Ω堕ち元αは運命の番である最高級人外αを10回殺したい

電子書籍のサンプル。第13回アルファポリスBL大賞奨励賞受賞作品。魔王×殺し屋。




Ω堕ち元αは運命の番である最高級人外αを10回殺したい




「離せっ、オレに触るな!」
 一纏めにされた両手は、打ちっぱなしのコンクリートの壁に押し付けられていた。
 男のもう片方の手で掴まれている顎も痛みを訴えている。解放して貰えそうにない現況に、斑鳩碧也《いかるがあおや》は目の前の男を睨みつけた。
 意志の強そうな切れ長の黒い瞳は、捕えられているにもかかわらずに噛みつきそうな程に鋭い。男の手に力がこめられる度に、碧也の癖一つない長めの黒髪が揺れた。
「まさかとは思うが、お前、自分が無事に帰れるとでも思っているのか?」
 抑揚の無い甘く低い声だった。
 歪な程に口角を持ち上げた男が、愉しそうに碧也を見据えている。
 二メートル近い高身長と鍛えられた肉厚の体が、嫌味なくらい良い男を演出していた。
 片側だけ緩く後ろに流された髪の毛は、濃い赤色と黒のツートンカラーになっている。
 正面から絡んでいる赤茶色の瞳に、暗殺仕事用の黒服を着た己の姿が影のように映り込んでいた。
 ——無事? そんなめでたい思考回路はしていない。
 元々生死に執着した覚えはないが、今の社会に出た時点でも既に覚悟は決めている。
「殺したければ、さっさと殺せ」
 負けじとそう吐き捨てたが、男から殺気は微塵も感じられなかった。
「自殺願望は感心しないな」
「んな訳あるかよ」
 一体何がしたいのか分からない。
 眼前の男の暗殺にしくじった己を返り討ちにしようとしているのならまだしも、男はそうではないらしい。意図がまるで分からなかった。
「潔い奴は嫌いじゃないがな。お前にはもっと良いポジションをやろう」
「何を?」
「俺の番というポジションだ」
「は?」
 更に眉間の皺を深くする。
 碧也の第二次性別はアルファだ。目の前にいる男もアルファなのだろうというのは言われずとも感じ取れる。碧也が感じ取れるとなれば、男も同じ筈なのに理解不能だった。
 番はアルファとオメガの間でしか成立しないからだ。
「残念ながらオレはアルファだ。お前の番にはなれねえよ。番が欲しけりゃオメガをあたるんだな」
 嫌悪感を隠しもせずに言葉を吐き捨てると、男は表情を崩し喉を鳴らして笑った。
「そんな事は見れば分かる。雄の匂いしかしないからな」
「なら、なんで……「ああ、知らないのか?」……
 碧也が離せと言おうとした言葉尻を奪い、男は愉快そうに目を細めた。
 愉しくて愉しくて堪らないというような加虐心に溢れた表情をしているのが癇に触る。
「アルファには色々いてな、AランクからCランクまで在る。そこら辺にいるアルファは良くてBだが、お前はその様子じゃAだな。俺もAランク。それもアルファ+《プラス》のAランクだ。噂くらいは耳にした事があるだろう?」
 ——アルファ+……だと?
 驚きのあまり碧也は口を開けなくなってしまった。
 アルファにランク付けされているのは理解が出来る。一概にアルファといえど能力値に差があるのは碧也も感じていた事だ。
 だが、アルファ+に関しては単なる都市伝説だとばかり思っていた。
「お前……何言って……
 このタイミングで冗談を口にする男とは思えずに凝視する。男は不敵に笑んだ。
 いつからか世の中には男女を分ける性別の他に、もう一つの性別が存在するようになっていた。六割以上の人口はベータという性別に分類され、己の性別に左右されない一般的な人種だ。
 その一方でアルファと呼ばれる全てにおいて秀でて恵まれた上位層クラスにいる人種がいる。そして正反対に位置するのがオメガだ。人口も希少種とされるアルファよりも少ない。
 男は、自身をアルファ以上のアルファ+だと言った。それは希少種とされているオメガよりも少ないと噂されており、本当に実在しているのかどうかも疑わしい存在だ。暗殺者という裏の仕事をしている碧也でさえ、今までお目にかかった試しがない。
 ——本当に実在していたのか?
