ten_matoi
2026-04-18 00:46:21
3108文字
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微睡みの攻防

クリレオ



深夜に目が覚めた。隣はもぬけの殻――ではなく、ここ数週間ずっと冷たいままだ。
寂しいという気持ちはあれど、それでも耐えられたのは確かに彼との絆を感じるからである。指に光る指輪のお陰もあるだろう。貰った当初はここまで心のよりどころになるなんて、思いもしていなかった。レオンはそっと指輪にキスをして、体に雑にかかっていたブランケットを剥いだ。
キッチンに向かう。二人で使うからと大きめのキッチンのある家をチョイスしたのは良かったのか悪かったのか。レオンはがらんどうのキッチンを眺めて、少しだけ溜息をつく。
ケトルをコンロにかけ、湯を沸かす。面倒なのでインスタントコーヒーの粉をマグカップに濃いめに入れて、沸いた湯を注いだ。賞味期限の近い牛乳を多めに入れて掻き混ぜる。砂糖は深夜なのでやめておいた。
……苦い」
普段から牛乳と砂糖を入れたコーヒーを愛飲しているレオンからすれば、牛乳で和らいでいるからといっても砂糖抜きは苦い。しかし、目が冴えるかと言えばどうでもなかった。
ぼんやりとコーヒーを啜って、シンクにもたれ掛かる。腰を押し付けてひんやりしている感触を覚えつつ、レオンは天井を見上げていた。
広い家で一人きり。なんとも虚しい。クリスの帰ってこない家にいると、寂しいよりも虚しいという気持ちになるのは何故なのか。
苦いコーヒーをぼんやり啜っていたが、やはり苦くてつらい。レオンは顔を顰めて棚にしまっていたシロップを取り出して大量に注いだ。甘すぎるほど甘くしてから、コーヒーを飲み干した。甘ったるいけれど、その甘さに心が和らぐ。しかしながら、レオンは虚しい気持ちを忘れられないでいる。寂しい、恋しいが綯い交ぜになっている虚しいは厄介だ。
――誤魔化そうとしていた寂しいが、溢れてしまったではないか。レオンは密かにクリスに文句を言いつつ、クローゼットに向かった。
ウォークインクローゼットの扉を開く。クリスの服は全体的に茶色やら黒やら――明るい色がないので漆黒に溶け込んでいる。電気を点けてぐるりを見渡せば、レオンのお目当てが見つかった。
くしゃくしゃになっているブランケット。古くてボロボロだからと、クリスが捨てる予定の彼のブランケットだ。良かった、まだ捨てられていなかった――とほっとして、それを持ち上げた。
レオンは無言でそのブランケットを抱き締める。洗濯を済ませているので、クリスの匂いは薄い。薄いが、充分レオンの複雑な〝寂しさ〟は落ち着いてくれるだろう。
寝室に戻り、レオンはベッドに持ってきたブランケットをかぶって横になる。体をきっちり覆って、目を閉じた。クリスの余韻を探しながら、レオンは胎児のように丸くなった。
ベッドはシーツを換えてしまったし、枕カバーも新調したばかり。ブランケットだって自分のものしかベッドにない状況だったので、レオンは単純にクリスの気配が欲しかったらしい。
自分を冷静に分析しつつ、さてここからどうやって眠ろうかとも考える。明日は非番なのでこのまま起きていてもいいのだが、夜更かしをして無事で済む歳でもない。睡眠不足は一番パフォーマンスに関わってくるものだ。……とは言っても、ぐるぐる思考している時点で眠れないのだ。
深い深い溜息が出る。そして原因であるパートナーに軽く腹を立てながら、レオンは常備してある睡眠薬を飲むかどうか悩み始めた。
カフェインが不眠の原因ではないことは確定している。これは精神が昂ぶっているからこその不眠だと理解している。レオンは諦めてブランケットをずるずる背中に背負ったまま、洗面所へと向かう。
棚に置いてあるピルケースから錠剤を二錠取り出し、口に放り込む。経験上、一錠だと効かないので二錠口に含んだが、明日はきっとベッドから起きられない。
レオンはまたずるずるとブランケットを引きずりつつ、ベッドへ倒れ込んだ。すぐに強制的な眠気が来て、とろんと瞼が重くなった。
刹那、寝室のドアが開く。
レオンはとろとろの混濁した意識で、そちらを辛うじて見た。入ってきたのはもちろんクリスで、レオンの状態を見て軽く眉を顰めたのを見てしまった。
「レオン?」
……ご、めん……もう眠い……
「眠れなかったのか」
ベッドの傍にしゃがみ込み、クリスが苦い表情を浮かべている。レオンの不眠は昔からのものだが、クリスはどうしてか過保護なくらいそのことを心配した。睡眠薬を飲んで混濁した意識の時は尚更、レオンを心配する。
「レオン、ただいま」
「ん、おかえ、り……クリス」
冷たい手を温かなクリスの手が包み込む。ふにゃり、と笑ったレオンに彼は苦笑して、髪を掻き分けて額にキスをした。
「せっかく帰ってきたのに、もう寝るのか?」
「遅い、んだよ……俺だって……
「ん? 俺だって?」
クリスが脂下がった笑みを浮かべている。霞んでいる視界でそれを捉えて、レオンは脱力している手を無理矢理上げてべしっと彼の頭を叩く。
「寂しくないわけないだろ……ばか」
舌足らずになってしまった。もう瞼が重くて、眠くて眠くて仕方ない。レオンはがしがしと短く整えられたクリスの髪の毛を掻き混ぜてから、ぱたりと手をシーツの上へ落とした。
「レオン」
「うん……
「レオン?」
「う、ん……
眠いと言っているのに、クリスがずっと話しかけてくる。辛うじて返事をしているレオンは、次いで「愛してる」と嬉しそうに囁いてくる男は酔っているか自分の幻覚だと判断した。
……おやすみ」
レオンは恥ずかしくなって酔っ払いか幻覚か分からない存在に背を向けてから、追加で囁く。
「俺だって愛してる」
ぼそぼそ言ったつもりの言葉。ふふっと背後から笑う声がしたが、もうレオンは意識を保っていられなかった。


