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確か前回はと逆算して、侑が計画有給をオフ日と繋げて三日間になるように申請したのが二ヶ月前。ここ二、三年、周期が比較的安定していて、四ヶ月に一度程度となっている。
もう少し長く休みを取りたいところだったが、世の中ではもはや男性育休が当たり前になっているのと同様、Ω性のヒート期にパートナーのα性には有給が認められていて取ることはスタンダードになってきているとはいえ、現役のSVリーグ選手がシーズン中に長期休暇を取るのは実情としては現実的でない。
だから三日間だけ。ヒートは一週間ほどで、一番パートナーがしんどい様子なのは中二日だから、せめてそのときだけでも自分が側にいてやらないで誰がいてやるんだと。侑はまず番のパートナーができた際に、しっかりとチームやフロントに(パートナーができた当時はまだ会社員として働いていたから会社の職場にも)入念な根回しをした。そこからは自身のライフスタイルを一貫していて、周りからもありがたいことに理解を得られている。
シンプルに自分は恵まれているのだと。この時期になると侑は自分が置かれている環境に感謝する。感謝しながら、今日の日中開始の試合が終わって、侑は早々にロッカーで身支度をしている。
ちなみにシャワーは浴びない。清潔なほうがいいのでは?と侑は常々思っている。けれど自分の帰りを待ちわびてくれている当の本人が、それを少しも望んでいない。
なんなら関係が始まった当初は何度かそうしてシャワーを入念に浴びてから帰ったら、恐ろしく機嫌を悪くされて『お前の匂いのついた服でこっちは我慢してんねんぞ。むしろ汗だくで帰ってこんかい』と罵られた。
なんて理不尽。
そして、なんていとしい自分のパートナー。
「帰りにドラスト寄って
……あと飲みモンか。スポーツ飲料水の粉買って、そんで
……」
「あ、そっか。ツムツム、明日から?」
帰り道に買い出しするものを侑が独り言で確認と整理をしていると、隣で着替えを始めた木兎が尋ねてきたので、侑はこくりと頷いた。
「おん。もう今日からちょっと身体はキツなってるらしいわ。でもあんま予定とズレんでよかった。明日オフやし、そっから二日休みもろてんねん」
「大変だよなぁ。仕方ないもんだって言われてもさ、しんどそうなとこ見ちゃうと。個人差もあるって聞くし」
「アイツはそこまで重ないらしいし、最近は結構うまく付き合うてるんやと思うけど
……」
「それでも、気が気じゃないもんな」
木兎もまたα性で、Ω性の番がいる。木兎も所々で有給を消化していることを侑は知っているし、木兎はそもそも学生時代からの番がいて、それが前提での雇用契約をしている。侑にも番ができた際に、木兎自身が教えてくれたことだった。それからは互いに番のヒート期に役立ったものや、便利だったもの、意外なライフハックなどの情報共有をそれとなくするようになった。気が気じゃない、と髭をいじりながら言ったその言葉は自身の声でもあるんだろう。それがわかるから、侑は素直に「せやな」と頷いて、荷物をすべてざっくりと入れたリュックのファスナーを閉めた。
侑の番は、周りが思うよりもいくらか元気に、というよりはポジティブにこの期間を過ごしていることが多い。少なくとも侑は、事前知識として聞いていた話とは随分違うなという印象があった。そのため、侑はそこまでハラハラとして試合に集中できない、などということもないけれど、それでも相手が自我をコントロールしにくくて、普段通りには過ごせない状態で、今も一人でそれを耐えているかと思うと。
「はやく帰って、安心させたげてよ。あ、そうだ! なんか寒くなると身体あっためるものとかあると気持ちラクだって、この前言われた!」
侑を送りだしながら、木兎がニッカリと白い歯を見せて笑う。それに和まされて、少しだけ無意識に逸っていた気持ちに僅かな余裕ができた。
バシバシと両手で頬を軽く叩いて、侑は気合いを入れてからロッカールームを出た。
今日はチームの専用バスではなく、自分の車でスタジアムまで来た。ここから三泊四日、できるだけ家から出ずに快適に過ごすための物資調達があるからだ。ポケットに入れている車の電子キーを駐車場に着く前からそっと握りしめた。一刻も早く寄り添いたい気持ちと。ここからのヒート期を居心地よいものにしてやりたい気持ちとで、胸に辺りがザワザワと騒がしい。
