偏愛主義者の極道たちへの鎮魂歌

組ごと異世界転生もの。ミステリ風味。電子書籍のサンプルになります。



 ——死ぬ前の走馬灯ってヤツか?
 頭の中になだれ込んでくる記憶は動画再生というよりも大量の写真のようで、五十嵐羽琉(いがらしはる)はその身に放たれた銃弾に身を射抜かれた。
 この馬鹿を抗争に連れて来るのを許可しなければ良かった、とか、昔っから連んでいる悪友に誘われるままに昨日会っておけば良かったな、とか。こんなとこで終わるのは心残りだとか考えてしまい羽琉は目を細めた。二発目の弾丸が放たれる。
「兄貴!」
 ——あー、馬鹿。俺を庇うな。とっくに手遅れだ。
 いつも側で何かと面倒を見ていた西川拓馬(にしかわたくま)が代わりに銃弾で倒れる。
「クッソ……っ」
 最後の力を振り絞って、拓馬を庇うように脇道に体を寄せて上に覆い被さった。
 気絶はしているが、拓馬の急所はずれているしまだ息もある。もしかしたら助かるかもしれない。出ていく血液の多さは尋常じゃないが、己よりかは助かる見込みはあった。
 ——あー……、くそ、死にたくねえな。誰か、代わりにコイツを助けろ!
 心の中で叫んだ。
 身を置いている不知火会は、今年から更に商業企業も大きく展開していく予定だったのに最悪だ。若頭がこんな所で倒れている場合じゃない。
『誰か……助け、て』
 ——あ? 誰だ?
 聴覚から聞こえてくる音はどんどん遠くなっていくのに、突然ラジオの別チャンネルのチューニングがあったように頭の中で直接声が聞こえ始めた。
 音声がザラザラしながら途切れがちになっていて、少年のような青年のような声音でどちらなのか区別がつかない。
『僕の……体をあげるから』
 ——何だこれ。神ってやつが慈悲でもくれんのか?
 慈悲を貰えるようなことをした覚えはなくて失笑する。極道をやっている時点で真っ当な道からは外れているからだ。
 ——最期の最期で幻聴かよ。勘弁しろ。どうせならこの馬鹿な拓馬の声か啓介の声にしろ。微かに口元に笑みを浮かべると、また声が聞こえた。
『お願い』
「誰だ、てめ……え」
『もしかして……僕の声が聞こえているの? 生きたいなら……僕の体をあげる。僕には、もう……耐えられない』
「あー。聞いてんぜ。助けてやる……だからどうにか……っして、俺を生かせ。この馬鹿を……病院に連れていきてえ……んだ。礼にお前の……、復讐も代行……してやる」
『違う。復讐なんていらない。母を助けて……。それだけで良い。あなたは多分過去の……
 その直後、意識が飛んで真っ黒に塗りつぶされた。


 目が覚めたら真っ暗で殆ど何も見えなかった。月明かりだけが頼りだ。埃とカビ臭い匂いが鼻腔を擽り、やたら硬い場所に寝ているのが分かった。
 体を動かそうとして、腹に力をこめた後で違和感に気がついた。何も身に纏っていないどころか、体のありえない部分から大量の精液が溢れ出してきたからだ。
 体もあらゆる所がカピカピで、どれだけ精液を浴びたんだというくらいに酷い有様だったので顔を顰めた。性行為独特の匂いが充満している。
 聞こえてきた声の主がこの体の主であるならば、考えられるのは一つだった。男に性的暴行を加えられたあと放置されている。
 ——それであんなに絶望していたのか?
 しかもこんな所に放置されているのならば、極道のような組織で動く人間というよりも、半グレやヤンキーのような連中だろうというのが窺えた。組織は全体的に責任を問われるのを好まないので足がつく事をしない。
 撃たれたのを思い出して、拳銃で撃たれたはずの胸元に手を当てたが、そこは無事のようだった。痛くも何ともない。左手首に痛みが走り視線を向ける。真一文字に切り裂かれた跡があった。
 ——コイツ生きるのを辞めたのか……
 何とも言えない気持ちになる。
 そんなに追い詰められていたのなら道連れにしてしまえばよかったのにと考えてしまったが、それが出来ない人間がいるのを知っていた。
 体の主は〝出来ない〟タイプの人間だったみたいだ。体をくれると言っていたのを考えてみれば、もうこの世に出て来る気はないのかも知れないと考える。だからこそこうしてこの体に羽琉が入っていられるのだが。しかし……
「は? 傷が……消えた?」
 病院に運ばれてもおかしくない怪我だった筈なのに、瞬く間に消えていき驚く。
「何だ、この体?」
 首を傾げる。
 ——まさか治癒とかそういうのか? それなら治癒を糧に商売でも出来そうなんだがな。まさかな……
 お伽話めいた話は信じていない。そこら辺にある木に刺さった釘で自分の腕を傷つけてみた。やはり見る間に完治していく。
「あ、これマジでファンタジーだわ。魔法ってやつか。それにしても細過ぎねーか、コイツ」
 視界に入る腕は、月明かりの下で浮き立ちそうな程に白くて節々が細い。顔に手を伸ばして触れてみたものの、前の体と違って輪郭まで細そうだった。
 体を見渡す。腰も足もそこらの女より細くてきめが細かい。股付近に視線を向けてみるも、生えてるのは生えてるが毛色が薄いので、光加減次第では生えているのかどうかも怪しく見えるだろうなと考えた。恐らくは見えなくなる。
 今度は手で頭に触れた。髪の毛はボサボサで、手櫛も通らない程に強付いている。毛髪の質だけは前の体の方が良さそうだった。
「あー、でもコイツこんな所で犯されてたんならボサボサでもしょうがないかもな」
 視認できる範囲内でもゴミや埃が酷いからだ。
 とりあえず指を突っ込んで中の精液をかきだした。何度も同じ動作を繰り返すが、一向になくなる気配がない。
「あ……?」
 ——どんだけ出されたんだよ、コイツ。
 微妙にイラッとした。
 一人で出したとは思えない量が体内から出てきて眉間に皺を寄せる。出しても出してもキリがない。出なくなるまでひたすら出しながら逡巡した。
 ——これ、五人以上にはマワされて何回も出された量はあるな。
「なるほどなぁ……
 手首を切ったのは性的暴行が原因で間違いはないのだろう。
 ——この特異体質のせいで死にきれないってわけか。
 恐らく日常茶飯事的にこの人数から無理やり犯されていて、とうとう精神を保っていられなくなり魂の交換という救いを求めた。それに応えたのが己で、肉体に引っ張り込まれたのだろう。
 それが何らかの力が働いたのが理由で、人格とも言える魂だけが入ってしまった。声の主は今もこの体の中で深く沈み込んでいるのが、微かに感じ取れる。
 ——アンタ大丈夫か?
 問いかけても出てくる気配もその意思も感じ取れない。体の主は存在していた筈の記憶ごと抱え込んで、完全に沈み込んだまま鉄壁の牢の中に一人で蹲っている。
 ——もう出て来ねえのか? この体本当に俺が動かして良いのか? つうか、さっき話してた母親ってどこに居るんだよ?
 助けると約束した。
 虚空に問いかけても応えはない。ふと、この体に入る前の事を思い出す。
 ——組、どうなっちまったんかな。
 不知火会は極道ではあるが、組長が仁義ある人だったのもあって真っ当な道に進んでいた。薬物には手を出さずに商業運営で利益を上げている。その心意気に羽琉は惹かれた。
 悪友もついてきて、そして学生の頃から己を慕っていた拓馬もついてきて、ちゃんとそれぞれが実力でのし上がった。
「中に出したまま放置とか……はあ……何か啓介とヤってた時みたいだな」
 何回イッても萎えない絶倫男であり悪友でもある。
 全身倦怠感と腰の奥の痛み、自分で処理する何とも言えないあのやるせ無さ。須藤啓介(すどうけいすけ)とは昔から体だけの関係を築いていた。
 恋人とか、好きという甘い感情ではない。
 お互い酔った勢いで興味本位のまま寝てしまってからは、気が向いた時に性欲を発散するようになった。体の相性が良過ぎたのが悪い。でも合意だ。この体の主とは違う。
「どこに行けば良いんだ? とりあえず憂さ晴らしにこの体犯したヤツら全員ボコるか…………つうか何処だよここ」
 それどころかこの体の主……今の自分の名前すら知らない。別人となって早々途方に暮れてしまった。
 ——拓馬、無事だったんだろな。
 自分にトドメを刺すように放たれた二発目の銃弾から庇ってくれた舎弟の事が気掛かりだ。
 あの場には啓介もいたが、あの男は昔から悪運だけは強いから大丈夫だろう。目を見開いて珍しく焦っていた様子を思い出す。あんな啓介を見たのは初めてだったな、と思うと少し笑えた。
 落ちていた服らしき物に手を伸ばして取るも、破かれていて着れそうになかった。
 ——このままマッパで出歩いたら間違いなく職質コースだな。
 服の代わりになりそうなものを探したが何もなかった。
「マジか……どうしろと?」
 早々に詰んだ。
 破かれて使い物にならない服を握りしめていると服が発光し始め、破れる前だったかもしれない状態まで戻っていく。
「っ!」
 流石に驚きを隠せずに目を瞠った。
 治癒能力だとばかり思っていたのだが違う。治癒は体の傷を癒したりするだけだ。肉体のみならず物質まで形状記憶や修繕、修復、構築出来るとなると、これは治癒どころじゃない。もっと高度な能力かも知れない。魔法やファンタジーの知識があまりなくても一目で理解出来た。
 試しに小屋に手を当ててみる。ミシミシと音を立てて、全てが新品のように戻っていき、割れていた窓や扉まで綺麗にはまっている。
 ——すげえ。これって、再生……か?
 腑に落ちた。何はともあれ助かったのは本当だ。服に袖を通していく。
 ——裾がヒラヒラしていて変な服だな。もしかしてここ日本じゃないのか?
 どこかの民族衣装のような服に違和感を覚えながらも、真っ裸でいるよりは幾分かマシなので着といた。
「腹減った。ラーメン食いてえー」
 毎日食べていても飽きない食は白米とラーメンくらいだ。
 小屋は綺麗に直っても食料が補充される事はなかった。あったとしても調理は出来ないから食料が無駄になるだけだけれど。
 試しにログハウスタイプの掘っ立て小屋を出ると、獣が徘徊するような息遣いが聞こえてきて直ぐに小屋の中に戻った。
 辺りに灯りは見えない。という事はここは森の中である可能性が高い。下手に動くのは得策ではない。
「このまま出たら俺の方がやつらの晩飯になりそうだな」
 武器も何も持っていない状態で、野生の獣を相手するのはあまりにも無謀すぎる。それに狂犬病などを移されるのも厄介だ。
 この能力が菌やウイルス等も無効にするか試してないからだ。これでうっかり死んでしまっては、こうして生き長らえた意味がない。小屋を出るのは夜が明けてからにしようと決めた。
 この体に備わっている能力のおかげで、マワされた時の体の負担や疲れまで取れているから有難い。寝台の上に真新しくなったマットとシーツを敷いて、思考を巡らす。
 ——とりあえずここは俺の避難所にしよ。
 部屋の中を探し回って鍵を見つけると、ズボンのポケットにしまった。これからどうするべきか……それにここは日本のどこら辺なのかと考えているうちに寝てしまっていた。寝付きの良さは昔からピカイチだった。