 思考を巡らせつつも、碧也は瞬きもせずに男を見つめ続ける。
「そのアルファ+なのだが、稀有過ぎる存在ゆえ、それぞれが特殊能力を有している」
 悠々と説明する口調は穏やかさを感じさせるが、男からもたらせられるプレッシャーは重苦しく不穏な空気を滲ませている。
 今まで感じた事がない程に、碧也は嫌な予感がしていた。
「俺の場合は、ビッチングだ」
「ビッチング……?」
 耳馴染みのない言葉だった。
 戯けて肩をすくめて見せた男が、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
「バース変更と言えば分かるか?」
 ——バース変更? そんな事が可能なのか⁉︎
「さて、ここで最初の質問だ。俺は今何をしようとしていると思う?」
 ザワリと神経を逆撫でされたような悪寒が全身に走った。今すぐ逃げろと頭の中で警鐘音が鳴り響いている。
 ——まさか……
 碧也は即座に男の手を弾いて力の限り押し返すと、右側にある出入り口に向けて走り出す。
「ああ、良い判断だ」
 笑い声と共に伸びてきた男の手に捕えられ、寸分の狂いも無くやたら弾力性の高いソファーへと投げられた。
 先程よりも出入り口が遠くなってしまい、舌打ちする。体を回転させて、ソファーを降りてすぐに体勢を立て直す。
 革靴の音を響かせて足早に近づいてきた男に足を振り上げて、上段蹴りを繰り出したが腕で防御された。
「くそっ……
 次いで、喉元を狙ってナイフを振り回すも、手首を取られる。後ろに捻り上げられた腕が軋んだ音を立てた。
 反対側の手で、いくつか隠し持っていたナイフの一つを見えないように握り締める。死角を利用してそのまま横腹に突き立てたが、いとも簡単に弾かれてしまった。
「ククク、さすがはAランクのアルファといった所か。身のこなしが違う。それに聡明だ。なあ? 〝斑鳩碧也〟」
——ッ⁉︎」
 軽くいなされた後では嫌味にしか聞こえなかった。
 しかもこちらの情報を知られている。裏仕事用に使っているコードネームや偽名ではなく本名を呼ばれた。となれば、初めっからあえて泳がされていたのだろうと容易に推測出来る。
 頭に浮かんだのは今回の依頼人の顔だった。その依頼自体も仕組まれていた可能性が出てきて舌打ちする。
「ナイフ一つで百パーセント依頼を遂行する見目の良い同業者の話は随分前から耳にしていてな、捕えてやろうと思っていた。まさかここまで極上だったとはな。容姿、身のこなし、気の強さ、聡明さ。実に良い。気に入った。部下の玩具に回そうか考えていたが辞めだ。お前はオメガにして俺が飽きるまで直々に飼ってやろう」
「飼いたきゃ動物でも愛でてろよ」
 人を飼う等、悪趣味にも程がある。
 この事務所内には出入り口が一つしかない。その手前に男が立っている。男をどうにかしない限り、此処からは出られそうになくて舌打ちした。
 この男はそんなヘマは絶対にしない。さっきの手合わせで分かった。こちらの様子を窺って合わせられるくらいに、男には余裕がある。
 ——どうする……
 何パターンか頭の中で演習してみても、最終的には捕まるイメージしか出てこない。情報収集及び調書不足による完全なる失態だ。この住居をもう少し念入りに調べてからにすべきだった。
「さて、ここでまた質問だ。今お前には俺の瞳の色は何色に見えている?」
……?」
 初めて視線を交わした時から現在進行形でずっと赤茶色以外の何色でもないが、妙に引っ掛かる質問だった為に碧也は無言を通した。
「因みに通常時の俺の瞳は〝黒〟だ」
「カラコンを使用するタイプには見えなかったな」
 皮肉のつもりだったが、一笑に付される。
 言わんとしている事が分からずに、碧也は瞬きさえも惜しんで男を見据えた。
「ああ、勿論そんなものは着けていない。だが〝能力〟を解放している時だけは赤茶色に変色する。それを踏まえて最後の質問だ。お前はさっきから何秒間俺と視線を交わしていると思う?」
 ——能力を解放しているとなれば、ビッチングは既に始められている⁉︎
 ゆっくりと首元に手をかけられているような妙な息苦しさと怖気を覚えて腕を摩る。
 今更視線を逸らせずに碧也は男を見つめ続けた。
「な、に?」
「その強気な態度が裏目に出たな。お前、俺の行動を見逃さないようにずっと見ているだろう? 俺のビッチング完了までの時間は、僅か十秒だ」
 弾かれたように碧也は目を瞠った。
 今の話が真実ならばもう既に完了し、十分以上は経過しているからだ。
 流石に動揺が生まれる。心音が忙しく鳴り響き、血が沸騰したように全身を駆け巡っていた。
 が、それが仇となる。全身の血流が良くなるのと同時に効用が早まったからだ。
「は……っ、クソが」
 己の心臓のあたりを鷲掴みにし、ハッハッと短く息を吐き出す。男は喉を鳴らして、引き攣った笑い声をこぼした。
「くくく、そろそろだとは思っていたが、その様子じゃ始まったか」
