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ポほ
2026-04-18 22:08:17
11692文字
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跡取り息子、やめました!?
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オレの母ちゃん、ヤバい人?
りやめ三学期編第5話。
思わぬ人からの言葉で突き動かされることもある
呪いについてのルールは自分なりにはあるのですが、ぐちゃぐちゃです
本当は誰かがコントロールできる代物ではないということでひとつ
時は宗真にクレープを取り返された直後まで遡る。
教室に残されたヨツダは、しばらく呆然としたまま動けなかった。
さっきまで宗真が立っていた場所。差し出された包み。震えていた声。
――
全部、頭から離れない。
自分で拒絶したはずなのに、胸の奥がずきずきと痛んでいた。
「おい
……
おい!」
突然、肩を揺さぶられて、ヨツダはようやく我に返る。目の前にいたのは、クラスメイトの若林だった。テニス部で、宗真のクラスの福田(彼女も同じ部活らしい)と付き合っている、気さくな友人だ。
「
……
なんだよ」
「なんだよ、じゃねえだろ。給食、一緒に食べようぜ」
「ああ
……
」
断る気力もなく、ヨツダは若林に引っ張られるようにして、席へ向かう。机をくっつけて座ると、若林はいつもの調子で話し始めた。
「でさあ、こないだベミーランドのパフェ食ってきたんだよ。あいつがテレビで見て、食べてみたいって言ってたから、朝から並んだんだけど。あれは美味かったな〜」
「
……
へえ」
返事はしたものの、ほとんど耳に入っていない。
(宗真が前食べたがってた、カップル限定のやつか?結局行けてないけど)
ふいに、当時の会話がよみがえる。
『テレビでやってたんだよ。カップル限定のでけーパフェがめちゃくちゃ美味そうでさ〜!』
だが、当日は宗真とケンカしているうちに売り切れてしまい、ベミーランドではなく隣の動物園の方を回ったのだ。「また今度来ればいい」と言い合ったのを覚えている。
(
……
約束したのにな)
喉の奥が、ひどく苦くなる。先程見たいちごのクレープのことを思い出してしまう。宗真は、あのクレープをどんな気持ちで作ってきたんだろう。普段は食い意地が張っているくせに、わざわざ、自分のために。
「おい吉田、聞いてんのか?」
「えーと
……
なんだっけ」
「惚気だと思ってスルーしてただろ。まあ惚気だけどさ」
若林は呆れたようにため息をつき、それでも少しだけ声を落とした。
「
……
さっきの、月城だろ?」
ヨツダの肩が、ぴくりと揺れる。
「お前ら、なんかあったのか?」
何気ない問いかけ。けれど、その一言が、今のヨツダにはやけに重かった。
「ケンカっていうか
……
ちょっと、わけあって距離を置いたっていうか
……
」
若林は箸を止め、じっとヨツダを見た。軽口を叩くような顔ではない。
「俺、前にお前のことさ。“月城は中身は男だから、女子としてはノーカンだ”とか言ったよな?」
「
……
」
「それでも付き合うって言うもんだから、正直お前のことちょっと見直してたんだけどな。そういうの、逆にかっこいいっていうか」
わざとらしく肩をすくめる。
「結局、普通の女の子が恋しくなったってのか?」
「
……
違えよ」
その返事だけは、はっきりしていた。ヨツダは、ぐっと奥歯を噛みしめる。言葉にすればするほど、自分のやっていることの醜さが浮き彫りになる気がした。
「俺があいつのことを嫌いになったわけじゃない」
「じゃあ、なんだよ」
ヨツダは視線を落とす。机の木目が、やけに滲んで見えた。
「
……
詳しくは言えない。でも、このまま俺と一緒にいたら
……
あいつが不幸になる気がするから」
「はあ?」
思わず素っ頓狂な声が出る。
「
……
どういうことだよ、それ」
「だから、理由は言えないって」
自分でも苦しい言い訳だと思う。
けれど、嵐士から聞かされた真実を軽々しく口にできるはずもなかった。
宗真の今の姿。呪い。母親。偽りの幸せ。
もしそれが本当なら
――
。自分がそばにいることは、宗真を“今のまま”に縛りつけることになるのかもしれない。
そう思ったから、ああするしかなかった。若林はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「お前や月城に、どんな事情があるかなんて、俺は知らないし聞かない」