 ***

「うっし、行くとするか!」
 明るくなって活動を始めた。
 戸を開けて外に出ると、周辺全て見渡す限りやたら大きな木しかなくて思わず遠い目をする。
 ——今度は遭難とか勘弁して欲しいもんだな。
 山というのは本当に厄介で、どこに向けて歩くかで命運が決まる。遭難して死ぬか、運良く人里に降りられるかのどちらかしかない。
 小屋には腹を満たす食料は何もなかったので、この体の主は無理やりここへ拉致られてきたのだろうと考える。
 ——さて、どっちだ?
 昨夜、雨は降っていなかったので、痕跡くらいはある筈だ。しゃがみ込んで足跡を確かめる。左側に大きめな靴跡が何足分も残っているのが分かり、その跡を辿るように歩き出した。
 一応何かがあった時用としてこの小屋にまた辿り着ける様に、落ちていた木の枝を拾い集める。それから周りの地形なども頭に入れていく。
 別れ道には目印になるように木片を置いた。ここは確実に山の中だ。中腹くらいの深さはある。また途方に暮れた。
「合ってるといいんだけどな」
 体感で一時間。変わり映えのない景色を見て、足を止めた。
 一向に人里に降りられる気がしない。判断を間違えたかと思案してみるも、他に案もないのでそのままひたすら歩く事に決定する。更にまた一時間を経過した時だった。
「町……あった。良かった。つうかやっぱここ日本じゃねえな」
 一人ボヤいた。
 廃村や地図にない村とかの可能性も考えたが、明らかに建物の形状が違う。土で作ったような丸みを帯びた家は、雪で作る鎌倉を連想させた。きちんと四角の家もあるが、大きな窓枠や家の外壁に均等に木の板が打ちつけてある。
 防犯機能を備えたシャッターの代わりかも知れない。道もアスファルトではなく、土のままだ。ボケっとして道に立ち尽くしていると、ニヤニヤしたソバカスだらけの男がやってきた。
「なんだ、レヴイ、お前戻れたんかよ。さすが特殊能力持ちのオメガだな。それにその尻軽ぶりは親譲りか? また今日も好きなだけ犯してやるよ。淫乱なお前がもっと満足出来るように人数増やすように提案してやろうか? まだまだ発情期真っ最中だから男が欲しくて堪らないだろ?」
 ——レヴイ、か。
 この体の主の名前が分かった。
 しかし、男の下品な口振りが無性に癇に障り、気がついたら思いっきり腕を振りかぶっていた。男の鼻っ柱に向け、体重を乗せて拳を繰り出す。
 偉そうなセリフを吐いていた割に、たったの一撃で伸びてしまった男を邪魔にならないように、足で蹴って道の端に転がす。
「くっそ、痛え。この体見かけ通り本当に貧弱だな。俺の来世かもしれない体が貧弱とか笑えねんだけど?」
 これまでは喧嘩では負け無しだったのに残念過ぎる。殴っただけで拳が砕けたが、それも束の間で再生していく。
「はー……よわっ、体鍛えよ……
 今この体が何歳かは知らないが、せめて昔みたいな体にはなりたかった。身長もだいぶ違う。目線が低過ぎて違和感があるからだ。
「とりあえずコイツの家見つけるか」
 目新しい作りの家ばかりだ。
 この町がどんな町なのかも調べる為に、キョロキョロと周りを見渡し、観察しながら歩いて回る事にした。
 さっきの男をのしたところを見られていたのか、こっちを見ながらヒソヒソと会話をしているのが分かり、気分は最高潮に落ちていく。
 ——何だ? 何で見られてる? アイツら全員はっ倒していいのか……
 頬肉が引き攣る。
 この視線の種類は覚えがあった。親に捨てられたからだとか、まともな親じゃなかったから乱暴だとか、好き勝手に想像して周囲から向けられていた視線と同じだ。
「あのさー、言いたい事あんならハッキリ言えや!」
 大きな声で言うと、それぞれが家の中に慌てて入って行った。
 ——何だアイツら……
 面白くない。息を吐き出したのと同時に頭を切り替えて、暫く歩いていくと店が並ぶちょっとした広間に出た。
 ——商店街みたいなものか?
 食事が出来そうな場所も見つけたが、金を持っていなかった。店や食べ物があっても買えない虚しさで落胆する。切ない。
「うえええ、こんなの嫌っすー!」
 思わずピタリと足を止める。
 居酒屋っぽい店の前で、二十歳中頃の良い歳した襟足長めの茶髪の男が駄々をこねて、周りの迷惑も顧みずに大声で喚いている。
「なんでぇええ、どこっすかここ! 兄貴が居ないっす!」
「妙な事ばっか言ってないで働け! この馬鹿息子!」
「おれがいるとこは兄貴の側って決まってんだよ、クソ親父!」
 男の頭に拳骨が落ちる。
 ——どこにでもいるんだな、こういうヤツ。
 顔まで拓馬そっくりだ。遠い目をした。
『極道は怖いけど、おれは兄貴とずっと居たいっす!』
 そう言って拓馬は本当に極道の道に飛び込んできた。
 泣き喚いている男を半目になりながら見つめ、別の場所に移動しようと歩き出した時だった。泣いていた男がピタリと泣き止んだ。
「兄貴の匂いがするっす!」
 茶髪の男が弾かれたように立ち上がって周囲を見回している。
 ——お前は犬か! バカ拓馬か!
 ツッコミたくなったが無視した。ここに拓馬がいる訳がない。
 ——今世でも一緒とかどんな縁だよ。
 男の周りには十人くらいの人垣が出来ている。
「やっぱさっき二階から落ちて頭打ったのが悪かったんじゃないか?」
「何が変って、口調まで変わっちまってるもんな、可哀想に。記憶喪失というやつだろ」
「目が覚めてからおかしな事ばかり言ってるもんな。兄貴って言ってもカイルには兄貴はいない筈だろ?」
 ——兄貴はいない? カイル?
 周りからカイルと呼ばれた男を尻目に見る。匂いの元が分からなくなったのかまたべそをかいていた。
「まさか……いや、そんな筈ないよな……。拓馬が転生しているとか……いやいやいや、マジでないない」
 転生したっぽいのと、特殊能力の件もあり、恐る恐る茶髪の男にまた視線を向けた。
「拓馬……?」
 聞こえないくらいに小さな声だったというのに、男には聞こえていたようで、ピタリと泣きやんだ。
 視線を真っ直ぐにこちらに向け、呼吸さえも忘れたように停止している。次第に顔が輝いていき、目を潤ませて物凄い早さで駆け寄ってきた。
「見つけたっす兄貴ぃい! そんなお色気ムンムンになっちゃって吸わせてくださ……「キメぇんだよ、この駄犬が!」……もっと優しくして欲しいっす!」
 まさかの本人だった。
 ——という事はコイツ死んだのか。マジかよ。
