萌音
2026-04-18 19:05:00
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季節重ねて、花と恋して

リオヌヴィwebオンリー「龍の恋は紅茶のあとで」開催おめでとうございます。春のイベントに合わせて、春らしい花にまつわるリオヌヴィ。ゆるゆるといちゃいちゃ。

この世に生を受けて数百余年。龍としては比較的若年ではあるが、悠久の時を生きるヌヴィレットとて、季節の変化を意識しなかったことはなかった。穏やかではあるが、フォンテーヌでは四つの季節が巡る。それはヌヴィレットが生まれる前から、そして生まれてからも、ずっと変わらない自然の理である。
小さな水神に誘われ最高審判官の職に就く前、海で気ままに過ごしていた頃は、色とりどりの魚達やノンビリラッコ、プクプク獣などが新たな命を授かる準備を整える様を見ては、また新たな季節が来たのだなと思ったものだった。多くの生物が春から夏にかけて繁殖期を迎える。夏の終わり頃になると様々な番達がこぞってヌヴィレットの元を訪れて可愛らしい新しい家族のお披露目会をしてくれるのが、密かな楽しみであった。
また、皮下脂肪を蓄えひと回りも二回りもまんまると大きくなったプクプク獣を見ては、ああこれから厳しい冬がやってくるのだと身構えたものだった。寒い冬の時期は暖かな冬毛を蓄えたノンビリラッコの群れに身を寄せながら、ただただ波に揺られていた。
フォンテーヌ廷へ招かれて以降も、季節の移ろいを意識しなかったわけではなかった。衣服を見に纏うようになってからは、寒くなれば何枚も服を着込み、暖かくなればコートを脱ぐ。これまでとは違う季節の感じ方に最初は戸惑いもしたが、慣れてしまえばそれが当たり前になった。
そうして数百年余り。積み重なっていく年月のひとつひとつ、移ろう季節のひとつひとつを、ヌヴィレットは決して有耶無耶に過ごしてきたわけではない。
ーーしかしヌヴィレットは近頃、これまで以上に季節の変化を繊細に感じられるようになったと自覚していた。そこには、とある人物の存在が大きく関わっていた。