低い声だった。けれど、そこには確かな苛立ちが滲んでいた。
「でもさ。一緒にいて月城が不幸になるっていうなら
――
」
若林の目が、まっすぐヨツダを射抜く。
「お前がさっきみたいに突き放した時の、月城の顔は。幸せそうだったか?」
ヨツダの喉が、ひゅっと詰まる。
脳裏に浮かぶのは、宗真の顔だった。信じられない、という目。傷ついた顔。
「
……
それは」
「長い目で見れば、とか言うつもりか?」
ヨツダは、何も言えない。
「理由も知らされないまま、好きなやつに急に冷たくされる方が
――
」
若林は、静かに言い切った。
「よっぽど堪えるだろ」
若林の言葉が、頭から離れなかった。“理由も知らずに、一方的に嫌われる方がよっぽど堪える”まさに、その通りだ。
宗真からすれば、何も知らないまま、自分に拒絶された。傷つけたくないなんて言いながら、結局、誰よりひどく傷つけたのは自分だった。
(あいつに、本当のことを言わないと
……
でも、その前に謝らないと)
許してもらえるかなんて、わからない。許されないかもしれない。
それでも。
もう、このまま逃げ続けるわけにはいかなかった。
翌朝。登校中、校門の少し手前で、ヨツダは見慣れた後ろ姿を見つけた。淡い茶髪が、朝日に透けて見える。間違いない。宗真だ。
心臓が、どくんと大きく跳ねた。
「お
……
おはよっ」
自分でも情けなくなるくらい、ぎこちない声だった。けれど。
宗真は、ぴくりとも反応しなかった。まるで聞こえていないみたいに、そのまま歩き続ける。
いや
――
違う。一瞬だけ肩が強張ったのを、ヨツダは見逃さなかった。
(
……
相当、怒ってる)
そう思った次の瞬間。宗真は、そのまま校舎へ向かって駆け出した。まるで、逃げるみたいに。
「
……
っ」
思わず追いかけそうになる足を、なんとか止める。
(それどころか
……
避けられてるな)
胸の奥が、鈍く痛んだ。でも、それは当然の報いだ。昨日、あんなふうに突き放したのは自分なのだから。重い足取りのまま教室に入る。
すると、いつもと同じはずの空気が、今日は妙に冷たく感じた。
ざわつく声。ちらちらと向けられる視線。特に、昨日のやり取りを見ていた女子たちの間では、「月城に酷いことをしたやつ」という印象が、すでに広まっているらしい。
思春期の教室というのは、こういう空気が驚くほど早く伝播する。
「昨日、月城が泣いてたって三組の子が言ってた」
「吉田と話してなかった?」
「え、女の子泣かすとか最低じゃない?」
そんな声が、本当に聞こえたわけではない。でも、そう言われていてもおかしくないと思えてしまうくらい、教室の居心地が悪かった。
(
……
)
机に座って、黙って前を向く。昨日の顔が脳裏に浮かぶ。そっと拳を握りしめた。
許されなくてもいい。それでも、自分の口で全部伝える。謝って、ちゃんと本当のことを話す。
それが、今の自分にできる、最低限の償いだった。
しかしこの調子のまま、宗真に謝る機会が訪れることはなかった。
宗真があからさまにヨツダを避けるようになったからだ。
メッセージは未読スルー。もしかしたらブロックされているかもしれない。
廊下ですれ違えば視線を逸らされる。休み時間に会いに行こうとしても、ちなつやゆきのそばを離れない。放課後も、部活や用事を理由に、するりと逃げていく。
話しかける隙なんて、どこにもなかった。
そして
――
気づけば、一週間が過ぎていた。
赤星嵐士は、一年三組の教室に入るなり、足を止めた。思わず、目を疑う。
――
今日は、新月だ。本来なら、宗真は朝の時点で男に戻っているはずだった。なのに。
ちなつやゆきと談笑している宗真は、いつも通りのセーラー服の女子だった。
……
いや、いつも通りどころではない。髪は丁寧に巻かれ、目元にはうっすらと色が乗っている。普段より少し派手なメイクまでしていた。
まるで、自分が“女の子”であることを、前より自然に受け入れているみたいに。
嵐士は、思わず息を呑んだ。
(
……
ボクとしたことが、迂闊やった)
胸の奥に、鈍い後悔が広がる。その瞬間、不意に脳裏をよぎったのは、以前聞いた真冬の何気ない一言だった。
――
あんまり長く男の子でいられると、ほんとに戻らなくなるみたいだし。
それは、去年のクリスマスの前。新月でもないのに宗真が男に戻ってしまった時のこと。今回とは、まさに真逆の現象だ。
あの時は、事態を収めるだけで手一杯だった。真冬の言葉も、ただの補足くらいにしか受け止めていなかった。だから、深く考えなかった。
でも
――
。
(それが逆もあるって、なんで思わんかったんや
……
!)