こんなに心配で。こんなに気が逸っているのに。
それでもこんなにも、心が踊る。
なにせここから先は、己の全てを番の──唯一無二の双子の片割れである治のために使うことができるのだ。
使うことを許されているという嬉しさ、誇らしさが、『MSBYブラックジャッカルの宮侑』ではなく『宮治のたったひとりの番である宮侑』に切り替わって、バレーボールを触っているときとは全く異なる煌めきで、侑の瞳を瞬かせる。
他でもない治が、自分にそれを許してくれた。
その全てを捧げる権利を、くれたから。
侑に番ができたのは、ブラックジャッカルに入団して数年経った頃だった。
番がそれまでいなかったのは何も頑なに作ろうとしなかったわけではなく、そもそもそんな暇がなかったという理由もあったが、何より必ず番を作らなくてはならなかったのは少し以前の話だからということが大きい。今は医療が発達し、どうしても適齢期になったら番契約をして男女であれば結婚をしてという時代は、侑にしてみれば親世代くらいまでという認識だ。
薬の服用はバレーボール選手に限らずスポーツ選手には至極当たり前のことで、大体の場面でほぼコントロールが可能になる。それはΩ性の人間も然り。今の時代、第二次性だけで優劣などつかないし、どんな性別であっても、その性別だというだけで仕事や将来を選べないなんてこともありえない。向き不向きはあるかもしれないが、それは男女の身体の作りと同じで、そういう教育を当然のように受けてきた世代だった。
αでもβでもΩでも、結婚してもよければ独り身でもいい。どんな相手とだって一緒に寄り添い、暮らしていい。すべての人に、その権利がある。
そうした価値観で育った世代である侑には、性別も第二次性も拘りはなかった。ただ、なんとなく自身がα性である以上、Ω性から気持ちを向けられることがどうしても多く、高校生のうちはΩ性の女子の何人かと、ひとりだけ男子とも付き合ったりしてみた。が、これが面白いほどまったく長続きしなかった。それも物の見事にすべて相手方から振られた。α性としてはそれなりに優良物件では?なとどいう自惚れがあった侑は、そこは男女だからというだけで全てが上手くいくわけではないのと一緒で、αとΩだからといってそれだけで上手くいくことなんてないのだと、この渋い経験でしっかりと学びを得ている。
振ってきた相手には漏れなく『あなたの気持ちが自分へ向いてないのが辛い』と言われた。
そして、ごもっともで言い訳もできずに黙ったら、大抵引っ叩かれてそこで関係は破綻した。
なにせ侑はその時点で、本当は誰と一緒に居たかったのか。一緒にいるだけでは満足できなくて、許してもらえるなら自分の一生を賭けたいだなんて思うくらい重い感情を向けてしまっている相手が誰なのか、もうわかっていた。
わかっていても、だからと言ってどうすることもできなかった。なぜなら相手はよりにもよって、ずっと一緒に片時も離れずに生きてきた双子の片割れで。高校三年間、たったひとりのΩの彼女と付き合っていた──まだそのときは侑と同じα性だと思っていた治だったから。
車に乗った侑は、自宅に戻る道すがら寄り道をして回った。
頼まれていた食材。頼まれてなくてもあったほうがよかったなと前回のときに思った食べ物や飲み物、生活用品。それから治も用意しているかもしれないけれど、念のためスキンとかローションとかティッシュとか。スポーツドリンクは粉状のものを薄めて大量に作る。何せ長丁場になるし、汗もかく。それに寒くなってきて空気も乾燥しているから水分補給は大切だ。あと木兎が送り出してくれる際に教えてくれたように、寒くなってくると身体を温めるものがあるとラクになると治も去年言っていたことを思い出し、首や肩を温めるシート。湯たんぽは治の自宅にはあった気がするけれど、侑の自宅には用意が無かったから一応買ってみる。もこもことしているカバー付。犬か猫か羊かで迷って、羊にしてみた。なんだか一番もこもことしているように見えたから。それからこの前、甘いものがあると機嫌がよくなったし、どこか気持ちが穏やかになっていた気もするから、帰り道にある治がお気に入りのパン屋に寄って、そこでいつも売っているドーナッツも忘れずに。
今回は、侑の自宅に合鍵で既に入って準備をしていると、治からのメッセージがロッカールームを出た頃に届いている。