 拓馬に抱きしめられる前に蹴り飛ばしたが、足はそのまま握り込まれた。太ももに昨夜の残滓が伝い落ちてきている。気持ち悪くて仕方ない。
「あー。また出てきたか。おい、離せ。拓馬」
「兄貴……何でそんなとこに精子なんてつけてんすか?」
 拓馬の声音がワントーン下がった。
「あー。この体をくれた主……。まあ、多分俺の生まれ変わり? みたいなのかもしれん。よく分からん。が、そいつマワされてたみたいでな、昨日気がついたら全身精液塗れだった。中のは全部出したつもりだったんだが、まだ残ってたみたいだわ」
 そうだ。色々調べたい事が多すぎて何から手をつけていいのか悩む。逡巡していると何か勘違いしたのか、拓馬が指の骨を鳴らし始めた。
 ——何でコイツ抗争行く時みたいな顔してんだ?
「おれ殺る事出来たんでちょっと待ってて下さいっす」
「は? 何処行くんだ?」
「兄貴をマワした奴らにお礼参りしてくるっす」
 物凄く良い顔で言われ、ため息をついた。
「それは自分でやるからいい。とりあえず、その内の一人はお前に会う前に制裁を加えたから大丈夫だ。右手の拳の骨もイっちまうくらいに殴ったから、あの男は鼻でも折れてんだろ。中に入ってた精液の量からして、あと四~五人くらいはいるぞ。この体は山の中の掘立て小屋に放置されてた」
 そう言うと拓馬の顔が引き攣った。
「前世の兄貴だったらアルファだったと思うんすけど、この体だと多分オメガじゃないすかね? それだったらめちゃくちゃマズイんで、今すぐ病院へ行きましょう」
 言われてみれば先程もオメガがどうとか発情期がどうとか男が言っていたのを思い出す。耳馴染みのない言葉だったので聞き流していた。
「そういえばさっきの奴も似たような事言ってたな。どういう意味だ?」
 男には聞こうとは思わなかったが拓馬は別だ。拓馬の事は前世で日本に居た時から信用しているし、信頼にも値する男だ。
 普段は駄犬でしかないがやる時はやる男である。組にも必要不可欠な人物だった。だからこそ死ぬ間際にも庇った。結局は拓馬も死んでしまったようだけれど。
「ここの世界には、バース性って呼ばれているもう一つの性別があるんすよ。一般的な性別がベータって言って、能力も何もかもが普通の人間で庶民に多いっす。おれもベータっすよ。その他にはアルファってのがいます。全てを統べる奴ら……ここでは主に亜人と呼ばれる龍人族がそうです。人間内にもいて、王族、貴族がそうっすね。あと、オメガは人間内に生まれます。容姿も体付きも両性的でちょっとした特殊能力を有し見目は良いんですけど、力とか弱いんで農民たちの間ではまともに仕事が出来ないって冷遇される事も多いんす」
 拓馬がそこで一息ついた。
「しかもその特殊能力の種類によっては男女問わず闇市場……オークションすね。そこで高額で取引されたりします。オメガの男は女と同じように子宮があって子を孕むんすよ。兄貴の転生後のその体がマワされたってのなら、ちゃんと洗浄してもらって妊娠しないように日本でいうアフターピルみたいな薬を処方をして貰った方がいいっす。因みにこの世界でのここの国名はレザイル国。ここは国の最南端に位置しているモンスアローていう小さな村っす。龍人の国は隣国なんすけど、ここが最南端なので近所みたいなもんすね。アイツらには近づいちゃダメっすよ!」
 ここの世界は己が思っていた以上に厄介な世界だというのが分かった。
 レザイル国の最南端、龍人族か。顎に手をやって俯く。
 ——それにしても男が妊娠? 冗談だろ……
 頭が痛くなってくる。だとすればもしかしたらもう既に手遅れかもしれない。
 レヴイは絶望していた。
 殴り飛ばした男の話を聞く限りでも輪姦は一度や二度じゃない。戻って男を捕らえて拷問にでもかけるか? と考えたがやめた。本人から、復讐はどうでもいいと言われたのを思い出したからだ。
「手遅れかもしれん。少なくてもレヴイはこういう扱いを何度も経験している節がある。今は発情期? というやつらしいな。さっきのした男が言ってた。まあ、一度診せに行くか」
「発情期ならそれを抑える薬も貰いに行きましょう。その発情期になるとオメガは特殊なフェロモンを出すんですけど、おれらベータには何ともないけどアルファを引き寄せて性的欲求を煽るんすよ。それでトチ狂ったアルファがオメガを犯す事件が多いっす。やっぱりその犯人らをそこの湖に沈めに行きましょうよ……
 眼光だけで人を殺めそうな表情で拓馬が言った。
「そうしたいとこだが、その前に色々調べておきたい事と、この体の主との約束があるから後回しだ。試しておきたい事もあるしな」
 目が覚めて早々忙しい。この世界や、己自身の事、レヴイの母親の件……どれから優先しようか悩む。
「ていうか、兄貴は転生してきてこの世界の記憶はないんすか? まあ、おれはさっき屋根から落ちたショックで極道だった前世の記憶が戻ったんすけどね。それにこの村で兄貴を見かけた事ないっすよ。こんな子がいたら、声掛けてるっす。何処からか拉致られて来たんじゃないっすか?」
 拓馬の言葉を聞いて、その線が濃厚だと気が付いた。それならやはり犯人たちを捕まえて、どこからレヴイを連れて来たのか吐かせる必要がある。
「俺にはこの体での記憶が一切ない。レヴイは記憶ごと俺の中に閉じこもっちまったみたいで、呼びかけても出てこねえんだよ。だからその第二の性別についても知らなかった。さっき制裁を加えた奴がコイツの事をレヴイと呼んでいたから名前は知ってるけどな。コイツがこの村の住人じゃねんなら犯人らをとっ捕まえるしかねえかな。ああ、でもコイツの特殊能力が何かは知っているぞ」
 見てろ、と道標として木の枝とは別に拾っていた錆びた釘で服の上から傷をつける。服ごと再生したのを見て、拓馬が目を見張った。
「兄貴……ヤバいっすその能力。治癒だけでも高額取引されるってのに、それ以上の再生能力持ちとなると、取引額が日本円で軽く五十億は超えるっすよ。ここでは円ではなく、リルって通貨ですけど」
「なんかお前が賢く見えるからびっくりだわ」
「酷いっす……
 ショボンと項垂れる様は、耳と尻尾を垂れた大型犬みたいだった。しかし、間違いなく……限りなく駄犬である。
「こんなとこでこのまま話し込むのも何だし、一先ずは病院に行って、おれの家に行かないっすか? そこで色々話しましょう」
「そうだな」
 拓馬に連れられてその場を後にした。

