物に詳しい方がいるのでその方から教えて貰った書物でも読もうかと」
「立派なモンだね」
鉱石、という言葉に勿論あの堅物女を思い浮かべたが。口には出すまい。魅須丸が職人の技を磨くなら、私も店を経営して酒の腕を磨こう。
デザートの用意で酒の準備を止めないように角砂糖とビターズを入れたグラスに大き目の氷を入れ、砂糖が溶けた所にバーボンを注ぐ。
「甘そうなお酒ですね」
魅須丸はその酒を見たことがないらしく、私の手つきを職人の観察の目で見続けている。
「カクテルの定番っちゃ定番だけど、メニューには書いてないやつなんだ」
ステアの後にレモンのスライスを添え、最後にチェリーの砂糖漬けを乗せる。昨晩は自分用に適当に過程を省いたが今回はちゃんと客に出すためのカクテルだ。
メニュー表には一通りの酒と肴は書いてはいるが全部は書ききれない。酒の在庫の関係でメニューにあっても出せないものもある。
結局、バーというのはその場の気分と雰囲気で飲むものを決めるのが一番いい。無茶な注文じゃなくてそういう気分に相応しい酒を求めるなら、私だってバーテンダーの矜持にかけてそれを提供する。
「角砂糖は多めにしたから気に入ると思うけど」
魅須丸の前に完成したカクテルをコースターの上に乗せると。魅須丸はそれを眺め、綺麗な色をしていますねと呟いた。
「こんな色の石があれば加工してみたいものです」
グラスを持ち上げそれを一口含む。チェリーはまだ口に入れず、酒の味を口に満たすように。この酒はベースになるバーボンによって風味が変わる為誤魔化しがきかない。
角砂糖の量次第で味は多少は変化しても。ベースになる酒は一種類だけ。魅須丸の仕事になぞらえるなら、基とする石が全てを決めるのと同じ。
「私の酒が仕事の役に立てればそりゃ光栄だ」
こんな風な酒なら、飲まれる方の酒もさぞかし良い飲まれ方をしたと思うだろう。楽しい酒もあれば、屈辱の酒、涙の酒もある。蟒蛇が喧嘩の憂さ晴らしに飲み干して、それでも気が晴れない酒だってあるし。
愚かなほどに伴侶を探し回った労いに渡してやる安い酒も、ある。あの酒は阿梨夜の役に立っただろうか。
「……良い味です。バーボンがベースなのであれば、他の種類で味を変化させるのも良いかもしれませんね」
的確に味の変化を捉えるのは石の違いで出来栄えを考えられる職人の技か。そういう会話ならしていて楽しいので、頼まれていたデザートも冷蔵庫から取り出し魅須丸の前に出してやる。
すっかりうちの店の特徴になった手製デザートであるが。作るのに手間がかかる分大量には作れない。限定メニューという事で売り文句にしているまでだ。
近所の洋菓子屋の店員がうちに飲みに来て自分の店のを仕入れないかと聞いてきたこともあるが。それはまた別の取引の手間もある為、自分ができる範囲で今はやりたいとは言っているが。
チョコレート以外のアソートで飲む酒というのも、よくあると言うし。その辺の駄菓子ですら酒のアテになるなら考えても良いかもな。
もっと時間と金があればできることはあるのだが。遊べるくらいの金がある魅須丸が、羨ましくもなるが、嫉妬するのは筋違いだろう。だが、それだけの金を積むような相手の伝手があるとしたら。
何かの大企業の立食パーティーに呼ばれてバーカウンターで酒を用意、なんて仕事が舞い込んでくるかもしれない。一体どんな奴のアクセサリーを作ったって言うんだ。
「山如。このお酒の名前は?」
「あ、これ?オールドファッションドって言うお酒だよ」
会話や思考があれこれ飛んで名前を言うのを忘れていたのは申し訳ない。別に初めて作るわけではなく、口頭でリクエストは他の客から何度も受けているお酒なのに。
特に海外からの客からはよく頼まれるし、世界的に有名なカクテルだ。
「気に入りました。今度からこのお酒も頼みます」
砂糖漬けのチェリーを口に入れて口福を味わう表情に。砂糖漬けのチェリー、発注量を増やすべきかと思案する。角砂糖もだ。