 足早に近付いてきた男にもう一度ソファーの上に投げられようとしたが、その隙を狙い男の喉元に向けて新しくナイフを握り込んだ手を突き上げた。
 一撃必殺の暗殺術の内の一つだ。
 こちらの考えや動きを読んでいたような俊敏さで男に手を弾かれる。ナイフは空を舞い、落ちて床の上を滑っていった。
 なす術もなく男にソファーへと投げられる。
「く……っ、う、ぁ!」
 まるでタチの悪い薬物でも注入されたように体が熱くて仕方なかった。
 主に下っ腹が疼いて内部を直に掻き回されているような鋭い痛みと、腰が砕けそうな甘い感覚がせめぎ合っている。
「体が完全に出来上がるまでに最短でも一時間はかかる。俺が帰ってくるまでそのまま大人しく良い子で待っていろ」
 男はオートロックの部屋を出て、更に外側からも別の鍵をかけると何処かへ出掛けて行った。


 ***


 時は西暦にして三千五十九年、場所はかつて日本と呼ばれていた場所……ニホンになる。
 過去最大級の災害とも言える大津波が突然押し寄せた事により、日本の六割以上が海に沈んでしまった。
 それまで平和しかなかった都市や街は今や見る影も無く、スラム街が広範囲に渡って並んでいる。碧也はそんな中で生を受けた。
 スラム街から少し離れた場所に小さな拠点を置いている寝部屋で、碧也はノートパソコンを操作している最中だ。
 消灯した後の暗闇の中、舞い込んできた暗殺依頼書を無表情で眺め、視線で文字を追っている。
 今回のターゲットは、西音寺正宗《さいおんじまさむね》という名の同業者だった。
 相手もアルファだという事で、報酬金額がずば抜けて高かったというのと、この斯界でよく名を耳にする正宗自身に興味があり依頼を受けた。
 傲岸不遜極悪非道冷酷無比で有名な正宗は至る所から恨みを買っていたが、一度交わした約束は破らない事でも有名で、その点だけは周りから絶対的な信頼を得ていた。
 パソコンに表示されている正宗のデータを自分に言い聞かせる様に読み上げる。
「独特なカリスマ性を有しアルファの中でも頭ひとつ分以上は能力が抜きん出ている。それも相まって、相手が自ら志願して配下に降る事が多く、崇拝する者も後をたたない……。ハッ、何処の教祖様だよ」
 まるで作られたように出来過ぎている。
 このご時世でそんな完璧な人間など聞いた事がない。
 しかし肝心な正宗の住処や生い立ちも合わせて一切不明となっていて、何処にもデータは残っておらず捜査は難航した。
 ——あり得ない。
 こんな事は初めてだった。
 裏の仕事をしていたとしても、幼少期の記録や他者からの記憶、闇医者を含めた通院履歴、その他の何かしらの手掛かりは必ず出てくるものだからだ。
 だが正宗にはそれが一切ない。
 あるのは誰が目にしても差し障りのない物ばかりで、本当にこの世に存在しているのかどうかも疑わしいくらいだ。
 一介にAというコードネームだけが広がっていて、首を傾げる羽目となった。
「何でAなんだ……?」
 ボソリと呟く。正宗という名の頭文字を取ったMや苗字から取ったSならまだ分かるが、Aだ。
 しかもこれは本人自らつけたコードネームだという。調べた性格から判断してみても適当なコードネームを付ける男とは思えずに、碧也は逡巡した。
 ——異名?
 そう考えてみたが、正宗には今のところ異名があるとの情報はない。
 アルファのA? あまりにも安直すぎて却下した。いくらアルファが少ないとはいえ、世の中には正宗の他にもアルファはいる。実際に碧也もアルファだ。
 ここまでしてデータを入手出来ないのは初めての経験で、碧也は正宗という男に更に興味を抱いてしまった。
 それから何度か正宗を尾行していると、事務所らしき場所を突き止める事に成功した。
 ——ここ、か。
 夜なのもあり暗くて良く見えないが、敷地はそれなりに広そうだ。
 二階建てになっている作りは質素で、飾り立ててはいなかった。パッと見の憶測でしかないが、大部分が打ちっぱなしのコンクリート造りになっているだろう。
 遠目に見た限りでも生活感がまるで無く、生きている印象をまるで受けないのは異様だった。
 都内の一等地のこんな目立つ所にあるにも拘らずに、何故今まで誰も見つけられなかったのだろうか。
 ——いや、違う……。ダメだ。
 三十メートル以上は前にいる正宗が事務所へ入っていくのを眺めつつ、碧也は足を止めた。
 ——恐らくこれはフェイクであり、罠だ。一旦引こう。
 自分で思っていた以上に気が昂っていたらしい。不自然に足を止めてしまったのを後悔し後退りする。
 下調べしていたのにも、尾行にも気付かれている可能性が高い。
 思い至った時には既に遅く、月明かりで出来た己の影にもう一つの体躯の良い影が重なっていた。
 推測二メートル近くはある高身長でガタイの良い肉体は記憶の中に一人しかいない。
 ——前方にいたのにどうして背後にいる? さっきまでのは影武者か?
