夜明 奈央
2026-04-19 15:07:31
3307文字
Public 中太SS
 

中太 アプローチは難航中

2026年4月19日初出

 片方だけでもわかる切れ長の瞳、顔の中心を通る鼻筋、滑らかな輪郭。つくづく思う。顔の造作だけは整った男だ。碌に手入れもされていない蓬髪でさえ、この顔にくっついているとセットされた無雑作ヘアに見えるのだから驚きだ。
「さっきからなに? 他人のことじろじろと」
 じっと見つめていると、太宰が俺の視線に気づいた。狙い通り。ここは温めておいたカード「おっと悪い。ちょっくら手前に見惚れててな」を切ろう。ベタだが容姿を褒められれば誰だって悪い気はしないはずだ。しかし俺が実際にその台詞を口にする前に、太宰が続けた。
「もしかして昨日の男の行方を聞き出す方法でも考えてる?」
「は? あれまた手前の仕業か?」
「まさかそれさえ気づいてなかったの? そんなんだからいつまで経っても幹部“候補”なのだよ」
「ふざっけんなよ。今それ関係ねぇだろがッッ!」
 ぷーくすくすと嘲られ、反射的に怒鳴り返す。そこからは罵詈雑言の応酬。脳内に用意していた口説き文句の数々はもちろん、仕事終わりに飯に誘う算段さえあっさりと霧散する。ぎゃあぎゃあ喚きあって喧嘩別れ。今日もまたいつもと同じ流れだ。