柔らかな午後の陽射しが差し込むヌヴィレットの執務室。丁寧な四回のノックに部屋の主が諾の意を示すと、一人の男が入って来た。
「ご機嫌よう、ヌヴィレットさん」
「ご機嫌よう、リオセスリ殿。時間通りだな」
「そりゃあ、この国の元首であらせられる最高審判官様との大事な定例会に遅れる訳にはいかないからな」
……リオセスリ」
茶化すような男の発言に、ヌヴィレットは嗜めるように男の名を呼んだ。
「ああ、間違えた。〝俺の〟最高審判官様だな」
「そこを指摘したかったわけではないのだが……ふむ。まあ、構わない」
男の見当違いで不敬な発言に、ヌヴィレットは先程のように嗜めるのではなく、どこか満更でもないと言った様子で答えた。
男の名はリオセスリ。フォンテーヌの海底監獄でありこの国最大のクロックワーク・マシナリー生産工場であるメロピデ要塞の管理者にして、栄誉称号として最高位である公爵の爵位を与えられた人物である。そして、ヌヴィレットが唯一絶対と見初めたヌヴィレットの〝番〟であった。
「ははっ。あんた、この〝俺の〟って言うのが気に入ってるのかい?」
軽口のつもり(と、少しばかりの牽制と)で、リオセスリはヌヴィレットを呼ぶ際に〝俺の〟と接頭語をつけることがあった。ヌヴィレットも初めこそ注意をしていたが、近頃はそれを受け入れ、更には〝俺の〟と言われることを望んでいるような素振りを見せていた。当然ながら目敏くその様子を把握していたリオセスリは、ここぞとばかりにそれを指摘する。
「ふふっ。龍というのは、一度自分のものと決めた存在への執着と独占欲が非常に強い種族なのだ。番である君が私と同じように、私に対して自分のものだと主張してくれて、嬉しくないはずがあるまい」
外の陽気のように穏やかで花が綻ぶような笑みを浮かべながら、ヌヴィレットは言った。まるで春のような顔をしてとんでもないことを言ってくれる御仁だ、とリオセスリは肩をすくめる。けれど、その立場上長きに渡り公平無私で国民に対し広く平等に接してきたヌヴィレットが、こうして自身を特別な存在と思い扱ってくれている事実に、リオセスリとて悦びを感じないわけではなかった。
「じゃあ、そんな俺だけのヌヴィレットさんに、これを」
そう言ってリオセスリは何かを差し出す。
「これは……菜の花か」
「ああ。入荷しはじめたばかりらしい」
ヌヴィレットはリオセスリから可愛らしいブーケを受け取る。黄色い小さな花を沢山つけた菜の花は、見ているだけで気分が高まり、暖かく穏やかな春の訪れを思わせた。
「この前に贈ったアネモネが、そろそろ元気がなくなって来る頃なんじゃないかと思ってな」
「流石はリオセスリ殿だな。ちょうど今朝、セドナと話していたのだ。そろそろ次の花を用意せねばと」
「おっ、それはナイスタイミングだったな。ちなみに菜の花の花言葉は〝小さな幸せ〟らしい。まあ、ヌヴィレットさんに会えるのは〝大きな幸せ〟だがな」
何を、とは思いながら、ヌヴィレットは顔を綻ばせた。
ヌヴィレットと懇ろになる以前から、リオセスリはヌヴィレットとの面会の際にしばしば何かしらの手土産を持参していた。初めこそヌヴィレットへ取り入るための手段の一つと考えていたリオセスリだったが、いつしかそれはヌヴィレットへの並々ならない想いを込めたものへと変わっていった。またヌヴィレットも初めはリオセスリの出世への下心を疑い断っていたが、リオセスリへの信頼と好意を深めていくに従い、その手土産を受け取ることが増えていった。
やがて二人が恋人同士となると、リオセスリはヌヴィレットと会う時には必ず(それが例え仕事の用件であっても)贈り物を持参するようになった。リオセスリのお気に入りの茶葉やそれに合う茶菓子、ヌヴィレットが好む各地の水といった嗜好品に加えて、季節の花々がプレゼントに選ばれることが多かった。そしてリオセスリは花を贈るときには必ず、花言葉を添えた。フォンテーヌでは挨拶や感謝の意伝える時など、日常的に花を贈り合う文化がある。
ヌヴィレットもまた、リオセスリからの贈り物を快く受け取るようになった。愛おしい番からの贈られるものはどんなものでも嬉しく思ったが、ヌヴィレットは特に花のプレゼントを気に入っていた。花を贈るというリオセスリのフォンテーヌ人らしい行動が、どこか愛らしく感じたからだった。
「もう菜の花が咲く時期なのだな」
「これは切り花用に流通してるもんだから、ちょっとばかり時期が早いけどな」
「だが、着実にすぐそこまで春が来ているということなのだろう」
「そうだな。もう少ししたら、郊外の花畑もこの黄色い花でいっぱいになるだろうな」
「君と居ると、以前よりもずっと、季節の変化を繊細に感じるようになった気がする」
ふふ、と笑いながら、ヌヴィレットは言う。
ヌヴィレットがこれまで以上に季節の変化を繊細に感じられるようになったのは、リオセスリから季節の花々のプレゼントを受け取るようになったからだった。前の花が枯れてしまう前に、また新たな花を持ってきてくれる。そうして、細やかな季節の変化を悟る。
「じゃあ、俺のことを春告鳥とでも呼ぶかい?」
「春告鳥の名の由来は、春先になると求愛行動として特徴的な囀りを響かせるからだ。君が春告鳥なのならば、私のために一曲歌ってもらえるだろうか?」
「歌は勘弁願いたいなぁ」
「下手ではないだろうに」
「特段上手いわけでもないさ」
「私は好ましく思うが」
自然界において、番達は求愛行動として様々な贈り物をする。立派な巣や相手の好む食物、ダンスや美しい歌、そして美しい花々。そうして番達は結ばれ、新たな命を授かり、また季節が巡っていくーー
そう。ヌヴィレットはある時はたと気がついたのだった。リオセスリがヌヴィレットに花を贈るのは、単にフォンテーヌの文化に則っているからなのではないのだと。顔を合わせる度に贈り物を持参するのは、番である自分への求愛行動に他ならないのだと。愛するリオセスリからの熱烈な想いに気付いて以降、ヌヴィレットはますます花のプレゼントが楽しみになった。愛おしい番殿は、今度はどんな花を持って来てくれるのだろう。その花にどんなメッセージを込めてくれるのだろう。添えられる花言葉は、いつも自身への愛の言葉だ。

どうやら春告鳥の様に番の歌声を聞くことはできないようだと悟ったヌヴィレットは、けれど、どこか楽しげに言った。
「ふむ。だが、そうだな。君には春以外の季節も教えてもらわねばな」
「そりゃもちろん。これから先も、ずっと、な」
ヌヴィレットの意図するところを悟ったリオセスリは〝ずっと〟と強調して言い、その言葉にヌヴィレットは満足気に笑った。
さて、と一言言うと、ヌヴィレットは受付のセドナを呼び、これを活けて欲しいと先程リオセスリから贈られた菜の花のブーケを手渡した。また新しいお花をいただいたのですね、と嬉しそうに言うセドナを二人して見送り、本来の目的である定例会へと気持ちを切り替える。せっかくリオセスリが時間通りに到着しているのに、このままではずるずると予定が後ろ倒しになってしまう。
互いに必要な資料を準備しながら、そうだ、とリオセスリはヌヴィレットへ声を掛けた。
「ヌヴィレットさん。定例会が終わったら今度のデートの予定を立てたいんだが、次は菜の花畑でピクニック、なんてどうだい?」
「それは良い。菜の花畑が満開になる頃には、きっとチューリップも見頃になっているだろう」
「おっと。菜の花の次はチューリップを贈ろうか、なんて考えたんだがな。予想されちまってたか?」
「君からの贈り物ならば、何だって嬉しく思う。次のチューリップの花束も、楽しみにしていよう」
リオセスリはこれからもずっとヌヴィレットに花を贈る。贈った花が枯れる前に、別の花を持ってヌヴィレットの元を訪ね来る。この先もずっと二人で共に新たな季節を共に重ねていくように。


End.