 ***

 結論から言うとレヴイは妊娠はしていなかった。それ以前の問題で、レヴイは子宮に問題があり、孕まない体質になっているらしい。
 あれだけの再生能力を持っていながら子宮だけ治らないのはおかしい。自分の境遇を考えて意図的に操作している可能性が高いとみていいだろう。
 ——確かにそっちの方が幸せかもな。
 好きな奴とか、やりたい事とかあったのなら洒落にならない。その上で単に欲の吐き出し口として別所から連れて来られているのなら……
 そこまで考えて、一つの可能性が出て来た。拓馬が言っていた闇オークションだ。
 そこで何処かのゲスに買い取られ、金を稼ぐ為だけの道具にされていたとしたら? 勝手に怪我が治り、それ以上に再生能力もあるとなれば変態どものかっこうの餌食だ。レヴイの体はガリガリに痩せていて骨も浮くくらいだ。食を含めたまともな生活は送らされていない。
 逡巡している間に、診察は終わっていた。
 栄養失調にもなっていたので点滴を打たれて、医師には滋養のある食生活を勧められたが、金もない上に働き口もない。
 ——まずは資金稼ぎをしなくてはいけないな……
 拓馬は先程からずっと剣呑とした空気を放っていて、今では呼吸をする度に吐き出す息が強力な呪詛になっているんじゃないかと疑いたくなる。
「おい、頭を切り替えろ。皆んなビビってんぞ」
 おかげで医者も看護師も恐怖で怯えていて、言葉も噛みまくって声が裏返っている。
「とりあえず暫くの間はお前んとこに泊めてくれ。知らない事が多すぎるし、金がいる。何処かで働き方を学んで金を稼ぐ方法を考えるしかねえ。拓馬、行くぞ」
…………はい」
 ——ん?
 急に呪詛が消えて今度はメルヘンな花が飛び始めた気がした。モジモジしながら視線を彷徨わせている拓馬を見やると、一秒前とは大違いの表情をしていたので顔を引き攣らせた。
「おい……いくら今の俺の見目が好みだからって、俺を押し倒すなんてトチ狂った事するなよ?」
「自信ないけど善処するっす……
「すり潰すぞ」
 視線と声のトーンを下げてニッコリ笑って言うと、拓馬が股間を押さえた。
「今ヒュンってなったんで大丈夫っす」
「そりゃ良かったな」
 ——俺相手によく勃つなコイツ。そんなにこの顔が好みなのか……
 消化不良でも起こしていそうな顔をしている拓馬を見て鼻で笑った。