どちらの家で籠りきりになるかは、特に決めていない。選択権はすべて治に預けてある。治が自宅がいいと言えばそちらへ駆けつけるし、侑の自宅がいいというなら喜んで迎えることにしていた。今回は侑の自宅で過ごしたい気分ということらしい。どちらの頻度が多いということもあまりないものの、侑の自宅を選ぶときは割とわかりやすい。
(じょおずに作っとるかなあ〜)
運転を終えて、大量の買い物袋を気合いですべて両手に持ち、自宅のマンション内の廊下を歩く。今頃、治が自分の家で巣作りをしていると思うと、どうにも鼻歌を歌い出しそうになるから、その度にわざとらしく咳をしてみたり。
ヒート期のΩは、番と離れているとき自身を少しでも落ち着かせて楽になるため、番の匂いがついたもので巣を作る。
その材料はαの匂いがついている衣服などが一般的で、いくつもの衣服やタオル、寝具カバーを重ねて、その中に籠る。すると番のαがそばにいるようにいくらか安心できるらしい。そうやって安心できると、より身体は素直に発情を迎えて、より積極的にもなって子作りが進むという生命の仕組みとのこと。
ヒート期と一言で言っても、毎回同じ症状がでるわけでもない。シンプルに発情が全面に出ることもあれば、ただただ番に側にいてほしい、近くにいないと漠然と不安になる、寄り添って抱きしめていてほしいだけのパターンもある。
治は割とまちまちだけれど、今回はいつもよりも巣を作りたいし、ようするにいつもよりも抱かれたい欲求が強いということ。
「こっちもあてられすぎんようにせんとな」
侑はここから四日間、ひたすら治に尽くして、愛して、奉仕しなければならない。しなければならないというのは義務ということでなく、単にそれが侑の望みだからだ。
させてもらえる許しをくれた。あの治が。自分に。だから自分のできる限りで応えたい。愛させてほしい。
自宅の玄関前で一度、侑は大きく深呼吸をする。
よし、と気合いを入れて。さあ、とドアの鍵を開けようとしたら、内側からカチャリと鍵の開く音がした。
「ツム、
……おかえり」
内側から開いたドアからこっそりと顔を出して、迎えてくれたのは治だった。
思ったよりもまだフェロモンは暴れていないらしい。これがもうピークだったのなら、侑は鼻から脳天を突き刺されるような刺激に眩暈を起こしていたと思う。
「ん
……。ただいま、サム」
すぐに身体をドアの内側に滑り込ませた侑は、素早くドアを閉めて、内側から鍵をかける。
それから両手いっぱいに持っていた袋たちを、玄関先にどかりと置いて。空いた両腕ですぐに治の身体を包むように強く抱きしめて、耳元で囁くようにただいまと応える。
治はくすぐったそうに少し身を捩ると、それからずっとずっと待っていたとばかりに深呼吸をして、侑の首筋に顔を埋めた。
出迎えてくれた、いとしい自分の片割れ。
顔色がまだよくても、でもいつも通りとは違ってもう頬が少し火照って目が蕩けだしている。
かわいい。すき。だいすき。
やさしくしたい。
どろどろにあまやかしたい。
ああ、でもこのふわっふわになってる男を、とじこめて、どこにも行けなくして、めちゃくちゃにして。自分以外のすべてから切り離して、自分のことだけを考えて欲しい。
家に入ると流石に充満してるフェロモンにさっそくあてられて、侑の『男女であってもなくても、αとΩであってもなくても、双子の兄弟であるということさえ関係なく、ただただ治だけが欲しい』という根幹が、αとして、そして男としての本能に煽りを受けてむくむくと増幅していく。
「はぁ
……。サム、めっちゃええ匂いする
……」
「そんなんテメェもやろ
……」
「俺が帰ってきたの、匂いでわかったん?」
「たぶん駐車場着いたんかなぁって。この時期やと、結構わかるなぁ」
でもきっとそれは、番の俺だけしかわからへんねん。
嬉しそうに、ちょっとはしゃいで言う治に、侑はまた抱きしめる腕に力を込めると「苦しいて」と腕の中からご機嫌で愛しい声がした。
苦しいと言われてるのを一瞬だけ無視して、ぎゅうっと匂いや体温を補給するように強く抱きしめて。それから腕の力を緩めると、治は普段はあまりしてこない、ちゅうっと可愛らしいキスをしてから離れていった。
いやいやいや!?と思わず侑が、もう一度腰を抱いて引き寄せようとしたが、そこはひらりとかわす治は、侑が買ってきた荷物を軽々とすべて両手に持って居間へと向かう。その後ろについて、行き場のない手をそのままに歩いているとランドリー室から音が聞こえた。