 空気圧で全身を押さえ付けられているような嫌な息苦しさを感じながらも、振り返りざまにナイフを振り回した。
 余裕綽々といった態度で避けた男が、口元に笑みを浮かべている。
「ここ最近俺を探り、つけ回しているのはお前だな? せっかくだ。事務所内も見て行け。歓迎しよう」
 低音の笑い声と共に肩に手を置かれ、逞しい腕の中へ引き寄せられる。ここまで近付かれていたというのに気配すら感じ取れなかった。



 今に至るまでの経緯を思い返していた碧也は、怠い体を動かして出入り口の死角部分に身を潜めた。
 意識していなくても息は上がり、心音も早いままだ。それどころか体に訪れている変化にも戸惑っていた。
「う……
 オメガ特有の愛液が溢れ出て下着どころかボトムスまでもどんどん湿らせていく。太ももまで伝ってきて気持ちが悪い。
 信じたくは無いが、本当にバース変更されているようだ。それに加えてヒートに入っているのだろう。下っ腹が甘い疼きを訴えていて、触れられてもいないのに性欲を煽られていた。
「ん……ぁ」
 自分でも驚く程に甘ったるい吐息が溢れ、左手で己の口を塞いだ。
 オメガは子を成せる特異体質ゆえに男でも子宮があり、ヒートと呼ばれる発情期が来るようになっていた。
 数ヶ月に一度訪れるヒートに入れば、己の意思とは関係なしにアルファを引き寄せるフェロモンを放出し、相手の性的興奮を煽る。そして女の膣液に似た粘液を溢して性行為の手助けをする。
 今までは遠目から見る側だったオメガのヒートを、自ら体験するとは思ってもみなかった。
 このままでは帰ってきた正宗の憂さ晴らしとして、性的な欲求を満たす玩具にされるのは目に見えている。
 帰ってきた瞬間を狙って、今いる死角から攻撃を仕掛けて逃げ出そうと碧也は思考を巡らせた。
 ——アイツに通じるのか?
 先程のやり取りを考えてみても、悔しいが正宗は自分より何枚も上手だ。また捕まる可能性の方が高い。戦闘が長引けば長引く程、不利になる。だからこそ一撃必殺にかける。
 何もしないよりマシだった。
 バース変更された件に関してはそれから考えよう、と碧也が逡巡していると、微かな足音と共に覚えのある気配が近付いてきた。
 告げられた時間通りだ。
 息を潜めて気配を断つ。ガチャリ、と扉が開いたのと同時に正宗の胸部を狙って思いっきりナイフを突き立てる。いや、突き立てた筈だった。
「嘘……っ、だろ」
 想定外な事が起きたのである。
 雷が落ちたような衝撃が全身に走り、振り上げたナイフを自ら下に落としてしまった。
 愕然と正宗を見つめる。それは正宗も同じだったようで、呆気に取られたような見たこともない表情を浮かべていた。
「あ……
 体が痺れて甘い疼きが酷くなる。
 聞こえてきそうなほどに心音が激しくて、歓喜が全身を蝕んだ。
 磁石でもついているかのように、否応なく正宗の方へと意識ごと引き寄せられる。
 運命の番。そんな言葉が脳裏をよぎった。
 ——やめろ。そんな事あってたまるか。自ら縋りつこうとなんてするな。
 相反する心と体の動きを合わせようとするのに必死だった。
「ククク、はははは。これはこれは、つくづく面白いな。まさか運命の番だったとはな。あんなシステムなんぞくだらんと思っていたが、お前が運命ならば悪くない。なあ、我が妻よ」
 嬉々とした声を上げる正宗とは対照的に、碧也は体を硬直させたまま動けずにいる。
「何で……。さっきまでは……何ともなかっただろが」
「さっきまでのお前はアルファだったからな。しかし今はオメガだ。美味そうな雌の香りがしているぞ。ちゃんと子宮も作られているようだな」
 アルファとオメガの間でのみ成立する番関係にはもう一段階上にある繋がりがあった。
 抗えない程の本能で感じ取る運命的な繋がり。それが運命の番と呼ばれている。
 普通に生活して天寿を全うしたとしても出会う確率は極めて低い。
「くそ……っ」
 心の奥底から喜びにも似た感情が湧き上がっていて、自分の体ではないみたいだ。
 思っていた以上にオメガ化に馴染んできているとしても、いま自らに訪れている感覚は異常としか思えない。
 心と体がそれぞれ別の意思を持っているかのように噛み合わず、脳が混乱してくる。それに正宗が運命の番だなんて悪い冗談にも程がある。夜の生活方面でも正宗には良い噂が皆無だ。
 本能の喜びとは相反して、碧也は絶望の淵に立たされていた。微動だに出来ずにいると、頬に正宗の手が伸びてくる。
「触る、な」
 手を弾き落としはしたものの、碌に力さえこめられない。
 今起こっている事象全てを受け止められなくて、碧也の思考回路は完全に停止していた。
「拒んだところで運命は変えられんぞ。俺が欲しくて堪らんだろうに」
 正宗の声に体が打ち震える。
 ゾクゾクとした悪寒めいた甘い疼きが体中を駆け巡り、今すぐにでも正宗に体をあけ渡したい欲求が膨れ上がった。と同時に、先程自分がしようとしていた事を思い出して吐き気を催す。