 拓馬の家はさっきの居酒屋だった。家の中に入った瞬間、急に拓馬の体がまた外に吹っ飛んで地面に転がる。百八十センチ近い体を吹き飛ばすなんて物凄い力だ。
 ——すげえな、この親父。
 唖然と見つめる。
「カイル! 店の手伝いほっぽって何処行ってやがった!」
 ガタイの良い親父に再度拳骨を食らった拓馬が頭を押さえて蹲っている。
 ——ありゃ痛そうだな。
 他人事のように見つめていたが、これから世話になりたい身としては、拓馬の肩身が狭くなるのは極力避けたい。
「すみません。記憶がない俺に付き添って病院に連れてってくれたんです。店の手伝いなら今日から俺もしますので怒らないでやってくれませんか?」
 性に合わないが己に出来る精一杯の媚を売る表情を浮かべて、拓馬と男の間に間に入る。
……アンタは?」
「それが全く思い出せなくて……。レヴイて名前だけは知っているんですが……町中を歩いてたら知らない人にそう呼ばれたので。でもそれ以外は全然……。身元不明だとやっぱり雇って貰えないですよね……
 態とらしく視線を落とした。
「レヴイか……。そうか。もし行くとこもねえんならカイルの部屋の隣が空いてるから使え。アンタ、オメガだろ。このバカ息子に襲われないように鍵もかけとけよ。鍵はこれだ」
 泊まる事を察してくれたらしい。部屋も貸してくれたので助かった。鍵束の中から一つの鍵を手渡される。
「良いんですか? ありがとうございます。たくさんこき使ってやって下さい」
 拓馬を、と心の中で付け加える。
「ルドだ。俺は周りからそう呼ばれている。以降はルドと呼んでくれ。ここは居酒屋なんでな、夕方過ぎからしか開けてねえ。朝はのんびりしてて良いぞ。仕込み始めるのは三時からだ」
「分かりました。ルドさんお世話になります! 働いた分の給金は要りません。その代わりにご飯とシャワーだけ貸して貰えると有難いです」
 羽琉が言うとルドの目が驚きに見開かれた。
「それだけで良いのか? 任せておけ。夕食を作っておくから先にシャワーでも使ってくるといい。場所はここだ」
 ルドの後について、一階にある奥まった部屋に連れて行かれる。トイレも教えて貰い、頭を下げた。
 二人で着々と話を進めているのを拓馬がポカンと見つめている。
「俺、風呂行ってくるわ」
「へ? あ、はい……いってらっしゃいっす」
「服貸せ。着替えがない」
 拓馬ことカイルに言うと、慌てて二階に駆け上がったかと思いきや、動きやすそうな上下の服を持って拓馬が現れた。
「下着は?」
「ないっす」
「おい……てめえ……
 地を這うような声が出る。拓馬が焦って左右に手を振った。
「ちょ、睨まないでくださいよ。マジで兄貴の分ないんすよ。そんな細っこい腰じゃおれのだとデカくて無理でしょ。明日買いに行きましょうよ」
「俺は金持ってねえぞ」
「それくらいおれが出すっすよ」
「サンキューな、たく……カイル」
 拓馬と言いかけてカイルと言い直す。何だか他人を呼んでるみたいで落ち着かないが、慣れるしかない。この世界では〝レヴイ〟であり〝カイル〟なのだ。それに現在の父親であるルドの前で拓馬と呼ぶわけにはいかないだろう。
「え……あ、はい……
 カイルはどこか落ち着かない様子で視線を彷徨わせていた。
 ——どうかしたのか、コイツ?
 目を眇めてみせる。
「ほらカイル、お前は先にさっさとホールに出ろ!」
「へーい」
 ——これからはずっとカイルって呼ばなきゃいけねえのは慣れないな。
 それでも慣れておかなければ、いざという時にカイルと呼べなくなってしまう。周りからすれば「誰それ?」状態になるだろう。
 頭からシャワーを浴びて、手早く全身を洗っていく。やっと体が清められてスッキリした。
 外に出て体を拭くと用意して貰った服に着替える。カイルが持って来た服は上下セパレートになった服で、ズボンのとこを布の帯で自分のサイズまで締め上げるタイプだった。こうして着てみるとやはりレヴイの体は本当に細すぎる。
 ズボンをとめる腰巻きの帯を何度も何度もぐるぐる巻きにしてやっと良い長さになった。トイレの度にこれをしなければいけないのかと思うとウンザリだ。
 先に出して貰えたまかないを食べて、それから拓馬のいるフロアに出る。
「ちょ、兄貴! 髪くらい乾かしましょうよ」
「ドライヤーなんてなかったぞ」
「あ、そか。こっち来てください。おれがやるっす」
 大人しくホールの隅っこによると、カイルが頭の上に手を翳して呪文のようなものを唱え始める。頭が暖かくなり始め、何処からともなく熱風を感じた。驚く事にたった数分で髪が乾く。
「お前何した?」
 直に触って確かめると、ドライヤーを使った後みたいにまだほんのりと熱を持っている。
「魔法っす。こっちの世界じゃ魔法があるんすよ。因みにこれは火属性と風属性と水属性魔法の組み合わせになりますね」
「ふーん。俺も使えんのかな。後で教えろ。おい、それよりお前も今日から俺の事はレヴイて呼べよ」
「えっ! 無理っす。兄貴は兄貴っ……「レヴイだっつってんだろ。ああ?」……ぐふっ! はいっす」
 鳩尾に拳を入れると、カイルが返事した。
「聞きたい事が山積みだ。仕事終わったらお前の部屋行くぞ。その前に俺は何をすればいい?」
「親父が作った料理を運ぶんすよ。この紙とテーブルに番号が書かれているから同じ番号のとこに置いていくんす。後は客からの注文を記入していく。これもテーブル番号と注文品を間違えないようにして下さい。間違えると親父にぶっ飛ばされるんで気をつけてくださいっす」
「分かった」
 ルドに手渡されたエプロンを身につけ、注文用紙を見ながら料理を運んだ。


