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millet0824
2026-04-15 14:16:33
6765文字
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深紅の一滴
ジョゼ主♀(女の子自機、アルテア視点だよ)
自由探索の時代の依頼と贈答品の話
「アルテア、蒐集家と名乗っていたこともあったんだよな。それなら一つ頼まれてくれないか?」
マグメルに遊びに来ていたジョゼの熱弁に耳を傾けながら、随分昔に本で読んだものを思い出した。
もし珍しいスパイスがあったら融通してほしい、と言われ思考に掠めたのは、祭日の折に開かれる屋台で振舞われた、『ワインにスパイスを入れて温めたカクテル』の話だった。スパイスや果物を入れた、寒い地域で飲まれる伝統的で甘く温かいワインらしい。子供ながらに美味しそうと思っていたんだっけ。
依頼品のスパイスは探索の折に見つかればそれで良し、との事ではあるのだが。
「好いた相手のために何かできるって、素晴らしいじゃないですか......!」と、モサモサと雑草を掻き分けながらひとり呟く。
屍人の森の温室の中。以前来た際にうっすらと(何かある気がする)と目星を付けていた場所を探すと、ほどなくして目的の物は見つかった。
土がついて薄汚れた小瓶ではあるが、洗えば問題ない。大事なのは中身だ、逸る気持ちを抑えながらそうっと封を開ける。香りからして目当てはこれで間違いなさそうだ。
アストゥリアス家は漢方にも手を出していたのは侵食現象内で聞き及んでいた。薬が入っているであろう小瓶にスパイスが入っているのも、その名残と言うべきか。漢方とスパイスには重なる点も多く密接な関係にあるのは知っている。
確か彼女が作っているカレー自体も漢方にあたるいくつかが配合されているんだっけ......?漢方に関しては勉強不足だ。まだまだ知らない分野があって楽しい。
このまま彼女に渡すこともできるが、なんとなく物足りない気分だ。もう少し、そう、喜んでもらいたい。そうした中で思い出したのが先の『ワインにスパイスを入れて温めたカクテル』の話だ。
そこで使われていたのは赤ワインと記憶している。随分前に拾った、状態がいいものがあったはず。ラベルも綺麗に残っている、贈答用にピッタリの逸品。
拾ったワインなんて変な響きだと自分でも感じて笑えて来る。
マグメルに来る前、辺境域外で私はスカベンジャーとトランスポーターを名乗っていた。物を運び人を護り、物を拾い集め、好事家へ高値で売りつける。そんな風に生きていた。今じゃ吸血鬼ハンターと言われているけど、その頃の私と地続きである証明として二つ名の『蒐集家』を時折名乗ったりしている。今は他人へ売りつけることはなくなったが、マグメルにいる誰か、ないしバディとして縁を結んだ誰かの心が動くような逸品があるようで、物を拾うことは続けている。
さて、ワインの話だ。古く熟成させたワインの扱いは厳重に安静に、日頃持ち歩くだなんてもっての他だ。マグメルに私室はないが、医務室の一角を私室化させてもらっている。そこの戸棚に持ち歩きに向かないものは安置させている。酒に関してはそこに置いているので、探せばすぐ見つかるだろう。そんなワインにスパイスを入れて呑むだなんて気が引けるけど、きっかけとしては充分だろう。
贈答品の算段がついたので温室を出て空を見上げると、今にも雨が振りそうな暗くて低い雲が広がっている。スパイスの小瓶は再度密閉できるような物ではないため、無事に届けられるよう、アクセルを全開にしてひとまずマグメルへひた走った。
「ジョゼ、遊びに来てくれてたんだね。出迎えられなくて申し訳ない。」
見当通り、食堂で佇んでいるジョゼを見つけられた。
残念ながら雨は思った以上にごうごうと降りしきり、水没都市とマグメル島を繋ぐ橋に差し掛かった際には目の前が白むほどであった。私はというと、そりゃあもう服を搾って水がしたたるほど濡れそぼってしまっていた。流石に寒いが小瓶の封のことが心配で仕方なく、ともかくジョゼにスパイスを渡すだけ渡したい。
「やあ、許婚どの。今日はどこに行って......なんだその恰好は!」頭のてっぺんからつま先までびしゃびしゃの私を見るなり声を荒げるジョゼ。
「外、土砂降りだよ。流石に濡れたね」
「土砂降りよりも!アルテア、風邪を引いてしまうぞ、私に逢うより先に風呂に入るんだ」彼女はぴしゃりと言い放つ。
「分かった。その前に大事なもの、どうにか首尾よく持って来たけど密閉されてないから大事にね」
両手にスパイスを握り込ませ温泉へと向かう。
「ああ!ありがとう!」これを探していたんだと言わんばかりの嬉しさを湛えた、軽やかで大きな声が廊下に響く。背中越しに手を振って返事を済ませた。
てきぱきと用をこなし温泉に浸かりながら、彼女に風邪を引いてしまうなんて言われた事を反芻していた。
風邪なんて幼少期に少しかかっていたぐらいで、何十年も軽い病気とは無縁だった。心配しすぎな気もするが、吸血鬼からしたら吸血鬼ハンターなんてちょっと丈夫な人間くらいの認識なんだろう。
他人からの心配なんていつぶりだろうか?芯から冷えた身体を温めるために長湯する。確認するために抱いた上腕はまだ冷たい。
暖かい感情が、久々に心地よく感じるのはジョゼが気にかけてくれているから、だろうか?