――幻覚じゃなかったのか」
後ろからしっかりとハグされている感覚。レオンはぼーっとする頭で現実を確認して、ぱたっと再び頭をクリスの太い腕に落とした。
「おはよう、シュガー」
これは現実だと実感させてくる台詞だ。甘ったるすぎるそれに、レオンは顔を顰めて後ろ手でぺしっとクリスの腰辺りを叩いた。
「レオン」
「なんだよ……
まだ頭がぼんやりしているせいで、気の抜けた返事をしてしまう。ぎゅうぎゅうと抱き締められつつ、クリスが重ねて「愛してる」と昨夜のように言ってきたのでむず痒くなった。
「さすがに……恥ずかしい、クリス」
「でも、お前は寂しいんじゃないのか」
「え」
図星を突かれて目が泳ぐ。幸い、後ろから抱き締められているのでクリスにはレオンの表情は見えない。耳が熱いので、それは気づかれているだろう。さっきから彼が耳朶にキスしている。
「俺の古いブランケットまで持ち出して」
「う、うるさい……
「昨夜は悪かった。久しぶりに飲んで帰ってきたものだから」
「それは……別にいい」
昨夜は幻覚ではなく、酔っ払いが正しかったらしい。レオンは笑って、目の前にある手に自分の手を重ねた。
「レオン」
「ん、だからなに……
「久しぶりにパンケーキでも焼こうか?」
クリスの提案に微笑んだが、レオンはかぶりを振って彼の手を握った。
「俺の本音が分かってるんなら、傍にいて一緒に微睡んでくれよ……ダーリン」
「微睡むだけじゃ済まなくなるぞ?」
暗に〝抱きたい〟と言っているクリスに、レオンは口元を緩めて「知ってる」と言った。
「やっと帰ってきたなら、実感させてくれ」
クリスが項にかじりついてきた。レオンは熱い吐息を漏らして、未だに眠気を引きずっている体に与えられる快感に、ゆっくりと体を震わせた。