かなざわ
2026-04-18 19:25:19
3475文字
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流星に浚われる

よだつかワンライ第4回お題「ドライブ」で参加&投稿作品。作成時間2h50min。
交際中で同棲はしていない二人。財力と行動力のある大人の「何それずるい、僕ともやって」な話。

 待ち合わせ場所がいつもと違うな、とは思ったのだ。
 いつもならタクシーの送迎指定に分かりやすい店などがほとんどなのに、その日指定されたのはとある駐車場だった。珍しいなと感じつつ、そんな日もあるか、と特に追求はしなかった。
 司は休日が決まれば純に報告するようにしている。休みが不定期になりがちな仕事だからこそ、会える機会があるなら会っておきたい。
 予定が合うようなら、純から日時と場所が記されたメッセージが返ってくる。この日の約束も、いつもと同じだと思っていた。
 明日から二日間、司は仕事が休みだった。いのりが家庭の事情でレッスンに来られないとのことで、それを知った瞳がこれ幸いとばかりに有給を捩じ込んで来たのだ。
 レッスンを終え、生徒たちを見送り、瞳や洸平とお互いを労いつつ締め業務を終えて。予め予測していた時間とほぼズレもなく待ち合わせ場所に到着した司は、メッセージアプリで『着きました』と送った。
 純からの応答に気づけるように携帯を持ったまま、周囲を見回す。純のことだから、近くで喫煙しつつ待っているのだろうと思ったからだ。
 司が純を探していると、駐車場の奥から車が一台やって来るのが見えた。進行の邪魔をしないようにと端に避けた司の前で、車が停車する。不審に思いつつ運転席を見やった司は、ぽかんと口を開けていた。
「え……
 金縛りにでもあったかのように動きを止めた司の前で、運転席のウインドウが下がっていく。
「乗って」
「夜鷹さん?」
 運転席でハンドルを握っていたのは、どう見ても純だった。
 目の前で起きている出来事が咀嚼しきれずに固まっていると、純がすうっと目を細めた。不機嫌にまでは至っていないが、面白くはないと感じている顔だ。
「僕以外と待ち合わせの約束をしてたなら、随分といい度胸をしているね」
「間違いなく夜鷹さんですね」
「いいから乗りなよ。早く」
 助手席を指し示され、司は大人しく頷いた。車の反対側に回り、ドアを開け、シートに座り込む。シートベルトをカチンと音を立てて装着すると、車は滑るように発進していた。
……
……
「言いたいことがあるなら言ったら」
「あ、これ喋っていいやつですか」
「僕は君に黙ってろとは言ってないよね」
「言われてませんけど、有無を言わさず車に乗せられたら、訳が分からなくて混乱するとは思いませんか?」
「そういう経験はしたことないから分からないな」
 いや嘘つくな! あれだけの演技をしてきた人が想像力がないなんてわけないだろ! いやまあ確かに? 結構な頻度でこの人想像力が欠如してるなって感じる言動してくることあるけど! 小学校の通信簿とかに「相手の気持ちを考えて行動しましょう」とか書かれなかった? そもそもスケート一辺倒でそんなに学校行ってなかったんだっけ? だからと言って「仕方ないかあ……」では済ませられないんだよなあ、もういい大人なんだから、報・連・相はちゃんとしないとさ……
 一挙に諸々を考え、けれど純相手に声を荒げることが出来るわけもなく。結局司はため息を吐きながら肩を落とすに留めたのだった。
「単純に驚いたんですよ……貴方が免許を持ってるって知らなかったから」
「公共の交通機関が宛てにならない国だと、車の方が早い」
「え、海外で運転したことあるんですか」
「あるよ」
「ひえ……俺はそれはちょっと怖いですね、交通ルールの違いとかが……
……それって僕に啖呵切るより怖いこと?」
「うわ、夜鷹純が人の過去突っついてくるぅ……
 もー、と顔を手で覆っていると、隣りでふっと純が笑う気配がした。
 指の隙間から純の様子を伺う。運転をしている純は当然ながら前を向いていて、司から見えるのは彼の横顔だ。
 現役の頃からほとんど変わっていない顔立ち。だがその口許がほんのわずかにだが緩んでいるのが見えて、今更のように胸の奥がきゅうっと音を立てた。