 運命の番をこの手で殺そうとしてしまった事への拒絶反応で気分が悪くなった。
「お……ぇ」
 座り込んでえずきはしたが、口からは何も出て来なくて気分の悪さだけが体中を支配する。
「あーあー。番が居なくなる恐怖で気分が悪いなあ?」
 背を摩られてあやされた。たったそれだけの行為で気分さえもふわりと持ち上げられる。
「こんなの……、あり得ない……
 口をついて出た言葉は弱々しいものだった。
「ククク、気の毒に。もう一生俺から離れられなくなってしまったな」
 引き起こされそのまま腕の中に捕らわれてしまい、抱きしめられる。少し口を開いた瞬間に唇を塞がれ、すぐに舌を絡ませられた。
……っ、は」
 甘ったるく漏れた吐息が正宗を煽ったようで、角度を変えて何度も口内を蹂躙される。
「ん……、ぁ」
 脳が痺れる程に気持ち良くて、いつまでもこうしていたいくらいだった。
 惜しむように離され、俵担ぎにされる。
「あー、美味美味」
 正宗は上機嫌に喉を鳴らしてずっと笑っていた。
 抱え上げられたまま事務所内をつき進んでいく。奥にはエレベーターがあった。
 中に入り下向する。
 しかもやたら長い。どれだけ深い地下室なんだ、と碧也はボンヤリと考えていたが、あまりにも長過ぎるので口を開いた。
「何なんだよ、この建物。一体何処まで地下がある? 降ろせ!」
「地上にあるのはハリボテに近い仮住居兼事務所だ。普段は魔力で結界を張っている。うちは完全招待制なんでな、通常の人間には単なる空き地にしか見えない仕組みにしているんだ。あそこではお前はすぐに脱出しようとするだろうから、お前がどう足掻いても出れない下の本拠地へ連れて行く。まあ、そこが本当の俺の住処だ。エレベーターは本拠地と地上を繋げる転移装置だとでも思っておけ」
 知れず舌打ちする。魔力? 転移装置? ふざけているとしか思えない。
「ふざけるな。体もろとも今すぐオレを元に戻せ!」
「せっかく得た嫁をこの俺が手放すとでも思っているのか? 五千年は待ったんだぞ。待ちくたびれていたところだ。後百年ほど待ってみて現れんかったら、上の世界諸共消し炭にするとこだったわ」
「五千年……?」
 ——こいつはさっきから何を言っている?
「お前を思う存分に可愛がった後には祝言をあげよう」
 ——冗談じゃない!
 思考を巡らせている内にエレベーターが漸く止まる。そこは小さな灯り一つない真っ暗闇の世界で、目を凝らしても何も見えなかった。
 なのに周りにはナニカの気配が蠢いていて、視認出来ないものの観察されているような視線の多さで気持ちが悪い。
 ——何だ……? 一体何が潜んでいる?
 正宗は躊躇なく歩を進めていく。
 真の闇の中で何とか道順くらいは覚えられないかと思い、碧也は神経を尖らせた。
 しかし、視界が全く無い反対向きの状態ではいくつか角を曲がっている内に方向感覚が狂わせられ、把握出来なくなった。
 もう五分以上は歩いている。
 やっと足を止めたかと思いきや、重厚な音を響かせて扉が開いた。
 入った瞬間に暖色系の明かりが次々と灯っていったが、ずっと真っ暗闇の中にいたせいで目が痛い。
「何だ……ここ」
 剥き出しの岩が視界に入る。どう見ても洞穴の中にしか見えずに瞬きもせずに見つめた。
 茶色や小麦色、赤土らしきものが所々混ざった岩肌が剥き出しで凹凸を描いている。3LDKの部屋の壁を全て取り払ったくらいの広さはあった。
 扉も岩にしか見えない。洞穴に見立てて部屋を改装したとかの生優しいレベルじゃなかった。やたら広い洞穴そのものだ。
 ——何なんだよ、此処……
 治安が悪いながらも今まで暮らしていた所ではない。
 視界にはキングサイズのベッドだけが異常な程にういて映っていた。
 悪趣味な事に、ベッドの下から伸びた鎖には手枷と足枷がくっついていて、碧也はその中心に下ろされた。
 靴を脱がされている時間を利用し、よろけた振りをして死角を作って枕の下にナイフを忍ばせる。
 これだけクッションや枕が置かれていれば隠すのは容易かった。
「上の世界で最も気に入ったのがこのベッドというやつだ。実に寝心地が良い」
 言葉の指す意味が先程からおかしい。正宗をジッと見つめ続けた。
「お前は一体……、何なんだ?」
 その聞き方が一番的を得る。一度にいくつかの質問が出来るからだ。
 一気に得体の知れない人物へとなってしまった正宗からの言葉を待つ。
「地上に突然アルファやオメガが現れるようになったのはどうしてだと思う?」
 正宗は含み笑いを携えたまま、碧也の質問には答えずに逆に問いかけた。
「質問に質問で返すな」
「お前からの質問への回答にも繋がるから言ったまでだ。それとも辞めるか?」
 髪の毛に触れようと伸ばされた正宗の手を叩き落とす。
「クク、毛を逆立てた猫のようだな」
「ち……っ。……そんな事、オレに分かるわけがないだろう」
 生まれて二十年。生を受けた時にはもう既にバース性は存在していた。それが当たり前の世界だったので、今まで気にした事もなかった。