宗真は、ここ最近ずっと“女の子”として過ごしていた。
制服も、生活も、周囲との関係も。少しずつ、その身体に、その立場に、その日常に馴染んでいっていた。
しかも、ここ一週間はヨツダとのすれ違いで、精神的にもかなり不安定だった。もし、この呪いが新月だけではなく、宗真自身の心の揺らぎにも影響されるものだとしたら
――
。
そして、呪いが、“身体”だけではなく“心”にまで食い込んでいるとしたら
――
。
最悪の想像が、嵐士の背筋を冷たくなぞった。このままでは。これまでの宗真が、いなくなってしまうような、そんな予感。
嵐士は、無意識に拳を握りしめる。
(あかん。今すぐ、吉田くんに知らせな)
もう、悠長に段階を踏んでいる場合ではなかった。嵐士は踵を返すと、そのまま一組の教室へと駆け出した。
「
……
」
一組の教室で、ヨツダは頬杖をつきながら、ぼんやり窓の外を眺めていた。
(前は何か借りに、しょっちゅうこっちまで来てたくせに)
宗真は以前は何かと理由をつけて、顔を出していた。忘れ物したとか、ノート見せてとか、プリント余ってないかとか。そのたびに、鬱陶しいと思いながらも、結局どこか嬉しかった自分がいた。
(
……
忘れ物癖まで直ったのかよ)
皮肉めいたことを考えて、余計に胸が重くなる。
その時。
「吉田くん!」
聞き慣れた声がして、ヨツダは顔をしかめた。
「
……
なんだ、お前かよ」
振り返ると、そこには嵐士が立っていた。その顔を見た瞬間、胸の奥に燻っていた苛立ちが、じわりと顔を出す。
――
元を辿れば、こいつが発端みたいなものじゃないか。
宗真のためだとか、真実を知るべきだとか。それらしい正論を振りかざして、呪いがどうだの、宗真の母親がどうだのと言い出したせいで、全部、こんなにこじれてしまった。
もちろん、自分が宗真を傷つけたことまで嵐士のせいにするつもりはない。でも、そう思わずにはいられなかった。
そんな苛立ちを押し殺しながら、返事をするのが精一杯だった。
「今日、なんの日か分かるか?」
「いや
……
知らねえけど」
嵐士は、呆れたようにため息をつく。
「ったく。鈍いなあ」
(
……
ほっとけ)
眉をひそめるヨツダに、嵐士は少しだけ表情を引き締めた。
「今日、新月の日なんやけど」
その言葉に、ヨツダは一瞬きょとんとする。けれど、次の一言で、全身の血の気が引いた。
「
……
宗真くんが、女の子のままなんや。毎月この日は戻るって言ってたよな?おかしいと思わん?まあボクの勘やけど
……
宗真くん、このままやと男に戻れん気ぃして」
「
……
は?」
思考が、一瞬止まる。
今まで、新月の日が来るたびに、宗真は男に戻っていた。新月以外に戻ったこともあったが、少なくとも周期的に戻ること自体はこの呪いの“当たり前”だったはずだ。
なのに。
「え
……
!?」
椅子が大きな音を立てて倒れた。教室中の視線が集まる。そんなこと、もうどうでもよかった。
「どういうことだよ、それ
……
!」
喉がひりつく。胸の奥で、嫌な予感が一気に膨れ上がっていく。
宗真に、何かあったのか。
――
取り返しのつかない何かが、始まってしまったのか。
慌てて三組へ向かうと
――
。教室の中で、ひときわ目を引く姿がある。
宗真だ。どこかいつもと違った。髪はいつもより丁寧に巻かれていて、前髪の流し方も少し大人っぽい。
うっすらとマスカラが塗られ、まつ毛の存在感が増している。目元も、よく見ればほんのり色が乗っている。まるで、“女の子”としての自分を、前よりずっと自然に受け入れているみたいだった。
「宗真、さすがに今日はちょっと派手じゃない?」
「アイメイクはバレやすいよ?」
「えー?」