 一方的に見つめるだけだった相手と、こうして隣り合って話していることも。自分の言葉に、相手が感情の揺らぎを見せることも。
 どれもが降ってわいた奇跡のようで、時折長い夢でも見ているのではないかと考えてしまうことがあった。流れ星の欠片を手にしました、と言った方がまだ現実味があるのではないかと思えるほどに、自身の置かれた現状が信じられなくなる。
「見すぎ。言いたいことがあるなら言ってって、さっきも言わなかったっけ」
「夜鷹さんの運転する車の助手席に乗っている現実を改めて噛み締めたらあまりに現実感がなくて、本物の俺はロッカールームで頭でも打って寝てるんじゃないかなと疑い始めてるところです」
……信号待ちになったらキスでもしてあげようか。それなら目が覚めるだろ」
「嘘です冗談ですドライブ嬉しいなあ!」
 不穏な発言が耳に入り、司は即座に前言を撤回した。
 純の運転する車のガラスにはスモークが貼られているわけでもなく、どの角度から見ても普通に中が覗き見られる仕様だった。通行人も交通量も少ない時間帯になりつつあったが、どちらもゼロではない。ごく一般的な感性の司にとって、衆人環視があり得る状況下でラブシーンを演じる性癖はさらさらなかった。
 わざとらしく明るい声を出した司とは裏腹に、純は一つ舌打ちをしていた。鋭い音が耳を打ち、この人ホントにする気だったな……と危機回避出来たことに密かに胸を撫で下ろした。
「俺としては夜鷹さんの新たな一面が見られて嬉しいですけど、いきなり運転なんて何かあったんですか?」
「理凰経由で慎一郎くんから聞いたんだけど、生徒と車中泊したことあるんだって?」
「そこだけ聞くと旅行みたいですけど、単なる移動です。本当にどうしようもない状況だったので、行きだけ」
 車中泊、と言われて思い当たるのは一つしかない。いのりジャンプ指導のために新潟へ赴いた際の一件だろう。
「事情も理由もどうでもいいよ。車で寝るなんて冗談じゃないし」
「はあ……
「だから、君を浚うことにした」
「はあ?!」
 今この人、浚うって言った?
 驚き瞠目した司だったが、純の表情は変わらない。
「別に監禁なんてしないし、休み明けまでには帰ってくるよ。行き先が僕の部屋じゃなくなっただけ」
「ちょっと待ってください、これってどこ向かってるんですか?」
「箱根だし、そんなに遠くないよ」
「いやそれ普通に旅行の距離じゃないですか!」
「着替えなら後ろに積んできてる。他に足りないものは買えばいい」
 慌てて後部座席を確認すると、そこには純の言葉通り、服が重ね置かれていた。明らかに一泊二日分を軽く越えている量の服が。
「あの、俺の体は一つしかないんですが……
「好きなの選んで着て。余った分も持って帰って。君のサイズだから」
「あれ、一週間分くらいありません?」
「好みがあるだろうから、色々選べた方がいいと思っただけだよ」
「選んだところで最終的には全部俺の手元に来るんですよね?」
「うん」
「配慮の方向性……
 どう諭せば伝わるのか分からず、遠い目をしてしまう。鴗鳥先生たすけてください、と脳内で呟いたけれど、イマジナリー慎一郎はニコ……といつもの穏やかな笑顔で「純くんが楽しそうで何よりです」としか言ってくれなかった。
「安全運転でお願いします……
「じゃあ、何か話して」
 予期せぬドライブ旅行とは言え、運転をする純を放置して寝るつもりはなかった。頻繁に会えない分、話したいことは幾つもある。
 浚われてしまった以上、開き直って楽しむつもりだった。
「迷い犬の話ってしたことありましたっけ」
「犬?」
「俺が保護したことある犬なんですけど」
 奇跡のような関係だと思ったのは事実だ。今でもそう感じる気持ちは、間違いなく胸中にある。
 けれどその奇跡は、夜空にまだ見ぬ星を見つけるような可愛らしいものではなく。流星があり得ない軌道で正面衝突してくるかの如く、いっそ暴力的なまでの強引さを伴っているのだと知った。
 引力が強すぎる、と苦く思う気持ちはあるのに、引き寄せられて嫌な気持ちは存在しないのが厄介な話だった。
 普段は下ろされていて見えないが、純の右目の上側の髪をかき上げると色素が一部抜けている箇所がある。
 純と交際するようになって、改めてそれを間近で見た時に。まるで流星のようだと、この光に導かれて氷の上の世界を知ったのだと、ひどく幸せな心地を抱いたことを思い出した。