 寧ろバース性がなかった時代が存在していたかもしれない事に驚きを隠せない。
 正宗はスーツジャケットとシャツを脱ぎ捨て、ズボンのフロント部分を寛げた。
「なら、手っ取り早く分かるようにしてやろう。俺を見ていろ」
 突如空気が揺れた。
 目の前からおどろおどろしいくらいのプレッシャーが身を刺してくる。
 息をするのも戸惑うくらいの圧が放たれていて、碧也は固唾を飲んで正宗を注視した。
 正宗の気配や姿が変化していく。
 耳が細長く伸びて先端が尖り、筋肉量は更に増して、身長も二十センチ以上は伸びた。
 髪の毛は肩下付近まで伸びたかと思えば、頭に羊のような円を描いた太くて大きな黒い角が生える。
 右肩に雄牛、左肩に雄羊の模様が現れた。
 腹の部分をぐるりと囲むように、骨の大蛇らしき模様が描かれている。この様子では背中にもありそうだ。
——っ!」
 流石に想定外すぎて、碧也はベッドの上を飛び退いて床の上で身構える。
「俺が担っているのは、七つの大罪の一つ〝色欲〟だ」
「アスモ……デウス」
「ほう、知っていたか」
 確か異国に伝わる魔王のうちの一人だ。
 人ですらなかったとか笑えない。
 道理でどれだけ探ろうとデータが何一つ出てこなかったわけだ。
 理由が分かり眉根を寄せる。それと同時にコードネームの件も理解した。
 アスモデウスなら確かにAだ。
 妙に腑に落ちたのと同時に、本当に此処からはもう出られないのかも知れないと考えた。そして少し前の会話を思い出す。
「待て……第二の性別の話をしていたな。まさか、アルファにお前のような人外が紛れ込んでいるというのか?」
 問いかけると正宗……アスモデウスがニヤリと笑みを浮かべた。
「やはり察しがいいな。正しくはアルファ+と呼ばれる者たち全てが俺のような人外だ。その他のアルファとベータは元々が普通の人間、そしてオメガは人外と人間の間にしか生まれない。希少だと言われるのは着床率の低さゆえだろな。そのオメガから生まれるのが普通の人間の遺伝子を持つAランクまでのアルファだ。人外の血は引き継がれ難い。そしてアルファ+は自然には生まれん。元々存在している俺たちのような悪魔や魔族、天の使い、妖が人間のふりをして紛れ込んでいる」
 ——特殊能力を持っているのもその為か。
 納得はしたものの到底受け入れられるものではなかった。
「俺の相手となれば普通のオメガには荷が重いらしくてな、大抵は一度抱けば壊れる。それもあってビッチングしたアルファに手を出していた。アルファは元々の身体能力が高いというのもあり壊れにくい」
「は? 壊れる?」
 ニヤニヤしながらアスモデウスは自身の顎をしきりに触っていた。
「肉体的にも精神的にもだ。まあ、壊れずとも大抵は一度抱けば飽きる」
「最低かよ」
 ウンザリする。
「見解の違いだ。優秀な種はなるたけ多く残しておくべきだろう? 理に叶っていると思わんか? とは言え、これまでに元アルファだろうと、俺の子を孕んで生きたまま産めたオメガはいないが」
 両手を肘より上に緩く掲げておどけて見せたアスモデウスがまた口を開く。
「運命の番なら子を生める可能性がどれだけあるのか確かめたい。いかんせん、随分と長い間待ちぼうけを食らっていたからな。運命とやらは一目会えば分かると、他の悪魔に聞いてはいたが半信半疑でしかなかった。お前と会うまではな。雷にでもあたったのかと思ったぞ。あんなにも惹き寄せられ心が踊ったのは初めてだ。お前の全てを奪い、お前を俺の元に永遠に繋いでおきたい。お前だけには過度な独占欲と庇護欲までもが生まれ始めている。元Aランクのアルファであればそう簡単には壊れないだろうし、お前はどう乱れてくれるのか愉しみだ」
「そんな一時的な気の迷いみたいな番などオレはいらない」
 アスモデウスを正面から睨みつけた。
 言葉で拒絶したのはいいが、ヒートに入っているからか思うように体に力が入らない。
 このまま抱かれるのならいっそ殺された方がマシだ。
 だが今までの話から察するに、この男は容易く〝運命〟を手放さないだろう。運命という存在に執着している。
 取り出したナイフを自らの首筋にあてがう。真横に動かす前にあてがったナイフが空を舞っていた。
「おい。お前のその生に執着しなさすぎる所は元々か?」
「だったら何だ?」
「面倒な奴だな」
 深々とため息をつかれる。
「なら捨てろ」
「矯正が必要だと思っただけだ」
「誰がお前の手にかかるかよ」
 低音をまとわりつかせた声音で言い放ち睨みつけると、アスモデウスは逆に喜んだ。
「ああ、その意気だ。簡単に堕ちてくれるなよ」
 近付いてきたアスモデウスから逃れる為に即座に離れようとすると、腕を引かれてベッドの上に押さえつけられた。
 足場から伸びている手枷と足枷をかけられ、もう片方の手足も繋がれる。
 枷は充分な長さに保たれてはいるが部屋からは出られそうになかった。この長さでは恐らく扉の前で止まる。