ちなつやゆきの指摘に、宗真は少し照れくさそうに笑う。
「これくらい、大丈夫だろ
……
」
言いかけて、ふと口をつぐむ。そして、少しだけ首を傾げて言い直した。
「
……
いや、大丈夫でしょ」
「にしても、最近急にオシャレ頑張っちゃってさー」
宗真は、どこか楽しそうに髪を指先でいじる。
「今は、こういうのが楽しいんだよね。
……
“私”」
その言葉に、教室の入り口に立っていたヨツダの心臓が、どくりと跳ねた。
(
……
“私”って)
違和感。いや、それ以上の、言いようのない不安。それはただの一人称の問題じゃない。
宗真の中で、何かが少しずつ変わってしまっているような
――
そんな嫌な予感がした。
その時、宗真がふと顔を上げた。そして、入り口に立つヨツダを見つける。
一瞬だけ、目が合う。でも次の瞬間、宗真はさっと視線を逸らした。
(うわ、バレた
……
)
胸がぎゅっと締めつけられる。でも、今はそんなことを言っている場合じゃない。ヨツダは教室の中へ踏み込み、宗真の席へ向かう。
「あ、吉田くん?」
「え?」
ちなつとゆきの反応に続き、宗真が驚いたように目を見開く。
「な、なに
……
?」
ヨツダは迷わず、宗真の手を掴んだ。
「っ
……
!」
細い手首。以前より、ずっと華奢に感じる。
「来い」
そのまま、半ば強引に引っ張ろうとする。
「や、やめて
……
っ。何するの?」
怯えたような声。それなのに、その口調すら、どこか以前より“女の子らしい”。
(
……
だからなんだよ、その口調)
――
苛立ちじゃない。焦りだった。このままじゃ、本当に手遅れになる気がして。
「お前、今日なんの日か知ってる?」
「え
……
?」
「ち、ちょっと何?宗真、嫌がってるでしょ」
「吉田くん、どうしちゃったの?やめなってば」
ちなつとゆきに咎められ、教室中の視線が、一気に集まる。ヨツダは、はっとして我に返った。
「あ
……
ごめん」
慌てて、手を放す。宗真は、掴まれていた手首をそっと押さえながら、戸惑ったようにヨツダを見る。
それから、言われた意味を考えるように、制服のポケットから生徒手帳を取り出した。ぺら、とページをめくる。今日の日付を確認する。
そして
――
。
「
……
今日、新月
……
?」
小さく、呟く。次の瞬間、宗真の顔から、さっと血の気が引いた。
「ほんとだ
……
なんで戻ってないの?」
その場の空気が、凍りついた。
教室の空気が、ぴんと張りつめる。宗真の青ざめた顔。ざわつき始めるクラスメイトたち。そして、その少し後ろで、嵐士が苦い顔をしていた。
ヨツダは、宗真の前に一歩踏み出した。声が、かすかに震えている。
「なあ
……
」
宗真が、ゆっくり顔を上げる。
「これ
……
戻るんだよな?」
その問いは、宗真自身に向けたものでもあり、同時に、自分を安心させるための祈りでもあった。
「男の、お前に」
その言葉に、宗真の瞳がわずかに揺れる。でも、返ってきた声は、思っていたよりずっと冷たかった。
「
……
何か困ることでもあるの?」
「
……
え?」
宗真は、感情を押し殺すように、淡々と続ける。
「そもそも、吉田
……
くんと私って。別に、友達でもなんでもないよね?」
教室の空気が、さらに冷える。宗真は、視線をまっすぐヨツダに向けた。その目には、まだ消えない傷が滲んでいた。
「っていうか、嫌いなんでしょ?私のこと」
「っ
……
!」
息が詰まる。その一言が、どれだけ宗真を傷つけたのか。一週間経っても、まだこんなふうに残っている。
自分のしたことの重さが、改めて胸にのしかかる。
「ち、違う!」
気づけば、声を張り上げていた。教室中の視線なんて、もうどうでもいい。
「そのこと、ずっと謝りたかったんだって!
