フリンズさんが夢の中で探してくれる話

※作中ほぼ不穏な雰囲気です。ご注意を。
※捏造設定が多めです。

 あぁ、これは夢の中だな……と理解することが割とある。

 そこは何もない真っ暗な空間で、一人きりの私はひたすら真っ直ぐに走る。とても遠いところに一筋の光が見えるのに、どんなに走っても辿り着けない。不思議と息は上がらない、けれどもずっと走り続けなければならない、走るしかないのだ。
 だって――すぐ後ろには、あの声が…………


 ――はっ。
 
 ぱちりと目を開く。見慣れた天井を数秒眺めたあと、ベッドから体を起こした。寝汗が酷かったらしく前髪が張り付いた額を手の甲で拭う。毛布を硬く握っていたのか、手がとても疲れているし指は痺れている。
……もう、なんなの?」
 思わず独り言が出てしまう。最近よくあるのだ、長い時間寝ても全く疲れは取れないし、なんなら寝る前によりも疲れている。昔スメールに住んでいた時からの旧友にも、目の下の隈が酷いと先日言われたばかりだ。
「出かける準備、しないと……
 時計を見てから短くため息を吐き、シャワーを浴びるためにベッドから下りる。そろそろ動かないと予約の時間に間に合わなくなりそう。私は重い体を引きずって洗面所に向かうことにした。


 ***

 
「えっと……ここ、かな?」
 
 事前に貰っていた地図を見ながら、私はとある場所に向かった。予約時間には間に合いそうだ。ふぅ……と細く長い息を吐いて、はやる気持ちを落ち着かせてから扉を開いた。
……こんにちは」
「いらっしゃいませ、お客さん。――ここは秋沙銭湯ナド・クライ出張所だよ。さて、どんなお悩みをお持ちかな?」
 出迎えてくれたのは、稲妻出身の夢喰い獏の妖怪であり、心理療法士の夢見月瑞希さんだ。夢に関する、特に悪夢に関して相談に乗ってくれるらしい。挨拶もそこそこに、促された椅子に腰掛ける。
「えぇと、最近悪夢なのかどうかも、ちょっと分からなくて……。内容は覚えてないんですけど、目覚めた後に疲労感が凄くって、全然寝れた気がしないんです」
「なるほど、ね。早速だけど、貴女の夢を……覗かせて貰っても良いかな?」
……はい、お願いします」

 部屋に焚かれているお香のおかげで、すぐそこの簡素な寝台に横たわると同時に、すぐに頭がふわふわして来た。そのまま瑞希さんの手を取ると、もう眠たくて仕方ない。これなら――よく眠れそう…………


 ◆ ◆ ◆


「さて、彼女はどこかな?」
 
 上手く彼女の夢の世界に入り込めたと思う。傘を差しながら上空からふわりふわりと降りていくと、地上に降り立つことができた。しかしそこには――何もなかった。光も何もない、黒の世界。暗闇の中で彼女をどうやって探そうか……と考えているところで、視界の隅に何かを捉えた。それは、蒼い光のようだった。
 その遠くに見えた光の方へ一歩踏め出したところで――

 ――バチン!!

「え、嘘でしょ……
 目が、覚めてしまった。覚まされてしまった。こんなこと……滅多にないのに。
 彼女の手を離す直前、最後に見えたのは蒼い光――蒼い炎が人形を取っていた。その炎がこちらに気付いたと同時に、夢の外は追い出されてしまった。……どう言うこと?
「っあ、――いけない」
 早く彼女を目覚めさせなければ。炊いていたお香を閉じ、部屋を明るくして彼女を揺り起こす。――お願い、目を覚まして……


 ◆ ◆ ◆
 

 揺り起こされている、と自覚してから目をゆっくりと開ける。えぇと――ここは?