私は彼女のことを好いている。過去の水没都市に辿り着いて早々の窮地を助けてもらった恩義以上に、日々の言葉や身を案じ気にかけてくれる眼差し、差し伸べられた小さな手、思慮に満ちた所作が、暖かくて忘れがたくて手放せない。
ただ私は、現代に鎮座する彼女の封印殻の中身を暴いて、この手にかけた。耐え難い別れの苦痛を、運よく現れた、この自由探索の時代の縁に縋って逃がしているように、この現状に甘えているようにも感じて、腹の底と頭の先が重く冷える。いつ割れるか分からない泡沫のような、この時代のことが怖くて仕方ない。それならたいそう大事にせねばなるまい。
あの日、封印殻の中に居た盲目の彼女を手にかけた後、時計塔の広場に縁の光が舞い降りた。我が半身であるルゥは、「まだ縁として弱く、時代を移動するためには使用できない」と説明してくれた。未だに都合がいいにも程があると思っているけれど、あの縁を手繰ることができれば盲目になる原因である『2回目のリンネ発生』の渦中に食い込めるかもしれない。
あの縁を辿ること。そのためなら何であろうとやりたい、彼女を助ける術を探したいとルゥに語り、誓った。私は、彼女に未来を視ていてほしい。あわよくば隣で、共に未来を視たいのだ。
「ん、おかえり、許婚どの。カレーが出来ているよ、早速食べてもらいたいんだ」
長々と風呂に入り、芯までどうにか温まった私を出迎えてくれたのは、以前嗅いだものとは違う香りと、その最中で穏やかに笑うジョゼだった。彼女は厨房へ私を招き入れる。
厨房の真ん中の机に、おあつらえ向きに用意された二脚の椅子と、白飯の乗った対の皿。
「味見だね...?お任せください、いくらでも食べるよ」
「ふふ、許婚どのも健啖家か?」
そうやって笑いあいながら盛り付けられたカレーは以前と変わらぬ美味しさであった。スパイスが変わって香りや味わいが全然違うが、美味しいカレーであることには違わない。
料理も不思議なものだ。私が頻度よく作るカルパッチョを例にするけれど、気分でレモンかスダチかをかける。どちらをかけるにしても単純な酸味という情報の前に、香りの情報が乗算される。香りが違うとなんだか違う料理に感じる。気分の問題なだけかもしれないが、たったそれだけで違う料理かも?と感じる脳の仕組みが面白い。
談笑しあい、お互いの皿が空になったころ。
「ジョゼ、実は渡したいものがもう一つあってね。少し席を外すけど待っていてくれないかな?」
「許婚どのから贈り物か?ふふ、楽しみだ。皿を片して待っているよ」
満を持して贈答、医務室の棚に保管していた年代物のワインを持って厨房へ帰った。
「私にスパイスの話をしていた時に、本の中で『ワインにスパイスを入れて温めたカクテル』ってのが紹介されているのを読んだことを思い出してね。合うのかもしれないと思ったんだけど、呑まないなら他の人に渡してくれてもいいから」と少し焦り、まくしたてながら、ずいと押し渡してしまう。好きかも分からない代物を渡す時はいつもドキドキしてしまう。喜んで貰えれば『運がいい』と思うようにしているが、心のどこかで良い反応を期待してしまう。
「ほう......?」渡された本人は短く感嘆を上げ、すっくと立ち上がるとボトルと大変見つめあう。
玄人に得意分野の贈り物をするのは良くない、と聞いたときがあった。まさにそれだったかもしれない。何を言われたとして、こちらが好きでやったことには変わりないのだから胸を張っておくしかない。
すぐ横では鼻歌とガチャガチャと金属を漁る音がする。私が思い悩んでいるうちにジョゼは栓抜きを探している?ウキウキな彼女は、早速ワインを呑むつもりなのか?それはそれでまずい。なんでかって、それは...