 仕事が終わり、カイルの部屋のベッドの上で転がる。労働がこんなに神経を使うなんて思わなかった。見事に引き攣った笑顔しか出なくて、どうしようかと思ったくらいだ。
「疲れた。ラーメン食いてえ。たく……カイル、ラーメン」
「ここでラーメンは見た事ないっすね」
「日本に帰りてぇ……
 ラーメンが無いと知った途端にやる気が失せた。
 店は思っていた以上に大繁盛で、客が途切れる事なくやってきた。カウンターに座って一杯やりながら、ルドと会話を楽しむだけの人もいたくらいだ。面倒見の良い強面親父は、皆んなからも人気だった。
 ——あの人ってなんか、組長……みたいな人だな。
 時に厳しいけど優しくて、気さくで頭も良く回る。初めて誰かの下につきたいと思ったたった一人の人だ。
 オートで回り続けている再生能力で節々の痛みや筋肉痛が取れていく。
「そういえばカイル」
「何すか?」
 人差し指を動かして、来いと合図する。目の前迄きたカイルの両頬を、それぞれの手で包み込んだ。
「え? え? ええっ? 兄貴?」
「何顔赤くしてんだお前。違えよ、治癒かけてるからじっとしてろ。お前屋根から落ちたり、どつかれたり、病院の付き添いだったり、仕事やらで大変だったろ。その礼だ」
「あ……そっすね…………
 瞑想するように目を閉じてカイルが般若心経を唱えだす。
「何してんだ? お前……
「誘惑に負けないまじないっす」
 大きくため息を吐き出す。マジでアレを潰してやろうかなと思いながら口を開いた。
「聞きたい事がいくつかある。龍人族ってのは何だ?」
 問いかけるとカイルが目を開いた。
「龍人族は龍と人の合いの子で、基本的には人型を保っている奴らの事っす。たまにドラゴンになっている姿を見かけるんすけど、戦争とかそういう時だけっすね。ガタイも良いし、身長も高ければ容姿端麗の奴ばかりで力も強いです。拳で地面を割るとか普通に出来ますし、剣士としての腕前も技術も高いっすね。正に超人です。奴らは奴らだけのアジトがあって『攻撃されない限りは争わない』と、人間の各国との間に協定を結んでます。さっき言ったようにここと隣り合わせなんで、この村にもたまに来るんすよ。奴らは全員アルファなので関わっちゃダメっすよ。王族や貴族はアルファからオメガまで混ざってますが」
「成程な」
 そんな種族がいる事には驚いたが、一つは謎が解けた。
「この世界は全員お前がやってたような魔法が使えるのか?」
 さっきカイルがしたようなドライヤーの件といい、客が魔法で食器を浮かせて洗い場に運ぶという珍場面にも出会した。
「はい。人によって強弱はありますけど使えると思いますね。使えないって奴に会った事ないっす。大体大まかに分けて、五つの属性ってのがあって、火・水・土・風・光ですかね。光は治癒魔法とかなんで、これを使えるのはほんの一握りしかいません。かなり貴重です。他の属性は皆大体使えるっす」
「ふーん。なら俺も出来るって事か」
 ベッドの上に立てた己の膝をリズムをつけて指で叩く。深く考え事をする時のクセだった。
「出来ると思いますよ。兄貴は前世で魔法とかに触れる機会が無かっただけで、この国では元々〝レヴイ〟として使ってた筈っすからね。その再生能力もそうじゃないっすか」
 少し不思議そうな顔をしてカイルが問いかけた。
「そうなんだろうが、これは意識して使ってない。オート機能になってるから触れれば勝手に再生するんだよ」
 やろうと思ってやってなかった。だからこそカイルの合わせ技的な魔法を見て驚いたのだ。
「そうなんすね。その再生能力なんすけど、魔法の中でもかなり特殊な能力なんすよ。ヒエラルキーでいうてっぺんに位置します」
「ヒエラルキーのてっぺん」
 返答を聞いて顎に手を当てる。
 カイルのように組み合わせて使えば、身を守る武器になりそうだ。早目に教えて貰って、実戦でも使えるようにしておこうと逡巡する。
「さっき考えてたけど、俺が入っているこの体って既に闇オークションにかけられて誰かに買われたんじゃねえのか? しかも買い取った奴が類を見ない程のゲスで、毎晩マワす奴らから金を取ってこの体に売りをさせてる。そっちの可能性が高いと思ったんだが……いや、考えすぎか?」
 口にすると、カイルが神妙な面持ちで口元を隠すように手を当てた。
「でも、一理ありますね。もしそうなら今すぐここを離れた方が良いかもしれないっす。なんなら、おれと駆け落ちとかどうっすか? 今度こそおれが一生かけて面倒見ますよ」
 ——いま何で当たり前のように口説かれた……? コイツまさか本当に俺が好きなのか?
 うーん、と唸りながら悩んだ。
 そう考えると前世から思い当たる節は結構あった。憧憬と恋愛は向ける視線の熱さまでもが似ている。今までは憧憬だと思っていた。もし、恋愛だったのならちゃんと言っておいた方が良いかも知れない。期待を持たせるのは好きじゃない。
「いや、いい」
 カイルを撃沈させてから、ベッドの背もたれに深く身を倒して座り込んだ。
 昔っからヤンチャばかりしていて、そのまま裏社会にいったってのもあるのかもしれんが、どうも色恋沙汰からくる感情には心が揺れ動かない。
 日本で二十九年生きたというのに、初恋すらないというのはおかしいだろう。きっと己は元々の情緒的感情が元々ないのだと思っている。恋愛感情だけが欠如したアロマンティックと呼ばれるマイノリティ。
 どれだけ女を抱こうが、啓介に抱かれようが同じだったのを考えるとそれが妥当だろう。
 ただ幸いな事に親愛と友愛はちゃんと感じ取れるのもあり、前世では拓馬と啓介の側は居心地良かった。隣にいるのが当たり前だったくらいには心を寄せている。
「お前この世界で会ってからずっと仄めかしてばっかいるけど、もし本気なら俺だけは止めとけ。俺にはそっち方面の感情は欠落してるから応えらんねーぞ。お前は傷付けたくない」
 自らの首の横に手を当てて、一度視線を落とした後でカイルを見た。
 困ったような顔をしているのが分かって「ああ、コイツ本当に俺が好きなのか」と悟った。今の見目なのか、過去の自分なのかは分からないが。
「須藤さんには、頻繁に抱かれてたのにっすか?」
「知ってたのか」
 浅く息を吐いた。
 ——啓介の名前を出すって事は前世からか……
 それなら話が早い。
「そりゃ、同じ匂いさせてる時多かったし、その度にうなじに噛み跡やらキスマついてたら嫌でも気がつくっすよ」
 ——あんのクソ男、俺にそんなもんつけてたんか……
 噛み癖あるのもキス魔なのも知ってたが、もし今世で会ったら殴ると心の中で誓う。啓介にイラっとしながら、口を開いた。
「この際だから言うけど、啓介とは付き合ってなかったぞ。似たようなポテンシャルだったからお互い溜まった時に性欲を発散してただけだ。好きとか思った事ねえよ。言われた事もないし、束縛された事もないからアイツも俺と同じなんだろ」
 好きだとか愛してるだとか、言葉を言われないし求められもしないから居心地良かっただけだ。
 拓馬とも啓介とも、一緒に誰かと喧嘩してる時が一番楽しかったし、悪ふざけの延長線上で啓介に抱かれるのは抵抗なかった。拓馬には自分のその少し後ろをついてきて欲しいと思ってしまうのは、この様子じゃ酷なんだろうなきっと……。苦笑する。
「じゃあ、おれは? 別に須藤さんと付き合ってなくて関係持ててたんなら、この世界での相手はおれでも良くないっすか?」
「いや、ムリだ」
 キッパリと切り捨てる。
「何でっすか?」
「俺は自分に気持ちを向けてる奴とはヤらねえって決めてる。憧憬でも恋愛でもな。だからお前とは寝ない」
「本当にズルいっすね、あの人……
 舌打ちしたカイルが嫌そうに顔を顰めた。
「あの時だって、勝手に兄貴の体持ってったまま行方不明とか意味分かんねえっす。遺体なしの葬式になっちまったし、兄貴は仕方ないとして須藤さんもそのまま帰って来なくて大変だったんすよ」
 唖然とする。
 ——啓介が俺の体を持ったまま消えた? 何の為に?
 また考えなければいけない事が増えて頭が痛くなった。それともう一つ。
「ちょっと待て。お前あん時死んでなかったのか? てっきり一緒に死んだから同時にここに転生したんだとばかり思ってたわ」
 また質問に戻り、カイルを見つめる。
「出来れば一緒に心中したかったすーー! 兄貴が庇ってくれたお陰でおれは無事でした。おれが死んだのはその一年後くらいっす。組長も撃たれて、不知火会は壊滅状態にされました。その場にいたおれもその時撃たれたんす。この店の前で兄貴と出会ったとこから前世の記憶と繋がるんで、死んだのはそのタイミングじゃないっすかね? 因みにおれの今の親父の事気がついてました? 何故か前世よりムキムキになって、色黒で記憶もないけど、組長っすよ」
「ふあっ⁉︎」
 妙な声が出た。似てるとは思っていたが、組長本人だったのに驚きを隠せなくて、瞬きもせずにカイルを見つめたまま両肩を掴む。歓喜で両手がブルブルと震えた。
「カイルぅ……!」
「ほらほら~、おれんとこ嫁いできたら兄貴が憧れて止まなかった組長がもれなくついてくるっすよ? あの人前世なんて覚えてないくせに、中身はあの頃のまんまっす。おれのとこめっちゃいいでしょ? ねえ? ねえ? 兄貴が前向きに考えてくれるんなら、早速明日からにでも材料集めてラーメンの試作品も作りますけど?」
 カイルの言葉に唸る。
「俺のラーメン」
 途端にカイルが良い男に見え始めた。
「そっすよ。兄貴のラーメンす」
「カイルがイケメンに見えるとか……何の幻覚魔法だ?」
「ちょ、酷くないっすか、それ! これでもおれ少しは人気あるんすよ!」
「ああ……残念なイケメンとして? 分かるわ」
 心が揺れる。いや、こんな事に釣られちゃダメだろ。心の中の葛藤が物凄かった。本気でいじけ始めたカイルの頭を撫でる。うちの舎弟は昔から可愛くて仕方ない。
「因みに何ラーメン?」
「豚骨塩味」
 ——何だ、その誘惑。俺の一番好きな味おさえられた!
 同じ名前でも、違った食材を使えばまた違った味の新しいラーメンが食べられるかもしれない。また腹が減ってきた。
「う、うううぅ~俺のラーメン……
 プラス、組長がいる。
「おれと結婚しましょ?」
 唸りに唸って額をカイルの肩にグリグリと押し付けた。
 ——こんにゃろ、人の弱みにつけ込みやがって!
 顔を見なくてもニヤニヤしてるのが伝わってくる。
「ち、……クソが」
「そんな事言っていいんすか?」
「分かった………………考えとく。でもマジで恋愛感情向けられるの苦手だから、やる時に勃つかは分かんねえぞ」
「良いっすよ別に。慣れさせますから。それに勃たなくても後ろでイケるでしょ? うっし、これで一歩進んだっす!」
 腕の中に抱きしめられる。流れで口付けられそうになったので、唇との間に手を差し込んで止めた。
「ちっ」
「甘ぇよ」
 フン、と鼻を鳴らして笑ってやった。