 嘆息した。
 手首は関節を外せば手枷から抜けられるが足首はそうもいかない。
 足枷をつけたままだとズボンも履けなければ、この部屋から出る事も叶いそうになかった。
 計算された長さと状況に、頭痛がしてくる。
「どれだけの人数をこうやって繋いできた? 拘束具とか趣味悪すぎだろ」
「すぐに壊れる玩具をわざわざ此処へ連れ込む訳がないだろう。外や上の事務所のソファーで充分こと足りる」
「じゃあ、何でオレは……
「お前は運命だからだ。嫁は丁重に迎えなければならんだろう? やっとこの拘束具らを試せた。似合っているぞ。ああ、これらの武器は残しておいてやる。これから永遠に此処で暮らすんだ。契約次第では暗殺ごっこの相手くらいはしてやろう」
 嫁を拘束具で繋ぐ癖を持っている事に辟易とさせられる。
 人外と人間の認識の違いなのか、アスモデウスだけの元々の癖なのかは分からないがどちらにしても理解が出来ない。
「契約? は、余裕そうだな」
「そう見えるか? だが俺は不死ではない。百回くらい殺されれば流石に消滅する。いつでも殺しに来い。もし十回連続で俺を殺す事が出来たらアルファに戻してやっても良いぞ。その代わり失敗する度に仕置きだ。まあ、お前は俺に仕掛ける度に先ほどみたいな拒絶反応に襲われるだろうがな。それでもいいなら暗殺ごっこに付き合ってやろう。契約するか?」
 碧也の質問に、含み笑いを零しながらアスモデウスが問いかける。
 ——契約……
 アルファに戻り、運命の番関係を壊せるのなら構わなかった。
「その契約には地上に戻される事や、戻ってからの生活の保証も含まれているんだろうな?」
 碧也が拠点としていた住処はスラム街とは少し離れてはいるが、そこまで治安の良い場所ではなかっただけに、留守にする間に他人の手に渡る可能性がある。ちゃんと保証されなければまた拠点を探さなければならなくなり、それは面倒だった。
 もう一つ。拠点に戻ったとしても今回の依頼はしくじっている。闇の仕事だからこそ信用問題に大きく左右される世界だ。
 暫くの間は依頼さえも無いだろう。依頼がないイコール金が入って来ない。その間の保証は手に入れておきたかった。
「勿論だ」
「そりゃどうも。だが回数に問題がある。ハンデくらいあってもいいだろ? 五回にしろ」
 右手を少し掲げて提案すれば、アスモデウスが笑みを浮かべた。
「十回だ」
「三回」
「提案した回数を下回り続ける事で自分が思った通りの回数に落ち着かせる交渉術か。使うのはいいが相手を選べ。この手のやり取りも俺の方が長けているぞ。今お前に与えられている選択肢は〝イエス〟か〝ノー〟だけだ」
 ニヒルな笑みを浮かべたアスモデウスから視線を逸らして舌打ちした。
「ち、分かった……契約する」
「ああ、それでいい。物分かりの良い奴は好きだぞ」
 拒絶反応なら耐えられる。拷問に比べればなんて事ない。必ずアルファに戻ってやる、と碧也は意気込んでアスモデウスを睨みつけた。
 アスモデウスが呪文のような言葉を口にすると、空間に見た事もない文字が浮かび上がった。それはやがて二つの球体へと変化し、互いの体の中に吸い込まれていった。
「これで完了だ。契約に反すると罰が下るから注意しろ。因みに自死も契約違反に値するから留意しておけ。その行動は今後取れなくなっている」
 契約前に言わないあたりが性格悪い。舌打ちしながら視線を逸らして、ベッドの上に仰向けに転がる。
「罰ってのは何だ?」
「程度によってその都度変わる。まあ、悪魔との取り引きだ。可愛らしいものじゃないのは確かだな」
 碧也の顔が引き攣った。
 アスモデウスはそれを見て微笑むと、碧也の着ている服に手を掛けた。
「それにしてもお前、どれだけ武器を所持していたんだ」
 所持していたナイフの内残り数本や足首に巻きつけていた万が一の時の予備拳銃を、笑いながら取られて床に転がされる。
 あとは先程枕の下に忍ばせたナイフが一本あるが、幸いにもまだ気付かれてはいないらしい。
 取り上げられたナイフの一つで、着ていた服や下着は全て切られ剥ぎ取られる。
「怖い怖い。切れ味もバツグンにいいな」
 怖がる素振りを見せるどころか、鼻歌混じりにアスモデウスはそう言った。
 碧也の服は、今目の前で切り裂かれた物だけだ。
 これでは戒めを解かれたとしても自分の服を着て逃げ出す事が出来ない。また小さく舌打ちする。
「微かに息を乱し熟れた表情をしている所を見るに、もう体はオメガとして仕上がっているだろう? こんなに蜜を垂らして匂いを振り撒いていればベータですら一瞬で落とせそうだけどな。なのに気丈な事だ」
 首筋から下っ腹にかけて撫でられ短く息を詰めるのと同時に、繋がれた鎖がガチャリと嫌な音を立てる。
「さて、手始めに中は何で慣らすか。先ずはエネマグラにしとくか? 地上は色々な物があって本当に興味深いことこの上ないな」
「稀有なアルファ+の人外とやらは、道具に頼るしか技量がないのかよ」
