しゃどやま
2026-04-15 21:48:36
2323文字
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【宗と女】秘密の恋

夢小説かどうかは微妙ですが、宗さんにその気はありません。宗さんは真実が大好きなモブ女視点の小説

 あの方は夜の月。それも星のない夜空で、一人佇む三日月のようなお方です。私は重力に惹かれて落ちる小石のように、あの方に夢中でした。仕事中も、夜眠る時も、あの方のことを考えない時はありません。
 会員制ラウンジ「ウィズダム」。支配人を務める宗雲様は、今宵も私に変わらない微笑みを向けました。
「ようこそ。天音様、お待ちしておりました」
 長い前髪の間から、覗く艶々とした瞳。微かに潤み、熱っぽい視線を感じます。目元には化粧のような泣き黒子が二つ、あの方のアンビバレントな繊細さを感じさせました。一八〇を超える長身を、私のために折りたたみ、私の名前を呼んでくれる。
 ――成金の父の苗字が嫌だとこぼした夜。彼は特別に、私を名前で呼ぶことを約束してくれたのです。
 天にも登るような気持ちでした。私の名前の「音」はこの方の声のことだと思いました。この名前で呼ばれるために、生まれて来たのだと思いました。
 宗雲様は俯いて赤面する私を、穏やかにエスコートします。人が嫌いな私に配慮して、窓を向いた一人掛けの特等席。隣についた宗雲様はいつになく楽しげに、私へ問いかけました。
「お飲み物はいかがいたしましょう。いつもはノンアルコールですが……今日のお召し物に合わせて、シャンパーニュのカクテルをおすすめしてもよろしいですか?」
「ええ、おすすめなら飲みたいです」
 私は頷きます。仕事の帰り道で疲れていたというのもありますが、宗雲様からこのようにおすすめをされるというのは初めてのことでした。宗雲様は満足そうに頷いて、手を軽く持ち上げます。颯くんが大きく手を振って背を向けました。
「では、簡単なカクテルなので、ここで私が作りましょう」
 宗雲さんはそう言いながら、手をお絞りで拭います。そして私の瞳を覗き込みました。
……あなたを一瞬も、ひとりにしたくありませんので」
 颯くんがシャンパンと瓶に入ったオレンジジュースをテーブルに並べます。「ごゆっくり」と笑いながら去っていった颯くんに生真面目に頷いて、宗雲様は手早くオレンジジュースの瓶を手に取りました。
「本当にシンプルなカクテルです。オレンジジュースとシャンパーニュを同量で……
 彼の長い指先に見惚れるうちに、カクテルは出来上がってしまいました。永遠に眺めていたいと思うほど、洗練された上品な仕草でした。この時間を永遠にしたい。現実になど戻りたくないと、思いました。
 出来上がったのは、オレンジに近い暖かみのある黄色のカクテル。懐かしい柑橘の香りもしました。
「どうぞ。こちらはミモザというカクテルになります」
 宗雲様はグラスを、つい、と優雅に差し出します。私は受け取りながら、指先が触れてしまうのを感じました。火照った私の肌の熱が、冷たく冷えた彼の指先に伝わる。私は照れを隠すように、口元にグラスを持っていきました。
「いただきます」
 私は華やかな香りのするミモザに口をつけました。味などわからない――そう思っていましたが、よく冷えた若いシャンパーニュのすっきりとした味わいは、私の身体を落ち着かせてくれました。アルコールが入っているとは思えないほどの軽さで、私はついもう一口を進めてしまいます。口の中は緊張で渇いて、熱を持っていました。ミモザのちょうどいい爽やかさは、今の私にぴったりでした。
 そんな私を、宗雲様はいつになく愛おしそうに見ていました。特別な夜だと勘違いしてしまうほど情熱的な視線で。
 失礼します、といい、宗雲様は隣に浅く腰掛けました。
「今夜のあなたはとても魅力的だ。いつもの愛らしさとは違う、妖艶さがある」
 私は宗雲様の顔を見ることができません。ただグラスを震わせます。
「香り、ですね? 普段と違う香水を纏っている――正解でしょうか」
「え、ええ」
 私は動揺しながら頷きます。頬が赤く染まるのを感じました。
「オリエンタルで魅惑的な香りだ……どちらのものか伺っても?」
「そんな……別に、特別なものでは」
 私は口ごもりました。宗雲様に聞かれていいようなものではありません。普段着けている香水も、評判がいいものを選んだだけ。洗練された美学を持つ宗雲様に聞かれるというのは恥ずかしい。
「教えていただきたいのです」
 宗雲様はいやに熱烈に、私の瞳を覗き込みます。微かに目を細め、香りを味わうように顔を私の耳元へ近づけました。
――今夜から、眠る前に嗅ぎたいと」
 私は唾液を飲み込みました。美しい男が、客との境界を超えて踏み込んでいる。そんなことはありえないと思うのに、答えてはいけないのに、熱に浮かされた私は、唇を開きました。
「あの、知り合いの調香師の新作で……
「やはりか」
 宗雲様の甘い声から、敬語が消えました。

「やはりここで嘘を吐いた。疑惑は確信に変わり、嘘は真実に変わる」
「あ、の……?」
 私は宗雲様が、賢い人特有の早口に変化していく様を見つめました。
「この香りは沈香……それも希少価値の高い香木のものだ。決まった経路でしか流通しておらず、寺から分けてもらった家は虹顔市内で二件しかない」
 私の手を、宗雲様の長い指が覆います。指が絡み、宗雲様の血を感じました。
「名家で焚かせていただいた。あるいは名家から分けていただいた。そう話せばよかった。けれど嘘を吐いた。つまり聞かれてはいけない相手との会談をした」
 まるで愛おしい恋人を見るように、宗雲様は私に言います。
「その名家で、スパイをするよう命じられた――高塔の一族のスパイだな?」
 私は、輝く瞳で私を、客ではなく、ただの真実として見る宗雲様を見上げました。