今夜は相変わらず魅須丸しか来ないが。昨晩ユイマンと阿梨夜の痴話喧嘩で想定よりも長く働いたんだから、少しは楽な接客でもいいだろう。
流石に盛る気はしないが。魅須丸と話つつ酒を飲ませてやるのは悪くない。他の客のデザートまで食い尽くさなければ。
「そういえば、さ。元にする石とかで値段を変えたりはするの?魅須丸の値段の基準ってなんなのかなって」
いつも飲んでいる酒と違う酒を魅須丸に飲ませたので、当然請求する値段も変わる為。そこから石の話を振ってみる。珍しい石の正体はどうでもいいが、他の業種の計算方法は聞いておくと何か役に立つかもしれない。
「そうですね……希少な石が元ですと勿論原価は上がりますが、それ以上に加工する精密さやデザインで加算はしますよ」
基になる酒があり。その酒に酒や何か他のものを混ぜると値段を上げ。希少な酒なら原価は上がる。手間のかかる酒は、値段も時間も上がる。
アクセサリーもそれと似たようなものか。聞くまでもないことだったかもしれないな。
今回の石は金持ちの道楽で希少な石を要求され。デザインもこだわったものにされたから相応の報酬を得たってことか。
「珍しいものを所有したいって気持ちは、金持ちの習性なのかね」
年代物のワインや、地方でしか作っていない酒を買い付けに行くのを道楽にしている奴もいるし。うちにある希少な酒を買い取りたいと言って来る困った阿呆もいる。
だが、珍しい酒を口にしたいという気持ちは私もあるから。珍しい石を所有したいという欲求も当然あるということだ。
「石一つで、何かが大きく変わることもあるでしょう」
魅須丸はオールドファッションドをちびちびと飲みながら、私手製のチーズケーキを少しずつ食べ始めた。秋の限定メニューも仕込まないといけないからまた買い出しと、客の洋菓子店の奴にいい材料がないか聞いてみるか。
色々あって始めた秋のデザートも。定番化してくるとそれを目当てにする客もいるが、陳腐化して真新しいものがないかと言って来る客もいる。
変化の激しい現状では。どの意見もごもっともで、どの意見も喧しい。
「大きく変わるって?」
「たとえば指輪などは分かりやすいですかね。それを身に着ける人間の立場や状態、過去をそれとなく表すこともできます」
魅須丸の言葉に、私が初めて阿梨夜に出会った日を思い出す。私が瞬時に判断したきっかけは、阿梨夜が薬指に嵌めていた結婚指輪だった。
あれだけで阿梨夜のステータスを判断したのであれば、確かに石一つで、輪っか一つで何とでも判断だができる。
石はあちこちにあるようで、輝く石はあこがれの的で。石碑や看板などに使われることもあり。墓石にも使われる。人間なんかよりも長生きな証明書だ。
「その石を身に着けることで変化を呼び起こす。古から言われていることですよ」
「そういや……石ころ程度の判子が見つかって歴史を変えたってのもあったっけ」
ガキの頃に習った知識を総動員して石に関わる話を挙げてみると、それは金ですし勾玉も忘れないでくださいねと突っ込みを入れられる。歴史なんてそんな真面目に聞いてなかったんだから、ほっといてくれ。
「石が加工できるってのは、なかなか息の長い仕事ができるってことかもね」
飲んでしまえば最後はトイレで排出されるだけの運命の酒に比べりゃ、よほどご立派な仕事だ。
石はインテリ学者のオマンマの種にもなってるんだから。
「……どうでしょうか。石への仕事を今は称えられますが、周囲が慣れてくればより高い技術を求められるはずです。その繰り返しですよ」
新しいものが常にもてはやされ。廃れ。それでも良いとされたものは再評価され残っていく。魅須丸の持つ知識や技術もきっと、その荒波を耐えきった末の礎だ。
何があろうと。
我が道を、行く。
魅須丸へのカクテルに込めた言葉は、ぐねった道しか辿れない私からの捻くれた賞賛だと思ってくれればいい。
続く
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