 嫌味たっぷりに碧也が口を開いた。
「指で慣らしてすぐに俺のを挿れてやってもいいが、初めてだと間違いなく会陰部から腹の中までもが裂けるぞ。元アルファなら尚更だ。内部を開かれるのに慣れていないからな。せめて五センチ幅のバイブが入るようになるまでは拡張が必要だ」
 ——五センチ⁉︎
 一般的な男性器の太さは三センチを少し超えるくらいだ。そっちでも規格外なのか、と口も開けなくなってくる。
「人間の姿の俺の陰茎は太さ七センチ、長さ二十センチといったところか。今日は壊れないようにそっちでやってやろう」
……
 この任務を受けた事を初めて後悔した。
 寧ろそんな凶悪なモノを他人の腹の中に挿入しようとしているのがおぞましい。
 すぐ壊れると言っていたが、それを挿れられて壊れない方がおかしいのだと碧也は一人納得した。
「お前の事は壊さないように気をつけてやる。ここまで気配りしてやるのはお前が初めてだぞ。光栄に思え」
……っ!」
 遠慮なく後孔に潜り込んできた指の感触に息を呑む。
 こんな所は使う予定はなかった。表情を隠すように顔の前で腕を交差させる。
 もっと荒々しい交わりを好むのかと思っていたが、アスモデウスは存外に丁寧に中を開いていく。内部の上の部分を撫でられると、快感で腰の奥がゾクゾクした。
……っ、ふ」
 やっと慣らし終えた時には、すっかり息を乱されていた。顔に熱も籠っていて熱い。
「中々良い表情をするな。その綺麗な顔といい、抱かれる側の才能もあったんじゃないのか?」
「ふざ、けるな。ヒートの影響を受けているだけだ」
「よく言う。どこからどう見ても盛りのついた雌猫だぞ。ちょうど良い機会だ。乱れていく自分の様子でも見てみるといい」
 膝を立てたまま横向きにされ、また後孔を弄られる。
 アスモデウスが空で指を動かすと目の前には大きな姿見鏡が現れた。
 ほんのり朱色に色付いた両頬と唇、濡れた瞳と鏡越しに目が合い、反射的に目を瞑った。
 こんな表情をする自分など見たくもない。
 部屋から出ていく気配がして視線を向けると、アスモデウスが居なくなっていた。
 ベッドから飛び降り、他に出入り口がないかを調べる。隠し部屋へ通じる扉がないか壁に手を当て、叩いたり押したりしてみるも、硬くて冷たい感触しかなかった。
「くそっ」
 暫くして戻ってきたアスモデウスを尻目に見やる。
 上半身は裸のままだが、身長や髪の長さも元に戻り、角も体の模様も無くなっていた。本体にある元々の模様なのか、今だけ見えないようにしているのかは分からないが。
「出入り口は此処にしかないぞ」
 バレている事に舌打ちした。この数時間の内に何回舌打ちしたか数えきれないくらいだ。
 アスモデウスはどこか機嫌が良さそうにベッド縁に腰掛けて、いくつかの玩具のパッケージを開けている。それがどう扱われるかなんて想像したくもなかった。
「お前が初めて咥え込むんだ。ちゃんと玩具の確認でもしとくか?」
「冗談……、するわけがない。笑えねぇよ」
「そうか? ハジメテだからな。潤滑剤もつけてやろう。ほら、ベッドの上に戻れ」
 鎖を引き寄せられて、体を横向きに倒される。
 ローションが塗られた温度のない小ぶりの物体を、無遠慮に押し込まれて短く息を吐いた。
 会陰部と内部の前立腺に当たるように作られているソレは、異物感しかもたらさなかった。
「エネマグラを出すように腹に少しだけ力を込めてみろ」
 無視を決め込んでいると、早くしろと言わんばかりの視線を向けられる。
 かなり癪だが言われた通りにすると「良く出来たな」とアスモデウスに頭を撫でられた。
「今度は力を抜け。その繰り返しだ」
 言われた通りに何回かしていた時だった。内部にあるエネマグラが勝手に動き出したような気がして、碧也は両目を見開く。
「う、あっ、な……んだ⁉︎」
「やはり才能あるぞお前」
 口元に笑みを浮かべたアスモデウスに、指で髪をすかれる。
 エネマグラが一人でに蠢き、前立腺と会陰部を押すように刺激してきて、その度に碧也の体はビクビクと震えた。
 腹の中で予期せぬ何かが起ころうとしている。
「アスモ……デウス」
 焦燥感に駆られ、アスモデウスの名を呼ぶ。
「どうした?」
 甘さを含んだ機嫌よさそうな声が返ってきて、もう一度名を呼ぶために口を開いた。
「ア、スモ……っ、デウス」
 言葉につっかえながらもアスモデウスの名を呼んだ。思考が乱れ、何が何だか分からなくなってきていた。
「くく、やけに甘えたな声になったな」
「中の……取ってくれ」
「断る」
 取るどころか抜き差しされ、碧也の体は大きく震えた。
……ッ、ふ、あ」
「ああ。先に前でイクなよ。後ろでイけなくなるからな」
「知るか、よ」
 イけないように陰茎の根本を握られ、魔力で組成したのか手を離されたそこにはリングが光っていた。これでは前でイけない。

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