…………あれ?」
 
 ――どこだ、ここ? 周りが暗くて、何も見えない。ドクドクと早鐘を打つ自分の心臓の音が聞こえそうなほどの静寂。思わず強く握った手は、手のひらに爪が刺さる。手を広げて、自分の顔を触ってみると、いつもの感触がある。自分はここに存在しているようで、少しだけ安心する。
……んー、」
 少し落ち着いて来た頭で、考えを巡らせてみる。えぇと、何も思い出せない……けれど、あぁそうか。これ夢かも。
 もう一度手を強く握ると、爪が刺さって跡がつくが――痛くない。痛みがないのは夢の世界であるというのは定説じゃないか。

 ふと、体を捻って後ろを向いてみると、何かが――蒼い小さな炎のランプが浮いていた。何もない暗闇に浮かぶランプ、奇妙なことこの上ないのだが、今のところ唯一の灯りに私は手を伸ばす。指先で触れた途端に、蒼い炎が少し大きくなったように見えた。
 そのランプは温かいわけでは無いが、触れていると妙に安心できた。ランプを抱え込んだ私は、そのまま一度目を閉じた。

 そして思い出した。私はこの蒼い炎を知っている。幼い頃にも、どこかで触れたことがある光だった……と思う。


 ◇ ◇ ◇


 再び目を開けると、そこは――
 
「起きてくれた……あぁ少し安心したよ。君、大丈夫?」
 そうだった、瑞希さんとお話ししていたはずだ。でも、何かとても心配されている様子。
「あれ、……何かあったんですか?」
「そうだね、説明が難しいんだけど。……君の夢は、なかなか深刻な状態なの」
……えっ」
 眉をひそめて深妙な表情で私を見つめる瑞希さん。たっぷり十秒程待ったところで、再び彼女は口を開けた。
「悪いんだけど、また明日もここへ来てくれないかな」
「はい、それは問題ありませんが……
「少し準備に、時間が掛かりそうなの。今夜眠る時は、このお香を炊いてから寝てね」
「分かりました」

 受け取ったお香の炊き方などを教えてもらい、そのまま帰宅することになった。……こんなに大事になるとは思わなかった。
「明日、解決すればいいなぁ」


 ***


 あぁ、これはまた夢の中だな……と理解した。この何もない真っ暗な空間を、私は全身を使って走りながら、背後の声から逃げなければならないのだ。
 しかし、私はなぜ逃げなければならないのか。どうして追われているのか。疑問は尽きないが、あの光に向かって走らなければならない。
……あれ?」
 あの光が、以前よりも大きく見える。これは……光に近づけている、ということ?
 それは少しずつ大きく見え、光ではなく、蒼い炎のように見え始めた。どうしても私はその炎に触れたくて、走り続けた。後ろからはいつもの声が聞こえる。以前よりも大きな声のようだが、言葉が認識できなくて何と言っているのか、何を叫んでいるのか分からない。

 ついにその蒼い炎に指先が触れる――と言うところで、私は目が覚めた。



 また、いつもの夢を見ていたようだ。内容は覚えていない。でも――
「なんだか今朝は、スッキリした目覚めだね」
 昨日貰ったお香のおかげかな?と置いていた枕元を見てみると……おかしい。
「なんか、火が消えてる……?」
 寝る前には付けていたはずなのだが、と私は首を傾げるが……お香を使うのは初めてだったので、何か失敗したのだろう……ぐらいにしか思わなかった。

 ――ピンポーン

 玄関のチャイムが鳴っている。寝起きでぼんやりしている頭を動かし、「はーい」と扉の方に声をかける。玄関の鏡で念のため自身の姿を確認してから、鍵を開けて扉に手をかけると、私が開ける前に扉が勝手に開いてしまった。


「初めまして。あぁ……ようやく会えましたね?」


 私を見下ろす背の高い黒衣の男は、蒼い炎のランプを掲げた。そのまま私の手を掴み強引に外へと引き摺り出した。驚いた私は、「な、なんですか⁈」と身じろぎして抵抗するものの、何の意味もなく、私はその男の腕の中に閉じ込められてしまった。
 でも、この人――私、知ってる。
 そう気付いた途端、私は抵抗することを止めて、その男の服をぎゅっと掴んだ。

……やっと私を、迎えに来てくれたんですか?」
「えぇ、そうですよ。――さぁ、一緒に帰りましょう」


 

「彼女には私の声が届かず、間に合わなかったのね。あぁ……私の民が一人、妖精に攫われてしまったわ」
 遠い異国の地にて、スメールの神は一人で小さく呟いた。




『それ以降、彼女と会うことはできませんでした。』