「アル、ちょっと手伝ってくれ~!」気の抜けた緩やかな断末魔を聞き、短く切られた愛称を聞いた私は、どうしたのかと声をかける。
「そこにグラスがあったはずだから出しておいてくれ、つまみは...ちょっと待ってろ何かあるはずだ、缶詰でもいいか?」高い位置にあるワイングラスを指していたので、すぐに所望の品がどれか分かった。
「うん、グラス出しておくね。つまみ......は分からないから、ジョゼにお任せするよ」
「ん?もしかして許婚どの、普段酒を呑まないか」
「実はお酒弱くて......すぐ酔ってしまうから普段は呑まないようにしているんだ」
「そうだったのか、確かに酒を呑む姿を見かけることはなかったな。すまない、知らなくて。どうしても無理でなければ、量は加減するから少し呑んでみないか?」
気を使わせてしまった気がするが、あまり気にせず「うん、一緒に呑んでみたいな」とだけ返す。数年ぶりの酒を吞む機会だ。
ジョゼに今こうやって初めて言ったのだが、私は酒に著しく弱い。チョコレートの中に酒が入っている程度でギリギリだったりする。
数年ぶり、そう、その数年前に拾ってストックしていた酒を1つ呑んでみようとしたことがあった。蒐集家として自分で好事家に売りつけるのであればどんな味かプレゼンする必要がある、そのための勉強として酒の度数が低そうなものを選んで呑んだ。呑んだはずだった。
次の瞬間、翌朝になっていたし、味すら覚えていないという体たらく。その状況が動かぬ証拠であり証明だ、私は酒に著しく弱いのだ。
「さて、味はいかほどがな......?」栓を抜き、ようやく中央の机に戻ってくるジョゼ。グラスに赤よりも深い色のワインがとくとくと二対に注がれていく。
缶詰も2つほど開けたようだが、中身はよくわかっていない。肉が詰まっていると思しき謳い文句のラベルが巻かれている。
注ぎ終わり、彼女は早々に呑み始める。お酒が好きだったのかと感嘆を浮かべながら横顔を見守る。
「うん、美味いな.......お前、カクテルとか言っていたが勿体無いぞこれは!」
たいそう気に入っていただけたようで、既にグラスの中は空になっている。自身のグラスに、再度深い赤を注ぎ始めるジョゼは非常に楽しそうにしている。
この笑顔を観るためだったら、私はいくらでもワインでも他の酒でも探して来れるだろう。百人力なんて言葉があるけど、そんなもんじゃ足りないくらいに嬉しくて喜ばしくて、元気が湧いてくる。
もうひと往復した頃合いでようやく私の様子に気付いたようで、
「飲まないのか?」とほんの少し寂しそうに聞いてきた。
「ジョゼの感想を聞いてから飲もうと思ってたんだけど、ひときわ美味しそうに呑むから魅入ってしまってね」
グラスを手に取り、すっと傾ける。
「?、なんか不思議だね。いろんな香りと、渋さと、うっすら酸っぱい感じ?」
「うん、これは酸味が少なくて飲みやすい」
「ふーん、ワインって酸っぱいの?」
「ああ、酸味が多いものもあるし、今飲んでるみたいに少ないものもあるよ」
「ぶどうの出来で味が変わるんだっけ?こんな感じなんだ、勉強になるなあ」
半分程度飲んだ、その深い赤を眺める。ただ赤いだけだと思っていたけれど、部屋の照明を透かして注意深く観察すると、幾許かの紅茶のような色を湛えているようにも見える。残りを呷ってやり、一気に飲み干す。
「許婚どのは勉強熱心だなあ、感心してしまうよ」私の横顔を頬杖をついて眺めていたらしいジョゼが、甘い吐息と共に感想を吐く。
「それはどうも、お酒美味しかった?」くつくつと笑いながら賛辞を受け取る。質問を投げながら席を立ち、次に飲むべく水を注ぐ。
「ああ、とても。実はこう見えて酒好きでな。また何かあったら貰えると嬉しいよ」
「あいわかった、種類のご希望は?」