……
ほんとのこと、話そうと思ってたんだ!」
宗真の肩が、びくっと揺れる。ヨツダは、必死に言葉を繋ぐ。
「ていうか
――
」
今さら、こんな言い方しかできない自分が嫌になる。でも、それでも、口をついて出た。
「その口調
……
どうしたんだよ?」
一瞬。教室が、しんと静まり返る。宗真は、少しだけ目を伏せた。長いまつ毛が影を落とす。指先が、制服の裾をきゅっと握りしめる。
「
……
」
その沈黙は、ほんの数秒のはずなのに、やけに長く感じられた。そして宗真は、ようやく、小さく息を吐いた。
まるで、自分でも認めたくなかったことを、口にする覚悟を決めるみたいに。宗真は、しばらく黙っていた。俯いたまま、制服の裾をぎゅっと握る。
それから、ようやく口を開く。
「
……
私、女の子なんだし。そうした方が自然でしょ?」
「
……
」
「今は、女だからとか、そういうの関係ないっていう人もいるけど。乱暴な話し方を直すのって
……
別に、悪いことじゃないし」
その声は、いつもの宗真の明るさとは違っていた。どこか、自分自身に言い聞かせるみたいで。無理やり、“納得しよう”としているようにも聞こえた。
ヨツダは、奥歯を噛みしめる。もう、言うしかない。ここで黙っていたら、本当に全部手遅れになる。
「だから
……
」
宗真が顔を上げる。
「このままだと、お前
……
男に戻れなくなるんだって」
その瞬間。宗真の目が、大きく見開かれた。
「
……
は?」
信じられない、というより。理解が追いつかない、という顔だった。でも、次に返ってきたのは、意外な言葉だった。
「
……
戻らなかったら、何?」
「
……
え?」
宗真は、まっすぐヨツダを見つめた。その瞳の奥には、戸惑いだけじゃなく、怒りにも似た感情が揺れていた。
「あなたに、関係ある?」
その呼び方に、ヨツダの心臓が嫌な音を立てた。
(
……
“あなた”って)
まるで他人に向けるような、距離のある言葉。それだけで、胸の奥がひどく冷える。
「
……
っ」
それでも、逃げるわけにはいかなかった。
「だからさ
……
」
声が、少し掠れる。
「お前、跡継ぎになれないように呪われたとか言ってたけど
……
それ、お前のお母さんがかけたんだって。前に、お前のお父さんが、お前に男の跡継ぎにさせようとしたみたいに」
「
……
え?」
空気が、止まる。教室のざわめきも、誰かの笑い声も。全部、遠くに引いていくようだった。
ヨツダは、拳を握りしめたまま、続ける。
「俺と一緒にいたら、お前は『カノジョ』でいようとするだろ。ただそうなるとそのうち男のお前が消えちゃうかもしれなくて
……
!だから俺
……
距離、置いてたんだ」
言葉にした瞬間、胸の奥が焼けるように痛んだ。最低だと思う。こんな大事なことを、こんな最悪のタイミングで。しかも、言い訳みたいに吐き出している。
でも、それでも。
「お前を傷つけたくなかった。
……
いや、違うな」
一度、息を飲む。
「ほんとは、俺
……
怖かったんだよ。全部知って、それでもお前がずっと女のままでいたいって言ったら、俺、どうしたらいいか分かんなかったんだ。それに、男のお前も、女の子のお前も
……
どっちも好きだから」
宗真は、何も言わない。ただ、呆然としたように立ち尽くしていた。今まで信じていたものが、一気に揺らいでいくみたいに。ヨツダは、そんな宗真から目を逸らさずに言った。
「だから
……
逃げた。ほんと、ごめん」
教室の真ん中で。ようやく、ヨツダは、ずっと言えなかった謝罪を口にした。
その時
――
。
無情にも、予鈴のチャイムが鳴り響いた。張りつめていた空気が、一瞬だけ揺れる。クラスメイトたちも、はっと現実に引き戻されたようにざわつき始めた。
「やば、次移動だ」
「先生来るって」
そんな声が、遠くで聞こえる。
ヨツダは、ぎゅっと拳を握ったまま、唇を噛む。こんなところで終わるつもりなんてなかった。でも、このままここにいても、今すぐ全部を話し切れるわけじゃない。
小さく息を吐いて、宗真を見る。
「また来るから」
それだけ言って、踵を返そうとした、その時。
「お、お前
……
!」
思わず振り返る。そこにいた宗真は、さっきまでの“私”の顔じゃなかった。戸惑いと混乱でいっぱいの、でも確かに、いつもの、あの宗真の表情だった。
(
……
“お前”か)
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
(いつもの、あいつだ)
たったそれだけで、まだ全部終わったわけじゃないと、信じたくなった。宗真は、自分でも無意識に飛び出した言葉に、少しだけ息を呑んだ。
さっきまで、無理やり整えていた口調。“女の子らしく”しようとしていた言葉遣い。そんなものを吹き飛ばすくらい、今の話は衝撃だった。
(
……
オレの母ちゃんが、全部の元凶って
……
?)
頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。
呪い。母親。自分の身体。新月。ヨツダの言葉。
どれも、すぐには飲み込めない。
(母ちゃんなんて
……
顔も思い出せないし)
母親の顔なんて、もうほとんど覚えていない。写真も、家には残っていなかった。ただ、ぼんやりとした記憶だけ。少し冷たい手。遠くを見ているような目。笑っていたような、そうでもなかったような。
(
……
オレの母ちゃんって)
胸の奥が、ぞくりと冷える。
(そんなヤバい人だったのか
……
?)
初めて、自分の知らない“過去”が、今の自分にまで手を伸ばしてきた気がした。チャイムの余韻が消えていく教室で。宗真はその場に立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。
宗真の化粧は教室に入ってきた担任に一瞬でバレてしまった。
「月城さん
……
それ、化粧してますか?」
「
……
あ」
一瞬、言葉に詰まる。
さっきまで頭の中を埋め尽くしていた衝撃が大きすぎて、メイクのことなんてすっかり忘れていた。
「えーと
……
」
担任は、じっと宗真の顔を見たあと、静かに言った。
「
……
落としてきなさい」
「
……
はい」
教室のあちこちから、くすっと小さな笑いが漏れる。けれど、今の宗真には、それすら遠く感じた。
女子トイレ。
洗面台の前で、宗真は冷たい水を何度も顔にかけていた。ばしゃ、ばしゃ、と水音だけが響く。
(
……
オレ、何してたんだろ)
濡れた前髪をかき上げながら、ぼんやりと思う。
本当は、自分でも分かっていた。この一週間。
ヨツダに避けられて、拒絶されて、胸の奥がずっと空っぽみたいで苦しかった。
だから
――
。
(ヨツダに嫌われたから
……
前のクリスマスの時みたく、いきなり男に戻るかと思って)
あの時、ヨツダは新倉のことが好きなのかと誤解して、呪いに変化が起きた。だったらヨツダと喧嘩した今回も、男に戻ってしまうんじゃないか。そんな不安が、どこかにあった。
だから、わざと。
(女っぽくしてれば、少しは戻りにくくなるかなって思ってたけど
……
やりすぎたのか?)
そもそもなぜ男に戻りたくなかったか。その理由までは考えが及ばない。うっすらとマスカラの残るまつ毛を見つめる。それ以上に、頭を離れないのは、さっき聞かされた言葉だ。
(ていうか
……
なんでオレの母ちゃんが出てくるんだ?)
十年は会っていない母。ほとんど記憶もない人。なのに、その人が、今の自分を作った元凶だなんて。
(なんで赤星の家にいんのかも謎だし。てか、姉ちゃんたちや父ちゃんは、そのこと知ってんのか
……
?)
考えれば考えるほど、足元が揺らぐ。何が本当で、何が嘘なのか。自分が今まで信じていたもの全部が、少しずつ崩れていくみたいだった。
(そのことと、ヨツダが離れることと
……
何の関係があるのかもオレはよく分かんねえし
……
)
蛇口を止める。ウォータープルーフのせいで、完全には落ちきらない。でも、目立たないくらいには薄くなった。
※ちゃんとクレンジングと保湿しないとダメよ!(By.静乃)
宗真は、濡れた手で軽く顔を拭って、鏡を見上げる。
そして
――
。
「
……
は?」
鏡の中に映っていたのは。肩につかない短い髪。制服の襟元から覗く、平らな胸元。
本来の自分。
――
男の、月城宗真だった。
「またかよ!?」
思わず、素っ頓狂な声が響く。心臓がばくばくとうるさい。
(だからなんで、セーラー服ん時に戻るんだよ!?)