 ***

 朝起きてカイルを叩き起こすなり朝食を作らせて、一緒に店の掃除を始めた。
「うわー、組長効果すげえっすね……
 カイルは半分うとうとしながら窓枠を拭いている。たまに木の角に額をぶつけて悶絶してるけど……
「さっさと手を動かせ。ルドさんが起きる前に済ませちまうぞ」
「へいへい」
 窓拭き、モップ掛けと何もかも終わらせて一息ついているとルドが起きてきた。何処もかしこもピカピカに磨き上げられた店内を見て、驚きに目を見開いている。
「お前ら二人でやったのか。あのカイルがねー……。合格点以上の出来映えだ。正直驚いた」
 ルドに褒められたのが嬉しくて表情を崩すと、カイルも笑う。
「マジで組長効果すげえっす……、うぐっ」
 ルドから見えないように後ろに振り上げた踵でカイルの脛を蹴った。
「これから毎日やります! ちょっと出掛けてきますね」
「ああ。気をつけろ……って、ちょっと待て」
 レジから取って来た紙幣のような物を手に握らされる。
「これで必要な分の服を買うといい」
「へ? 良いんですか? ありがとうございます!」
 ルドを見るなり背筋を伸ばして立ち上がって一礼し、鼻歌混じりにカイルの首根っこを引っ掴んで店の外に出た。


「これなんかどうっすか?」
 下着を手に取り、腰あたりで合わせられた。
 店員がこっそりと「女性用です」と教えてくれたので、カイルをマジ殴りする。
「態とじゃないっすよ。ガチで間違えたんす」
 はいはい、と返事しながら先に歩いていく。その後を追っかけてくるカイルを見て店員たちが微笑ましく見ていた。
「カイル、買い物終わったら魔法の使い方を教えろ」
「はいっす~」
 普通の服も必要な分だけを買い、店の外に出る。遠くで馬車が走っているのが見えて、思わず観察してしまった。
 ——移動方法は馬車か……。乗った事ねえな。
 機会があれば乗ってみたい。何せ見るのも初めてなのだ。気にならない訳がない。視界に入る範囲じゃなくなったので視線を正面に戻すと、少し前に鼻をへし折ってやった男が路地裏から出てくるのが見えた。
「あ」
 相手も気が付いたらしく、こっちを見つめている。男たちは合計七人。今日は数で有利だと思っているのかやけに強気な表情を浮かべ始めた。
 もし〝羽琉〟だった頃の体なら余裕で地に沈められたが、今の体では再生能力があっても再生が追いつかないだろう。舌打ちする。
「レヴイ! てめ、なんで森から出て来てんだよ! こっちはちゃんと金払って……
 いつの間に追いついたのか、瞬きする間もなくカイルが動いた瞬間、男が吹っ飛んだ。
 ——相変わらず反射神経抜群だなコイツ。俺もまたああいう体に生まれたかったな……
 前世では身長も同じだったのに、と項垂れる。羨ましい限りである。
「てめえら誰に気安く触ってんだ、あ?」
 男のセリフで状況を把握したのか、カイルが今にも誰かを刺しそうな顔で言った。瞳孔まで開いてるんじゃないかと疑いたいくらいには目を見開いている。
 ——……キレてるわコイツ。
 男たちに『ご愁傷様』と心の中で合掌する。前世で羽琉だった時にも肩がぶつかった輩が無事で済んだ事等皆無だからだ。誰が許そうとカイルが許さない。
「ひっ、ごめんなさいぃいい」
「ごめんなさいで済んだらなぁ、極道いらねんだよ!」
 逃げ出そうとしている男たちを引っ掴み、地に投げている。
 ——いや、この世界には極道いねえだろ。ていうかキレると豹変するのも相変わらずだな。
 でも助かった。一人で来ていたらまた拉致られていたとこだ。
「待てカイル。探す手間省けたわ。てめえらちょっと話聞かせろ。カイル、こいつら纏めて連れて来れるか?」
「余裕っす」
 カイルに魔法で浮かせられた男たちと一緒に、人のいない原っぱに移動した。便利な魔法をしげしげと見つめているとカイルが微笑む。この男は顔だけはいい。中身は犬なのが残念だが。
「で、お前ら誰だ?」
「はあ? リレロ子爵様からお前を買ったの覚えてないのか?」
「全く」
 首を振る。その前に覚えたくもない。極道しててもゲスは嫌いである。
「おい、口の聞き方に気をつけろ。質問にもちゃんと答えろ。じゃねえとしめんぞ」
 即行でカイルの裏拳を食らって、また一人気絶してしまった。
「カイル、話が進まないから殴るのは後にしろ」
「はいっす!」
 口調がコロコロ変わるのも健在だった。お手をする勢いで顔を輝かせ、カイルの尻尾が振り回される。この変わり身の早さも昔と同じで、己からすれば可愛いから頭を撫でてやる。
「俺は何処にいる誰だ?」
「そこまで聞かされてない……です。オレらは子爵様からそういう遊びの話が回って来た時に、選んで買うだけですので」
 ——話が回ってくる?
「その中に俺がいたと?」
「そうです! 今回はレヴイさんを含めて三人くらいいました!」
 殴られるんじゃないかとビクビクしながらカイルの顔色を窺っている男からは嘘は見受けられなかった。
「で、お前は? 何か知ってたら正直に話せ」
「はっ、はい! でもこれ以上の事は、何も……ありません」
「なら質問を変えようか。お前は前に俺が殴る直前、尻軽は親譲りだと言っていたな。どういう意味だ? その母親は何処にいる?」
 男の体がビクッと震えた。
「あ、あの……それは……
 カイルが殴ろうとしているのが腕の筋の動きで分かり「カイル!」と声に出して先に止める。
「早くしろ。うちの犬は凶暴でな。止められなくなっても知らねえぞ」
 真正面から見据える。こちらが嘘を言っていないのが伝わったのか男たちは酷く怯えた表情をしていた。
「る、ルオンって街で、売りをしていると……聞いたことがあります」
「誰に?」
「ち、父ですっ」
 ——父、なあ。
「お前の父親は何処のどいつだ?」
「え、と……それは……
 待っている時間がもどかしい。日本にいた時に幹部の一人が催眠術や暗示をかけていたのを思い出し、習っておけば良かったと思案する。そう思った所でもう後の祭りだが。
「今話すなら特別にお前だけはこのまま許してやる。でも話さなかったり嘘だったりしたら、後で調べて家まで直接行くぞ。簀巻きにされてどっかの湖に浮かびたくはないだろ?」
 目を細めて薄く笑みを浮かべてやった。
「話します! うちの親はこの村の長をしてます! リレロ子爵さまとは昔っから仲が良いんです!」
「成程な。約束通りお前だけこのまま逃してやる。その父親とやらに俺が記憶喪失になっていてこの村で働いていると吹聴しろ。しなかったら、——分かってんだろな?」
 一度言葉を切って眉間に皺を寄せる。声のトーンも落として、真顔で言った。
「は、はいいい! 必ず言います!」
 ——黒幕を誘き出す。
 一人逃して残りの奴らはその場に正座で待機させていたのだが、魔法を使う練習の時に地面に穴が開いてしまったので、首から上だけ出して土の中に埋めてやった。
 魔法練習で失敗した穴が役にたって良かった。
 火属性の魔法練習をしているとたまに火の玉が男たちの頭に落ちたり、不発弾が顔の前で弾けたりするから、水魔法で中和する。今度はその横でカイルと風魔法を使う練習をやっていると、三時間くらいは経過していて、それから奴らを出した。すっかり忘れていたとは言わない。
 ——あれ? コイツらこんな髪型だったか?
 パンチパーマのまま大人しくなった男たちは、揃いも揃って脂汗をたっぷりとかきながら顔を青くさせている。再生をかけてやれば、ペコペコと頭を下げて脱兎の如く走り去って行った。