「ん、希望も聞いてもらえるのか?そうだなあ、実は日本酒が好きでな。もし手に入ったらで構わないぞ?」
「わかった、日本酒ね。覚えておくよ。」
残念ながら医務室の保管棚にはない酒類だ、探しておくほかあるまい。
ワインは指の関節1本分くらいに注いでもらっていたはずなのだけど、既にゆるく足元が浮かぶ。酔いが回っているというやつだ。注いだ水を飲み干して、割れない素材のカップに持ち替えてから水を注いで2往復する。
つまみを食べながら「酔ったか?」とジョゼが聞いてくる。
「うん、酔いが回るの早い気がするけど、お酒を普段飲まない分余計に早いのかも。今日はジョゼとお酒楽しめてよかったよ。今日はもう休むね、また明日」
「また明日な、おやすみ、アルテア」
返された挨拶になんだか満足感を覚え食堂を後にする。数年前に酒を飲んだ時よりかは記憶や意識が保てているが、足取りはもうおぼつかない。どこを歩いてるのかも、そもそも歩いているかも分からないくらいだ。先ほどワインを取りに行ったときは何ら問題なく通った廊下すら、今は永遠に思えてくる。
視界が横倒しになり、頭を打ち付ける痛みがひとつ。頬の熱を床が吸い取る心地を良しとしながら瞼を閉じた。
冷たくない、よく寝た、空腹だ、3つを一気に感じ取りながら目を覚ます。
そういえば昨日久々に酒を飲んで.....足元がおぼつかず倒れて、床が冷たくて気持ち良いと思いながら眠りについたはずが医務室のベッドに寝ている。まさかあの後、ジョゼが運んでくれていたんだろうか?申し訳ないことしたな、また心配をかけてしまっただろうか?と考えながら机にある水差しを見つけた。
水を飲もうと起き上がったときに、視界の端に曙色を視界に捉える。キャビネットの向こう側に備えられたソファで彼女が眠っていた。ちょうどいい高さだったのか、キャビネットの上には空になったワイングラスが置いてある。
ふふ、と笑みがこみあげてきて、起き上がった勢いのまま立ち上がる。グラスを回収して洗っておくか、と思いながら手を伸ばしたとき彼女が目を覚ました。
「うるさくしてしまったかな、ごめんね」
「いや、大丈夫......おはよう、許婚どの」ふわ、とあくびをしながら伸びをする。
「うん、おはようジョゼ」
お互いの顔が、目線が重なって笑いあう。
「アルテア、昨日床に落ちていたぞ。やはり酒に弱いんだな」愛しさと呆れ交じりの声色でジョゼが口を開く。
にやにやと笑みを湛えながら、彼女は昨日の、私の記憶がない部分を話してくれた。
「お前が食堂から出た後、ほどなくして人が倒れるような音がしたんだ。もしかしてと思ったら案の定倒れていてな。床が冷たくて気持ちよさそうに寝ていたんだが、流石に床で寝るのは硬いだろう?だからベッドに寝かせておいたんだ。それはそれとしてワインは残っていたし飲み足りなくてな、残りはお前の可愛らしい寝顔をアテに飲んでいたんだ。たいそう美味かったよ」
「運んでくれたんだ。重かったでしょう?お疲れ様、ありがとね」寝顔をアテにして酒を飲むのも気になるが、労をねぎらう方が先だろう。放っておくこともできただろうに、わざわざ運んでもらってありがたいことだ。
「次があるなら、寝しなに呑めばベッドですぐにぐっすりだぞ?」茶化しながら彼女が提案してくる。
「運ぶ手間を考えると悪くないか......一旦考えておくよ」茶化しを適当に受け取り、
「ジョゼ、お腹空いたから何か一緒に作ろう?」と声をかけた。
「ああ、わかった!」ぴょん、とソファから勢いよく立ち上がると私の腕を抱いて、何がいいかなーなどと思案しながら食堂へ向かう。
穏やかに1日が始まろうとしている。今日は何をしよう?と考えながら、目の前の幸せを焼き付けた。
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