最悪だ。女子トイレで男に戻るとか、シャレにならない。幸い、今日は体育があったから、体操着は学校に置いてある。宗真は、とっさに頭を切り替えた。
(制服、顔洗って濡らしたってことにして
……
体操着に着替えるしかねえ!)
半ばやけくそでそう決めると、宗真は濡れた袖を押さえながら、足早にトイレを飛び出した。
一時間目は数学だった。
宗真は、教室の前に立つと、なるべく平静を装って手を挙げる。
「すみません。顔洗ってたら制服、濡らしちゃったんで
……
ジャージに着替えてきてもいいですか?」
「あ、ああ
……
いいけど」
教師は頷きながらも、どこか引っかかったような顔をした。
(
……
月城って、もっと髪長くなかったか?)
けれど、幸いそれ以上は追及されなかった。宗真は内心でほっと息をつく。
人目を避けて男子トイレの個室へ滑り込み、急いでセーラー服を脱ぎ、学校指定のジャージに着替える。
(助かった
……
)
こんなこと、今までなかった。まだ頭の中はぐちゃぐちゃのままだったけれど、とりあえず今は、この場をやり過ごせたことだけで十分だった。
次の休み時間。
「えっ!?」
「宗真が男の子になってる!?」
ジャージ姿で教室に戻った宗真を見て、ゆきとちなつが揃って目を丸くした。
「お前らが忘れてるだけだって」
照れ隠しみたいに頭をかく。
「毎月、新月の日はこうなってただろ?」
(
……
時間差はだいぶあったけど)
今までにない変化だった。それが意味することを考えると、まだ胸の奥がざわつく。
でも、少なくとも“戻れた”。その事実だけで、少しだけ息がしやすくなった。
「いやー、良かったなぁ宗真くん。無事に戻って」
席替えで宗真の真後ろの席ではなくなった嵐士が、いつの間にか傍に立ち、いつもの調子でにやりと笑う。
「本当は男の日やしな。これも吉田くんのお陰やね?」
「
……
うん」
少しだけ視線を落としてから、小さく頷く。
「まあ、そうだな」
その返事を聞いた瞬間。
「宗真
……
!」
教室の入り口に立っていたヨツダが、息を切らしながらこちらへ駆け寄ってきた。
「さっきの話だけど
――
って、お前!?」
ジャージ姿の宗真を見て、目を見開く。
「よお」
少し気まずそうに手を上げる。
その瞬間。
「よかっ
……
」
声が、震える。
「良かっ、た
……
!」
気づけば、ヨツダは宗真を強く抱きしめていた。
「うわっ!?」
教室中が、一瞬で静まり返る。
「お、おい!」
耳まで真っ赤になりながら、宗真は慌ててヨツダの背中を叩く。
「今、オレ男だから!なんかこれ、BL的な感じになってて、ちょっとハズいんだけど!?」
教室の空気が、一拍遅れてどっとざわついた。
「え、何あれ」
「ちょ、吉田くん大胆すぎ」
「月城、今男じゃん!?」
「ええええっ!?」
ちなつは完全に口をあんぐり開けている。
一方で、ゆきはというと。目をきらきらさせていた。
「ゆき!?そっち!?」
「だって、ずっと拗れてた二人が仲直りした瞬間だよ!?見届けないわけないじゃん!」
「見届けるな!」
真っ赤になってツッコむ宗真に、教室の空気が少しだけ和らぐ。
その時。
「樹くん
……
やっと言えたんだね
……
!」
入り口から、しみじみとした声がした。振り返ると、そこには海成が立っていた。なぜか少し晴れやかな顔をしている。
「なんや、江沼くんも来たんか」
海成の顔を見て、嵐士が眉を上げる。
「どないしたん?妙にスッキリした顔して」
海成は、少しだけ苦笑して肩をすくめた。
「いや
……
」
宗真とヨツダを見て、ふっと優しく笑う。
「失恋の傷があるうちに、その原因の二人が喧嘩してるとか、そりゃあないでしょ」
少しだけ間を置いて、素直に言う。
「ようやく、丸く収まったみたいで
……
よかったね、二人とも」
その言葉に、宗真は少しだけ気まずそうに視線を逸らし、ヨツダは宗真を抱きしめたまま、ばつが悪そうに咳払いした。
けれど、その腕は、まだ離れなかった。
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