kaede
2026-04-17 21:03:47
4150文字
Public
 

一彩くんとのプライベートな時間を捻出するニキのはなし

ニキひい
⚠️付き合ってるので下の名前で呼んでます
⚠️二十四時間配信中のはなしです
⚠️オチはない

「できないのなら僕からするけど」
「そういうわけじゃないんすけど」

 気まずさを誤魔化して笑う僕を、真っ直ぐに見つめる一彩くんの瞳があんまりにも綺麗で、これからする予定だったことが何だかとんでもなくいかがわしいことに思えてくる。別に、僕と彼の間柄であれば何の問題もないことなのだけれど。加減を間違えない限りは。

 メガスフィアに閉じ込められたことによる一番の弊害、それは一彩くんと気軽に触れ合えなくなったことだ。
 最初は食べたい時に食べたいものを食べられなくなることに不満というか、不安を覚えていたのだけれど、その点に関しては九割以上が杞憂だった。何しろ、本当に地上から離れた場所なのか、と疑いそうになるほどに、食材には事欠かないし流行りのものもすぐに棚に並ぶのだから。どうしても手に入らないものもあるにはあるけれど、何かしらで代用すればいい。そう思えるほどにここは僕の欲をおおむね満たしてくれる。だからその点に関しては特に問題はない。
 けれど、恋人……一彩くんとの逢瀬、となるとここは監視の目がどうにも多くて、以前よりも触れ合う機会が明らかに減ってしまった。触れるほど近くにいるはずなのに遠距離恋愛をしている気分だ。いやまあ、遠距離恋愛なんてしたことないけれど。

「椎名さん?」
「え? あ、いや、なはは」

 何が、『なはは』っすか。せっかく目の前に一彩くんがいるのに、一彩くんに触れられないでいた過去を嘆くなんて、テーブルの上のご馳走を無視していつか食べ損ねたご馳走に思いを馳せるのと同じくらいに愚かな行為だ。いや、目の前にあるならすぐ食べてるだろうから、この例えは不適切な気が……
 ……食べ物だったらすぐに手が出るのに、相手が一彩くんだと妙に躊躇ってしまうのはどうしてだろう。それはもちろん、一彩くんが食べ物ではないからなんだけれど。
 でも、偶然鉢合わせた彼に、マイクには拾われない小声で一彩くん不足を訴えて同意を得た上でカメラの届かない部屋に誘った本来の目的も果たせず、ただ向かい合ってお茶をして小腹を満たしているだけなんて……ああ、そのせいだ。
 向かい合って座っているから、一彩くんの澄んだ瞳に当てられてしまうから、だからそういう雰囲気に持っていくのに妙に苦労してるんだ。何だ。そうか。
 気づいてしまえば話は早くて、おもむろに立ち上がる。一彩くんの清らかな瞳に、期待のような色がじわりと滲む。僕はもうそれでうきうきしてしまって、ああ早く一彩くん不足を解消しなきゃ、と気持ちははやりつつもあんまりガツガツするのも格好が悪い。だから年上の余裕を見せつつ(上手にできていたかどうかはこの際、気にしないことにする)、彼の隣、恋人だから許されるくらいに近い隣に腰掛けガチャ。

 ガチャ?

「あっ、戻っとったんニキはん……どないしたん。ソファにつっぷしよって。一彩はん、来とったんね」
「ええと、ウム。お邪魔しているよ」
……お邪魔なのはHiMERUたちのほうでは?」
「え? いや、そ、そんなことないっすよ全然! なはは……
…………
…………
…………

 ……こはくちゃんもHiMERUくんも一彩くんも、何で誰もしゃべらないんすか。沈黙が苦しいっす。

「あー、えーっと……何か用っすかね、二人とも」
「いや、部屋に戻ってきただけやけど」
「あ、そ、そうっすよね」

 こはくちゃんの当然すぎる返答に、内心頭を抱える。うう、どう手を加えても永遠に美味しくならないくらいに気まずい。料理なら何とでもなるのに。どうして料理じゃないんだろう。
 もう今日は諦めて、一彩くんには帰ってもらうしか……

……用事を思い出しました。付き合ってくれませんか? 桜河」
「へ? わしが?」
「用事っすか!? HiMERUくん!!」
「椎名は黙っていてください」
「はい……

 目の前で取り上げられそうになっていたご馳走を食べるチャンスがまだある、と。期待でつい跳ねてしまった声をHiMERUくんにすげなくはたき落とされはしたけれど、ここで下手に追及するのは多分悪手なんだろう。という予感は馬鹿な僕でもそれなりに感じ取れたので、言われた通りにおとなしく黙る。
 HiMERUくんは僕がとりあえず言うことを聞く気がある、とは判断したんだろう。疲れたような呆れたような、多分あんまりいい意味ではないため息を深めについたあと、こはくちゃんに品のいい眼差しを向けた。

「明日の配信で使うお菓子を用立てようと。和菓子にしようと思うので、アドバイスをお願いします」
「HiMERUはんにアドバイスすることなんてなんもあらへん気ぃするけど、まあええよ」
 こういう時、相手が燐音くんでなければ面倒がらずにわりとさらっと了承してくれるのが、こはくちゃんの優しいところだ。
 HiMERUくんは満足げに笑うと(多分、要求を聞き入れてもらえたこと以上に、こはくちゃんの素直なところが好ましかったんだろう)、その微笑みの十分の一もない素っ気ない顔をして、僕に言った。
「というわけなので、椎名はアップルパイを用意してください」
「へ? 何でっすか? 和菓子を買うんでしょ?」
「椎名さん」
 とんとん、と。一彩くんに軽く脇腹を小突かれて、意識がそちらに逸れる。何か言いたいことでもあるのか、と彼の出方を窺っていると、HiMERUくんが満足げな声を上げた。
「さすが一彩さん、理解が早いですね」
「ええと……ありがとう、でいいのかな?」
「正当な取引なので礼は不要なのです」

 え、これって僕だけ何もわかってない感じっすか?

