かづき
2026-04-18 00:37:50
3430文字
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甘え甘やかし(イルンズ/にょたゆり)

生理でぐったりしている恋人を甘やかして楽しんでいる妖精さん♀の話。
双方女体化しているにょたゆりです。

「僕以外には誰もいないので、声を出しても大丈夫ですよ」
 ソファの上に丸まったまま動かないイルーガに努めて優しく声をかけると、彼女はひどく緩慢な動作で顔を上げた。
 元より色が白い方である少女めいたつくりの顔に、常の健康そうな血色の良さはない。どこか青ざめた色合いで、普段の顔色を知っているからこそ心配が募る。
 夜明かしの墓に昔から置かれているソファの座面は硬い。座り心地が悪いと言われて修復したり、クッションやソファカバーをなるべく良いものに替えたりしてきたが、流石に新しいものを買った方が良いかもしれない、とフリンズは思った。
 少なくとも、可愛らしい恋人が弱っているときにその身をもっと優しく受け止めてくれるソファが望ましいだろう。次にナシャタウンへ向かうときに探してみるか、ヴォイニッチ商会に注文を依頼するのもいいかもしれない。
 しかし、今はソファの硬さよりも明らかに弱りきっている恋人の方が重要だ。怪我をしているわけではない。体調不良といえばその部類には入るだろう。
 だが、不規則な生活から体を壊したわけではなく、ただ単に成熟した人間の女性に定期的に――人によっては不定期に訪れる月経と呼ばれる体の仕組みが、現在のイルーガをひたすらに苦しめているのである。
「今、何か言おうとすると全て恨み言になりそうなので……
 青白い頬に触れると、少しばかりひやりとしている。普段ならフリンズよりも温かいというのに、血の巡りが悪いから、それとも単に失った血の量が多いのか。このときばかりは、イルーガの体温はフリンズのそれを下回るのだ。
 恨み言を口にしそう、などと言いながらも目を細めてうっとりとした様子を見せる姿を、愛おしく思う。
 本当に可愛らしい子なのだ。だからずっと抱きしめてやりたいと思うものの、大人の女性という自負があり、尚且つ分隊長という役職に就いているイルーガはそれを許してはくれない。子供じゃないんだから甘やかさないでください、というのが彼女の弁だ。
「僕は別に恨み言でも構いませんが」
……生理の痛みなんて無縁な君への恨みでも?」
 言葉よりも雄弁な視線を向けられ、フリンズはわかりやすく肩を竦めた。
 炎を本性とする妖精フェイであるフリンズに、月経はない。そもそもの繁殖の仕方が違うから、当然といえば当然だ。排卵がないから、血を流すような仕組みもない。あったとしても、炎で燃やして終わりにしていただろうから、今のイルーガを苦しめている状態とは無縁であっただろう。
「おや、突然飛び火してきましたね」
「そんなこと言いながらも面白がっているでしょう、君は」
 じとり、と半目で睨みつけられても迫力はない。ただ微笑ましいだけだ。可愛らしさに思わず頬が緩んでしまいそうになるのを、ぐっと堪える。
「面白がる……というのは正しくはないですね。誰の前でも気丈に振る舞っているあなたの、弱っている姿を見ることを許されているという特権を嬉しく思っているだけです」
「よく言う……
「声に力がないですね」
……今、痛みが強くて」
 ソファの硬い座面に右頬を押し付けながら呟く声は弱々しいのに怒りを感じられて、面白いなと思ってしまう。
 イルーガという子はいつもこうなのだ。弱っていても、弱々しいままではない。だからこそ、より愛おしいと思う。
 ソファの前にしゃがみ込み、ぐったりとしている体を抱き上げる。イルーガ曰く、彼女の体重は重い方であるらしい。しかし、人ではないフリンズにとっては大したことのない重みだ。
 ただ、重いと主張する理由はわかる。イルーガは同年代の中では小柄でこそあるものの、戦場に出るだけあってしっかりと筋肉がついているし、なによりどこもかしこも凹凸が控えめなフリンズとは真逆で、大変女性らしい体つきをしているのだ。