 ***

 仕事が終わり、またカイルの部屋で話し合いをしていた。腰掛けた隣にカイルが腰を下ろしている。
 ——何か、距離が近くなってねえか?
 昨日は正面に居たのに、求婚されてからは手が触れ合いそうなくらいには近い。半目のまま隣にいるカイルを見上げた。
「兄貴、その角度の表情激ヤバ可愛いっすね!」
 全身に鳥肌が立った。
「キメェ事言うな……鳥肌立っただろ。そうだ、お前はルオンって街知ってるか?」
「あーー、ルオン。ルオンね、知ってます。殆どの店がソープか、ぼったくり系のキャバやホストやバーっすね。普通の商業施設は珍しいくらいっすよ」
 何処か言い辛そうに言ったカイルが、自らの頭に手をやって髪の毛をかき回していた。
「ここから遠いのか? あと、この国の移動手段は徒歩か馬車しかないのか?」
 買い物に出た時、馬車は遠目に見たがそれ以外の乗り物は見かけなかった。
「一般的にはそっすね。ただ歩くとなると、野宿しながら最低三日はかかると思いますよ」
「三日か……
 その間風呂がないのはツラい。あと、この体で三日も歩ける気がしなかった。森から抜け出た時に二時間歩いただけで疲労困憊状態だったからだ。
 まあ、再生能力があるから休憩を入れれば体の負担は治っていたが。それを考えるといけそうな距離ではあるが、一人で行くのはリスクが高すぎる。カイルに着いてきて欲しいところだ。
 ——ダメだ。カイルには店の手伝いがあるだろ。
 どうやって行くべきか考え、今は良い案が思い浮かばずに一先ずは保留する事にした。
 先にもっと魔法を自由自在に操れるようになってからが良いだろう。最低限以上には自分で戦える技術を身に付けたい。考えなしに行くだけ行って、あっさり捕まってまた売りに出されるとかはごめんだ。

 ***

 二週間も経てば、全ての作業に慣れてきていた。
 今はもうある程度の魔法も使える。これなら自分から動き出しても良い頃合いかもしれない。実戦でどれだけ使い物になるか試して見たい気もするが、この町のヤンキーやら半グレっぽいのはカイルと己を見ただけで一目散に逃げるようになっていた。
 その当人であるカイルはデレデレしてばかりで全然本気で相手をしてくれない。つまらん。もっと骨のある奴と手合わせしたいと願ってしまう。
 滞りなく一日が過ぎていき、閉店した後の店内で、掃除をした後でまかないを食べる時間になった。
「兄貴出来たっすよー」
「俺のラーメン!」
「本当に不思議な食べ物だな。店でも出してみるか?」
「さすがルドさんっ、お目が高いです! これはおすすめします!」
 カイルが作るラーメンは意外と美味しいのだ。店の品書きに追加しても恥ずかしくない。
 ——今日も一日お疲れ様……俺。
 いただきますと手を合わせて、一口目を口に入れようとした瞬間、乱暴に店の扉が開かれる。
「邪魔するぜ~」
「小汚ねえ店だな」
 下卑た笑い声と共にチンピラのような輩が六人くらい入ってきた。その後ろに、でっぷりとした腹の下品な装飾品だらけの男が立っている。禿げ上がった頭が脂で光っていて眩しい。
 ——あまり金を持ってるようには見えねえなこの成金ジジイ。使いっ走り……良くても仲介役ってとこか?
 吹聴させたのは裏にいる奴を誘き寄せる為だったが、どうやら失敗したみたいだ。
「すみませーん。もうラストオーダー終わりましたー」
 どう見ても客じゃないのは一目瞭然だったのに、カイルが態とらしく声掛けをする。その横でラーメンを啜ろうとしていると、チンピラの一人にテーブルを叩き割られて全てが床へと転がった。テーブル諸共器もラーメンも無惨な姿へと変わり果てている。
「ルドさん! ラーメンかかって火傷してないですかっ?」
「大丈夫だ」
「良かった」
 胸を撫で下ろす。
「こんなとこに隠れてやがったのかレヴイ。ほら帰るぞ」
…………
 椅子に腰掛けていたところを、ハゲ親父に腕を引かれて前のめりになる。
「あ……? 誰だ、てめえ」
「本当に記憶喪失か。二週間分の損失も取り戻さなきゃいけんからな。喜べたくさん客をつけてやったぞ」
 無惨な姿になって床に落ちたラーメンを見つめる。ハゲ親父の言い分はもはやどうでも良かった。
「俺の……ラーメン……
 掴まれていた腕を引いた反動もつけて飛び上がり、男の鼻っ柱に膝をめり込ませる。
 ——そろそろ何かしらアクションがあるとは思ってたけど見当外れもいいとこだな。
 レヴイが買い取られていて無理やり売りをさせられていたのは、考えていた通りだった。それに対しては言い表しようのない怒りが込み上げてくる。プラス、ラーメンを台無しにされた事と店の備品を壊された事に腹が立ち過ぎていた。
 チンピラの後ろからも三人の屈強な男たちが現れて、舌打ちする。この人数ではカイルがいても分が悪い。しかもルドが大切にしているこの場所で好きに暴れるわけにはいかない。何とか全員外に出してそこで暴れようと思案していると、屈強な男たちが突然叫び声と共に、外の暗闇に引き摺り込まれて姿を消した。


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