「あれ? 洗濯まわしたん?」
「お前、シーツためてたやろ」
「そらお前、もしかしたらサムがこっち来たら必要かな〜って気ぃきかせたろ思うてやな
……」
「どうだか。普通に洗うのも干すのも面倒で、貯めてたんもあるんとちゃうんか」
「そ、そんなことないて。いっぱいためとったほうが、サム来た時よろこぶかなぁ思て、あえて?」
「ほーん
……。ま、どうせ全部汚したん、洗ってくれるんツムやしな」
「あ、乾燥もかけてん?」
「おん。どうせ汚すし、そしたら次に敷くもんはないとあかんし。よっこらせ。結構いろいろ買うてきたな」
「あ、そういやこの前、スポドリ途中から足りんくなったから、もう粉でええかなって」
「いや部活の合宿か?」
「それからコレ! なんかおもろいゴムあってん!」
「たしかに見たことないなぁ。あ、俺も買い出ししてから来たで。どうせツムんちの米、もうないやろな思うて」
「そういや切らしてたかも。えーっと、そうそうこの冷凍ピザ! トースターで焼くやつバリうまいらしいで!」
「へぇ〜、うまそうやん。チーズは?」
「乗せてマシマシにする分も、ちゃあんとホレ」
「ツムのくせに、やるやん」
「ツムのくせには余計やろがいっ!!」
「お、これ! あそこのドーナッツやん
……!」
「奇跡的に売り切れてなくて、あるだけ買うてきた! どうせ水曜までに食べ切るやろ」
「これは
……湯たんぽやん。なんや、お前ねるとき寒いんか」
「ちゃうわっ! いや別にちゃうわけちゃうけど! お前が寒い時はぬくぬくできたほうが、いくらか顔色ええなぁって去年思ったの思い出したんですぅ〜。いらんのやったら俺が使いますけどぉ〜?」
「使うんかい。でも確かに
……ツムが体温ちょびっとだけ高めやから、ぬくいとお前がおるみたいで、ちょっとラクになんねん」
フッフと笑って、羊の皮を被った湯たんぽを開封する治は、言葉で言うより余程表情で〝うれしい〟と言っていて。そのとろんと溶け出してる表情が、かわいい。
ああ、どうしよう。はやく触れたい。暴きたい。
もっとかわいい顔をさせて、きもちよくさせて、よがらせて、なかせて。それから──
欲しい欲しいと。逆撫でられてしまうのを必死で唾と一緒にごくりと飲み込むと、それを見透かしたみたいに、治がそっと手を握ってきた。
「
……サム?」
「あんな
……ベッドの上に、作って。さっきまで入っとってん」
巣作りしたのに、まだ見てくれないのか?と。
ここまで来て、なぜか少しだけ遠慮がちに言ってくる治に、侑は脊髄反射でブワッと全身の産毛を逆立ててしまう。
すぐ握ってくれた手を、やさしく握り返して。
それから侑は治の手を引くと、寝室へと大股で歩き出した。
「上手いことできたん?」
「まあ、
……それなりに?」
「せやからそんな、可愛いツラしてお迎えしてくれたん」
「可愛いツラて。同じツラやん」
「はぁ? サムほんま鏡みたほうがええて。いま、可愛い俺より百倍可愛いツラしてんで」
「お前、自認に可愛いがあんのか
……筋肉だるまのくせに
……」
「引くとこちゃうし、いまそこやないやろがいっ
……!!」
こうして照れ隠しでじゃれあうのも、いつものこと。
このまま寝室に向かって、ベッドの上に作られた巣を前にしたら最後。途端に治にもスイッチが入って巣から出れずひたすら侑を求めてしまうし、そうなれば侑とてまともな思考は早々に放り出してしまう予定調和が待っている分、これはまだどこか照れくさいふたりの悪あがき。
それもまた、侑にはたまらなく大切な時間で。
「
……ツム」
寝室の前までくると、手を繋いでいた治が、うっとりと侑を呼ぶ。
その声に反応した本能が、どろりと理性を溶かしていくのを感じながら、侑は角度を付けた深めのキスをすると、治の身体からはあっという間に力が抜けていった。
「
……ぁ、
……っ
……」
「
……もう〝ここ〟に集中しぃや」
治を、巣の上にごろりと転がして。
その下腹部に、侑が手のひらをそっと置いて囁やけば、侑の衣服の海に沈んだ治の表情がガラリと変わる。
それを見下ろしていた侑は、ここでようやくその獰猛な牙を隠すことを一旦放棄すると、べろりと舌舐めずりをしてから治を心ゆくまで喰らい出す。
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