「ちなみに天城……兄の方は遊び部のメンバーと生配信中なので、しばらくは戻ってこないかと」
 僕を見て笑っているのに全然笑ってないHiMERUくんの笑顔を見て、急に目の前が明るくなったみたいに気づいた。
……ああ! そういうことっすか!」
「何やの急に大きい声出しよって」
 そりゃ大きくもなるっすよ、こはくちゃん。
 なるほどなるほどそういうことっすか。僕らに気を遣ってくれてたんすね!
「ありがとうございますHiMERUくん! とびっきりのやつを用意するっす! え? ていうかHiMERUくん、知ってるんすか? 僕らのこ」
「椎名は馬鹿なのですか? 馬鹿でしたね」
「何すか。そりゃ確かに馬鹿ですけど」
「椎名さんは馬鹿ではないよ」
 隣で一彩くんが声を上げる。HiMERUくんに反論しているのではなくて、僕を嗜めるように。
 HiMERUくんは一彩くんのその言動の何かが意外だったらしい。軽く目を丸くして、それから興味深そうに笑った。

「一彩さんは賢いですね」
「賢い、と言えるのかはわからないけど、HiMERUさんがとても優しいことは確かだね」
「面倒ごとを好まないだけです。ごゆっくり……と言いたいところですが、ここはHiMERUたちの部屋でもあるので、あまり長居はしないでくださいね」
「ウム。そのつもりだよ」
 そう答えて微笑んだ.……はにかんだ一彩くんに、HiMERUくんが珍しくはっきり瞬きをする。それから、カロリーを極力使ってない声で言った。
「常識的な範囲でお願いしますよ、椎名」
「ん? 何をっすか? アップルパイっすか? わかりました、ちゃんと普通につくるんで安心してほしいっす!」
……行きましょうか、桜河」

 あ、よくわからないですけど今完全に僕から興味を失いましたね、HiMERUくん。


 今ひとつ釈然としてないっぽいこはくちゃんの背中を押しながらHiMERUくんが部屋を出ていって、数秒はなんだか落ち着かない気持ちでいたけれど。
 とん、と肩に温かな気配がぶつかって、それだけでさっきまでの息苦しさが一瞬で溶けてしまうのだから不思議だ。
「やっと二人きりになれたね」
 僕とは次元の違う会話をHiMERUくんとしていた時とは打って変わって、今の一彩くんの声はほんのり甘くていい匂いがして美味しそうだ。まるで、早く食べてと言わんばかりに。
「あ、二人のことを邪魔だと思ったわけではないよ。でも、人目があるところでは、こういったことはするべきではないと思うから」
 一彩くんのそれは言い訳とも、単に事実を言っただけとも受け取れるけれど、言い訳、の方が甘えられてるみたいでかわいいからそういうことにしておこう。
 一彩くんが、じいっと僕を見つめる。煮詰めたシロップみたいに瞳をゆらめかせて。
 美味しそうだなあ。食べちゃいたいなあ。
 その瞳が、僕に訴えかける。
……椎名さん。もしかして僕は焦らされている?」
「あっ、すんません。美味しそうだな、食べちゃいたいな、って思って、つい見とれちゃってました」
 僕が正直に答えると、一彩くんはぱちぱちと瞳をまばたかせたあと、戸惑う……恥じらう、だろうか。そんな感じで視線をゆらめかせた。
「ええと……僕もやぶさかではないけど、常識的な範囲で、って言われているし、それはその通りだから、ここでは、その」
「え?」

 え?
 …………あっ。

 常識的な範囲、って、もしかしてエッチなことはするな、とかそういうことだったんすか!?

「いやいや! 今のは言葉のあやってやつで、そういうつもりは! さすがにそれはしないっすよ! ていうかHiMERUくんて僕らのこと、知ってるんすかね。お得意の推理ってやつっすか?」
「あまり悠長にはしていられないし、椎名さんがしないなら僕からしてしまうけど」
「え?」

 今さら焦ったってどうしようもないのに、一度弾けてしまった感情はそう簡単には収まらない。けど。

 くちびるによく知っている、でも久しぶりの感触が触れて、思考が強制終了して。

「これで僕不足は解消できたかな?」

 目の前で一彩くんが天使みたいなのに小悪魔みたいにも見える、あんまりにも美味しそうな顔をして微笑むから、それで僕は本来の目的をようやく思い出せたのだった。

 本当は、ぎゅうって抱きしめるだけで良かったのだけれど。

……全然足りないっす!」