 特にわかりやすく大きな胸は、彼女のコンプレックスの一つであるらしい。戦うときに邪魔だし、人前に出ると男性の視線が集まるから好きではない、と夜の静寂に包まれたベッドの上で不満を零すイルーガを、フリンズはこれまで何度も見てきた。
 そんなイルーガは、女性らしい柔らかさに欠けるフリンズの体を気に入っているらしい。ソファから抱き上げて寝室まで移動し、柔らかくも弾力のあるベッドの上に横たえると、離れたくないと言わんばかりに抱きついてきたので、おとなしく一緒に寝転がる。動いたからか、血の独特な匂いが鼻を掠めるように通り過ぎていった。
「あったかいです」
 フリンズのささやかな胸に顔を押し付けながら、イルーガは先程の棘があった声とは打って変わって柔らかで、どこか舌足らずな声で満足そうに呟いた。
「なら良かったです」
「もっと、ぎゅってしてください……
 月経のときでもなければ口にしない子供っぽい望みが微笑ましい。そう思うのについ、甘えたですね、とからかってしまうのは悪い癖だろう。
 だが、イルーガは目をぱちぱちと瞬いてから、ふっと細めるだけで、普段のような元気で勢いのある反応を返しはしなかった。
「君のいうとおり、今の僕は弱っているので」
 拗ねたような、開き直ったような。どこか複雑な色を宿す声には、今の状況をどこか楽しんでいるような響きも含まれている。
 月経に苦しめられているときのイルーガは、いつもの彼女より子供っぽい。イルーガはその生育環境から大人になるしかなかった子供だ。色々と取りこぼして、しかしそれを全く苦には思っていない。どこか歪だ。だからこそ美しく、フリンズの心を掴んでいる。
 だが、その一方で取りこぼしてきたものを与えてやりたいとも思うのだ。だからこそ、こうして子供っぽさが出ている姿を見られることが嬉しい。普段は年の離れたフリンズに釣り合うようにと、無理して背伸びしているところがあるから尚更だ。
……フリンズさんと会う日に生理にならなければいいのに」
 前回の月経のときにも聞いた台詞と、一字一句同じ内容である。今日聞いた中では一番恨みが籠もっていそうな声に、思わずふふ、という小さな笑い声が唇から零れ落ちていった。
 イルーガの月経は重い方であるらしい。特に二日目は起き上がることも億劫で、じっとしていることが苦手なイルーガが、出来ればずっと寝転がっていたい、などと口にするほどだ。一緒にカードゲームは出来ないし、釣りも難しい。日向ぼっこくらいだろうか。二人が行う余暇の潰し方で、月経中も可能なことは。
 だから、恨み言が出る理由がわからないでもない。ただ、フリンズにとってはそうではないというだけの話だ。
「僕としては、お会い出来る日になってくれた方が嬉しいですが」
…………そんなに苦しんでいる僕を見たいの?」
 柔らかい髪に頬ずりするように顔を寄せると、すぐさま不満そうな声が飛んでくる。
「そこまで悪辣な性質ではないつもりですが。……こうして、あなたを思う存分抱きしめられることを嬉しく思っているだけですよ」
 望みどおり強く抱きしめ、前髪の隙間を唇でかき分けてから、露出した青白い額に口づけを落とす。
 愛おしい子が弱っている姿を見せるのが、フリンズの前だけということがまず良い。いつもよりも素直に甘えてくるところも、恨み言が出そうと言いながら結局殆ど恨み言らしいことを口にしないところも――なによりおとなしく腕の中に収まってくれている様子も、何もかもがフリンズの心を満たして楽しくなってしまう。
「うー……
 不満げな唸り声が上がったが、それ以上の言葉はなかった。目がとろん、としているので間違いなく眠いのだろう。イルーガの月経の際によく現れる症状のひとつだ。
 抱きしめるために腰を抱いていた手の片方をそっと背中に移動させ、優しくテンポ良く叩く。再び唸り声に似た声が上がったが、抵抗はなかった。
「眠いのならどうぞ、そのまま身を委ねて。ずっと傍にいますから」
……やくそく、ですよ」
「はい。約束です」
 殆ど閉じてしまった目元に唇を押し当てると、まるでそれが合図だったかのようにイルーガの呼吸が規則的になる。
 余程、限界だったらしい。糸が切れたかのように睡魔に絡め取られてしまった様子の恋人にブランケットと毛布を重ねるように被せてから、フリンズは女性らしく柔らかで凹凸が豊かな体を抱き寄せ直し、起きるまでの間をただ静かに待つことにした。