新世界を渡るほど、戦いは過酷になる。そして、時折、強敵ともいえる海軍もたくさん現れる。頭が良く、狡猾で、作戦を立てて、海賊たちを追い詰める。
「ニコ・ロビン」
例えば、海水たっぷりの手で、
「端から、狙いは」
たくさんの敵に囲まれた考古学者に、襲いかかれば――
―――――――
「終わったか」
「づがれだーー」
料理人と狙撃手は顔を見合わせて一息ついた。周りに敵はもういない。
「ほかのみんな大丈夫かな……大変だったぞぉ」
「お前、先に帰っとけ。おれはもうちょい周り見て帰る」
「あ!?いやいやそんな!おれまだいけるぞバカにすんなサンジ!!一緒にいでひどりにじないでー」
「わかったからしがみつくなバカ」
ため息を漏らしながら、彼は周りを見る。仲間たちの姿は見えない。この島は岩山が真ん中に大きくそびえ立っていて広いから、散らされているのだろう。
「……ん!?」
料理人はぴくんと反応した。しがみついていた狙撃手は思わず驚く。
「さ、さんじくーん?」
「ロビンちゃんが……」
「え」
「あぶねぇ!!」
「ぎゃーー!!!」
狙撃手をしがみつかせたまま、料理人は走り出す。何かを感じ取ったように、そちらの方向へ、そちらの方向へと動くのだった。
―――――――――
「覇気がない能力者は、抗えなかっただろう。ニコ・ロビン」
瓦礫の中、恭しくもたれさせられた考古学者の体。それを覆う影はいつだって大きい。
「さて……」
そして影はにやりと笑った。待ってましたとばかりに。全力で走って、現れた。その姿に。
「ロビンちゃんは……渡さねぇ」
料理人は、気を失った考古学者の前に庇うように立っていた。先ほど彼も戦いを終えたばかり。それでも、彼女の危機に現れたのだ。
「……成程」
引きずるように、ぬめりを帯びた水音がする。巨大な影が、血だらけの料理人に近づき、覆っていく。影が晴れた目の前の巨体。能力か、はたまたそうではないのか。ともかくたくさんの海藻を絡めて出来上がったまるで巨人のような体。しかし、彼は考古学者の前から怖じけることなく、離れない。
「ヴ」
ぬめりを帯びた指がゆっくり彼の顔をなぞりあげた。ぬめぬめと奇妙な感触に身体が冷える。けれど、彼はきっと睨んだまま動かない。
「おもしろい、試してやる」
ぬるぬるとした大きな藻の指が彼の背にゆっくりと差し込まれた。とんと背後を取られるような感覚にぞわぞわと体が粟立つが、
「動くと、もう一つの手をニコ・ロビンに使うぞ」
そう言われると歯ぎしりした彼の瞳は気を失った考古学者ばかりの方に向かう。
「ふふ」
既に男の指に身体が囲まれていたとしても、あるいはこのまますっぽりと体を覆われ空に抱き上げられてしまったとしても、料理人は考古学者への危機を優先しただろう。その状況に男は気を良くした。
「ならば、そのまま、おれの指に背をもたれさせ、身をゆだねろ」
「……」
「そうすれば、お前が気絶するまであいつに手は出さない」
料理人は、ぐっと決意したように足の力を抜いた。もにゅりと柔らかなクッションがあてがわれるような音。肩がよりひやりとした感覚を拾い、藻でできた指が彼を支えているような格好になる。
「いい子だ。動くなよ」
その手はついに、料理人を地から掬い上げた。指にもたれさせられ、大人しく座らされた格好にされたまま、身体がふわりと抱き上げられる。ぬるり、ぬるりと、ぬめりを帯びた液が、彼の体を湿らせる。
「ん、っ」
無防備な頸動脈にぬるぬるした節のある太い指が擦るように柔らかく一度当てがわれると、料理人は微かに頭をそらして喘いだ。ゆっくりと指が離れると、粘液が音を立てて彼の無防備な身体に落ちる。男の嘲笑うような視線が変わらず仰向けの細い体を眺め回す。
「さぁ、どうして欲しいんだ。色男」
「……ロビンちゃんを、解放しろ」
料理人は、静かに言い放った。だが、大きな指が、今度は手首にあてがわれた。
「違う」
「っ、う」
「どこをいじってほしいか聞いてんだ」
手首を絡め取られるように締め付けられ、ひくんとまた身体が冷たさと痛みに跳ね、とぷとぷと溢れ出した粘液が大事な腕を包む。男はそのまま料理人に笑いかけた。
「わかるだろう?能力者であろうかなかろうが、このままじっくり体をあちこち弄くるだけで」
「……っ、んっ、う」
「お前はこの海藻から吐き出される粘液に溺れ、おれの指から抜け出せず、やがて意識を失っちまうんだ」
つぷりと腹をもう片方の指で柔らかく突かれ、料理人はまた喘いだ。とぷとぷと腹をたっぷりの粘液が覆っていく。彼の顔以外はほぼ、粘液と緑の藻に覆われ、身体が動かなくなっているのか、彼は心地悪そうにふうふうと掠れた息を吐くだけだ。
「さぁて、リクエストがなきゃ、口元を塞いですぐおねんねさせてやるぞ」
「……っ」
「どこがいい?」
男の指が、口元にゆっくりと近づいてくる。
料理人は、ふうっと息を漏らした。
「……もう、いらねぇよ」
「あ?」
「助かった、からな」
男ははっと息を呑んだ。考古学者の姿は、もうどこにもない。
「サンジーー!!ほんとに大丈夫かよーー!」
「あぁ」
そして、気づく。
「休めたし」
男は、料理人を手の中に収めていたのではない。
「余裕、だ」
彼の掌のうえで、転がされていたのだ。
「悪魔風……脚」
ごおっと音を立てて、彼の体は燃える。粘液ごと。あるいは藻ごと。
「ボアルアブリール」
そして仕返しとばかりに、その体を、灼熱の蹴りで、
「スペクトル!!」
何度も、蹴り返すのだった。
――――――
「おい、ウソップ、言ってねぇだろうな。誰にも」
「言ってねぇよ!!いう暇もなかったんだ!!」
「言ったらお前も共犯だからな」
「ウエー、ずりぃぞ!!」
まどろみの中で、考古学者は、そんな彼らの声を聞いた。うっすらと目を覚ます。
「……サンジ、ウソップ」
「あっ、ロビンちゃん!無事でよかった!!」
「ロビンー!酷ェ目に遭わされたな!!だが大丈夫、このウソップさまが……」
彼女は目を動かし、料理人と狙撃手を観察した。
「助けてくれて、ありがとう」
そして、制すように先に言った後、
「……それ」
「え」
考古学者は、指さした。料理人のあちこち粘液だらけの体を。
「私も、一緒に、叱られてあげる」
「エッ」
料理人は困った顔をした。考古学者には、バレていた。自分の身を捧げて気を引いて、彼女を助けたことが。
「共犯ね。ウソップも」
「おれも!?」
「みんなーー!大丈夫かーー!!!」
船長の声が、響き渡った。料理人と狙撃手は考古学者の顔を見る。誤魔化すこともできた。だが、優しい笑顔。もう逃げられない。
「サンジーー!!!だめだぞーー!!!」
「大声出すなっ」
「私たちも共犯よ、ね、ウソップ」
「あぁ、そうだそうだ!サンジがやらなきゃおれがやってたからな!!」
「なにぃ!!それもだめだーー!!」
そして無事に、共犯三人への、船長のお説教が響いたのだった。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.