 俺が惚れたのは顔は一級品だが性格は最低、しかも俺への嫌がらせを信条とする相棒だった。気づいた時にはあまりの趣味の悪さに自分でも正気を疑った。けれどあいつがあんな態度を取る相手は俺だけなのだ。そしてそれに、少なからず喜びを感じている。いつまでも俺のことを見ていてほしい。もっと色んな顔を見たい。欲求は留まることを知らず、今の関係を続けるだけでは満足できない。
 そうして太宰を口説こうと腹を決めて約3ヶ月。俺は成果どころか口説き文句のひとつも口にできないままでいた。というか口説くのがこんなに難しいことだとは知らなかった。
 口説き文句というものを口にするには、どうしたってその時の話の流れだとか雰囲気だとかが関わってくる。それがあの男は口を開けばへらず口、煽り文句、俺への嫌がらせ、エトセトラエトセトラ。口説く隙なんてありやしない。
「と、いうわけなんだ。どうしたらいい?」
「知りませんよ」
 俺が呼び出したバーの片隅で、坂口は呆れたようにため息を吐いた。バーには程よく客が入って賑わっている。品のいい店内BGMも相まって、客たちはそれぞれ自分の世界に没頭し、俺たちの話に注意を払う者はいない。
「大体なんで僕なんです。人選間違ってませんか」
「手前あいつの友達なんだろ」
「それは否定しませんが君ほど仲良くありませんよ。ついでに織田作さんほど懐かれてもいません」
「織田に恋愛相談が務まるとでも?」
……そうですね。僕が間違ってました」
 坂口が疲れたように眼鏡のブリッジを押さえる。坂口はあいつが“友人”だと豪語する数少ない人間だ。もう1人の友人同様、随分懐いていることを知っている。俺のことは口が裂けても友人だなんて言わないくせに、こういうところが腹が立つ所以だ。
 坂口は頭痛に耐えるようにしばらく眉間を揉んでいたが、やがて諦めたように顔を上げた。
「とりあえず、口説くのは諦めましょう。どっちにしろ相手はあの太宰くんですから、そんなテンプレ口説き文句を言ったところで意味はありません」
「それもそうか」
 坂口の言うことは尤もである。しかし太宰と違って碌に彼女がいたこともない俺には、それ以外のアプローチと言われてもなかなかピンとこない。
「作戦自体は悪くないと思うんですよね。まずは意識してもらうことがスタートなので」
「なるほど」
「ちょっとしたプレゼントを渡してみてはどうでしょう」
「菓子とか事務用品はしょっちゅうパクられてっけど」
「どこかロマンチックな場所に出掛けてみるとか」
「イルミネーションとか展望レストランくらいなら行ったことあるぜ。全くそんな雰囲気にならなかったけど」
 だんだん坂口の顔がめんどくさそうなものに変わっていく。気持ちはわかるが、そんなことで太宰をその気にさせることができるなら俺も悩んでなどいない。
「ではスキンシップなんてどうでしょう?」
「スキンシップ?」
「ええ、アプローチの定番だと思いますよ」
 俺が食いついたのを確認して、坂口が得意顔で続ける。
「なるほど……?」
 太宰は俺に対してパーソナルスペースが狭い。横に並んで歩いたり隣同士に座ったりはありふれた日常で、なんならその気がなくとも身体の一部が触れ合うことも珍しくない。それくらいならできそうな気がした。
「やってみる」
「頑張ってください」
 坂口に励まされ、俺は太宰とのスキンシップに挑戦することとなった。
 が、意図して行おうとするとこれがなかなかどうして難しかった。例えば肩を叩くとか肘で小突くくらいなら簡単にできるが、それでは今までと何ら変わらない。けれど手を握ったり抱きついたりとなれば不信がられるのが関の山だ。
 1度だけ太宰に脈絡なく手を握られたことがあった。あまりにおかしな行動に、あの時の俺はすぐに振り払った。確か「なんだよお前、気持ち悪ぃな!?」などと言った気がする。俺の袖口に盗聴器と発信機を仕掛けるのが目的だと後に判明したが、普通に考えれば太宰も似たような反応になるはずだ。
 仕事を終えて本部へと帰還する車中、俺の隣には太宰が座っている。数センチ先には何をするでもなく投げ出された手。部下に運転を任せて暇を持て余した俺は、その手とぼんやりと窓の外を眺める横顔を交互に眺めていた。
 別の作戦を考えるべきか、はたまた怪しまれて振り払われる覚悟でこの手を握るか。「疲れた」なんて言って肩に身体を預けるのも定番だが、今日の仕事は楽勝だったのでそんなことを言えば莫迦にされるのは容易に想像がつく。本当に疲れている時にそれに近いことをしたことはあるが、それで何かが変わったとは思えない。自然すぎても不自然すぎても意味がない。いや、むしろその自然な接触の頻度を極端に上げることで不自然と思われるラインを引き上げることができないか?
 最近はこんなことばかり考えているが、一向に答えは出ない。
「あのさぁ、手くらいさっさと握ってくれない?」
 静まり返っていた車内に、太宰の短い台詞が低く響いた。先程までの葛藤を知られていたかのような発言にたらりと嫌な汗が背筋を伝う。太宰は時折他人の心が読めるのかと思うような発言をするが、思考を先読みしているだけで実際に心を読めるわけではない。では、何故知られているのか。
「私が気づかないとでも思ってるの? こっちが恥ずかしいんだけど」
 拗ねたように唇を尖らせるが、視線は窓の外に固定されたままだ。まさかこれは照れているのか? もしかしてもしかしなくとも、期待されているというのか? これは脈ありという奴じゃないのか? 期待が膨らむ。合わせて心臓がやたらと大きく拍動した。
「手前も可愛いとこあんじゃねぇか」
 口からするりと飛び出した。口説き文句と呼ぶにはお粗末だが、今まで思うだけで1度も口にすることができなかったことを思えば上出来だろう。太宰はそっぽを向いたままだが、意識はこちらへ向いている。ごくりと唾を飲む。いそいそと太宰の手に自分の手を伸ばす。
 もう少しで届く、というところで、太宰がすっと手を自分の膝の上に移動させた。咄嗟に追いかけたが、シートベルトに阻まれて伸ばした手は何もない虚空を切る。
……え?」
「もっとスマートにできるようになってからね」
「は?」
 こちらを向いてにやりと笑う。揶揄われたのだと遅れて理解した。
「手前いつもそうやって女を弄んでんのか」
「弄んでるつもりはないよ。向こうが勝手に夢中になってるだけ」
 だとしたら余計に性質が悪い。完全に悪い男のそれだ。けれど太宰のこれは天然ではなく計算で、つまりこれで俺がどう思うか理解してやっているということで。
 太宰の思い通りに弄ばれてやるのは面白くない。だからどうにかして太宰の意表をついてやりたいのだが、シートベルトを外して抱きついたら、太宰の想定を超えられるだろうか。


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